ken tsurezure

2005/08/07(日)15:50

フジロックフェスティバル 3日目

音楽あれこれ(63)

 3日目。昼間は天候に恵まれた。暑い日差しが差し込む中KEMURIが登場。フジロック最多出演を誇るKEMURIのステージは、個人的には年に一回必ず見たいステージでもある。パンクとスカを融合させたその音楽はポゴ・ダンスを踊るのに最高に適した音楽だ。それでいて彼らの音楽は単なるパーティーソングで終わらない。彼らのまじめな性格がその音楽の中で生きているからだろう。  フジロックフェスティバル05の大トリはニューオーダー。前回のフジロックでのステージでは演奏の粗さが目立った気がしたが、今回は大トリにふさわしい円熟振りを見せてくれた。「クラフティー」の日本語バージョンも予想通り演奏。「アトモスフィア」や「シーズロストコントロール」といったジョイ・ディビジョン時代の名曲も演奏した。個人的には「トゥルーフェイス」や「テンプテーション」が素晴らしいと思った。  クロージングバンドはプライマル・スクリーム。今回のステージから想像すると今度のアルバムはガレージロック調のアルバムになるのではないか。  多分ボビーには見えなかったと思うが、ステージ後方で十数人の観客がプライマルスクリームの音楽に合わせて思い思いの創作ダンスを踊っていた。そんな彼等や彼女たちはとても楽しそうで、何からも解放されていて、そして自由だった。僕は彼等や彼女達を本当に「美しい」と思った。  フジロックの主役はステージ上のアーティストだけではなく、アリーナにいる彼等や彼女達も主役なのだ。  フジロック最終日のレッドマーキーでは朝まで音楽が流れ続ける。店の人達もフジロッカー達もこの夜が終わってしまうのを惜しむようにして、その瞬間を生きている。そこら中でわけもわからず盛り上って笑っている人々や酔っ払っている人達を見ながら、自分が今日まで何とかやって来れた事をよかったと思う。泡だらけのビールを飲みながら、僕もずっとレッドマーキーでわけがわからなくなるまで酔っ払っていた。  今回のフジロックでは「愛と平和」の伝え方について考えさせられてしまった。徹底的にエンターテインメントに徹してそれを伝えようとした忌野清志郎。怒りをモってそれを伝えようとするADF。情緒的かつべたにそれを伝えようとするサンボマスターズ。ジャーナリスティックな形でそれを伝えようとするソウルフラワーユニオン。個人レベルから「孤独」や「絶望」を通過してあえてそれを伝えようとする中村一義。誰が劣っている誰が優れているではなく、『愛と平和』というテーマは具体的な形、政治的な形、ごく個人レベルな形、それぞれの形で唄われるべき多面的なテーマであるのだ。そんな当たり前のことを実感させてくれたフジロック05だった。  毎年独断と偏見で選んでいる「今年のフジロックこの1曲」。今年はハイロウズの「千年メダル」にしようと思う。

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