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2009年07月05日
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カテゴリ:2009年ドラマ
妬んでおるのか。
私が兄上を差し置いて官位をいただいたことを

わしはもう、与七ではござらぬ!




源氏の流れを汲むらしい小国家に婿養子に入った与七実頼は、
妻や義父母に出世をせっつかれて焦っていた。

景勝の名代で京へ上った実頼は
秀吉から新しい姓「大国」と官位を賜った。


そんな実頼を兼続は叱責する。



例え誰が相手であろうと、断固成る信念を貫くのが上杉じゃ。

大役を任せるのは、まだまだであったの。




兼続は自分にも与えられなかった官位を初めに自分が
貰った事を妬んでいるのだと実頼は思った。


しかし、後日、兼続が再び上洛した時、
秀吉に官位など無くても上杉は秀吉に従うと
言うのを聞いて、実頼は自分の器を思い知るのだった。



太閤殿下は京に屋敷を下さいました。
誰かが残らなければならぬはずです。

私を京にお残しくださいませ。

私は兄上と離れなければならないのです。




兄に守られている自分から卒業して
自分ひとりの道を歩みたい。



幼かった与七を思い出し、兼続の心は複雑だった。




   hana1 hana1



まぁ。。。出来すぎた有名な兄を持つと弟も大変だわね。。。

何となく、そういう事が察せられるホームドラマでしたasease


いつも自分が導いてやっていると思っていた弟の兄離れ。

それもまた寂しい物かもしれない。


しかし、実頼の妻はヒドイな~雫

あんな女と結婚したら男はお終いだね~asease



大国実頼をwikiで見てみたら、何だか大変な事が
書いてありました。


慶長9年(1604年)、実兄直江兼続と本多政重との養子縁組に反対し、
政重の迎えに上洛した使者を伏見宿にて殺害し高野山に逃れた。
以後、高野山に隠遁していたが兼続の死後、米沢北郊の中小松村に戻り
元和8年(1622年)に死去。享年61。

右矢印by wikipedia




ええ~~~!

あの与七がそんな大それた事を~~~
?!


じゃあ、兼続が亡くなる時には兄弟は仲違いしてたって事かね。。。asease


そう考えると、あの幼い日のツーショットが悲しく見えてくる~。。。雫



深キョンの淀殿は。。。可愛かったけど。。。


淀殿は色々な描かれ方をして来られた人物だけど、
この淀殿は父母弟を殺された恨みなんて全く忘れた
可愛い愛人タイプ。。。に描かれるのかなasease





天地人(上(天の巻))新装版


天地人(中(地の巻))新装版


天地人(下(人の巻))新装版



この一冊で義と愛の戦国武将直江兼続がわかる!




現在、トラバやコメントのお返しがヒジョウ~に遅れております。すいません~。

あと、最近gooブログさんとlivedoorブログさんに度々トラバが飛びません。

ご了承くださいませ~









最終更新日  2009年07月05日 21時15分44秒
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