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2009年10月18日
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カテゴリ:2009年ドラマ
徳川は豊臣家への新年の挨拶にも来ず、
上杉もまた困窮のため上洛できなかった。

二月には家康は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。

その祝いのための謁見に出向く事になった兼続を
実頼は「義がない」と責めるが、兼続は「今は生きる事が大事」
と答えるのだった。


上洛できないまま年月が経ち、景勝と菊姫が最後に会ってから
すでに2年が経っていた。

菊姫は、病気の竹松を理由にお船1人を米沢に戻した。


景勝が家康の祝いのため江戸に着いた時、菊姫の重病の
知らせが届く。
菊姫は、病状をずっと米沢に知らせず隠していたのだった。

駆け付けた景勝に、なおも側室を迎えぬ事を責める菊姫。



江戸では、兼続が家康に呼び出され、景勝が京へ
上洛したわけを聞かれていた。

奥方の病の見舞いのために京へ行ったと兼続が何度言っても
「有り得ぬ」と信じない家康。


それが上杉でございます。

君臣親しく、夫婦睦まじく、親子の絆、強くある事こそ

国の礎と信ずる家風にございまする。




江戸で家康との謁見が終わった後、景勝は年始の挨拶のため
再び京へ上った。

その間に菊姫は亡くなった。


米沢には兼続宛てに菊姫からの文が届いていた。
そこには、長きに渡ってお船を側に置き兼続ら家族から
引き離した事に対する詫びが書かれていた。



お船をもう決して側から離してはならぬ。

この後は、どうか我が殿の事を頼み参らせる。




   hana1 hana1



菊姫の直向きさに泣けました。

竹松を死なせてはならぬ。
と、自分も病なのにも関わらずお船を米沢に帰した菊姫。

上杉の将来のために側室を取る事を力説する菊姫。


京の上杉屋敷へ行きたくないと駄々をこねていた姿がウソのよう。。。


最後まで夫の身と上杉の将来を案じて逝った
献身的で美しい奥方でした。


京へ菊姫を見舞いに行った事を疑う家康は、またもや
心の狭い爺さんに描かれていました。

それを諭す兼続。。。と言った図。。。asease

ま、ちょっと気持ちよかったけど~。。。


そして、また家康の側近として遠山が上座にいるのでした
いつまでこのドラマに出続けるんだ。。。asease





天地人(上(天の巻))新装版


天地人(中(地の巻))新装版


天地人(下(人の巻))新装版



この一冊で義と愛の戦国武将直江兼続がわかる!




現在、トラバやコメントのお返しがヒジョウ~に遅れております。すいません~。

あと、最近gooブログさんとlivedoorブログさんに度々トラバが飛びません。

ご了承くださいませ~



きらきら






最終更新日  2009年10月18日 21時06分20秒
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