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西国三十三所巡り

2013年08月21日
XML
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
きょうは非常にひさしぶりに「西国三十三所」の寺の1つに行きました。
 
(・・・以下、画像のみです。本文はそのうち書くつもりです。。。)
 
山門
総門は別にある
 
 
園城寺(1)_2013_8_21
 
 
金堂の前の堂宇
 
 
園城寺(2)_2013_8_21
 
 
金堂
 
 
園城寺(3)_2013_8_21
 
 
鐘堂
 
 
園城寺(4)_2013_8_21
 
 
護摩堂
 
 
園城寺(5)_2013_8_21
 
 
三重塔
 
 
園城寺(6)_2013_8_21
 
 
その隣2つ
 
 
園城寺(7)_2013_8_21
 
 
別の寺
 
 
園城寺(8)_2013_8_21
 
 
朱色の建物
 
 
園城寺(9)_2013_8_21
 
 
観月堂と鐘堂
 
 
園城寺(10)_2013_8_21
 
 
観音堂
 
 
園城寺(11)_2013_8_21
 
 
上の展望所から見た琵琶湖
 
 
園城寺(12)_2013_8_21
 






最終更新日  2013年09月29日 23時45分21秒
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2010年09月09日
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
JR「京都」駅から奈良線で1駅で「東福寺」駅に着きます。
そこで降りると、近辺には無数と言っていいほど大小様々な寺があります。
その気になれば、この界隈だけで数日過ごせるかもしれません。
 
私は今回は目的は1つで(^-^;)、「西国三十三所」の「第十五番札所」になっている「観音寺」を参拝するために行きました。
寺の名前の「観音寺」はあちらこちらにあるので、区別するためだろうと思いますが、普通は「今熊野観音寺」と言われています。
 
駅から歩いて10分ほどで「泉涌寺(せんにゅうじ)」の総門に着きます。
「今熊野観音寺」は泉涌寺の境内の一部にあります。
 
(・・・以下、執筆中です。しばらくお待ちください。。。)






最終更新日  2010年09月24日 00時26分13秒
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2010年04月01日
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
きょうは「西国三十三所」の「第三十二番札所」になっている近江八幡市(安土町)の「観音正寺」を参拝して来ました。
 
この寺はいわゆる“難所”と言われているうちの1つです。
ただ、表ルートからでなくていいのなら、JR「能登川」駅から山の麓まではバスが出ているし、また、車を使えば山頂近くまで有料道路で行けるので、かつてほどは大変ではなくなっています。
でも、‘へそ曲がり’な私は、JR「安土」駅から「表参道」を通って歩いて行きました。
 
まず、JR「安土」駅が北側にしか改札がないので、そちらに出て、駅前のそば屋で食事をしました。
 
駅の横の地下通路を通って、南側に渡り、そこから南東に伸びる車道を15分ほど歩いたところにある「ローソン」でおにぎりを買い、その先の道を斜め左に曲がりました。
新幹線が何度も通り過ぎていく殺風景な道路をひたすら歩いて行くと、やがて左手の山の中腹に寺らしきものが見えてきます。
 
 
観音正寺(1)_2010_4_1
 
 
橋を渡らずに、少し遠くの右手に新幹線の線路を見ながら、しばらく川沿いに進みます。
そして、そのまま曲がらずに(「ローソン」から)35分歩くと、石灯篭の前に着きます。
私はこれに気づかずに直進してしまい、様子がおかしいと思ったので、通りかかった地元の人に聞いたら、「行きすぎてますよ」と言われて引き返しました。(^-^;)
・・・10分近いロス。。。
この石灯篭のある小さい四つ辻を左に曲がります。
 
 
観音正寺(2)_2010_4_1
 
 
すぐに竹林になり、右手に「日吉神社」を見ながら進むと、石段が見えてきます。
(石灯篭からここまで約10分)
 
 
観音正寺(3)_2010_4_1
 
 
ここからはほぼずっと石段だけです。
これを“難所”というようですが、普通の山道です。
休まずに登って18分で寺の境内の端に着きました。
 
この寺は「山門」がなく、代わりに「仁王像」が立っています。
 
 
観音正寺(4)_2010_4_1
 
 
観光バスは乗り入れができるようで、私が着いたときは仁王像の周りにバスが4台止まっていました。(写真は帰りに撮ったものです。)
 
 ■第三十二番札所 繖(きぬがさ)山「観音正寺」
 
 本尊:千手千眼観音菩薩
 宗派:天台宗/繖宗(さんしゅう)
 開祖:聖徳太子
 創建:推古天皇13年(605年)
 御詠歌:あなとうと 導きたまへ 観音寺 遠き国より 運ぶ歩みを

突き当たりに「本堂」が見えていて、堂宇は右側に一列に並んでいます。
左側は像など小さいものが並んでいます。
 
いちばん手前に「鐘楼」がありました。
 
 
観音正寺(5)_2010_4_1
 
 
その先に「水子堂」があります。
その奥に「護摩堂」があり、そこが「納経所」を兼ねていました。
ただ、この「納経所」も撮影禁止で、カメラを向けることはできませんでした。
 
4月と5月は結縁開帳をしていて、300円払えば、「本堂」の内陣に入れます。
私は内陣に入るつもりだったので、建物の配置から、先に「朱印」を書いてもらいました。
(「本堂」参拝が後になるケースがときどきあります。。。)
 
 
観音正寺_朱印_2010_4_1
 
 
「護摩堂」には、矜羯羅(こんがら)、制多迦(せいたか)の二童子を従えた不動明王像があり、その左側には「本堂」に安置されている本尊の「千手千眼観音座像」のミニチュアがありました。(絵で言うところの「小下絵」に相当するものだそうです。)
 
「護摩堂」の隣には「太子堂」があり、その奥に石が山積みにされているところがあります。
石のところどころには何体かの観音像が置かれています。
右端の小さいお堂の形の建物(?)の後ろには非常に小ぶりながら人魚の像もあります。(人魚については後述。)
 
 
観音正寺(10)_2010_4_1
 
 
石積みの斜面の横に「本堂」があります。
 
 
観音正寺(9)_2010_4_1
 
 
「本堂」自体には誰でも上がれます。
この寺は本尊は常時公開されている、「西国三十三所」の寺の中ではとても珍しい寺です。
ただ、普段は「内陣」には入れないし、今回も撮影は禁止でした。
おそらく「本尊」が撮影できるのは、「南法華寺(壷阪寺)」だけではないでしょうか。
 
「内陣」に入りたい旨告げて300円払うと、和紙でできた記念の散華と赤い糸を渡されて、私1人のために寺の人がついて案内してくれました。
 
本尊の「千手千眼観音座像」は平成16年(2004年)にできたばかりの新しいものです。
以前の本尊は平成5年(1993年)の火災で焼失してしまっています。
 
新しい本尊は高さが6.3メートルある立派なもので、白檀の木で作られているため、まだごくわずかに特有の香りがしました。
 
本尊の後ろには、軸装の「千手観音像」や「三十三所観音曼荼羅」の図があり、また、本尊の体内秘仏の「千手千眼観音立像」が展示されていました。
さらに、このて寺の「縁起絵巻」の一部分と、縁起にあるミイラの写真もありました。
この寺は「前世で殺生をしていた漁師がミイラになり、聖徳太子に成仏できるように寺を建ててほしい」と懇願したという縁起があります。
ただ、このミイラも先の火災で焼失してしまっています。
 
案内が一通り終わると、散華で本尊像の足をぬぐうように言われたのでそのとおりにしました。
そして、赤い糸を結縁の印として手首に結んでくれました。
 
「本堂」でしばらくのんびりしたあと、「仁王像」に向かってゆっくり歩いて行きました。
 
堂宇が並んでいるのと反対側に「釈迦如来座像」があります。
 
 
観音正寺(8)_2010_4_1
 
 
また、珍しい形の「北向地蔵(堂)」があります。
「一願地蔵」とも言われ、1つだけの願いなら必ず叶えてもらえるということで、‘健康’を祈っておきました。
 
 
観音正寺(7)_2010_4_1
 
 
この寺の開祖である聖徳太子の像もありました。
 
 
観音正寺(6)_2010_4_1
 
 
コンビニで買っておいたおにぎりを食べ、「奥之院」に向かいました。
 
私が登って来たのとは反対側の道の途中にあります。
つまり、JR「能登川」駅方面から登って来ると、(「本堂」のある)境内より先に「奥之院」の前を通ることになります。
 
「仁王像」から5分もかからないところに鳥居が立っていて、この上に巨大な岩があり、そこに仏の姿が刻まれているというものです。
「磨崖仏(まがいぶつ)」というそうです。
 
 
観音正寺(11)_2010_4_1
 
 
この道はすごかったです。
案内板にも「責任は持ちません」と書いてあって、これこそが“難所”だと思いました。
ただ、鳥居から岩までは3分もかからないので、それほどスリルはありませんでしたが。。。
 
残念ながら、岩の前に「神聖な場所だから近づくな」という注意書きがあり、どこまで近づいていいのかわからなかったので、控えめなところでやめておきました。
写っている左側の岩のどこかに仏の姿が刻まれているはずなのですが。。。
 
 
観音正寺(12)_2010_4_1
 
 
スリリングだったのは下りるときでした。
足を踏み外したら‘終わり’だな、と思いました。(^-^;)
 
「奥之院」は「仁王像」から往復15分で見学できます。
 
帰りもJR「安土」駅まで歩きました。
ただ、歩いて通っていいのかどうかわからなかったのですが、有料の自動車道を通れば近道なのがわかっていたので、そこを歩いて下りました。
登りと違って、下りは舗装されたなだらかな道は歩きやすいです。
 
JR「安土」駅まで、予想よりずっと速く55分で着きました。
 
天気予報では「降水確率80%」だったのですが、幸い雨は降りませんでした。
 
さすがに疲れたので、普通電車で座ってとろとろと帰って来ました。(^-^;)
 
【メモ】
JR「安土」駅から「表参道」ルートで徒歩約1時間10分
帰りは「有料自動車道」を歩いて下って、駅まで徒歩約55分
※「奥之院」の公開は時期が限定されています。






最終更新日  2010年04月04日 23時04分14秒
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2010年03月17日
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
続いて、「西国三十三所」の「第十一番札所・醍醐寺」へ行きました。
 
「醍醐寺」といっても、実際は「下醍醐」と「上醍醐」に別れていて、別と思ったほうがいいかもしれません。
それぞれのゾーンは離れていて、入山料(伽藍拝観料)はそれぞれに600円必要です。
今は「下醍醐」の「三宝院」と「霊宝館」(公開は春期と秋期のみ)が公開されていて、それぞれに600円かかります。
共通券があって、わずかには割引になりますが(2つで1000円、3つで1500円)、「霊宝館」の中の「仏像棟」はさらに別に200円が必要です。
従って、「下醍醐」だけでもすべて見ようと思うと、1700円も払わなければなりません。
 
「上醍醐」は別に入山料(600円)が必要なので、‘フル・コース’で参拝すると、2300円かかります。
 
「西国三十三所」の霊場巡りと割り切れば、「上醍醐」だけの参拝にして、「女人堂」の隣の建物で600円払って入山し、「上醍醐」まで登ればいいと思います。
さらに(‘スタンプ・ラリー’ぐらいに)割り切れば、今は本来の「西国三十三所」の「第十一番札所」である「准胝堂」は火災で焼失したために、朱印は麓の「女人堂」で書いてもらえるので、時間的にも‘節約’できます。
これなら朱印代しかかかりません。
 
私は「三宝院」と「下醍醐」の境内(伽藍)はパスし、「霊宝館」と「仏像棟」、「上醍醐」の境内を回りました。(合計1400円)
 
1つ結論のようなことから書くと、私はこの3つで4時間弱かかりました。
「下醍醐」の境内に入っていたら、全部で5時間ぐらいかかると思います。
従って、「下醍醐」と「上醍醐」のすべてをのんびり回ろうと思うと、正午前には「総門」に着いていなければならないことになります。
 
地下鉄「醍醐」駅から10分ほど歩くと、まず、駐車場の横を通ります。
そのまま先に進むと、「総門」に着きます。
 
 
醍醐寺_総門_2010_3_17
 
 
一礼してくぐりました。
 
左手には「三宝院」が広がっていて、右手には通路があります。
その通路の角に道標が立っています。
 
 
醍醐寺_道標_2010_3_17
 
 
通路の手前には土産物屋や休憩所があります。
反対側には「霊宝館」があります。
 
上に書いたように、「三宝院」に600円、「霊宝館」も600円が必要です。
両方だと1000円です。
それも、敷地に入るだけで料金を払わなければいけません。
「霊宝館」の隣に「仏像棟」があり、別に200円必要です。
 
私はまず、「霊宝館」に行きました。
入って正面に「霊宝館」、右奥に「仏像棟」があり、その間にある大きいしだれ桜がちょうど満開を迎えていました。
 
 
醍醐寺_霊宝館_2010_3_17
 
 
「仏像棟」は広くはなく、寺の所蔵の仏像などを集めてある場所でした。
 
「霊宝館」は立派な建物で、ちょっとした博物館といった感じです。
内部の撮影はもちろん禁止で、中から窓越しに屋外の風景を撮るのも禁止されていました。
・・・何でも「金」、撮影は完全な屋外しか禁止、という法度だらけの寺でした。
 
「総門」からまっすぐ行ったところに「仁王門」がありました。
 
 
醍醐寺_仁王門_2010_3_17
 
 
「下醍醐」の伽藍を見て回る場合は、ここで600円を払います。
私は今回はパスしました。
 
有料ゾーンの右脇に道があって、そこを進んで行くと、「下醍醐」の出口に合流します。
出口専用なので、「上醍醐」から降りたあとで「下醍醐」を見ようと思っても、「仁王門」のほうまで戻らなければいけません。
 
鳥居があって、ここから先が「上醍醐」と考えたらいいようです。
 
 
醍醐寺_上醍醐入口_2010_3_17
 
 
「西国三十三所」の「第十一番札所」の「女人堂」はここをくぐったところにあります。
 
 
醍醐寺_女人堂_2010_3_17
 
 
内陣は見えていますが、今は開帳の時期ではないので、本尊のある厨子の扉は閉まっていました。
「納経札」を納めて、手を合わせました。
 
 ■第十一番札所 深雪山「醍醐寺(上醍醐)」
 
 本尊:准胝観音菩薩
 宗派:真言宗醍醐派
 開祖:理源大師聖宝
 創建:貞観16年(874年)
 御詠歌:逆縁も もらさで救う 願(がん)なれば 准胝堂は たのもしきかな
 
「女人堂」の隣に「納経所」があるので、朱印を書いてもらいました。
 
 
醍醐寺_女人堂_朱印_2010_3_17
 
 
「上醍醐」に進むにはここで「入山料」(600円)を払う必要があります。
 
登山の始まりです。(笑)
こんな感じの道で、完全に山登りという感じです。
 
 
醍醐寺_上醍醐登山道(1)_2010_3_17
 
 
「西国三十三所」以外の寺も含めて、いわゆる“難所”と言われるところにいくつか行きましたが、この程度の道は普通ではないでしょうか。
これが通勤・通学で毎日通らなければならないのなら嫌ですが、距離があるだけで大変な道だとは思いませんでした。
特に今回の道はずっとところどころに蛍光灯の外灯があったし、行き(登り)は地元の中学生と思われる体操服姿の男の子たち(陸上部?)が走って登って行きました。
また、上からは70歳近い男の人がトレッキングといった感じで、走って降りて来るのにすれ違いました。
慣れれば、‘走って’登れる程度ということですよね。
走って登るのは無理としても、これぐらいの道は息を切らさずに歩けるようになりたいと思いました。
(・・・妙に悔しかった、ということです。(笑))
 
「女人堂」の横からスタートして、10分すると、秀吉が花見をした櫓の跡に着きました。
 
そこから7分で、「不動滝」に着きます。
いちばん奥の上に「不動明王」の石像が立っていました。
 
 
醍醐寺_不動滝_2010_3_17
 
 
ここに道標が立っていて、「准胝堂1.1km・30分、三宝院1.7km・33分」と書いてありました。
「総門」をくぐってから、半分は過ぎたことになります。
 
その後もひたすら登山道を歩いて行きます。
 
 
醍醐寺_上醍醐登山道(2)_2010_3_17
 
 
さらに黙々と20分歩いて、寺務所「上醍醐」の社務所の前に着きました。
その左側の道を少し行くと、「醍醐水」が見えます。
この寺の名前の由来になっている水ですね。
 
 
醍醐寺_醍醐水_2010_3_17
 
 
その奥あたりが本来の「西国三十三所」の札所である「准胝堂」のあった区域のはずですが、2008年8月に落雷が原因と思われる火災で焼失し、今はその一帯が立ち入り禁止になっていました。。。
「清滝宮拝殿」も大規模な修復中で、ほとんど覆われていて、何も見えませんでした。
 
しかたがないので、先に進みました。
 
国宝の「薬師堂」がありました。
 
 
醍醐寺_薬師堂(1)_2010_3_17
 
 
「薬師堂」の下にほぼ正方形の区画があるのですが、これは「経蔵跡」だそうです。
 
「薬師堂」からさらに先を登って行くと、石段を登りきったところに「鐘楼」がありました。
 
 
醍醐寺_鐘楼_2010_3_17
 
 
そこから左側に進むと、「五大堂」がありました。
五大明王が祭られているお堂です。
ここの五大明王は、不動、金剛夜叉、降三世、軍荼利、大威徳の5尊でした。
真言宗だからですね。
 
 
醍醐寺_五大堂(1)_2010_3_17
 
 
不動明王を中心とした5体が、お堂の外からよく見えていました。
 
 
醍醐寺_五大堂(2)_2010_3_17
 
 
「鐘楼」まで戻り、今度は右側へ進んで行きました。
 
内部にあった仏像などはすべて「霊宝館」に移されているということですが、中を覗くと、開祖の理源大師と思われる座像が見えていました。
 
 
醍醐寺_薬師堂(1)_2010_3_17
 
 
重要文化財の「如意輪堂」が斜面にせり出すような恰好で建っていました。
 
 
醍醐寺_如意輪堂_2010_3_17
 
 
いちばん奥に「開山堂」がありました。
ここは上がることもできませんでした。
 
 
醍醐寺_開山堂_2010_3_17
 
 
「入山料」の600円は何のための料金か、よくわかりませんでした。
「准胝堂」一帯は立ち入り禁止で近づくこともできず、「薬師堂」は空っぽで、「如意輪堂」と「開山堂」は建物を見ることができるだけです。
かろうじて「五大堂」のみ中に入れて、五大明王像が見られますが、「入山料」は事実上、「准胝堂」再建のための寄付金のような感じでしょうか。
 
帰りは下りだけなので、楽に歩けました。
 
そんなに大変ではなかったと思いながらも、帰りの電車の中ではうとうとしてしまいました。(^-^;)






最終更新日  2010年08月15日 22時19分48秒
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2010年02月09日
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
(【1】の続きです。)
 
帰りは、来たときとは別ルートを通りました。
 
再び知らない道を進んで行きます。
その出発点に観音像が立っていて、私を見送っている(見守っている?)ようでした。
 
幸い、歩き始めてしばらくすると、雨は何とかやみました!
傘をささずに歩けるだけでも、ずいぶん楽になりました。
 
 
阿弥陀寺(12)_2010_2_9
 
 
妙法山の山頂に着いたようです。
「阿弥陀寺」の「奥之院」がありました。
「浄土堂」というようです。
ここの本尊は「釈迦如来」だそうですが、中は確認できませんでした。
 
 
阿弥陀寺(13)_2010_2_9
 
 
「富士見台」に着きました。
雨はやんでいたものの、かなり霧が出ていて、遠くのほうはまったく見えませんでした。
 
 
阿弥陀寺(14)_2010_2_9
 
 
ここは「富士山」が最も遠くから見えるところらしいのですが、夏の早朝など、気象条件が完璧にそろわないと見えないようです。
さっきまで雨が降っていたような天気では、一縷の望みも持てず、あきらめがつきました。。。
 
そのあとは、日がまったく差さないような高木の杉の下を進んだのですが、風も通り抜けないようなうっそうとした林で、何の音も聞こえませんでした。
途中で1回だけ明らかに大型の動物の音が聞こえて、一瞬、‘ひやっと’したのですが、野生の鹿のつがいでした。
私に気づき、あわてたように数十メートル走って行きましたが、その後は木と木の間からこちらの様子をじいっと伺っていました。
そして、奈良公園では聞いたことがないような甲高い声で「ピ~!」と鳴き声を上げました。
上り下りの最中にお互いに気づいた唯一の生物かもしれません。
・・・鳥は数羽飛んでいましたが。。。
 
どれぐらい歩いたかわからなくなってきたときに、突然、木々の間に人工的な空間が広がっているのが見えました。
「那智高原(=大戸平)」に着いたようです。
 
 
阿弥陀寺(15)_2010_2_9
 
 
駐車場の脇から彼方を見ると、脇の山にわずかながら“東山魁夷の世界”が広がっていました。
 
 
那智高原_2010_2_9
 
 
広大な駐車場と散策スペース(?)があり、ちょっとしたフィールドアスレチック遊具もありましたが、脇の喫茶店の人のものと思われる軽自動車が1台止まっているほかはまったく人気がありませんでした。
 
「青岸渡寺」のほうに近づいて行かないといけないのですが、あまりにも平らに空間が広がっていて、少し方向がわからなくなりかけました。。。
でも、ところどころに案内の看板が立っていたので、それを見て確認しながら歩いて行きました。
 
途中で「滝展望台2分→」という標識を見たので、行ってみました。
 
残念ながら大したことはなく、「青岸渡寺」の境内から見るのと若干違う角度で「那智の滝」が見える程度でした。
 
 
那智高原_滝見台_2010_2_9
 
 
最初の三叉路に戻れました。
そのあとはようやく見覚えのある道を歩けました。
 
「青岸渡寺」の脇の石段を登り始めてから、妙法山を1周し、「阿弥陀寺」を参拝して、再び「青岸渡寺」に戻って来るまで、ちょうど4時間でした。
 
残念な天気でしたが、寺の往復約3時間の道中、雨と風の音と、野生の鹿の足音と鳴き声以外は何1つ聞こえることも、誰にも出くわすこともなく、心細いながらもとても気持ちよい散策になりました。
 
もう少し気軽に来られるロケーションなら、ぜひもう1度歩いてみたいと思う道でした。
ただ、麓まで来るのに半日かかるという現実を考えると、簡単には再訪できません。。。
 
予定より少し早く下山できたので、1台早いバスに乗って、JR「那智勝浦」駅まで戻りました。
特急もちょうど数分後に来ることがわかったので、売店で菓子パンを買って、電車に乗って食べました。
 
再び雨が強く降り始め、そのまま家に着くまでやむことはありませんでした。
妙法山から下山するときだけでもやんでいて助かりました。
 
これで「西国三十三所」の「番外札所」は、私が使っている「納経帖」に専用のページがある8つの寺(公式番外3か寺を含む)はすべて参拝が終わりました。
8つとはいえ、うちから遠かったり、不便だったりで、なかなか行けないだろうと思っていた「番外」のほうが、先に終わってしまいました。
 
【メモ】
「青岸渡寺」から「阿弥陀寺」麓まで徒歩約1時間15分
「阿弥陀寺」から「奥之院」(がある妙法山山頂)まで徒歩約20分
「奥之院」から「富士見台」まで徒歩約18分
「富士見台」から「那智高原(大戸平)」まで徒歩約25分
「那智高原(大戸平)」で20分過ごし、「青岸渡寺」まで徒歩約25分
(・・・帰り、「阿弥陀寺」から「青岸渡寺」までトータルで徒歩約1時間40分)






最終更新日  2010年02月23日 18時15分19秒
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カテゴリ:西国三十三所巡り
 
「青岸渡寺」を後にして、いよいよ今回の旅行のメインである「阿弥陀寺」を目指して歩き始めました。
「阿弥陀寺」へは今は道路ができているので、車で簡単に行けます。
でも、私は前回「青岸渡寺」を訪れた際に偶然見つけた脇道から歩いて行けるルートがあることを知って、実行することにしました。
 
「阿弥陀寺」のホームページを見ても、(バスがないので)タクシーで行く方法しか書かれていませんが、「熊野古道」の‘本ルート’ではない道を片道3km弱歩けば行けるようでした。
ただ、2つのルートがあり、東側のルートはヤフー!の地図に載っているのですが、西側のルートは載っていません。
それをこともあろうか、方向感覚がないうえに地図もろくに読めない私が(^-^;)、「青岸渡寺」の脇道にあった看板の地図を頼りに、「きっここの辺に道があるのだろう・・・」とヤフー!の地図に自分で赤ペンで道を描いて準備しました。
 
まず、「青岸渡寺」の「本堂」右奥の「那智大黒天堂」の横にある石段を登ると、「阿弥陀寺」への案内図があります。
その先はすぐに薄暗い山道になっていて、私のように慣れていない者にとっては一歩を踏み出すのに少し勇気が要りました。
 
最初の一歩はここからです。(^-^;)
 
 
阿弥陀寺(1)_2010_2_9
 
 
あいにくの雨の中、右手に傘、左手に地図を持って、ショルダーバッグのたすき掛けではあまりにも歩きにくいので、かばんを‘リュック仕様’に変えて、少しでも楽に歩けるようにしました。(・・・私が持って行ったかばんは、ショルダー、リュック兼用タイプです。)
それでも、土砂降り一歩手前の雨が降る中、慣れない杉の葉が積もるほど落ちた石段や上り坂を進むのは、自分でいらいらするほどゆっくりしか進めませんでした。
また、途中で何か所も倒木で道がふさがれていて、それをまたいだり、横へ回ったりして越えるときに、足場が悪いのも不安でした。
正直なところ、かなり強気でいたのですが、両手がふさがった状態で足場の悪い道を長時間歩くのは心細さを感じました。
・・・実際、何度も滑ってバランスを崩しました。
幸い、一度も尻もちをつくまでには至りませんでしたが。。。
 
出かける前に調べていて、こういった山歩きには「杖(アイゼン、登山用ポール)」があったほうがいいとか、絶対に必要だといった話(勧め)を見て悩んだのですが、‘今回も’私は用意しませんでした。
杖が役に立つのは、もちろん斜面を上り下りするときに‘第3の脚’になるということがありますが、ほかにも、落ち葉に埋もれてよくわからない道の状態を探ったり、狭い道を丈の高い草がふさいでいるときに掻き分けたりできるというメリットがあります。
一方、単純に荷物が1つ増えるとか、今回のように傘をさしたりしなければいけないときは手が足りなくなるといったデメリットもあります。
どちらを勧めるわけでもありませんが、私としては今回も杖の類は持たないで正解だったと思います。(・・・仮に天気がよかったとしても。。。)
 
8分ほど歩くと、最初の三叉路に着きます。
 
 
阿弥陀寺(2)_2010_2_9
 
 
ここはほぼ直進の左の道へ進みます。
ちなみに、私のルートでは、帰りもここで合流することになります。
つまり、帰りは画像の右上の道からここへ戻って来ます。
 
上の地点から10分ほど歩いたところです。
 
 
阿弥陀寺(3)_2010_2_9
 
 
このあたりは杉の葉が積もるように落ちていました。
実はこれでもいちばん道らしい道でした。
 
さらに歩いて、2か所めの三叉路に着きました。
このあとは急に道の様子が変わり、杉がほとんどなくなり、落ちている葉はカシのような感じでした。
・・・こっちのほうが滑るので、さらにスリルが増しました。(汗)
 
「青岸渡寺」脇の石段を登り始めて1時間12分ほどで「阿弥陀寺」の横手にたどり着きました。
以前は「つつじ公園」があったようですが、草が生い茂り、囲いも廃墟同然になっていて、確認することはできませんでした。
 
そのまま少し先まで歩いて振り返るように見ると、遠くに鮮やかな朱塗りの「山門」が見えていました。
 
 
阿弥陀寺(4)_2010_2_9
 
 
石段を一歩一歩登って行って、「山門」の前まで来ました。
一礼してくぐります。
 
 
阿弥陀寺(5)_2010_2_9
 
 
「青岸渡寺」の境内から「阿弥陀寺」の境内まで1時間15分かかりました。
 
 ■(非公式)番外札所 妙法山「阿弥陀寺」
 
 本尊:阿弥陀如来
 宗派:高野山真言宗
 開祖:弘法大師
 創建:大宝3年(703年)
 御詠歌:熊野路を ものうき旅と 思ふなよ 死出の山路で 思ひ知らせん
 
「本堂」です。
 
 
阿弥陀寺(8)_2010_2_9
 
 
元の「本堂」は1981年に原因不明の火事で全焼したとのことで、今の「本堂」はその後、再建されたものです。
そのため、大変きれいな建物でした。
 
 
「朱印」は「本堂」の向かって右手に受付があるので、そこで書いてもらいました。
 
 
阿弥陀寺_朱印_2010_2_9
 
 
そこにいた人に「この雨が避けられるところで持って来たおにぎりが食べたいんですが、どこかありませんか?」と聞くと、「本堂の中でどうぞ」と言われました。
非常に上がりにくい雰囲気の「本堂」だったのですが、ここは誰でも上がれるようです。
ただ、食事は許可をもらったほうが安心です。
 
ありがたく上がらせてもらって、部屋の隅でコンビニで買ってきたおにぎりとお茶をおとなしく頂きました。
寒い日の上に暖房もなく、体は汗と雨で濡れていて寒かったので、できるだけ急いで食べました。
 
順番が間違っていることはわかっていますが、ようやくここで祭壇の前に進んで正座して、手を合わせました。
いつもは「健康」を祈るのですが、きょうはずっと具体的に、「このまま風邪を引いたりしませんように・・・」とお祈りしました。(^-^;)
それほど寒かったし、何より濡れた体が冷えて、震え始めているのが不安でした。
 
写真を撮ってもいいかどうか確認しようと思って、さっき人がいた隣のスペースとの仕切りの板の襖(?)をノックしたのですが、応答がありませんでした。
きょろきょろして、室内のどこにも「撮影禁止」という文字が見当たらなかったので、写真を撮りました。
 
 
阿弥陀寺(6)_2010_2_9
 
 
本尊像も火災で焼失したため、真新しい「阿弥陀如来像」が立っていました。
左側には「不動明王立像」があり、その左右には2児童像がありました。
 
ごみをかばんに押し込んで、「ありがとうございました」と言って、「本堂」を出ました。
 
境内には、「山門」の隣に「鐘堂」がありました。
 
 
阿弥陀寺(7)_2010_2_9
 
 
「本堂」の左手奥には「子安地蔵堂」がありました。
これも新しい建物でした。
 
 
阿弥陀寺(9)_2010_2_9
 
 
その先に行って、石段を降りたところに「弘法大師堂」がありました。
ただ、メインに見えているのは「籠り堂」で、奥に続いて建っている(・・・ほとんど見えません)のが「大師堂」だそうです。
 
 
阿弥陀寺(10)_2010_2_9
 
 
手前には六角形の「納骨堂」がありました。
 
 
阿弥陀寺(11)_2010_2_9
 
 
下山します。 
帰りは、来たときとは別ルートを通りました。
 
(【2】に続く。)






最終更新日  2010年03月02日 11時15分45秒
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カテゴリ:西国三十三所巡り
 
旅館で寝ていた夜中にはっきりとした雨の音で目が覚めました。。。
1週間ほど前の週間天気予報できょうの天気が「曇り時々晴れ」であることを確認して、数日後に変わっていなかったので立てた計画だったのに、見事に裏切られてしまいました。_| ̄|○
まあ、私が「雨男」の本領を発揮してしまったのでしょうか。。。(^-^;)
 
きょうは、まず、バスで「西国三十三所」の「第一番札所」である「青岸渡寺」に行きます。
この寺は去年(2009年)の8月に日帰りのバスツアーで訪れています。
私は「西国三十三所」の寺は「番外札所」も含めて、すべて公共交通機関だけで訪れようと思っていたのですが、この寺だけはあまりに遠くて不便なので、小学生のときに家族旅行で来たときを‘1度’と数えることで自分を納得させました。(^-^;)
でも、‘ひょん’なことから、半年余りで電車とバスの乗り継ぎで訪れる機会が訪れました。
 
(以下、執筆中です。しばらくお待ちください。m( _ _ )m )






最終更新日  2010年02月22日 21時33分28秒
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2009年12月28日
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
きょうは「西国三十三所」の「公式番外札所」になっている兵庫県三田市の「花山院菩提寺」を参拝して来ました。
 
「公式番外」は3つあり、そのうちの2つは既にお参りしたので、これで「公式番外札所」は最後になりました。
 
JR(または神戸電鉄)の「三田」駅から、およそ1時間に1本ある「乙原バレイ」行きの神姫バスに乗って、約25分で麓の停留所に着きます。(340円)
ただ、きょうは市街地の道路が混雑していて、バスが駅前にやって来るのも遅れたし、出発したバスが郊外に出るまでのろのろ運転で、予定より数分時間がかかりました。
 
三田駅に着いたときには薄日が差していたのですが、バスの中でうとうとしていたら、乗客のおばちゃんが「えらい降ってきたなぁ・・・」というのが聞こえました。。。_| ̄|○
 
花山院の参拝だけなら「花山院」の停留所で降りればいいのですが、すぐ近くに「十二尼妃の墓」があるらしいので、1つ手前の「尼寺(にんじ)北口」で降りました。
バスを降りて進行方向に向かってすぐ前に、左手に「十二尼妃の墓」があることを示す案内が立っているので、迷わずに行けました。
バス停から50メートルほどです。
 
かつて「花山院菩提寺」の麓に尼僧庵の集落があり、そこに花山法皇を慕って集まった11人が暮らしていたが、山が女人禁制であったため登ることはできず、生涯貧困のうちに亡くなった人たちの墓だそうです。
 
 
十二尼妃の墓(2)_2009_12_28
 
 
道路の側には5体の仏像が並んで立っていました。
 
 
十二尼妃の墓(1)_2009_12_28
 
 
バス停のほうに戻らなくても、墓の前に別のほうに延びる道があって、そこに「花山院→」と書いてある道しるべがあったので、そちらのほうに歩いて行きました。
すぐに道路に合流しました。
 
そして、参道(?)の入口があり、「寺まで900メートル」と書いてありました。
距離は大したことはないので余裕の気分で歩き始めましたが、正直なところ、私が今まで訪れた寺への道でいちばん歩くのが大変でした。
角度がきついうえに、完全に舗装されています。
むしろ土の道のほうが‘登り’やすいし、車が通る心配がありません。
道を登っている途中から、雨がみぞれに変わるほどの寒さでしたが、半分ほど登ったところで汗が出てきました。
 
ガイドブックなどには「徒歩25分」と書いてありますが、私としては‘しんどかった’ので、これ以上ゆっくり歩けないほどゆっくり登って18分で「山門」の前に着きました。
仁王は朱色が残っていて、立派なものでした。
 
 
花山院(1)_2009_12_28
 
 
念珠を取りだして手を合わせ、軽く一礼してくぐりました。
 
入ってすぐの正面に「手水鉢」がありました。
 
 
花山院(2)_2009_12_28
 
 
そのすぐ右側が石段になっていて、いくつかのお堂が見えていました。
 
 
■番外札所 東光山「花山院菩提寺」
 
 本尊:薬師(瑠璃光)如来
 宗派:真言宗花山院派
 開祖:法道仙人
 創建:白雉2年(651年)
 御詠歌:有馬富士 麓(ふもと)の霧は 海に似て 波かと聞けば 小野の松風
 
 
石段を登ると、左手に「花山法皇殿」がありました。
 
 
花山院(4)_2009_12_28
 
 
この寺は「西国三十三所」の“33”の寺ではないので、本尊が如来です。
寺の本尊は「薬師如来」ですが、「西国三十三所」の「公式番外札所」としての本尊のような格好で「花山法皇像」が安置されているのでしょうか。
 
「花山法皇殿」の中には3体の像が並んでいました。
ガラス越しにフラッシュを使わずに撮影しました。
 
 
花山院(3)_2009_12_28
 
 
いちばん右に「花山法皇像」がありました。
 
 
花山院(5)_2009_12_28
 
 
「本堂」の右隣に「薬師堂」(「瑠璃光殿」)があって、その中に寺の本尊の「薬師如来像」が安置されていました。(画像奥のいちばん右の建物です。)
 
 
花山院(15)_2009_12_28
 
 
ここは常時開帳されているらしいのですが、きょうは閉まっていました。
さっきと同じくガラス越しには見ることができました。
 
 
花山院(6)_2009_12_28
 
 
さらにその右側(いちばん奥)には「幸福七地蔵尊」が並んでいました。
 
 
花山院(8)_2009_12_28
 
 
新しいものなので、説明のプレートもきれいでした。
 
 
花山院(7)_2009_12_28
 
 
境内には誰もいないし、時間も十分にあるので、1体ずつの説明を読み、順に手を握っていきました。
特に「結び地蔵」の手は長めにしっかりと握っておきました。(笑)
 
 
花山院(9)_2009_12_28
 
 
花山法皇の「御廟」がありました。
・・・うまく写真が撮れませんでした。。。
この寺はあちらこちらに菊の紋が見られました。
 
 
花山院(10)_2009_12_28
 
 
これで境内のメインの部分は終わりです。
続いて、石段の左側にある寺務所のほうに行きました。
 
門をくぐってすぐのところに「鐘堂」がありますが、「時報を兼ねているので突かないでください」と書いてありました。
 
 
花山院(13)_2009_12_28
 
 
その横は下界が見渡せるようになっていました。
 
左のほうには「有馬富士」が見えます。
(木の奥に見えるとがった山です。)
 
 
花山院(11)_2009_12_28
 
 
視界のぎりぎり右端には家島諸島が見えると書いてあったのですが、海は何となくわかるものの、島が認識できませんでした。
とにかく、私は去年も今年も、そのうちの1つの島から島へ泳いで渡ったんです。
 
 
花山院(12)_2009_12_28
 
 
1つお堂が建っていて、中を覗くと「不動明王」らしき像が見えていたのですが、名前はわかりませんでした。
 
 
花山院(14)_2009_12_28
 
 
そして、いちばん奥に「納経所」がありました。
「納経帖」を出して、朱印を書いてもらいました。
 
 
花山院_朱印_2009_12_28
 
 
そして、寺の人に「写経をしたいのですが・・・」と言いました。
私は「西国三十三所」の寺を回っていますが、写経はまだ一度もしたことがありません。
今回、この寺を訪れるにあたってネットで調べていると、この寺は「朱印」や「写経」に結構‘うるさい’ことがわかりました。
 
朱印をい書いてもらうノート(?)の名前は「朱印帳」ではなく「納経帳(納経帖)」です。
つまり、本来は写経をして、それを寺に納めた印として書いてもらうのが朱印なのです。
今回は年末だし、今年の締めくくりとして寺で筆を走らせるのも悪くないと考えて、しっかりと時間を考えて訪れました。
「ミニ書道用具」も一式持参しました。
 
ところが、寺の人に「写経は家でするものです。家で、お経を紙の下に敷いて写すから写経です。紙は売ってはいますが、ここで書くところはありません」と言われました。。。
・・・家で書くものですか。。。
 
せっかく筆や硯まで持って行ったのに、使うことはできませんでした。
さらに、寒い部屋で畳の上で正座して1時間ぐらいかかって書くことになると思っていたので、予備のジャンパーを1枚かばんに入れて持って行っていました。
これらがすべて‘ただの荷物’になってしまいました。。。
 
ちなみに「写経用紙」は‘40枚2000円’で売っていました。
・・・40枚も書かないと思う。。。
 
ということで、最後はあっけなかったのですが、予定より1時間前のバスに間に合うことになったので、ゆっくりと下山することにしました。
「公式番外札所」の中では明らかにいちばん広かったです。
 
帰りは行きよりさらに道路が混んでいて、バスは10分遅れて「三田」駅に着きました。
 
きょうできなかった写経は、来年、どこかの‘寺’でしたいと思います。
(・・・家でする気にはなれません。。。(^-^;))






最終更新日  2009年12月30日 21時49分13秒
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2009年10月31日
カテゴリ:西国三十三所巡り
 
(【1】の続きです。)
 
「西塔」エリアに行くには、バスに乗ったほうが楽だし、確実に行けるのですが、バス停まで戻る道がわからなかったし(^-^;)、バスの本数が多くないので、‘うまく’行けば歩いたほうが早いはずなので、持って行った地図を見ながら歩くことにしました。
 
途中で、道が分かれるところがあり、「きっと左だ」と確信したので、そのままどんどん進んだのですが、途中で来るときにロープウェイから見たのと同じ景色が見えて、一気に汗が噴き出しました。。。(^-^;)
通りかかった人に地図を見せながら、「私は今、どこにいるんでしょうか・・・」と、‘お決まり’の台詞を口にしてしまいました。(笑)
案の定、ロープウェイ駅のほうの道を進んでいて、既に3分の1ぐらい引き返していたようです。。。
道が分かれていたところまで往復で30分のロスです。
予定がこなせるか、少し焦り始めました。
 
今度は間違いなく‘正しい’道を進み、「山王院」を超えて、「西塔」エリアに入りました。
 
少し歩くと、2つのお堂が橋でつながったような格好の建物の前に出ました。
左が「常行堂」、右が「法華堂」で、併せて「にない堂」というようです。
(※実は、ここでデジタル・カメラのSDカードに不具合が発生したらしく、カメラに「カードエラー。フォーマットしてください」という表示が出て、撮影できなくなってしまいました。それで、しかたなく「OK」を押したら、これまでのすべての画像が消えてしまいました。(涙) 実は、ここまでの画像は1週間後に再度訪れて(^-^;)撮影したものです。ここからは当日の画像です。)
 
 
延暦寺「にない堂」_2009_10_31
 
 
そのすぐ先に「釈迦堂」がありました。 
「釈迦堂」は「西塔」エリアの本堂で、本尊は「釈迦如来立像」です。
 
 
延暦寺「釈迦堂」_2009_10_31
 
 
1つの寺でお堂がたくさんあるところは、お参りするたびに賽銭がいるので、小銭があっという間になくなります。
靴もお堂に入るたびに脱がなくてはならないので、大きな寺を参拝するときは、たくさんの小銭と歩きやすくかつ脱ぎやすい靴が必須ですね。
 
「西塔」エリアには「東塔」エリアほど‘これ’といった建物はなく、私は「根本中堂」と並んでもう1つの目的地の黒谷の「青龍寺」へ向かいました。
「青龍寺」はさらに先の「峰道」というバス停の少し先の脇道を分け入って30分ほど歩いたところにあるらしいということしかわかっていません。
‘例’によってバス停がどこか、わかりません。。。
本数の少ないバスとタイミングが合う可能性も低いと判断しました。
それで、「峰道」まで歩くことにしました。
ちなみに、「釈迦堂」の横手に「青龍寺まで2000M」という看板がありました。
 
ただ、ヤフー!の地図をプリントして持って行っていたのですが、どうもこの地図が頼りないんです。
方向感覚のない私が頼りない地図を見ると、頼りなさが倍増して、妙な道を歩いて行くと、遭難しないとも限りません。(笑)
それで、どこで途切れるかわからない山道を歩いて行くのはやめて、ドライブ・ウェイを歩くことにしました。
これなら、遭難することはありません。
ときどき急カーブで出くわした車を驚かせたようですが、無事に迷わずに10分で「峰道」までたどり着けました。
 
空腹が限界に来ていたので、2度めの昼食として、カレーを食べました。
・・・ただのカレーが850円もした。。。
 
レストランを出て少し先に「伝教大師尊像」が立っていました。
 
 
延暦寺「伝教大師尊像」_2009_10_31
 
 
「青龍寺」へはこの像の少し先にある道を進みます。






最終更新日  2009年11月08日 22時53分07秒
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カテゴリ:西国三十三所巡り
 
きょうは、比叡山「延暦寺」に行って、「西国三十三所」の「非公式番外札所」の「根本中堂」と、「法然上人二十五霊場」の「特別霊場」の「青龍寺」を参拝しました。
どちらも比叡山山頂付近にあります。
 
比叡山山頂には車以外で行くには、京都側からケーブルカーとロープウェイの乗り継ぎで行く方法と、大津のほうからケーブルカーで行く方法があります。
今回は前者の方法で行きました。
 
京阪電車の「出町柳」駅から少し歩くと、叡山電鉄の駅があり、そこから電車で「八瀬比叡山口」駅まで行きます。(260円)
そこから3分ほど歩くと、ケーブルカーの乗り場があります。
ケーブルカーに9分乗る(530円)と、今度はロープウェイに乗り換える駅に着きます。
最後にそのロープウェイに乗って(310円)、3分ほどで「比叡山頂」駅に着きます。
 
そこから歩いて30分ほどで「延暦寺」まで行けるらしいのですが、きょうはあとでかなり歩くのと、初めての山道で詳細な地図がなくて不安なのとで、バスで「延暦寺」の前まで行くことにしました。
バス停までは歩いて5分ちょっとかかります。
 
乗り換えのたびに待ち時間が生じるのがもったいない気がします。
それでも、‘行き’は比較的無駄な待ち時間がなく、次々と乗り換えられて、また、すべて座れたので、楽でした。
 
バスで「延暦寺バスセンター」まで行きます。(160円)
(※路線バスと山頂シャトルバス、あるいは、京阪バスと京都バスで停留所の数が違うようです。「○番めの停留所で降りる」という認識をしていると、間違える可能性があります。)
このバス停、ロータリー式になっていて、「右行き」と「左行き」が同じところに同じ向きで入って来ます。
・・・私のような方向感覚のない者にとっては、‘恐ろしい’バス停です。。。(^-^;)
 
有料ゾーン(境内)に入る前に、前の休憩所でうどんを食べておきました。
そのあと、料金所で入山料(550円)を払って、境内に進みました。
 
比叡山山頂は大きく3つの地区(「東塔(とうどう)」「西塔」「横川」)に分かれています。
私が最初に入ったのは、「東塔」というゾーンです。
 
まず、料金所を入ってすぐのところに「国宝殿」がありましたが、今回はパスしました。
 
その先の通路を歩いて行くと、左手に「大講堂」がありました。
 
 
延暦寺「大講堂」_2009_11_7
 
 
堂内の壁には、各宗派の宗祖の肖像が説明とともに掲げられていました。
「大講堂」の本尊は「大日如来」で、立派な座像があったのですが、典型的な‘左手の人差し指を右手の指で覆っている’ようなポーズではなくて、左右の手の甲の指を合わせている「阿弥陀如来」に見られるポーズでした。
本尊の向かって右脇には「十一面観音立像」が、左脇には「弥勒菩薩立像」がありました。
また、少し奥まったスペースが左右にあり、左側のほうには日蓮聖人ほか4体、右側のほうには法然上人、日蓮上人をはじめ5体の座像が安置されていました。
 
「大講堂」を出て、正面の右奥に鐘楼があり、1回50円で「開運の鐘」がつけるようになっていて、数人が列になって順番を待っていました。
紅葉を楽しむにはまだ少し早い感じでした。
 
 
延暦寺「鐘楼」_2009_11_7
 
 
その奥へ進んで数分歩くと、左手の眼下に「根本中堂」(国宝)が見えてきました。
ただ、写真が非常に撮りにくいところにあります。。。
ちなみに、手前に見えているのはただの塀と門です。
「根本中堂」は画像の左奥に屋根が見えている建物です。
 
 
延暦寺「根本中堂」(1)_2009_11_7
 
 
「根本中堂」は回廊の奥にあり、靴を脱いでその回廊を左側から歩いて行くようになっています。
 
 ■(非公式)番外札所 比叡山「延暦寺・根本中堂」
 
 本尊:聖観音菩薩
 宗派:天台宗総本山
 開祖:伝教大師(最澄)
 創建:延暦7年(788年)
 御詠歌:千代かけて 世をば救ひの 鐘の音を 送り絶えせぬ 比叡の山風
 
また、なぜか「納経は参拝前にお済ませください」と書いてあったので、入口の前にあった納経所で、お参りする前に朱印を書いてもらいました。
 
 
延暦寺「根本中堂」_朱印_2009_10_31
 
 
それと、このお堂だけ「撮影禁止」と書かれていたのですが、ひょっとして他の堂内は撮影はOKなのでしょうか。。。
 
「根本中堂」の中央には本尊の「聖観音立像」が見えました。
向かって左側には「薬師如来立像」もありました。
「明日11月1日は不滅の法灯で、その準備中です」とのことで、薬師如来像の前では護摩木(?)をしきりにくべていました。
 
右側の回廊を通って、「納経所」の前まで戻って来ました。
 
「根本中堂」の反対側にはものすごく急な石段がそびえていて、その上に「文殊楼」が建っています。
 
 
延暦寺「文殊楼」(1)_2009_11_7
 
 
石段を登ったところから振り返ると、「根本中堂」が見えました。
 
 
延暦寺「根本中堂」(2)_2009_11_7
 
 
「文殊楼」は本来は「根本中堂」の表門に当たる建物だそうで、従って、正面は登ってきた石段のほうから見える反対側になります。
 
 
延暦寺「文殊楼」(2)_2009_11_7
 
 
中に入って、信じられないぐらい急な階段を登ると、その上に本尊の「文殊師利菩薩立像」が祀られていました。
脇には四天王像があり、まだ鮮やかな彩色がいくらか残っていました。
 
階段の角度をメモして帰って、家で測ってみると、‘60°’でした。
・・・もっとあるような気がしたんですが。。。(笑)
 
「根本中堂」から来たのと反対側にも石段があり、そこを下りると、「大書院」と「延暦寺会館」があります。
「大書院」は入れませんでした。
 
多くの人はここで元来たほうへ戻って、先にある「阿弥陀堂」に行くのですが、私は「延暦寺会館」の左手にある登山道を少し下(くだ)りました。
この道は滋賀県の坂本へ通じる登山道です。
私は歩いて下山するわけではなく(^-^;)、100メートルほど行ったところにある「法然堂」に行くためです。
 
脇に折れる道がありました。
 
 
延暦寺「法然堂」(1)_2009_11_7
 
 
古い民家といった感じの建物があり、「ご自由に中に入ってお参りください」と貼り紙がしてあったので、中に入りました。
 
薄暗い部屋に祭壇があったので、念珠を取り出して、手を合わせました。
(どこにも「撮影禁止」と書かれていなかったので、祭壇を撮影しました。)
中央の像は法然上人の立像だと思います。
 
 
延暦寺「法然堂」(2)_2009_11_7
 
 
ここ専用(?)の朱印があるようだったので、書いてもらおうと思い、奥の「御朱印は気軽にこちらへ声を掛けてください」と書かれていた部屋を覗いて、何度も「すみませ~ん」と言ったのですが、誰もいないようで、朱印は書いてもらえませんでした。。。
 
残念でしたが、しかたなく元来た道を引き返して行って、「大書院」の先にある「大黒堂」の前まで行きました。
 
 
延暦寺「大黒堂」_2009_11_7
 
 
さらに先へ行くと、右手に石段があり、その上に「戒壇院」がありました。
内部が公開されるのは年に1日だけだそうで、扉は固く閉ざされていました。
 
 
延暦寺「戒壇院」_2009_11_7
 
 
「戒壇院」の左手の道を登って行き、また石段があり、そこを登ると、正面に「阿弥陀堂」があります。
この建物は新しいもののようです。
 
 
延暦寺「阿弥陀堂」_2009_11_7
 
 
前には非常に小さい日本庭園があり、「水琴窟」もありました。
ちゃんとかすかな音が響いていました。
 
「阿弥陀堂」の左手に、この一帯の名称になっている「東塔」がありました。
これも建物は新しいもののようです。
 
 
延暦寺「東塔」_2009_11_7
 
 
これで、「東塔」エリアの主な建物は見たことになるので、少し戻って、「戒壇堂」の左脇にある砂利道を進みました。
「西塔(さいとう)」エリアに移動するためです。
 
(【2】に続く。)






最終更新日  2009年11月08日 22時50分56秒
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