橋本健二の読書日記&音盤日記

2007/12/30(日)14:22

桐野夏生『水の眠り 灰の夢』(文藝春秋・1998年・629円)

文学・小説(12)

1995年の作品の文庫化。舞台は1963年、東京オリンピックに向けた開発が進み、急速に変貌しつつあるさなかの東京である。実際に起こった連続爆破・脅迫事件である「草加次郎事件」、そしてこれと関連があるという想定の女子高生殺人事件をフレームワークに、マスコミの内情、週刊誌で活躍するトップ記者たちの生態、新宿の深夜喫茶にたむろする若者たちなどが描かれている。実は主人公の村野善三は、桐野のいくつかの小説で活躍する村野ミロの父親ということになっていて、その意味では重要な作品なのかも知れない。この作品のストーリーにも、階級が影を落としている。犠牲になった少女は、下町の閉鎖的な家族と地域社会から抜け出そうとしていて、ここから犯罪に巻き込まれるのである。同時に、隅田川周辺の当時の風景についての叙述も興味深かった。建設が進む高速道路について村野が「東京は醜くなるよ」というと、甥の卓也は「そうかなあ。これからはハイウェーで前の車のテールランプがきれいだなあと思ったり、海の向こうの工場地帯の光がきれいだと思ったり、そういう時代になっていくんじゃないかな」と反論する。世代による感受性の違いが表れている。昭和30年代ブームだという。当時の醜さを知らない人々によって作られた虚構という側面もあるが、都市文化の保存につながるものならば、目くじらたてずに応援したいという気持ちは、私にもある。 水の眠り灰の夢

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