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橋本健二の読書日記&音盤日記

橋本健二の読書日記&音盤日記

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クラシック音楽

2008年12月18日
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カテゴリ:クラシック音楽
 その後も何種類か聴いたが、いちばんの期待はずれはこの演奏。アンサンブルもテンポもぎくしゃくしていて、散漫きわまりない。第1楽章の金管など、まるで下手くそな軍楽隊だ。長大な最終楽章も、聞き手を集中させる一貫した流れに欠けている。

 実は、ゲルギエフのマーラーを聴いたのははじめて。他の曲はどうなのか、ちょっと評判を集めてみようと思っている。


【081217_cd】【SACD】【輸入盤】マーラー:交響曲第3番/ゲルギエフ&LSO






最終更新日  2008年12月18日 14時52分33秒


2008年11月23日
カテゴリ:クラシック音楽
 以前からバーンスタイン盤でときどき聴いてはいたが、いまひとつはっきり頭に入らないままだったのが、この曲。ところが、ザルツブルクでウィーン・フィルの演奏を聴いて、すっかり好きになってしまった。それで何種類か買い求めて聴いていたのだが、結局のところ決定盤はこれだろう。

 演奏は、完璧の一語に尽きる。録音もよく、オーケストラが完璧に鳴りきっている。当たり前といえばそれまでだが、ザルツブルクで聴いた音とまったくといっていいほど同じだ。演奏の性格も、極めて似ている。おそらくは、ブーレーズが「ウィーン・フィルのマーラー3番」というものの演奏スタイルを確立してしまい、他の指揮者が指揮してもよく似た演奏になってしまうのではないか。だとすれば、あの日の素晴らしい演奏の半分くらいは、ブーレーズの功績ということになるのかもしれない。

 ぜひ、SACDで聴くことをおすすめする。マーラーの曲に関しては、SACDで聴いてしまうとCDに戻る気がしない。なかなか普及しないのが残念である。


【送料無料】マーラー:交響曲第3番 / ブーレーズ






最終更新日  2008年11月23日 14時43分07秒
2008年09月03日
カテゴリ:クラシック音楽
 今年のザルツブルク音楽祭では、5人の指揮者がウィーン・フィルを指揮した。登場順に、ピエール・ブーレーズ、ジョナサン・ノット、リッカルド・ムーティ、マリス・ヤンソンス、そしてエサ=ペッカ・サロネンである。

 私が聞いたのはサロネンの指揮したコンサートで、曲はマーラーの交響曲第3番。ソプラノはフィンランドのリリ・パーシキビ、女声合唱はウィーン国立歌劇場合唱団、少年合唱はザルツブルク音楽祭少年合唱団。席は2階の2列目、左から11番目で、第1バイオリンがほぼ正面にくるような席だった。やはり日本なら間違いなくS席になるような場所で、115ユーロ。

 マーラーの第3番は、マーラーの交響曲で最長の作品であるだけでなく、おそらく演奏される機会の多い交響曲すべてのなかでも、ほぼ最長といっていいだろう。長大な第1楽章は、私の感覚では音楽の流れにスムーズではないところがあり、音響的には華やかであるにもかかわらず、やや退屈になりがち。しかしこの日の演奏では、冒頭のホルンをはじめとして金管奏者たちの名技を堪能することができ、さらに完全に鳴りきったときのウィーン・フィルの音そのものを楽しむことができた。

 第1楽章が終わると、指揮者は指揮台のそばの椅子に座って休憩を取り、2-3分後に第2楽章が始まる。CDで聴くウィーン・フィル、とくに弦楽セクションは、やや粘りけのある木質系の音色で、時には鈍重に聞こえることがないではない。ところが今日の演奏では、意外に金属質な音色と卓抜な機動力を感じさせた。声楽の入る4楽章、5楽章もよかったが、何といっても素晴らしかったのは5楽章から時間をおかずに始まった第6楽章である。冒頭の静かな弦楽合奏からして、おそらく世界最高の弦楽合奏といっていい名演で、少しずつ増えていく管楽器も絶妙。圧倒的なフィナーレまで、しばし時間を忘れて音楽に没入する、得難い体験だった。

 サロネンはこれまで、北欧音楽と現代音楽を専門にするやや軽量級の指揮者という印象があったが、少なくとも第2楽章以降を聴く限り、オーケストラに対する統率力と長大な演奏を破たんなく作り上げる構成力を持った素晴らしい指揮者だということを実感。2008年からはロンドン・フィルの主席指揮者に就任するとのことだから、今後はレパートリーも増えていくだろう。期待したいところである。(2008.8.30)






最終更新日  2008年09月03日 14時41分43秒
2008年09月02日
カテゴリ:クラシック音楽
 今年のザルツブルク音楽祭に招かれた外来オーケストラのハイライトは、フランツ・ウェルザー=メストが指揮するクリーブランド管弦楽団のコンサート。プログラムは次の3つで、私が聴きに行ったのは、マーラー「大地の歌」を中心とするプログラムだった。ちなみにテノールのボータは、病気というジョナス・カウフマンの代役である。

 ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」/バルトーク ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:内田光子)/ベルク 3つの管弦楽小品(9月19日)

 バルトーク 中国の不思議な役人/バルトーク ビオラ協奏曲(ビオラ:カシュカシアン)/ヨハン・シュトラウス「皇帝円舞曲」(9月24日)

 メシアン「我ら死者の復活を待ち望む」/マーラー「大地の歌(テノール:ヨハン・ボータ、バリトン:サイモン・キンリーサイド)」(9月25日)

 私の席は、2階の前から3列目の中央やや左より。日本のホールなら文句なしのS席だが、こちらではちょうど真ん中あたりの値段の席で115ユーロ(約18000円)。開演の20分ほど前にホールに入ると、団員の大部分が既に席につき、難しいパッセージを練習していた。直前までこれほど真剣に練習しているオーケストラをみたのは、シカゴ交響楽団以来である。

 1曲目のメシアンは弦楽の入らない曲なので、クリーブランド管弦楽団の全体像をつかむことはできないが、クリアで力強い金管、明晰な打楽器、そして不協和音の最強奏でも濁らない音響など、その実力はうかがえた。日本人奏者が何人かいたが、チューバの杉山康人が健闘して過不足ない力演をしていたのが印象に残った。日本人の金管奏者、それもチューバ奏者が米国のメジャー・オーケストラで通用するというのは、一昔前には考えられなかったことだろう。

 さて、メインの「大地の歌」。金管の序奏のあと、弦楽の全パートが登場。長年聞いてきた、あのクリーブランドの弦楽セクションの音である。ただし、ジョージ・セルの時代に比べるとやや細身になったのではないだろうか。金管も、技術的には完璧ながら、セル時代のライブ録音で聞くほどの力強さはないようだ。木管はそれぞれに健闘。とくに主席フルートのヨシュア・スミスの音は、長年主席を務めたモーリス・シャープの凛とした音にそっくりで、フルートソロの場面が来るたびに演奏が引き締まるように思えたのは、気のせいではないだろう。第6楽章の後半部分は、実に美しく純粋に音楽的な演奏で、ウェルザー=メストがCDで聞く以上に実力のある指揮者であることがうかがえた。ただしバリトンのキンリーサイドはやや問題ありで、見せ場でやや大きなミスをしたのが残念。これにたいしてテノールのボータは驚嘆すべき力演で、その堂々とした体格とともに、強烈な印象を残した。聴衆の反応は、熱狂的というほどではないとしても絶賛に近いものだった。

 プログラムはこの日のコンサートの内容だけを収めたものが売られていて、1冊4.5ユーロ。クリーブランド管弦楽団の紹介に「ウェルザー=メストの指導の下で世界でもっとも評価されるアンサンブルのひとつになった」と、まるでクリーブランドの今日をウェルザー=メストが築いたかのような書き方がされているのは気になったところ。ひいき目にみても、ジョージ・セルの遺産をおおむね守り通しながら、繊細で清楚な響きという新しい要素を付け加えたというべきだろう。難しいとは思うが、ぜひ来日してほしいものである。(2008.8.25)






最終更新日  2008年09月02日 20時41分54秒
2008年08月23日
カテゴリ:クラシック音楽
 こちらは、音楽部門最大のイベント。ワレリー・ゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団による、プロコフィエフの交響曲全曲演奏会で、しかも核になる交響曲第5番を含むプログラムである。チケットは早々と売り切れたようで、発売直後にインターネットで日本から入手できたのは幸運だった。私の席は、前から11列目のやや右寄りで、これでもわずか38ユーロ(6200円)。

 1曲目は交響曲第4番。古典主義的な導入部から、次第に前衛的な性格を強めていく曲だが、やや全体像をつかみにくい。ゲルギエフ自身、どちらかといえばドラマチックな曲を得意とするタイプだということもあり、ちっょと評価はしがたいところがある。

 2曲目は、交響的協奏曲で、ソリストはロシアの新鋭・タチアナ・ヴァシリエヴァ。若き日のロストロポーヴィチを想定して作られた技巧的な曲だが、繊細な旋律も随所に現れる。この演奏では、まず第1に賞賛されるべきは、ヴァシリエヴァの驚異的なテクニックと力強い表現力だろう。音量もたっぷりで、今後が楽しみなチェリストである。

 3曲目は、交響曲第5番。冒頭から聴衆の耳をとらえて放さない、圧倒的演奏だった。とくに第1楽章と第2楽章は、まったく緩むところなくオーケストラを鳴らし切った、すばらしい名演奏。第4楽章では、若干アンサンブルの乱れがあり、やや散漫になる個所もあったが、最後は完璧に締めてくれた。

 ゲルギエフは2007年にロンドン交響楽団の主席指揮者に就任、プロコフィエフの交響曲全曲演奏は、その少し前から始まり、世界で話題を呼んでおり、CDも出ている。この11-12月には、日本でも全曲演奏会が行われる予定で、チケットは既に発売中。関心にある方はお聴き逃しなく。ただし、東京公演のS席は27000円らしい。(2008.8.16、アッシャー・ホール)


ワレリー・ゲルギエフ(cond)/ロンドン交響楽団/プロコフィエフ: 交響曲全集(CD)






最終更新日  2008年08月23日 15時24分49秒
2008年08月22日
カテゴリ:クラシック音楽
 エジンバラ国際フェスティバルでは、演劇、音楽、ダンス、大道芸など、いろいろなジャンルの公演が行われるが、ダンス部門での呼び物のひとつが、このSteve Reich Evening。8月15日から17日まで3日連続で行われたが、私が見に行ったのは1日目。

 スプリンクラーの故障でステージが水浸しになったとかで、開演が遅れてはらはらさせられたが、50分ほど遅れてステージは始まった。音楽演奏はIctus、ダンスはRosasという集団が受け持った。

 この作品は、ライヒの6つの作品と、関連するリゲティのひとつの作品、計7曲とダンスを組み合わせたもの。構成は、なかなか考えられている。まずは「ペンドラム・ミュージック」で観客の耳を慣れさせ、次に「マリンバ・フェーズ」でライヒのミニマル・ミュージックの世界に引き込んだ後、ほぼ同一作品といっていい「ピアノ・フェーズ」からダンスが始まる。ダンスでは、さすがにこの曲のモアレ効果までは十分に表現できないようだが、それでも二人の女性ダンサーが少しずつずれながら回転するところなど、ライヒの世界がある程度までは表現されていた。

 すばらしかったのは、次の「エイト・ラインズ」。改訂前は「オクテット」と呼ばれていた作品で、ピアノ、バス・クラリネット、クラリネット、フルート、ピッコロ、弦楽などがそれぞれに旋律を繰り返しながらからみあうという、ライヒの代表作。これを8人の女性ダンサーが、それぞれに声部を受け持つ形で表現する。とくに、バスクラリネットを担当した黒人女性の力強い演技、そしてフルートを受け持った白人女性の激しい表現力が印象に残る。

 「フォー・オルガン」は男性ダンサー5人による演技だったが、曲自体が駄作(私の主観)なので、あまりどうということはない。次はリゲティの「ポエム・シンフォニーク」。これは、ステージ上に並べられた周期の異なる多数のメトロノームを、動力を失って止まるまで鳴らし続けるというもので、この曲に続いて「ドラミング」を演奏するという構成は、見事。ダンスも、すばらしかった。アンコールは「木片の音楽」で、先の黒人女性が全体を引き締めて好演。

 「フォー・オルガン」の中だるみが残念だが、全体としてみれば、作品・演奏・演技とも満足できるものだった。私の席は、ステージから5列目の右よりで、わずか23ユーロ(3800円)。こんなすばらしい芸術祭を楽しめるエジンバラ市民がうらやましい。

 詳細は、下のURLを参照。公演の一部も動画で収められている。(2008.8.15、エジンバラ・フェスティバル・シアター)

http://www.eif.co.uk/event/steve-reich-evening.html







最終更新日  2008年08月23日 14時58分49秒
2008年05月25日
カテゴリ:クラシック音楽
LP時代には聞いていたが、SACDで再入手。1番がすばらしい。音色も美しく多彩。これまでルビンシュタインは、さほど音色の変化のないピアニストだと思っていたが、そんなことはない。SACDの最大の利点は、ソリストの音色の個性がはっきり出るところにあるようだ。オーケストラがまたいいので、指揮者は誰かと思ったら、何と現役のスクロヴァチェフスキーだった。2番は、あまりぱっとしない演奏で、これは指揮のウォレンシュタインの責任が大きい。ただし、考えてみればショパンの2番はある時期まで、名曲と評価の高い1番に比べると軽んじられていて、いい演奏がでてくるようになったのは比較的最近のことのように思う。リンクは国内盤だが、輸入盤なら1700円程度で入手できるだろう。


ショパン: ピアノ協奏曲第1番&第2番 [SACD Hybrid] / アルトゥール・ルービンシュタイン(Pf)






最終更新日  2008年05月25日 08時44分54秒
2008年03月18日
カテゴリ:クラシック音楽
LPとCDで持っている演奏だが、SACDも買ってみた。かなり印象が変わる。グルダはテクニックがありリズム感がよく、音色も美しいが、どちらかといえば均質なタッチが特徴だと思っていた。しかしこのSACDで聞くと、けっこうタッチが変化する。アバド指揮のウィーン・フィルも、今まではやや濁った音でグルダのピアノと合わないように感じていたが、けっこう透明感がある。カップリングが同じグルダ/アバドのK466でないのが実に残念。SACDは、なかなか増えない。もっと、いろいろと出してほしいものである。楽天にはないようなので、HMVにリンクを張っておく。







最終更新日  2008年03月18日 08時05分11秒
2008年03月06日
カテゴリ:クラシック音楽
会場は、オペラシティ大ホール、指揮はトーマス協会音楽監督のゲオルク・クリストフ・ビラー。ビラーは第31代目の音楽監督で、バッハから数えて16人目とのこと。今回の来日ではマタイ受難曲も演奏されるが、信心のない私は長時間過ぎて耐えられそうにないし、曲も好きなのでロ短調ミサのコンサートに出かけることにした。席はS席で、前から12列目の右より。合唱団員は6歳から18歳までということだが、出演者では10歳くらいからだったようだ。わんぱく盛りだから、演奏中も隣の子と顔を見合わせて笑ったりして楽しそうだが、演奏はしっかりしていた。管弦楽も堅実だが、やや様式の不統一があるのではないか。合唱は少年合唱団で、いわばピリオドスタイルなのだが、ソロはバイオリンとフルートがロマンティックで、金管はかっちりした演奏。ソリストは女性を使い、控えめにヴィブラートをかける。しかし全体としてはいい演奏。私の愛聴盤はコルボの旧盤で、アンドレのトランペットがあまりに印象強烈なため、何を聞いてもトランペットが物足りなく感じられてしまうのだが、今回のソリストはまあ水準を行っていたと思う。終曲は圧倒的で、終わったあとの余韻が長く続き、十秒間ほどは拍手も起こらなかった。コンサートはこういう終わり方をしてほしいものである。(2008.3.3)






最終更新日  2008年03月06日 17時48分04秒
2008年03月05日
カテゴリ:クラシック音楽
日本でも人気の高いピアソラの大作で、意外にも日本初演。会場は、初台のオペラシティの大ホール。ヴォーカルはカティエ・ビケイラ、ナレーターがパブロ・シンヘル、バンドネオンが小松亮太、管弦楽と合唱は特別編成で、指揮が斎藤一郎。詩は抽象的だし、曲も晦渋なところがある。「ブエノスアイレスのマリア」のように覚えやすい旋律もわかりやすい物語性もないうえに、大編成の合唱が必要とあっては、演奏される機会に恵まれないのも仕方がないか。内容は、新しくアメリカ(合州国ではなく、南米大陸の意味)に来た者たちが国作りをする一方、ラプラタ川の地下には洞窟都市があって住民がいるというもの。おそらくこれは、侵略民族の末裔であるピアソラの、滅ぼされた者たちへのレクイエムだろう。その意味では「マリア」より内省的で、ピアソラの、そして作詞者であるオラシオ・フェレールの思想が色濃く表れたものといっていい。歌手のビケイラは、新世代の代表的なタンゴ歌手とのこと。「マリア」で聞いたフリア・センコほど個性的な声ではないが、美声で情感も豊か。ちなみにアンコールの「ロコへのバラード」は、感動的な名唱で、歌でこんなに感動したのはグルベローヴァ以来だった。ナレーターのシンヘルは、本職が指揮者・ピアニストとのことだが、訴求力に欠け、「マリア」のフェレールに比べると、ほとんど「ただの朗読」というレベルだったのが残念。小松のバンドネオンは、なかなか素晴らしい。もっと前面に出してやりたかった。指揮も、よくやっていたと思う。聞くところによるとNHK-FMで放送予定があるそうなので、聞き逃さないようにしよう。CDも出してほしいものである。またその前に、「ブエノスアイレスのマリア」を聞いたことのない人は、ぜひ聴きましょう。(2008.2.29)


ピアソラ:ブエノスアイレスのマリア






最終更新日  2008年03月05日 08時12分56秒

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