橋本健二の読書日記＆音盤日記

[都市論・東京論] カテゴリの記事

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  『昭和30年代・40年代の世田谷』

  　昭和ブームのせいか、こんな本まで出版された。世田谷区各地の古い地図と写真を集めて、当時の地域のようすを解説したもので、全159頁。　自宅の付近の写真も多く、経堂駅、すずらん通り商店街、農大通りなどの鮮明な写真がある。いまも営業している和菓子屋や電気屋がある。最近になって閉店した食堂が、昭和25年には旅行者向けの外食券食堂だったというのは驚き。　世田谷区は23区でいちばん人口が多く、83万人。人口の少ない100万人程度の県でも、郷土史の本や写真集は数多く出版されているから、こんな本が出ても不思議はない、といいたいところだが、大多数が定住者である地方の県と特別区とでは事情が違う。昭和ブームであること、高齢化と同時に定住者が増えてきたことが背景だろう。どこの区でも成立する企画とは思えないが、これからはいくつか出てくるかもしれない。地元の書店では山積みになっている。

  2009年04月29日

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  『東京人』2009年5月号(都市出版・900円)

  　この雑誌には毎号、巻頭に三人の筆者による随筆が掲載されているが、この号は私も執筆している。題して、「居酒屋からの警鐘」。ご笑覧ください。　今回の特集は「模型」で、都市模型や建物模型、古い町のジオラマなどが多数紹介されている。みたことのないものが大部分で、博物館めぐりがしてみたくなった。東京人 2009年 05月号 ［雑誌］

  2009年04月03日

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  『荷風』　vol.18(日本文芸社・2008年・880円)

  　東京をテーマにする雑誌の嚆矢は、もちろん都市出版の『東京人』で、しばらくはその独走が続いたが、その後競合する雑誌が続々現れた。その多くは、散歩ガイドやグルメガイド的な軽い作りだったのだが、『荷風』は季刊誌ながら歴史・文学に踏み込んで、『東京人』とガチンコ勝負をかけてきた観がある。先日会った『東京人』の編集者は、「エロを加味した『東京人』」と評していた。その近刊が、これ。　テーマは浅草・両国だが、これに隅田川を加味して、内容はさらに広い。今回は、けっこう上出来の方だろう。いつも楽しみにしている映画ベストテン、テーマは「川のある東京」で、1位は千葉泰樹監督で山田五十鈴主演の「下町」(1957年)、2位は成瀬巳喜男監督の「流れる」(1956年)だった。『荷風！』2008年12月号

  2009年03月05日

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  『散歩の達人』2008年10月号

  　特集は「向島・押上・曳舟」で、「新タワーの城下町　“艶街”を歩く』という副題がつく。買ってからひと月経って、ようやく読めた。　例によって玉の井の色街建築から始まるのだけど、こんなもの目当てに出かける人がいるものなのかどうか。向島には120人もの芸者さんがいるそうで、まあ、あまりその手の料亭に行きたいとは思わないのだけれど、保存しておきたい文化ではある。　お目当ての飲食店紹介だが、わりと高級店ばかり集めた感じ。焼き鳥は一本300円だったりするし、牛タンのワイン煮2300円、ランチコース3500円など。こういうものは都心にいくらもあるので、集め方のコンセプトが疑問。やっぱり、取上げるなら大衆酒場でしょ。と思ったら、後ろの方に「岩金｣｢和楽｣が出てきてほっとした。　他の記事では、津川雅彦のインタビューが、「マキノ雅彦」の名で映画監督を始めた経緯など語っていておもしろい。しかし「教育が悪いんだよ。すべての元凶は日教組さ」とはどんな現状認識をしているのか。「昭和チック当て字看板コレクション」も、「来夢来人」「待夢」など下手な看板を集めていて、楽しい。 『散歩の達人』2008年10月号

  2008年11月04日

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  西井一夫・平嶋彰彦,『「昭和二十年」東京地図』筑摩書房、1992年、900円

  　旅先で何か東京論の本を一冊、じっくり読みなおそうと考えたとき、すぐに思いついたのはこの本だった。　佐多稲子、永井荷風、高見順、伊藤整など数多くの作家たちの日記や作品を縦糸に、国家の政策や在野の社会運動を絡めながら、戦中から戦後にかけての東京の社会を鮮やかに描き出している。著者が第一によって立つのは、都市の細民や被差別者たちの視点だが、ついで永井荷風のような、戦時の批判的傍観者たちにも共感を示す。情報量はきわめて多く、著者の力量には感服する。ちなみにタイトルの「昭和二十年」に括弧がついているのは、天皇制の記号表示は本意ではないからとのこと。東京の都市史を論ずるための必読書だろう。　日本に帰る前にもう一度読み返し、主だったところを頭にしみこませてから、東京の町歩きに出かけたい。文献目録のないのが残念。西井一夫・平嶋彰彦,『「昭和二十年」東京地図』

  2008年08月20日

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  喜安朗『パリの聖月曜日』(岩波書店・2008年・1100円)

  パリの外周部には環状の自動車道が走っていて、これに沿って「ポルト・ド・○○」という地名が連なっている。ポルトというのは城門のことで、ここにかつての城壁都市の外周があったということがわかる。現在でもパリ市街は、ほぼこのとおりの範囲にある。城壁の内側では、市民を対象とする税金がかかるので、この城壁のあちこちにある門の外側に、市場が立ったという。そして本書によると、やはりこの城壁を取り巻いて、無数の居酒屋が立っていた。なにしろ、門の内側に入ると高額の酒税がかかり、この税は従量税のため、大衆向けのワインでは税金部分が八割にもなった。だから門の外側に、居酒屋が建ち並ぶようになったのである。これが「関の酒場」で、週末になると労働者たちが集まってきた。しかし労働者たちの多くは、日曜日は家族と一緒に過ごし、月曜日に仕事を休んで居酒屋に入り、仲間たちといっしょに時を過ごすという生活をするものも多かった。これが表題にある「聖月曜日」である。そして居酒屋で形成された労働者たちのつながりが、初期の労働運動の母胎となる。そんな19世紀の労働者たちを活写した名著。初版は1982年で、今年になって現代文庫に収められた。パリの聖月曜日

  2008年08月10日

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  永井荷風を読む2

  川本三郎編のアンソロジーは、エッセイだけではなく短編小説、そして「?東綺譚」「つゆのあとさき」などの小説の抜粋も含めた、まさに入門的アンソロジーだが、野口冨士男の編んだこちらは、エッセイに絞って体系的に集めたもの。上下二巻に分かれていて、この上巻は「日和下駄」を中心に、東京に関するエッセイを収めている。なにより、「日和下駄」の全文が読めるところがうれしい。これを読むと、今日巷にあふれている東京散歩・東京徘徊ものエッセイのすべての原型がここにあるということがわかる。「およそ近世の文学に現れた荒廃の詩情を味わおうとしたらエジプトイタリーに赴かずとも現在の東京を歩むほど無惨にも痛ましい思いをさせる処はあるまい」(p.11)。多くの東京エッセイの基調にあるのが、この感覚であろう。安易に地域別に項を立てるのではなく、「路地」「閑地」「崖」などとテーマ別に東京のすみずみまでを論じていくところもすごい。東京論の原型であるだけではなく、ある意味超えることのできない到達点でもある。荷風随筆集（上）

  2008年06月25日

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  永井荷風を読む

  　英国にいて、なぜこんなものを読むのかと思われそうだが、逆にいえば、日本にいるときは、他に読まなければならない本がたくさんありすぎて、なかなか読めないのである。どこか山奥の別荘でもあれば、読めるのかもしれないが、そんなものは持ち合わせていない。荷物にならず、時間をかけて読めるものをと考えた末、選んだのが永井荷風だったのである。まずは、川本三郎が編集したこの一冊。随筆が主だが、短編小説もいくつか収められている。「荷風と東京」をテーマとした文章のセレクションがよく、解説がまたいい。　冒頭におかれたのは、1911年の「深川の唄」。ある日荷風は、都心で両国行きの混雑する電車に乗るが、停電で電車は止まり、前方には同じく止まった電車が列をなしている。不揃いで貧相な西洋造りの建物、縦横に走って眺望を妨げる電線、丸太の電柱と色の悪いペンキ塗りの広告の数々。そんな都会の風景に嫌気がさし、荷風はこう思い立つ。「浅間しいこの都会の中心から一飛びに深川へ行こう──深川へ逃げていこう……」。今日まで続く、東京人の下町への憧憬の原型がここにある。荷風語録

  2008年06月17日

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  坂崎重盛『東京本遊覧記』(晶文社・2002年・2200円)

  『環境緑化新聞』という業界紙に連載されている東京本案内をまとめたもので、先日読んだ『東京読書』は、この続編。著者の主な関心は、時期的には明治、分野としては風景と文学にあるので、私とは少しずれるのだが、それでもずいぶん役に立つ。サッポロライオンの社史、『ビヤホールに乾杯』を取り上げた一文は、「銀座七丁目にある“あの”ライオンビヤホールが無くなる、という話を聞いて驚いた」と始まる。確かに十年ほど前、結局は誤報と分かったのだが、そんな新聞記事が出て話題になったことがあった。六浦光雄という漫画家については、はじめて知った。戦後復興期の盛り場の絵をよく描いたとのこと。これは、手に入れなければ。坂崎重盛『東京本遊覧記』

  2008年06月01日

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  大西みつぐ『下町純情カメラ』(えい出版社・2004年・680円)

  著者は1952年深川生まれの写真家で、1993年に木村伊兵衛賞を受賞しているとのこと。子ども時代の思い出や、下町の日常や近年の変化をつづる文章と、街角の情景を捉えた写真を収めた文庫本。とくに商店には愛着があるようで、所狭しと商品の並ぶ雑貨屋兼煙草屋、駄菓子屋、喫茶店など、いい雰囲気を出している。子どものころ家の近所にあった酒場についての一文に「酒場の中は、一種の露天風呂や千人風呂のように思われて、いつかは自分もみんなのようにそこで仲良くドップリ浸かる運命にあるのではないかという予感があった」とあるのがおもしろい。下町の大衆酒場は、たしかに銭湯に似ている。巻末には簡単な下町ガイドもあり、町歩きにも役に立ちそうだ。下町純情カメラ

  2008年05月23日

• 月刊アクロス編集室『「東京」の侵略』(PARCO出版・1987年・1300円)

  今から20年ほど前、「第4山の手」という言葉が使われていたのをご記憶だろうか。小石川・本郷が第1山の手、牛込・四谷・麹町が第2山の手、杉並・世田谷・目黒が第3山の手、そしてその先の横浜市緑区・青葉区から町田市・多摩市・八王子市・立川市を経て所沢市までが、郊外型新中間層の居住地である第4山の手になった、というもの。その一連のマーケティングレポートの集大成が、本書である。横浜あたりは分からないでもないが、所沢まで含めるところに相当無理がある。後に、発案者の一人である三浦展は、もともとパルコの新所沢出店計画の一環として発案されたもので、所沢を含めるのは絶対条件だったと明かしている。また本書では、西武百貨店の光が丘出店は二子玉川の高島屋ショッピングセンターと同じ意味があり、練馬は第2の世田谷になるとされているが、実はすでに西武は撤退して、そのあとは西友系のスーパーになっている。しかし、宅地開発の進行状況や人口動向など、よく調査・分析されていて、当時の東京の動態を知る歴史資料として意味がある。現在は、品切れ。最近、品切れ本の紹介が多くなってきた(笑)。

  2008年04月17日

• 加太こうじ『東京の原像』(講談社･1980年･390円)

  加太こうじは、もともとは紙芝居作家だが、後に東京の庶民文化研究者となった人。この本は、明治から昭和初期の庶民文化の概説といったものだが、とくに「山の手と下町」の違いと対立関係について詳しい。両者の気質の違いは、武士と町人の違いだとし、これが震災と空襲を経て外縁に拡大し、大企業管理職・官公庁と工員･中小企業･商人の違いになっているという図式は、今ではさほど新鮮ではないが、この「常識」を作ったのはこの本なのではないか。東京下町人はもともと泥棒好きで、三億円事件の犯人は当時英雄視されていたという指摘は、面白い。著者の父親は、あれは薩長の旗で江戸っ子の立てるもんじゃねえ、といって、日の丸は生涯立てなかったという。こういう文化は、今どこかに残っているだろうか。現在は、品切れ絶版。

  2008年04月11日

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  川本三郎『私の東京町歩き』(筑摩書房・1998年・600円)

  必要があって、再読。最近「居酒屋考現学」などというものをやっているが、これはその着想を得るきっかけの一つになった本。著者は東向島から鐘ヶ淵あたりを散策し、縄暖簾のやきとり屋に入ってビールを注文する。すると、隣の客が話しかけてくる。「よっ、ビールか。景気がいいね。競馬でもうけたの」。「一瞬、何のことかわからなかった。すぐに、ここではビールは高級品なのだとわかった。彼が飲んでいるチューハイは一杯220円なのに、ビールは大瓶一本が460円。倍はする。それで彼は私を『金持ち』と冷やかしたのである」。こんな異文化体験も、居酒屋めぐりの醍醐味の一つである。私の東京町歩き

  2008年04月09日

• 『コンサイス東京都三五區區分地図帳・復刻版』(日地出版社・1985年・2800円)

  これは1946年に出版された東京23区の地図の復刻版。最近、必要があってよく使っている。まず、23区になる前の35区時代の東京を示しているので、たとえば本所区と向島区がどこで分かれていたかなどということがわかる。都電の路線も、はっきりわかる太い線で示されている。そして最大の特徴は、空襲の被害にあった地域を赤く塗って明示していること。都心から荒川あたりまでは真っ赤だが、反面、神田淡路町、人形町、明石町などが戦災を免れているということも一目でわかる。郊外の方をみれば、たとえば世田谷区はほとんど戦災を受けていないが、笹塚と下北沢の間あたりが焼失しているのがわかる。東京の現代史に関心のある人は必携である。ただし、現在は品切れ。

  2008年04月08日

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  山田太一編『浅草』(岩波書店・2000年・900円)

  さまざまな文士や学者などが書いた浅草に関する小文を集めたリーディングス。編者が山田太一というのは意外な気がしたが、実は浅草生まれとのこと。冒頭におかれた鳥居龍蔵の「人文地理上より見たる江戸と浅草」は、東京の地理的な特徴と浅草の位置を解説したもので、簡潔かつ明晰。権田保之助の「大阪と浅草」は、東京の民衆は知識階級と労働者階級、大阪の民衆は商工階級と職人階級だとし、ここから両者の気質の違いを説く。ノーベル賞など取ったものだから忘れられがちだが、大の浅草好きだった川端康成は、「人々が階級を忘れ、はらわたをさらけ出すほどに、人間の渦巻きである。浅草には論理がなく、実行がある」という。そして、『敗戦日記』の高見順の哀切。よくできたリーディングスで、こういうものを読むと、自分も編集という作業をやってみたくなってくる。土地の記憶浅草

  2008年04月07日

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  川本三郎『ちょっとそこまで』(講談社・1990年・420円)

  原著は1985年。『都市の感受性』『雑踏の社会学』などに続く、著者の都市論・紀行文としては初期に属するもの。中野、阿佐ヶ谷、高円寺、小岩、亀有など、かつての郊外都市の良さを「どこにでもある匿名性」と喝破し、大きな盛り場に「群衆の中の孤独」があるというのはウソだ、と論じる「東京の『隠れ里』」は、『日本の名随筆』にも収録された佳品。「『ガード下』の町、有楽町」によると、著者は有楽町の通称「焼き鳥横丁」が好きなのだという。「『ガード下』には差というものがない。ここに入ると中流も下流も、男も女も、老いも若きも、みんな同じ『ガード下の客』になる」の一節に、私は深く共感する。現在は、品切れのようである。軽量級のエッセイなので、図書館でどうぞ。川本三郎『ちょっとそこまで』

  2008年04月04日

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  岩渕潤子・ハイライフ研究所山の手文化研究会編『東京山の手大研究』(都市出版・1998年・1333円)

  必要があって、再読。いちばんの読みどころは、戦前期の東京帝大教授の地理的分布を図で示して、その変遷を明らかにした部分。帝大教授たちは、明治中期には主に本郷・小石川・牛込・四谷など都心の山の手に住んでいるが、日本橋や神田など下町の住人も3分の1ほどいる。ところが大正期になると、「帝大教授＝山の手」という対応関係が明確になり、さらに昭和に入ると、北は練馬、西は三鷹・吉祥寺、南は成城・田園調布など、現代的な意味での山の手に広く分布するようになるが、下町の住人は皆無に近い。山の手住宅地のイメージの形成と拡大についての、貴重な知見である。他の章は回想録とモノローグが中心。下町の出身である枝川公一によると、彼の出身校(現在の隅田川高校、もとの都立七高)には「僕は七高の一年生、彼女は白百合の一年生」という歌があったという。あこがれの山の手女子校との対比で、これもどこかで使いたいエピソードである。東京山の手大研究

  2008年04月03日

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  サイデンステッカー『東京 下町山の手』(筑摩書房・1992年・1200円)

  日本文化研究家のサイデンステッカーは、大の下町びいきだった。浅草について書いた一文には、「日本のいわゆる知識階級の生活が、正気の沙汰ではなく、馬鹿馬鹿しくて仕方がなくなってきた時、時評のために、山と積まれた文芸雑誌のどれもこれもが、つまらなくて読むに耐えられなくなってきた時、私は銭湯に行く。時間さえ許せば、浅草へ出かけていく。文字通り命の洗濯をしに行くのである」なんていう言葉がある(高見順編『浅草』)。この感覚は、私にもある。仕事に行き詰まるのは、自分の世界が狭くなり、自由な発想ができなくなったときであることが多い。そんなとき、私は銭湯ならぬ下町の居酒屋へ行く。この本は、明治大正期の東京の近代史を、下町と山の手の対比を軸に描いたもので、扱われるテーマは非常に幅広い。基本的には、著者にとって下町は、失われてしまった哀惜の対象で、「今日の下町には、せいぜい野球とテレビの文化しかないけれども、百年前の下町に比べて、これはあまりに貧寒な文化でしかない」などと　悲観的である。それは一面では真実なのだが、居酒屋や商店街の賑わいには、まだまだ下町の独自性がある。サイデンステッカーは、大衆酒場で下町ハイボールを飲んだだろうか。モツ焼きともつ煮込みを食べただろうか。大衆酒場に、お連れしたかったものである。サイデンステッカー『東京 下町山の手』

  2008年04月01日

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  五百沢智也『図解 新東京探訪コース』(岩波書店・1988年・650円)

  昨日読んだ坂崎重盛の本に紹介されていたのを読み、ずっと前に読んだのを思い出して再読。古い本で、まだ都庁は有楽町にあるくらいだから、一般的なガイドとしては役立たないかもしれないが、地形に注目して東京の構造を解き明かすという視点は、今でも新鮮である。東京の地形をわかりやすく図解した絵など、コピーして持ち歩きたいくらいだ。もう入手できないだろうと調べてみたら、なんと同じ岩波ジュニア新書に『新・歩いて見よう東京』という新著があった。これは、買わなくては。五百沢智也『新・歩いて見よう東京』

  2008年03月27日

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  坂崎重盛『東京読書』(晶文社・2008年・2400円)

  『環境緑化新聞』という業界紙に連載されている東京本案内をまとめたもので、『東京本遊覧記』につぐ第2弾。「少々造園的心情による」という副題がつく。著者は、かつて造園を学び、公務員として造園にかかわったことがあるとのこと。扱われる本は文学を中心に、自然史から都市計画、各種のルポルタージュまで幅広い。東京関係の本は多少は知っているつもりだが、それでも知らない本の方が多い。いろいろ教えられて、まだまだ勉強しなければというところだが、それだけではない。たとえば昔の都心について書きながら「夜店や露店を復活できぬものか」と提案する。あるいは、松原岩五郎の『最暗黒の東京』を取り上げ、かつての東京人のほとんどが貧民だとしたうえで「心強いことではないか」と付け加える。東京に対するこういうメンタリティに、私はとても親近感を覚えるのである。東京読書

  2008年03月26日

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  木村聡『赤線跡を歩く』(筑摩書房・2002年・950円)

  著者は、かつて赤線だった町を訪ね歩き、写真と紀行風の文章で記録するというのをライフワークとしているようで、同趣旨の本があと3冊あり、昨年末に「完結編」と銘打ったものが出版されている。本職は、フォトジャーナリストということなのか、よくわからない。ともかく、各地の赤線跡を執拗に歩き回り、すみずみまで観察しているのに感心する。文章を読むと、周辺の地理を完全に把握するまで歩き回っていることがうかがえる。建築やインテリアについての記述にも、知識に裏付けられた観察眼を感じる。興味のない人にはまったく意味のない本だろうけれど、東京の町歩きが好きな人は必読。しかし、ここまで旧赤線地帯の場所を詳細に記して、住民から苦情は出ないのだろうか。ちょっと心配になる。赤線跡を歩く

  2008年03月24日

• 菊岡久利『銀座八丁』(小説朝日社・1952年・20円)

  海野弘が銀座騒擾事件の典拠として示していた本。さっそく古書店で入手して読んでみた。ネットで注文して、2日後には届く。便利になったものだ。これによると、主犯は弱冠17歳の山崎真道という美少年で、新橋から尾張町にかけてのショーウインドーを破壊。主張は、銀座をこわして畑にし、茄子でも植えた方が人類のためになるというものだったとか。ただし山崎の属していたアナキスト団体の機関誌『黒色青年』には「夜の銀座は歓楽の巷であるブルジョワの巣窟である。民衆の寒く飢えてる時も銀座は温室の如く暖かく豊満である」とあり、単なる破壊願望ではなく、銀座のもつ階級的性格への反発が背景にあったと考えるべきだろう。事件後には「銀座街頭　伊達にはこわさぬ　権力否定の　露ばらい」という歌が流行ったとあり、だとすればこのような感覚は、かなり多くの人に共有されていたことになる。

  2008年03月17日

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  海野弘『東京風景史の人々』(中央公論社・2008年・1048円)

  著者は、近代都市文化史の第一人者といっていいだろう。原著は1988年で、長い間絶版だったが、最近になって文庫化された。税込み1100円という強気の値段だが、その価値はある。大まかにいえば、前半は個々の画家についての評論で、後半は多彩なテーマを取り上げたエッセイ。長谷川利行という画家については、山谷近くのガスタンクを描いた絵で知っていたけれど、この人に「酒売場」という作品があるという。ネット検索してみると、神谷バーの内部を描いたものであることが分かった。これは、一つの収穫。関東大震災後、人々、とくに中間階級の人々の関心が浅草から銀座へと移っていったときに、川端康成がむしろ浅草へ向かっていったという指摘はおもしろい。1930年には「銀座は東京の神経であり、唇であるかもしれないが、浅草は東京の筋肉であり、胃腸である」と書いているという。今なら、新宿だろうか。アナーキストが起こした銀座騒擾事件というのは初耳。調べてみる必要がありそうだ。東京風景史の人々

  2008年03月12日

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  石川光陽『昭和の東京』(朝日新聞社・1987年・1500円)

  昨日、放送されたTBSの「3月10日　東京大空襲　語られなかった33枚の真実」は、いい番組だった。警視庁のカメラマンで、空襲の惨状を克明にとらえた石川光陽を仲村トオルが演じるドラマと、調査と取材にもとづくドキュメンタリーを組み合わせたもので、空襲の非人道性をよく伝えていた。アジア・太平洋戦争における日本の加害責任は当然問われなければならないとしても、広島、長崎、そして東京大空襲は、人類史に残る無差別大量虐殺であり、ベトナム北爆、そしてイラクでの空爆などに続く、米国という国の残虐性をよく表している。米軍が報道管制によって原爆被害を隠蔽し続けたことはよく知られているが、東京大空襲に関しては石川光陽の写真を押収しようと執拗に追い回したとのこと。仲村トオルが好演していて、しかも顔が石川光陽によく似ていた。さて、この写真集は1931年から48年までの写真を、石川光陽の回想記とともに収めたもの。東京大空襲の写真は1枚しかないが、吉原病院の健康診断の様子、戦前のメーデーの群衆と警備の様子、2･26事件で警視庁の裏庭に集まった兵士たちなど、警官カメラマンならではの写真が貴重。風俗記録という点から見ても、高円寺のカフェー街や中野サンモールなど、他では見たことのない写真がいくつもある。後に文庫化されたが、現在は品切れのようである。石川光陽『昭和の東京』

  2008年03月11日

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  田中聡『元祖探訪・東京ことはじめ』(祥伝社・2003年・619円)

  あんぱん、とんかつ、お子様ランチ、みつまめ、人力車などが、いかにして生み出され、普及していったかを、資料や聞き取りによって描き出そうという企画で、「文明開化は銀座のあんぱんから始まった」という副題が付く。後ろの方になると、日本初の超高層ビルディングだった霞ヶ関ビルとか、同じく日本初の料理学校・赤堀割烹教場、豊洲にできたセブンイレブン第1号店などというのも出てくる。赤堀割烹教場では明治20年頃から西洋料理・中華料理を教えはじめたとか。家庭で世界中の料理を作る国はあまりないらしいが、その種はこのとき蒔かれた、と著者はいう。なるほど。セブンイレブン第1号店の苦労話は、読む価値がある。何しろ、多種多様な商品を5個とか10個という小ロットで配送してもらおうというのだから、最初は相手にされないのも無理はない。池袋のマレーシア料理店「マレーチャン」は、ちょっと感動ものの物語。店主の福澤笙子さん、どうしてここまでやるのかというくらい、苦労をし、今の奮闘しておられる。これが真の文化交流というものだろう。こんな人が増えれば、イスラムへの偏見も敵意も、あるいはイスラムから敵視されることも、なくなってしまうに違いない。元祖探訪東京ことはじめ

  2008年03月04日

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  川本三郎・森まゆみ・橋爪紳也『世紀末盛り場考』(日本経済新聞社・1997年・1400円)

  タイトルからも分かるように、ちょっと古く11年前の本だが、地上げ騒ぎも落ち着いた頃(不良債権問題で大変だったともいえるが)だから、主だった盛り場の様子は今とさほど変わらない。三人三様に論じている。森も悪くはないけれど、彼女の本領は昼間のようである。橋爪は関西を主に取り上げていて、私の関心外の部分が多い。やはり川本三郎がピカイチで、線を引いた場所はほとんどが彼の執筆分だった。何より、盛り場の本質を突いている。「都市と家は逆比例する」という仮説や、盛り場の楽しみは家や仕事の束縛から一時的に逃れることの開放感にあり、これは昔は大人の男だけのものだったが、今や十代の女の子たちも知るようになったという指摘。さらに、盛り場を底辺で支えているのは裏通りのごちゃごちゃした横丁であり、この二重構造が日本の都市の良き特色であるという指摘。いわれてみればその通りと、誰もが納得するくらいに本質を突いている。品切れなので、古本屋で探しましょう。川本三郎・森まゆみ・橋爪紳也『世紀末盛り場考』

  2008年02月28日

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  小泉信一『東京下町』(創森社・2003年・1500円)

  著者は、朝日新聞に東京下町の人情話を丹念に拾った記事を書き続けてきた記者で、毎日新聞の名物記者・鈴木琢磨をして「朝日を読んでいて、面白いと思ったら、この署名がある」と言わしめた人物。その下町に関する記事を集めた一冊である。ほとんどが、無名の人々の人生を共感を込めてつづった短文で、いい話が多い。丹念な取材を短い文章に詰め込んで、しかもさらりと読ませる文章力にも感服。下町大衆酒場の話題が多いのもうれしい。小泉信一『東京下町』

  2008年02月26日

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  増田みず子『私の東京物語』(丸善・1995年・1600円)

  普通のエッセイかと思ったら、文章がただものではない。不覚にも知らなかったが、著者は下町や隅田川をよく取り上げる純文学の作家だった。千住大橋の近くで生まれ育った思い出をつづった本である。隅田川がいちばん汚かった頃、「隅田川の水は毒だから、触るとそこから腐っちゃうよ。水が目に入ると目が見えなくなるよ」とよくいわれたという。それほどひどかったのか。今度は、小説を読んでみたいと思う。ちなみに著者は、隅田川近辺のついての知識はほぼすべてを、豊島寛彰の『隅田川とその両岸』から得たとし、「この本を上回る解説書は二度と出ないだろう」「すべてが五〇〇部ずつの限定であり、主要な図書館にはだいたい備わっているが、そのたった五〇〇部のうちの一冊が自分の手元にあることを幸福に思う」と書いている。実は私、この本を全巻持っている。ある古書店で格安で入手したのだが、幸運だった。増田みず子『私の東京物語』

  2008年02月26日

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  京須偕充『戦後10年東京の下町』(文藝春秋・2007年・710円)

  著者は神田で育ち、CBSソニーで落語や邦楽の録音制作に携わっていたという人物。本書は子どものころ、昭和20年代の東京下町についての回想録である。当時の雰囲気がよく分かる。1947年、22歳の女性が野犬に食い散らかされた無惨な死体で発見される事件があったが、その場所はなんと私の自宅近くの烏山の桑畑の中だったとのこと。当時の世田谷は、まだまだ近郊農村地域だったのである。著者の家は商売人であり、隣人は地方公務員。互いの価値観もマナーも水と油で、もめ事が多かったという。それだけ下町商人と勤め人では文化が違っていたということだ。戦災ですみかを失った人々が上野公園にバラックを建てて住んでいたというのは聞いたことのある話だが、現在の西洋美術館、文化会館の場所が、その大集落のあった場所だとははじめて知った。両国花火を遠くで見るいちばんのスポットは、お茶の水の聖橋だったというが、現在でもそうなのだろうか。日本が参加を認められたヘルシンキオリンピックの年、ラジオはしきりに「フィンランディア」と「トゥオネラの白鳥」を流していたとのこと。フィンランディアは代表作だから分からぬでもなかったが、なぜ「トゥオネラ」が日本で有名なのか、その理由が分かった。京須偕充『戦後10年東京の下町』

  2008年02月24日

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  田中聡『人物探訪　地図から消えた東京遺産』(祥伝社・2000年・571円)

  下の続編である。取り上げられる題材はやや渋くなり、荷風の偏奇館、築地小劇場、銀座のカフェー、新宿東口のヤミ市、渋谷の道頓堀劇場、徳川綱吉時代の中野の犬小屋など。銀座のカフェ・パウリスタが現存しているとは、不覚にも知らなかった。新宿ヤミ市を取り仕切った小津喜之助の長女が父親の評伝を書いているというのも知らなかった。これだから、博識の人の本は、読むにかぎる。田中聡『人物探訪　地図から消えた東京遺産』

  2008年02月21日

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  田中聡『名所探訪　地図から消えた東京遺産』(祥伝社・1999年・571円)

  この著者については、『荷風』の銀座についての記事ではじめて知った。古い文献を渉猟したそのスタイルは、私の目指すところと近く、面白そうなものを数冊注文してみた。これは浅草十二階、鹿鳴館、銀座煉瓦街、巣鴨プリズン、田端文士村、州崎パラダイスなど、今はなき東京名所について解説したもので、大変面白い。東京の歴史についての知識は本物で、もっと注目されていい著者ではないだろうか。田中聡『名所探訪　地図から消えた東京遺産』

  2008年02月20日

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  金子桂三『東京　忘却の昭和三〇年代』(河出書房新社・2007年・2500円)

  こちらも昭和30年代だが、プロの写真家による写真集。最初は浅草から始まり、珍しい煮込みや店内の写真があるのだが、これは現在もある「正ちゃん」だろうか。煮込みは30円、牛めしが50円で、焼酎40円、ビールは高くて大150円である。バラックの飲み屋街や、浅草の松屋からアサヒビールの工場を見た写真もある。有楽町の飲食店街の写真もあり、「大衆酒場灘作」「高砂寿司」などの看板が見える。建物は木造3階建てで、これらは1964年の火事で焼失したはず。1966年の北品川・旧東海道の写真もあるが、建物は多少変わっても、雰囲気は今とあまり変わっていない。どちらかといえば、昭和30年代マニア向き。金子桂三『東京　忘却の昭和三〇年代』

  2008年02月18日

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  田中哲男『東京慕情　昭和30年代の風景』(東京新聞出版局・2008年・1143円)

  東京新聞に連載されていた頃から、毎回楽しみにして読んでいた。途中までは切り抜きもしていたが、いずれは出版されるはずだと信じて止めていたところ、やはり出版してくれた。しかも、B5版208ページに写真が満載で、この値段である。見所は多い。上野駅に着いた集団就職の中学生たちの、不安そうな表情。雨の恋文横丁の風情。野外舞台のある新橋駅西口広場。池袋西口のマーケット。三軒茶屋の交通渋滞の中を走る玉電。板橋の壕舎に住む貧民たち。浅草奥山屋台通りの夜の風景など。文章も素晴らしく、数ある昭和30年代ものの中でも、ベストに挙げたい一冊である。東京慕情

  2008年02月15日

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  『荷風！』vol.9

  今回買ったのは、この号まで。表紙写真は、荷風先生がゴールデン街の入り口に立っているジオラマだが、これは架空の話。ゴールデン街の店がいくつも登場するので、行ってみたい人は読むといい。甲州街道を京王線が走り、向こうに巨大なガスタンクが見える13ページの写真は、一見の価値がある。それに続く川本三郎の文章は、林芙美子の若い頃と、松本竣介の絵のあたりがちょっと感動的。お約束の映画についての章だが、今回は新宿映画のベスト10ではなく「新宿思い出映画館」だった。新宿で選ぶなら、どうしても60年代ものばかりになり、いわゆる「名画」にならないからか。私が選ぶなら、「にっぽん零年」「新宿泥棒日記」「その人は女教師」といったところ。歌舞伎町についての金賢の一文は、歌舞伎町の誕生から今日までを過不足なく描いていて、読み応えがある。荷風！（vol．9）

  2008年02月14日

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  『荷風！』vol.8

  この号は、よせばいいのに『昭和30年代東京』の特集。「3丁目の夕日」便乗特集で、東京タワー、駄菓子屋、オート三輪、都電などが登場。1つの町を時間軸上で掘り下げるのが、この雑誌の良さだと思うのだが、漠然としすぎていて、散漫。昭和30年代女優のベスト1は若尾文子、2位は芦川いづみ、3位は浅丘ルリ子・櫻町弘子・美空ひばりとのこと。荷風！（vol．8）

  2008年02月13日

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  『荷風！』vol.6

  この号は、上野特集。巻頭記事は、「とんかつの上野を喰う！」。そう来るか。日本のジュエリー産業は1兆2000億円市場だが、御徒町には2000もの業者が集中し、この3分の2は御徒町経由で販売されているとか。知らなかった。上野映画のベスト1は「駅前旅館」。まだ入手できていない映画の1つだ。ちなみに2位は「とんかつ一代」、3位には小津の「長屋紳士録」が入っている。上野の山と鶯谷の間には切り立った崖があるが、これは坂を削りながら線路を増設していったためにできた人口の崖なのだとか。あれくらい切り立った崖は、武蔵野台地の北の端の板橋や、西の端の国分寺崖線には見られるので、天然のものだと思っていた。これは、けっこう重要なこと。なぜなら、上野と根岸は坂でつながっていたということだからである。川本三郎の「敗者に優しい町」は、上野が彰義隊や西郷隆盛に始まって、戦災孤児、そして夢破れて東北に帰っていく人々など、敗者に優しい町だったと説いて圧巻。荷風！（vol．6）

  2008年02月11日

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  田沢竜次『Ｂ級グルメ　この町が美味い！』(筑摩書房・2007年・700円)

  東京各所のB級グルメ探訪。以前も書いたが、私はかつて『B級グルメ』シリーズの熱烈な愛読者だったことがあり、『スーパーガイド東京B級グルメ』や『世紀末大東京遊覧』など、何度読んだか分からない。最近は、ほとんど居酒屋しか興味がなくなったので手にすることがないが、私の東京都心についての知識のかなりの部分は、ここから身につけたものである。その中心的なライターだったのがこの著者で、本書は雑誌連載をもとに書かれたもの。最近行かない場所の近況について知ることができて楽しい。秋葉原「万世」の1階ラーメンコーナーが夜は立ち飲みになるとは知らなかった。地下にはビアホール「呉越同舟」もあるとか。今度行ってみよう。品川の駅なかの「薩摩屋敷」も、ぜひ行ってみたい。 田沢竜次『B級グルメ　この町が美味い』

  2008年02月08日

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  『荷風！』vol.4

  先日、情報量がなかなか多い雑誌だと認識を改めて、バックナンバーを何冊か買った。これは2005年発行の銀座・有楽町特集。記述は、ほぼ近代に特化している。「荷風の銀座を探す」は予想通りの企画。「銀座デパート物語」は田中聡の一文で、銀座について書かれた戦前期の文献を渉猟していて参考になる。「GINZA MOVIE BEST10」、上位に並ぶのは「女が階段を上る時」「銀座の恋の物語」「銀座化粧」「銀座カンカン娘」など。「有楽町ガード下」は、私が最近興味を持っているテーマなので、面白く読んだ。有楽町は、ここ数年変化が激しかったが、これからどうなることか。川本三郎の「銀座は川に囲まれた島だった」は、やはりお手の物の一文である。『荷風！』vol.5　銀座・有楽町

  2008年02月07日

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  『荷風！』vol.15

  この雑誌、前からこんなに情報量が多かったっけ？今回は池袋・大塚の特集で、東口の人世横丁はじめとするヤミ市起源の飲食店街、西口のマーケットや三業地、池袋をめぐる映画や文学など、本では読めない情報が満載。とくに、現豊島区長などヤミ市を知る人々の証言と写真の数々が貴重。これまで、ちゃんとフォローしていなかったが、バックナンバーまで含めてチェックしないと。とくに、あまり名の知られていない何人かのライターの書いたものがいい。著名人も何人か書いているが、池袋はあまりなじみのない土地だったとみえ、川本三郎を例外としていずれもあまりさえないのが残念。[追記]後で手元にあったバックナンバーを見て、気がついたこと。池袋は近代以降になって発展した場所なので、近代以降、しかもほぼ戦後のことしか書かれていない。他の号は江戸期のことなどがいろいろ書かれているが、私は近代以降にしか興味がないので、情報量が多くないと誤認していたようだ。 『荷風！』vol.15

  2008年02月01日

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  実相寺昭雄『ウルトラマンの東京』(筑摩書房・2003年・780円)

  円谷プロでの「ウルトラ」シリーズ制作時の思い出を、ひとつの東京論としてまとめた作品で、もともと1993年刊だが、全面改稿し、泉麻人の解説を加えて文庫化された。円谷プロは私の家のすぐ近所にあったので、近くのよく知る場所もいろいろ出てくる。東京は激変した。ウルトラの頃も、それ以後も。著者は「消えた風景」の空気感がウルトラであり、怪獣たちだったという。そして著者には、せめて空想の中でも昔の記憶の東京へ近づけたいという破壊願望が、いまでもあるという。だとすれば怪獣たちは、失われた東京の地縛霊とでもいえようか。随所に、ウルトラマンや怪獣たちを風景に配し、毛筆で短い詩文を書き加えた水彩画が織り込まれ、これがまた美しい。ウルトラマンの東京

  2008年01月24日

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  吉行淳之介『私の東京物語』(文藝春秋・1993年・480円)

  私は「東京物語」というタイトルに弱くて、見つけるとすぐに買いたくなるし、実際、マンガや小説を除けば買ってしまったことが多い。別に小津映画に影響されたわけではない。昔の東京、とくに盛り場や住宅地について書かれたものを探すうちに、身についてしまった習性である。この本は山本容郎の編集によるもので、著者の東京に関する軽いエッセイや、東京の街を舞台とした軽妙な短編を集めたもの。印象に残ったものを、4つほど。「廃墟の眺め」──終戦直後の廃墟での旧知の女性との邂逅に戦争の影が。「昭和二〇年の銀座」──銀ぶらの楽しみを支えていたのは柳の並木と露店だった、という。柳は何とか想像はできるが、露店はお手上げである。「私の小説の舞台再訪」──旧玉の井の商店街に「鳩の街通り」と書かれているのをみて、土地の人がこの名に愛着を持って残そうとしていることに「わが意を得たが、意外でもあった」としている。「飲む」──1966年のエッセイで、当時の立ち飲み事情が分かる。特徴的なのは、45円の合成酒から110円の特級まで日本酒が4種類あることか。私の東京物語

  2008年01月07日

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  「東京変貌」プロジェクトチーム編『東京変貌1958 2006』(幻冬舎・2007年・1400円)

  これは、東京の変化をマクロに実感できる好企画。東京の都心部を中心に50カ所を取り上げ、1958年と2006年の航空写真をページの左右に並べて比較できるように編集されている。漫然と見ていると、道路の位置や形が変わっていないのであまり変化していないようにも感じるが、よく見ると激変が手に取るようにわかる。たとえば、1958年の新橋駅前には、ヤミ市起源の飲食店街が広範囲に広がっているが、2006年ではそのかなりの部分がビルにまとめられている。あの、新橋駅前のヤミ市ビルである。新宿も同じだ。現在の新宿西口の北側、パレットビルと小田急百貨店のあるあたりは、思い出横丁から連なる飲食店街である。その規模は、思い出横丁の4倍にもなるだろうか。銀座の路地だって、今ではほとんどがビルだが、1958年は瓦屋根ばかりだ。木場の航空写真には、貯木場の丸太がたくさんとらえられている。東京のどこかの繁華街について考えたり、何か書いたりするときには取り出して見ることにしよう。手元にあれば、必ずいつか役に立つはずだ。東京変貌

  2007年12月20日

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  『長野重一写真集　東京1950年代』(岩波書店・2007年・3200円)

  長野重一は1925年生まれの写真家。1949年から54年まで岩波映画製作所に所属し、『岩波写真文庫』のカメラマンとして活動し、その後はフリーランス。この写真集は1946年から1959年までの東京をとらえた写真を集めたものである。主に6×6版を使っているようで正方形の写真が多く、そのため判型も正方形である。ただの風景写真は少ない。街角の人びとの表情を巧みにとらえたスナップが中心である。人びとが、良い表情をしている。たとえば、おしゃれして銀座を楽しそうに歩くカップル(p.87)。ウインドーショッピング中の女性は、まるでティファニーのオードリーのようだ(p.97)。日常生活をしている人の表情をとらえるのがうまいのは荒木経惟だが、荒木が相手とのコミュニケーションの中で写真を撮るのに対して、これはあくまでもスナップ写真なのである。銀座の屋根と題する連作は、銀座のビルの屋上で休んだり遊んだりしている人びとの姿をユーモラスにとらえている(p.100－103)。たそがれ時の銀座で、仕事帰りの人びとをとらえたいくつかの作品も印象に残る。野良犬を捕らえて箱に入れる都の職員(p.10)、上野駅の床を埋め尽くす浮浪者の群れ(p.36)、道路の溝の消毒をする人びと(p.43)、木造の都営住宅の入居風景(p.71)など、時代の息づかいを感じさせる作品も多い。古い東京をとらえた写真は数あるが、人に重点をおいた写真が多い点で貴重である。東京1950年代

  2007年12月17日

• 東松照明『Tokyo曼陀羅』(東京都写真美術館・2007年・2500円)

  これは、東京都写真美術館で行われている企画展の図録。東松照明の名を知ったのは、写真に興味を持ち始めたばかりの中学生の頃だった。写真雑誌に波照間島の風景をとらえた一連の写真が掲載されていたのを見てのことだったはず。だから、私としてはもっとも最初の頃に知った写真家の一人である。今回の企画展は、長崎、沖縄、京都、愛知と続いた「マンダラ写真展」の最後とのことで、東京を中心に各地で撮った写真を集めたとのこと。タイトルこそTokyoとなっているが、実は撮影地は東北や大阪、奈良、紀伊半島、広島などさまざまで、「主要作品は網羅」したという東松自身の言葉から考えるに、やや焦点がぼけるのを覚悟の上で、残った主要作品を最後にまとめて出してきたのではないかと思われる。前衛的具象画のような近年の作品は、美しいとは思うが、さほど興味を感じない。私としては、やはり初期の作品、東京の1950-60年代をとらえた作品がおもしろい。街頭テレビを注視する群衆は、どんな場面を見ているのか。メーデーで中央公論労働組合の組合員が掲げるプラカードには、「中央公論」とともに「世界」と「改造」の表紙が描かれている。言論界というものに重みがあった時代の記録だ。水上小学校に通う水上生活者の子どもたちの姿も、貴重な記録。米軍基地をとらえた一連の作品は、米軍の存在が軍事力であるだけでなく異文化であること、しかも宿主から何の抵抗も受けない幸福な異文化であることを物語る。自らを含む写真家の肖像シリーズはいずれもおしろいが、とくに美濃部と石原が戦った1975年都知事選のポスターを背景にした荒木経惟が最高。なお、企画展は12月16日まで。

  2007年11月29日

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  川本三郎『ミステリと東京』(平凡社・2007年・2400円)

  　これは、素晴らしい本である。島田荘司、宮部みゆき、桐野夏生、松本清張などのミステリー作品を東京論として読み解こうという試みで、着眼点からして卓抜だが、しかもこれを、文学・映画・都市のいずれについても第一級の論者である川本三郎が手がけるのだから、面白くないはずはない。小杉健治の『土俵を走る殺意』を取り上げて、高度経済成長を底辺で支えたのは集団就職と出稼ぎで地方からやってきた労働力だったと論じ、松本清張の『砂の器』を取り上げて、「犯罪小説とはいつも町の物語、格差の物語である」と論じる。作品と東京を縦横無尽に論じながら、視線は常に庶民、弱者の側に置いている。私もこんな本が書きたい。しかし、これだけの仕事を見せられては、書けそうにないという思いの方が強くなる。　なお、この本についてはAmazonで、 biasさんという人がいいレビューを書いている。Amazonのレビューは、玉石混淆ならぬ「玉石毒塵混淆」とでもいうべき状態だが、このレビューは本書の魅力を見事に伝えている。 ミステリと東京

  2007年11月26日

• 奥野信太郎『随筆 東京』(東和社・1951年・280円)

  先日読んだ種村季弘の『江戸東京〈奇想〉徘徊記』に引用されていたのを見て、手に入れたもの。カバーには、電気スタンドにビアホール「ミュンヘン」のものと覚しきビアマグ、そして煙草のパイプの絵、本体表紙には銀座あたりかと思われる飲み屋街の絵と、味のある装丁である。著者は1899年生まれの中国文学者だが、随筆家として知られた人物で、この本には前半部分に敗戦直後の東京に関するエッセイ、後半には主に中国文学に関するエッセイが収められている。もちろん、私が読みたかったは前半部分。1950年頃の東京の繁華街や郊外について書かれていて、当時の様子をいろいろと垣間見ることができる。池袋の駅前は「ほんたうの廣場」になって、向こう側の商店街には大小のネオンが輝き、商店街の足下には、おでん、レバー串、炒めそばなどの移動屋台がたくさんあったというが、これは東口の話。西口には、東横デパートが開店したばかり。横丁には飲み屋がたくさんあったが、中には「殺人横丁」と呼ばれるおっかない一角もあったとか。新宿では、高野果物店横からととやホテルにかけて所狭しとバラック居酒屋が並び、文士と編集者のたまり場になっている店は「龍」と「みちくさ」だったという。現在の思い出横町あたりについては「線路よりの細長い一筋こそその一軒一軒の屋台により集ふやきとり、フライの客のいと楽しげな相貌はまさにこの世の至悦を表示してゐる」と書かれている。

  2007年11月21日

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  東京地図研究社『「東京」の凸凹地図』(技術評論社・2006年・1680円)

  こんな本が欲しかったのだ。東京の地形と町並みについて、立体写真と陰影地形図を用いながら詳細に解説したものなのだが、地図の専門家が書いているので、われわれ文系の素人が丘だの坂だの論じるのとは訳が違う。右が青、左が赤になっている付属のメガネを通して、渋谷あたりの複雑な地形や、田園調布がきれいな大地になっているのなどを目の当たりにして、感心してしまった。しかも最後の部分には、私の住む小田急線沿線の地形についての解説があって、得した気分になった。ときどき取り出して、散歩コースを考えるのに使うことにしよう。地べたで再発見！『東京』の凸凹地図

  2007年11月20日

• 中川清編『明治東京下層生活誌』(岩波書店・1994年・620円)

  明治期に書かれた東京の都市下層についてのルポルタージュや調査記録などを14編集めたもの。今回は必要があって、とくに食と酒に関する部分に注意しながら読んだ。傑作なのは桜田文吾の「頻天地饑寒窟探検記抄」。興味本位のスタンスで貧民窟を歩き回った記録である。探検の合間には酒飯屋や洋酒屋に立ち寄っては日本酒やらブランデーやらをあおり、景気をつけてはまた貧民街を求めて歩き始める。さらには話を聞いた80歳過ぎの乞食を不憫に感じて飯屋に誘い、泥鰌鍋と酒をごちそうして、「乞食翁とともに酒家より帰り来たれば衆すこぶる翁を羨むの色あり」などと記したりする。ここには都市下層を自分とは無縁の異界としてとらえる眼差しがある。牛の内臓を食べる最下層の話も出てくる。内臓は「下(シタ)」と呼ばれていて、大釜に入れて煮たあと、上質の部分は天ぷらに、次の部分は漬け焼きにし、いちばん下等な部分は「三寸五、六分の一片とし、一個五厘にて売」っていたという。「その腥くして生硬なる、常人はわずかに口に入れたるのみにてたちまち嘔気を催すべし」。串に刺さしていたわけではないようだが、漬け焼きはタレで焼いたもつ焼きのようなのだろうか。複数の記録に登場して、よく食べられていたことがうかがえるのは煮しめである。「煮しめ屋は北七番地の藤田屋が五厘にて五品くらい取り合わせたるを売る由にて繁盛せり。とりわけ好天気うち続く時は貧民の嚢中も自ずから暖かなれば、煮〆を下物(さかな)に濁酒を酌みて陶然たるは彼らがこの上もなき楽事なり」(「昨今の貧民窟」)。こんな記録をいろいろ読めば、下町の食文化と大衆酒場のルーツが分かってくるかもしれない。現在は品切れだが、古書は多数出回っている。

  2007年11月19日

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  種村季弘『江戸東京〈奇想〉徘徊記』(朝日新聞社・2006年・700円)

  2003年に刊行されたものの文庫化。帯カバーに「これをしのぐ『東京本』は、おそらくもう出ない」とあるが、ある意味ではそうだろう。本書のように東京の30の地域を取り上げて、歴史、文学、風俗、自分の体験を重ね合わせながら論じるなどということは、なかなか真似ができるものではない。東京には、江戸以前、江戸、明治大正、戦前、戦後と多くの層があるが、これをカバーするためには歴史に関する知識と、近代に関する時間幅の広い経験が必要である。ところが戦後についても、復興期、高度成長期、バブルとバブル以後など、次々に新しい層が付け加わりつつあるから、容易ではない。これに対して著者は、戦争前後からつい最近までの時間幅に、引っ越しを繰り返したことによる地域の幅が加わり、さらに博識ときているから、真似ができない。ただし、近代以降に話を絞るなら、別の意味で超えることは可能だろう。著者の関心は基本的に文化史的なものであり、社会科学的なものではないからである。江戸東京《奇想》徘徊記

  2007年11月16日

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  松原岩五郎『最暗黒の東京』(岩波書店・1988年・560円)

  階級研究をやっていて、東京論めいたことも書いているくせに何だと言われそうだが、初めて読んだ。当時の下層民の生活についての克明かつ鮮烈なルポである等々の、ふつうのコメントはさておき、実はいちばん関心をひかれたのは、都市下層民の食生活と居酒屋文化だった。このブログをお読みの方ならご存じと思うが、私はもうひとつ橋本健二の居酒屋考現学というブログを書いている。実は居酒屋文化の研究というのが私の最近の最大の関心のひとつで、いろいろ調べているのだが、今日のような居酒屋文化が形成された経緯というのがよく分からない。いくつかの起源があるとは間違いなく、たとえば江戸時代の煮売屋、店頭で酒とともに簡単な料理を出した酒屋、戦後のヤミ市などが挙げられる。とくにヤミ市は、獣の内臓が統制品でなかったことから多くのモツ料理屋を生み、現在のもつ焼き文化を作るに大きな役割を果たしたことは間違いがない。それでは、戦前はどうだったのか。豚の内臓の串焼きを「やきとり」と称する習慣は戦前にもあったようで、起源はさらに遡るとができるはずだ。本書には、車夫などの下層民が集まる居酒屋やモツ煮込みの店が挿絵付きで登場する。モツ煮込みのスタイルは串に刺して煮込むもので、現在の深川の「江戸屋」、新宿の「ささもと」などと同じだ。居酒屋で出した酒は、冬は濁酒、夏は焼酎だったという。ちなみに顧客の人力車夫だが、本書には人力車の数が多すぎて、とても生活できるような収入にならないとある。まるで現代のタクシー問題だ。文庫で200ページほど。手元にあって損はないだろう。最暗黒の東京

  2007年11月12日

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