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賢治と農

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2021.02.15
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余震で鬱々としますが、賢治の若さと理想に溢れた名文で気分転換したいと思います。

これは、宮沢賢治が農学校教師をしていた1924(大正13)年5月の、北海道への修学旅行の出張報告書です。事務的な報告書は普通は退屈なものですが、賢治の手にかかると、生き生きとした文学に生まれ変わります。

賢治と学生たちが、羽を伸ばして北の大地を満喫しつつ、貪欲に知識を吸収していく様子が爽やかに描かれています。蟹、「ビュウティフル サッポロ」!

また、農村の苦境を改善し、農家所得を向上しようとする、賢治と学生たちの高い理想を感じます。

本ブログのテーマ的には、農産物加工に対する高い関心と、後の産業組合構想との関連が気になります。
また、なんといっても、石灰についての記述「早くかの北上山地の一角を砕き来りて我が荒涼たる洪積不良土に施与し草地に自らなるクローバーとチモシイとの波を作り耕地に油々漸々たる禾穀を成ぜん。」と賢治の晩年の東北砕石工場勤務との関連が注目されます。
これについては、以前紹介した、日本石灰協会のホームページにも記述されているので参考にご覧ください。
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202011300000/

現代でも北海道大学農学部や、植物園は、200万都市の中心部とは思えない閑静な景観で観光地としても人気です。
また、北海道各地で本復命書をテーマにした文学観光も盛んです。
「みんなで歩こう賢治先生のサッポロ」
http://www.core-nt.co.jp/syoten_nav/archives/12427
小樽市のホームページより
https://www.city.otaru.lg.jp/simin/koho/bungaku/2006.html

Web上で読みやすくするため、改行や空白を加えていますのでご注意ください。

(本文開始)

修学旅行復命書
宮沢賢治

小樽市
午前九時小樽駅に着、直ちに丘上の高等商業学校を参観す。案内に依て各室を順覧せり。中にタイプライター練習室と、並に取引実習室の諸会社銀行税関等の各金網を繞らせる小模型中に於る模擬紙幣による取引など農事実習と対照して甚生徒の興味を喚起せり。

商品標本室にては粗なる農産製造品と精製商品との連絡に就て参考となるべきもの多く殊に独乙の馬鈴薯を原料とせる三十余種の商品見本、米国の各種穀物を炙熬膨脹せしめたる食品等に就て注意せしむ。

十時半同校を辞し丘伝ひに小樽公園に赴く。公園は新装の白樺に飾られ北日本海の空青と海光とに対し小樽湾は一望の下に帰す。且つは市人の指す処、一隻の駆逐艦と二の潜水艇港内に碇泊し多数交々参観に至れるを見る。

茲に四十分間解散す。大なる赤き蟹をゆでて販るものあり、青き新らしきバナナを呼び来るあり、身北海の港市に在るの感を深む。生徒等バナナの価郷里の半にも至らざるを以て土産に買はんなどと云ふ。

零時半小樽市一瞥を了り再び汽車に上る。
銭函附近 海色愈々勝る。南方丘陵地に美しく須具利を栽へたる耕地あり、今正に廐肥を加い耕耡行はる、農具、操作共に郷土に異り興多し。

車中に軍人数名あり、何処の生徒かなど問ふ。生徒等校歌集を贈り順次に各歌を合唱す。客切に悦ぶ。

午后一時四十分今次旅行の眼目
札幌市に着く。
先づ駅前山形屋旅館に宿泊を約し直ちに大学附属植物園に行く。途中その街路の広くして規則正しきと、余りに延長真直に過ぎて風に依って塵砂の集る多き等を観察す。

植物園博物館、門前より既に旧北海道の黒く逞き楡の木立を見、園内に入れば美しく刈られたる苹果青の芝生に黒緑正円錐の独乙唐檜並列せり。下に学生士女三々五々読書談話等せり。歓喜声を発する生徒あり、我等亦郷里に斯る楽しき草地を作らんなど云ふものあり。

先づ博物館に入る。道産の大なる羆熊の剥製生徒等の注意を集む。されど本博物館は特に鳥類標本完備せるを以て特にその部を観察せしむ。その多くは亦岩手県に産するものにして既に形状習性を知れるもの茲に初めて学名を得たるなど効果大なりき。

階上のアイヌに関する標本並に札幌附近雑草の標本亦よき教材なり。後者は、しらねあふひ、ちごゆり、はくさんちどり等殆んど岩手山の二三合目の植物にして、実に之等二地が花巻と比較して年平均四度位低温なること及植物の垂直水平両分布を説明するものなり。芝生に出でて休息し更に観覧するものもあり。

本日は前二夜車中に在りて疲労せるを以て更に多くを企てず夕刻まで茲に止まれり。園丁よりローンモアを借りて交々芝生を刈りて遊びなどす。閉園に近く去りて道庁構内を通り旅館に帰る。

夜は任意散策とせりしも結局職員に於て希望者を引卒することとなれり。白藤教諭は市内に講演約ありて之に赴く。一同は電車によりて中島公園に至る。途中の街路樹花壇星羅燈影等「ビュウティフル サッポロ」の真価は夜に入りて更に発揮せられたり。

一行数組に分れて端艇を借る。生徒等みな初めてオールを把れるもの、当初各艇みな蛇行す。他に市の学生の艇を操るもの数あり、皆笑ひて之を避け敢て冷罵を為すものなし。生徒等之を平原気風に帰せるも統計未だ足らざるを虞る。

端艇を下りてより公園音楽堂にて歌唄す。旅情甚切なり。去りて殷賑の場所狸小路の夜店を観る。九時半帰宿寝に就く。羇具よく備はり夢甚円かなり。

廿一日(札幌市、苫小牧、)
本日も亦快晴なり。七時半旅舎を発し
札幌麦酒会社に赴く。

案内によりて糖化室より参観す。糖化罐四、各六十石を容る。
麦芽汁スティームによりて六十二度に保たれ二過程に糖化せらる。次に機関室を経て寒冷なるセメントの廊を後醗酵室前に至り本醗酵を終れる液の並列せる小横樽中に貯せらるゝを見る。

次に瓶詰工場を視る。古き麦酒瓶数十の一列河水の流るゝが如く機上を転じレッテルを剥離せられ磨洗水洗填充賦栓より新なるレッテルを得麦稈の衣を装ひ二打の木函に容めらるゝまでその巧妙なる機転驚嘆せざるなし。

然れども斯の如き今日の工業中にありては実に稚態茶飯事に過ぎず。大約人類の苟も思想する処何事か成ぜざらん。工業と云ひ農業と云ふ勢力と云ひ物質と呼ぶ何物か思想に非らんや。唯複雑にして征服し難き農業諸因子の中に於てその進歩容易ならざるのみなり。夫、長方形密植機の如き太陽光線集中貯蔵の設備の如き成らんか今日の農民営々十一時間を労作し僅に食に充つるもの工業労働に比し数倍も楽しかるべき自然労働の中に於て之を享楽するの暇さへ無きもの将来の福祉極まり無からん。旧慣の善良を確守し勤労を習得せしむると共に之今日の農業の旧態に甘んぜしめざるを要す。麦芽製造室と本醗酵室は参観を遠慮せり。

社を辞して帝国製麻会社に行く。楼上に於て茶菓を饗せられ、標本によりて支店長の製麻業に関する講演あり。亜麻は北上準平原地開墾年初最好適なるもの本講演は甚生徒を利せり。

工場は恰も奇数日にて参観を絶対に許さず、切に明日との事なりしも日程の都合上之を辞し一行は午前十時半北海道帝国大学に至る。

門を入るや学生二名出迎へ講堂に案内す。此の日総長 旅行出発を延期して一行を待つ。蓋しその花巻出身なるによる。即ち総長より生徒に対し一場の訓辞あり。

要旨まづ新開地と旧き農業地とに於る農業者の諸困難を比較し殊に后者に処して旧慣幣風を改良し日進の文明を摂取すること棒茨の未開地に当るよりも難く大なる覚悟と努力とを要する所以並に今日は大切なる農業の黎明期にして実に斯土を直ちに天上となし得るや否や岐れて存する処なりといふにあり。

引卒者は立ちて答辞を述べそれより学生食堂に於て菓子牛乳の饗を受く。牛乳甘美にして新鮮且つや勧の切なるまゝに恐らくは各人一立を超ゆるまで総長の好意を辞せざりしが如し。

終て各学部を参観す。清楚なる芝生と黒き楡の間馬蹄形に配置せられたる教室中先づ水産標本室を見る。鯡の年齢を鱗の輪によって数ふる恰も家畜の年齢を歯によりて見分くるが如き、又養魚池に人造肥料を施与し燐酸の成績顕著なる恰も麦の圃場試験に類せる、又海水中数知らぬプランクトンの統計や模型等その土壌微生物との対照その他興趣甚深し。

次に農学部温室を視る。温室中桃実熟し蕃茄胡瓜花謝して既に盛夏の情あり。特に温泉地方出身の生徒に温度湿度等を注意せしむ。温泉を利用しグラスハウスを設け斯の種促成栽培を行ふこと浅虫の例もあればなり。

農場未だ播種匆々にして見るべきなし。唯亜麻の連作跡地土色まで異れるあり。

去て畜舎に入る。牛はみな給飼搾乳新式の固定器によりて危険なく操作せらる。

次で医科教室に到る。医学諸標本解剖中の人体腹部等甚常識に資せり。

斯て大学を辞し農事試験場参観の予定なりしも時期未だ早く見学その効なきを以て直ちに電車に乗じ中島公園の植民館に赴く。

中に開墾順序の模型あり。陰惨荒涼たる林野先づ開拓使庁官用によりて毎五町歩宛区画を設定せられ、当時内地敗残の移住民、各一戸宛此処に地を与へらる。然も初め呆然として為すなく、技術者来り教ふるに及んで漸く起ちて斧刀を振ひ耒耜を把る。近隣互に相励まして耕稼を行ふ。圃地次第に成り陽光漸く遍く交通開け学校起り遂に楽しき田園を形成するまで誰か涙なくして之を観るを得んや。恐らくは本模型の生徒将来に及ぼす影響極めて大なるべし。

望むらくは本県亦物産館の中に理想的農民住居の模型数箇を備へ将来の農民に楽しく明るき田園を形成せしむるの目標を与へられんことを。

階上にては各種本道内に用ひらるゝ農具陳列せらる。これ殆んど日本各地の旧農具の集成なり。他に本道物産を陳列するあり。

中に諸種農産製造品及所謂名物に関して町出身の生徒に注意す。蓋し花巻に独創的産物なく然も近時温泉地方の発達に伴ひてその需要大なるものあればなり。西伯利亜風の蜜漬の胡桃、みづの辛子漬、菊芋の富錦など製造さへ成らば販路更に大ならんのみ。

植民館を辞し停車場に向ふ。

途中北海道石灰会社石灰岩抹を販るあり。これ酸性土壌地改良唯一の物なり。米国之を用ふる既に年あり。内地未だ之を製せず。早くかの北上山地の一角を砕き来りて我が荒涼たる洪積不良土に施与し草地に自らなるクローバーとチモシイとの波を作り耕地に油々漸々たる禾穀を成ぜん。

四時三分案内の大学生二氏に行進歌を以て謝意を表し札幌を発し車中苫小牧に至る。

車窓見る処苗代稲苗漸く伸び直播又今正に行はる。本道独特の散点状村落並にその家屋の構造多少移住者の郷土を示すものあるを見る。而もその近時の築成に斯るものクレオソートを塗れる粗板二色の亜鉛版を用ひて風致津々たるあり。

早く我等が郷土新進の農村建築家を迎へ、従来の不経済にして陰鬱、採光通風一も佳なるなき住居をその破朽と共に葬らしめよ。

車窓石狩川を見、次で落葉松と独乙唐檜との林地に入る。生徒等屡々風景を賞す。

蓋し旅中は心緒新鮮にして実際と離るゝが故に審美容易に行はるゝなり。若し生徒等この旅を終へて郷に帰るの日新に欧米の観光客の心地を以てその山川に臨まんか孰れかかの懐かしき広重北斎古版画の一片に非らんや。じつに修練斯の如くならざるよりは田園の風と光とはその余りに鈍重なる労働の辛苦によりて影を失ひ、農業は傍観して神聖に自ら行ひて苦痛なる一のskimmed milkたるに過ぎず。且つや北海道の風景、その配合の純 調和の単 容易に之を知り得べきに対し、郷土古き陸奥の景象の如何に複雑に理解に難きや、暗くして深き赤松の並木と林、樹神を祀れる多くの古杉、楊柳と赤楊との群落、大なる藁屋根 檜の垣根、その配合余りに暗くして錯綜せり。而して之を救ふもの僅に各戸白樺の数幹、正形の独乙唐檜、閃めくやまならし赤き鬼芥子の一群等にて足れり。寔に田園を平和にするもの樹に超ゆるなし。

岩見沢を過ぎて夕日白樺と柏との彼方に没す。この附近好摩滝沢辺に似たり。新墾の畑に焼土法を行へるものあり。その煙青く漂ひて旅愁転た深し。苫小牧に近く遙に樽前火山を望む。噴煙ありと云ひ又雲なりと争ふ。薄明既に青くして孰れとも定め難し。

八時苫小牧に着、駅前富士館に投ず。パルプ工場の煙赤く空を焦し、遠く濤声あり。

(本文終了)





#宮沢賢治 #花巻農学校 #稗貫農学校 #北海道 #修学旅行 #復命書 #石灰 #農業教育





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最終更新日  2021.04.18 04:39:49
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