宮沢賢治 作 「産業組合青年会」草稿より
宮沢賢治は、1924(大正13)年5月に花巻農学校教師として、北海道修学旅行を引率しました。その復命書で、ドイツトウヒ、白樺、やまならし、おにげし、が農村景観を改善し、田園を平和にする、と書きました。
賢治先生の北海道修学旅行 32 田園を平和にするもの
2021.03.20
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202103200000/
今回は、オニゲシが出てくる作品を見てみましょう。
オニゲシは、最近はオリエンタルポピーと呼ばれることが多いようです。Wikipediaより説明と画像です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B2%E3%82%B7
有名な詩「産業組合青年会」は以前紹介しました。
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202012170000/
その草稿にオニゲシが描かれています。
オニゲシは、農村改革と産業組合の発展に積極的な青年たちの象徴、作者が恋してやまない理想の象徴、として描かれているようです。詩の完成形ではわからない、賢治の農村改革への激しい恋が感じられます。
(本文開始)
祀られざるも神には神の身土があると
さう云ったのはいったい誰だ
並木の松はかたちもわかず
つめたい雨は
宙でぴしぴし鳴ってゐる
しかもときどきわだちの跡で
水がかすかにひかるのは
東に畳む夜中の雲の
わづかな青い燐光による
まことの道は
誰が云ったの誰が行ったのと
さういふ風のものでない
それはたゞそのみちみづからに属すると
答へたものはいったい何だ
まっくろな並木のはてで
見えるともない遠くの町が
ぼんやり赤い火照りをあげる
あゝわたくしの恋するものは
わたくしみづからつくりださねばならぬかと
わたくしが東のそらに
声高く叫んで問へば
そこらの黒い林から
嘲るやうなうつろな声が
ひときれの木だまをかへし
じぶんの恋をなげうつものは
やがては恋を恋すると
さびしくひとり呟いて
来た方をふりかへれば
並木の松の残像が
ほのじろく空にひかった
びしゃびしゃの寒い雨にぬれ
かすかな雲の蛍光をたよりながら
こんやわたくしが恋してあるいてゐるものは
いつともしらぬすもものころの
なにか明るい風象である
まことにわたくしはこのまよなかの
杉やいちゐに囲まれて
ほのかに睡るいちいちの棟を
つぎからつぎと数へながら
どこからともわからない稲のかほりに漂ひ
つかれたこほろぎの声や水の呟き
またじぶんとひとともわかず
水たまりや泥をわたる跫音を
遠くのそらに聞きながし
から松が風を冴え冴えとし
銀どろが雲を乱してひるがえるなかに
赤い鬼げしの花を燃し
黒いすももの実をもぎる
頬うつくしいひとびとの
なにか無心に語ってゐる
明るいことばのきれぎれを
狂気のやうに恋ひながら
このまっ黒な松の並木を
はてなくひとりたどって来た
こゝはたしか五郎沼の岸で
西はあやしく明るくなり
ぼんやりうかぶ松の脚には
一つの星も通って行く
……今日のひるま
ごりごり鉄筆で引いた
北上川の水部の線が
いままっ青にひかりだす……
わたくしはこの黒いどてをのぼり
むかし竜巻がその銀の尾をうねらしたといふ
その沼の夜の水を見やうと思ふ
……水部の線の花紺青が
火花になってぼろぼろに散る……
(本文終了)
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