西欧社民の今と英労働党コービン新党首の誕生の波紋
西欧社民主義の今、「第三の道」の分岐点、ギデンズ(英)の意見と英労働党コービン新党首の誕生の波紋●今、ヨーロッパが揺れ動いている。ギリシャ経済の破綻的危機はとりあえず先送りされたが、この問題で話題になっているのは“ドイツ帝国復活か”というテーマであった。1989年ベルリンの壁が壊れ、冷戦崩壊とともに統一ドイツが誕生した。あれから約25年が経過し、EUではドイツの“一人勝”が際立った特徴の一つである。このヨーロッパでのドイツの“経済覇権”は社会的ヨーロッパの中の出来事として理解され、“その意味”を問い直す試みは全くなかった。今回のギリシャの出来事を契機にして、ドイツの勢力圏、中欧に対する支配権など、帝国の復活的様相を示し始めている問題領域が改めて論じられ始めた。歴史上でいえば、第二次大戦でのナチス帝国以来の出来事である。ドイツ帝国が復活したかどうかという問題は今後の論争点になるであろうが、そのような問題意識が登場したことが、時代の大きな変わり目を示しているように思われる。では、その土台を構成するEUの“社会的ヨーロッパ”自体はどうなっているのか?俯瞰的全体像に関する論議は少ない思想状況である。ヨーロッパの社会民主主義の多数派の政治の土台には“第三の道”の思想があり、その提唱者はアンソニー・ギデンズ(英国)である。今回のアンソニー・ギデンズのインタビューはヨーロッパ社民主義政治が直面する問題に接近する重要な手がかりになる報告であると思われる。この点が今回のテーマである。ところで、現実のイギリス政治の展開においては、今年の5月7日総選挙が行われ、事前の保守党・労働党の接戦の予想に反して、保守党の圧勝で終わった。この結果ユーロ―離脱問題が今後リアル政治の大きな争点になることは想定されるが、ここでは、兵頭兵によって敗北した英労働党の画期的な変化が報告されている(上記・報告)。労働党党首エド・ミリバンドの辞任に伴って党首選が行われ、4人の候補者が争ったが、最左派のジェレミー・コービンが当選し、9月12日新体制が発足した。今回は紹介できないが、この兵頭兵の報告によっても、イギリス労働党の変化は労働党の枠を超えて、イギリスで生じている大規模な社会変動と人々の気持ちの変化に根差す政治的象徴であると指摘されている。関心のある方は一読を進める。●ギデンズ・インタビュー(要旨)(世界11月号)▲出版から20年、ある部分は変わっていませんが、根本的に変わった部分もあります。時代背景には二つの大きな変化があります。第一にデジタル革命です。第二はグローバルな金融危機が世界資本主義の脆弱性と規制の難しさを露わにした点です。私自身は「第三の道」を出版した時点で、伝統的なトップダウン社会主義と市場原理主義を超えるという問題意識でしたが、多くの人々は“第三の道”それ自体、市場原理主義とみなしました。当時新たに発生しつつあるエコロジーと気候変動を扱った領域では従来の国民国家の枠組みでは対応できないこと、地域、国家、グローバルな政治という広い領域で統合されないと解決の道は見いだせないという枠組みは依然として有効だと思っています。“第三の道”を提唱した時点と比較すると、私たちはハイリスクで選択肢過剰な社会と呼ぶべき新しいタイプの社会に生きている、これが重要な点です。リスクと機会の不安定な関係が存在するのです。多くの国が直面している構造的変化、すなわち政治的中道の崩壊です。政治におけるポピュリズム、民主主義に懐疑的でリーダーを信頼していない国民が台頭しています。イギリスだけではなく、民主主義国家に一般的な現象です。民主主義国家の影響の衰退には二つの要素があります。第一は、人々は政治家ができない約束をしていることを知っているということです。第二は、デジタル革命です。例えば、人々はキャメロン首相がやろうとしていることを即座にチェックできます。これは政治に対する人々の態度を変え、今回の英・総選挙は歴史上かつてないユニークなものとなっています。スコットランドナショナリズムのように、世界のいたるところでナショナリズム復活の動きがあります。これはデジタル革命によってもたらされた制御困難なコスモポリタンな世界が私たちにある種の負荷をもたらし、それがアイデンティティーの不安をかき立てることに由来している面があります。私はそれを“コスモポリタン・オーバーロード”と呼びます。ここからアイデンティティーの不安とその保障を求める動きやナショナリズムやローカルなアイデンティティーへの回帰が生まれています。これまで左派こそがこうした動き(ナショナリズムの連鎖による社会の分断)と闘ってきました。左派の理念は私的市場や地域社会に対する公共的な関与が必要であるというものだからです。国家の統制力の喪失によって、左派は苦戦しています。これはヨーロッパ全体にも妥当します。“第三の道”が書かれた時代のような中道左派の連合は今や存在しません。中道左派にとってアジェンダの再考が求められています。“第三の道”論争ではグローバリズムへの対応が論点になりましたが、デジタル革命によって当時以上に個人の出来事とグローバルな出来事がはるかに強い関係をもつようになっています。左派の未来はデジタル革命のコミットメントしたものにならざるを得ないでしょう。デジタル革命とはインターネット、スーパーコンピューター、ロボット化で、ロボット化は労働市場を浸蝕し、デジタルテクノロジーは医療領域に劇的な変化をもたらします。新しいテクノロジーによって医者と患者の関係の再構築が進む可能性があります。それなくして福祉国家や医療システムの崩壊を止めることは難しいと思います。▲左派は今までとは異なったものにならなければなりません。左派はこの社会を破壊する不平等と闘わなければなりません。二つの種類の不平等。上層の不平等、下層の不平等です。アメリカで景気回復の効果はトップ1%の層がもって行くという問題、もう一つは技術の変化などで労働市場から排除される層の存在です。左派はこの二つの種類の不平等と向き合わなければなりません。それは一国だけで解決することは困難な課題です。私は直面する英・総選挙で伝統的な中道右派から中道左派へのシフトが争点だとは思っていません。事態は、より、複雑です。社会そのものの変化が基底にあります。スコットランドは社会民主主義的な伝統が強い国ですが、今回はむしろローカルナショナリズムの台頭という面が強いと思います。イギリス以外の国でも同様です。左派と右派の大連立です。イギリスでもその可能性があります。民主主義がいたるところで困難を抱えつつあります。自由民主主義の伝統の勝利を宣言したフクヤマでさえもその困難を言い始めています。(スコットランド民族党について)複合的な要因が絡んでいますが、彼らの主張にはいくぶん現実性がないということです。独立した場合の実効性のある政治体制の像を描き切れていないということです。イギリスがEUから離脱し、スコットランドがイギリスから離脱すれば、ウェールズと北アイルランドにも独立志向が高まり、大英帝国がついに解体する時が来ます。そうした動きはヨーロッパのほかのローカルナショナリズムの動きにも依存します。(第三の道で不平等と平等の革新として導入した包摂と排除の概念について)社会的排除という概念は不平等にとってかわるものではなく、不平等概念とともに用いて初めて有効性を発揮するものです。両者はお互い補い合って効果をもたらします。(今の労働党は社会的排除よりも伝統的な再配分の性格に傾斜しているように思われますが、古い福祉国家論に戻ったのでしょうか?)そうは思いません。景気回復の成果が一部の富裕層にのみ持っていかれ、貧しい層に配分されていないことは多くの人が気づいていることです。再配分政策をとることが必ずしも古い労働党への回帰ということにはならないでしょう。●第三の道の要点は二つある。福祉国家に基づく旧式の社会民主主義(第一の道)とは異なるが、そこで重視されるのは<平等>という理念を、形を変えて継承しようとする点。もう一つはサッチャー路線(第二の道)の市場化と分権化のモチーフについて、アクティブな市民社会の構築につながりうるものは積極的に受け入れようとした。(解題・小玉重夫、参照)日本の革新勢力の中では、この後者の思想と理念はほとんど論議されることはなかった。それゆえ、第三の道は市場原理主義の一種とみなす傾向が強かった。民主党の敗北は政府を使った所得の再分配という点で自公勢力とは異なった政策を取り始めたが、後者の側面は新しい公共という視点を提唱するにとどまった。民主党は市民社会の力を政治(国政)に還流する思想と政策体系を持っていなかった。戦後革新勢力を構成していた社会党・総評ブロック、共産党、レフトの勢力も同質であった。ヨーロッパ社民勢力の動揺と転機は他人事ではないと思われる。