2025年2月6日の吉野敏明先生のYouTubeのお話を書き起したいと思います。
香川県民ですらうどんを常食する様になったのは1980年以降だった
殆ど知られていない日本の小麦栽培、うどんの歴史

本格的に小麦の栽培が始まったのは、奈良時代以降。
小麦は麺類にして食べていた。
日本においてうどんの記録は平安時代の新猿楽記に記されている。
中国の唐からきた『はくたく』という小麦粉を使った麺料理が伝わり
これが今のうどんの原型とされています。
鎌倉時代13世紀になると寺院や貴族の間で小麦粉を使った麺類を食べるようになった。
室町時代になると小麦の生産が増えて商人や武士の間で、うどんやそばの文化が広がりました。
江戸時代の江戸で庶民にも広まった。(参勤交代で屋台のそば、うどんを食べていた)
この時に香川県の讃岐でうどんを作ることが始まった。
庶民にとってまだまだ高価であり、日常的に食べるのは裕福な人しかいませんでした。
19世紀末から20世紀になると西洋文化の影響でパンやパスタが紹介され
小麦の消費量徐々に増えたものの米食が圧倒的でした。
第2次世界大戦後、PL480条 食糧支援計画で小麦、植物性の油、乳製品を食べるようになった。
そして給食で提供されるようになった。日本の主食がコメから小麦に変わった背景
小麦の消費量が爆発的に増えたのはいつなのか。
1960年、日清チキンラーメン、サッポロ一番など即席めんが出来た。
ここで米中心の食生活から米と小麦を使ったインスタント麺の食生活に変わっていった。
1973年第一次オイルショックの時に日本政府は減反政策を推進してコメの生産を制限し、
小麦の輸入を奨励しました。
香川県では1980年代食べられ始めた。朝食うどんなどがはじまった。(1980年頃から)
農作業の節目や祝い事の時に食べられていた。
金比羅宮の参拝者向けに金毘羅うどんを提供するようになったのは1800年以降。
小麦の消費量ランキング
1位 長野県
2位 京都府
3位 岐阜県
4位 埼玉県
5位 神奈川県
香川県の人は思ったほど小麦粉を食べていなかった!
吉野敏明先生のYouTube


