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ココ の ブログ

小説「猫と女と」(7)

小説「猫と女と」(7)



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 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。



 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。



 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。



 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」



 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。



 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(つづく)






 


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