815409 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ココ の ブログ

「猫と女と」(19)

小説「猫と女と」(19)


Mni1 ni2 Mni3 Mni4 Mni5


 後から他の客が同乗して来たので三人は黙ったままだった。途中階で彼等が降りるのを待っていたかの様に女は言った。「ねえ、食事が終わったら、今日は三人仲良く此処に泊まりましょうヨ」「えッ!まさか・・・」何を言い出すのかと私は女を見た。「スイートならゆっくりお話も出来るワ」「幾らスイートでも三人ー緒に泊まるなんて私は厭ヨ、ママ」「ボクも今日は帰るヨ。今日の会議の整理があるんだ。二人で泊まってゆっくりして行けば?」「あら、駄目なの?そうネ・・・。でも、食後に少し付き合ってヨ。部屋で此れからの事を話し合いましょ」顔を合わせたのだから、これ以上話す事も無いと想ったが、女が納得しそうに無く少しは付き合わねば収まらないと考えると承知せざるを得なかった。レストラン階でドアが開くと女が先に出た。レストランの受付から館内電話でフロントへ部屋を予約するらしい。「今日は大層混んでいて、スイートがひとつだけ空いていたワ。久しぶりにゆっくりして行きましょ、舞ちゃん」テーブルに来て高揚した声で女は言った。


 食事中、二人の女を見比べていると余程自分が好色漢で物好きな男に想えて来て、友人の中を見渡しても自分ほど変わった男は居ないのでは無いかと想えるのだった。決して自慢する訳ではないが初老になってまで色の道から抜け出せない因果を親譲りのせいにしている自分が疎ましい。想い起こせば親父も初老になっても愛人を囲っていた。朝帰りの父が母と口論するのは日常茶飯事だった。それを反面教師として眺めていた自分だった筈なのに同じ事をしている。但し親父のようなへまはしない積もりで家庭は平和に保っている。女の事で家庭がもめる愚は心底嫌っていた。妻の知らない外で幾ら浮気をしても余計な心配をさせないという不文律が私にはあった。母親の涙が青年だった私の心を曇らせたのだ。それなのに父の葬式の席で母は言った。「散々女遊びをした人やったけど、隠し子が居らなんだだけ、せめてもの幸いや」馬鹿な言葉だと想った。


 「二人とも、今日は無口ネ。私ばっかりしゃべっているワ」女は私と舞子の顔を観比べて言った。私にすれば罪人が裁かれている様な気分で憂鬱だった。この先、舞子が子供を産めば益々三人の関係は濃厚になって行くだろう。産まれ出る子供が成長しても成人するまでは父親として気が抜けない。二十歳に成った頃には私は七十代半ばだ。老人の父親を子供はどういう風に観るだろう。男の子か女の子かで人生も変わるだろう。生まれれば認知の問題も出てくる。今から妻の渋い顔が想像できる。「隠し子が居らなんだだけ、せめてもの幸いや」と言った母よりもショックは大きいだろう。が、それこそ案ずるよりも産むが易しかも知れない。あれやこれやと杞憂したところで始まらないのだ。こうなれば覚悟を決めて対処するしか無い。それならせめて生まれ出る子は女であって欲しい。


 舞子の様な可愛い女の子なら猫可愛がりしてしまうだろう。食事を終えた頃、女はデザートに手を付けず部屋の鍵を受け取りにフロントへ行った。「舞ちゃん、本当の処、子供の事、何時分かったのだい?」女が居なくなってやっと舞子に訊く事が出来た。「先月頃から様子がおかしかったの」「どんな具合に?」「生理が止まったのと、食べ物の好みが変わった。食欲も増したワ。少し肥ったでしょ?」「いや、気付かなかった。言われなかったら今も分からないぐらいだ。しかし予想もしなかったヨ」「私だって、予想外ヨ。ピルはちゃんと飲んでいたのに・・・」「でも、お母さんは大喜びだ。不倫相手なのに、よくも平気で居られると想ったけど、最初からの計画と言うから・・・実にボクは間抜けだったヨ」「ごめんなさい。でも、私はひと目見た時から貴方を好きになったの」


 「有難う。ボクも運命的な出逢いだったと想っている。そこでだけれど、言っておかねばならない事がひとつあるんだ。実はボクはお母さんとも関係していたんだ」思い切ってひと思いに言った。「知ってる。でも、母は母ヨ。勧められて貴方と会う形をとったけど、病気だった母の変わり様を見て最初から貴方に興味があったのと、ココちゃんの新しい飼い主という事とで是非会いたいと想っていたのヨ。母が、やっとお見合いという口実を作ってくれたけど、それまで母も迷っていたのネ。上手く行けば、お見合いで私を結婚させて貴方を失わずに済むけれど、下手をすれば貴方を失う事になるかも知れない」舞子は躊躇せずサラリと言った。既に彼女の心の中では整理がついているのだ。五十を過ぎて身体の衰えを感じ始めた女と三十にも成る娘の強い願望とが重なって女を覚悟させたのだ。


 それは母と娘と言うよりも姉妹の対立の様で、歳の離れた姉の恋人を自分のものにする妹の強い執念がそうさせたのだ。女が戻って来て三人はレストランを出た。多分、女は舞子が妊娠した事で安心もし腹を決め、女同士の戦いに終止符を打ったのだ。部屋に入ると女は直ぐにバスルームに入った。舞子も続いた。私は冷蔵庫からビールを取り出し窓から夜景を見ながら飲んだ。そして、今に至るまでの自分の女遍歴をトレースしてみて、今後もこの女癖は治りそうに無いと自覚した。微かにバスルームから女達の甲高い声が漏れ聴こえて来る。ひょっとして相手の身体を洗い合いながら共通の男である私の事を考えているのだろう。私には出産という構図がこれからの生活にしっかりと圧し掛かり逃げる訳にも行かず、仮に舞子に異民族の血が流れていたとしても現実を受け入れるしかないのだ。(つづく)


 


© Rakuten Group, Inc.