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恋愛病院『ラブホスピタル』

恋愛病院『ラブホスピタル』

セレナーデを聴きながら

「それじゃ…」

新幹線に乗り込むあたし
見守るような笑顔で、あたしを見送る彼。

ドアが閉まり…
見つめあうだけのあたしたち

あたしの隣では、恋人との別れを惜しむかのように
大粒の涙をこぼし、手を振り続けている女の子…。

あたしには、女の子のように
目の前にいる彼と、別れを惜しむことは…できない。

徐々に、視界から消えていく彼の存在、

「あ…」

ドアに手をかけ、ガラス窓に頬を寄せ、振り返る
あの場所に立ち止まったまま、電車が行くのを見てる彼

あの女の子は、もう彼に電話していた
あたしは…彼の携帯番号を見つめることしか出来ず
さっきまで一緒に歩いてた 彼の歩幅を思い出していた



彼と出会ったのは、去年の落ち葉が舞い散る季節…。

二人とも、あるサイトの常連。
常連の中でも、あたしの心に響くメッセージを残している人がいた。
「記入者名」を見ると…、それはいつも彼の名前だった。
そんな彼を特別な存在として、あたしが意識するまでに
さほどの時間はかからなかった。
いつも文字と言う会話のなかで、なにげなくそのことを伝えていたが
彼も悪い気はしていないようだった…。

『突然のメール、すみません』

次のアクションを起こしたのは、わたしの方。
『掲示板に残す、アナタのメッセージにいつも心うたれていました…』

掲示板では伝えきれない想いを
メールと言う媒体を通して、彼に伝えたんだ。

『どう思われちゃっただろう…』
『あれは忘れてくださいってメールしようかな…』

次の日、私の不安を吹き飛ばすかのように、彼から届いたメールには
いつもと変わらない、彼らしい言葉が散りばめられていた。



何時の間にか、あたしはサイトに足を運ばなくなっていた。
特別、彼とのメールのやり取りをしたいがために
サイトに行ったわけではない。
だけど、もう…行く必要性を感じなくなっていた。

彼は、サイトに行かなくなった理由を、あたしに聞くこともなかったし
恋人との関係に疲れていたあたしには
彼から来るメールが何よりも、心の安定を保ってくれた。

彼のことは何も知らない。
彼女がいるのかは…知らない。
でも、週末になると連絡が途切れるのは…。

恋人からの誘いのないわたしは、彼からのメールを待っていた
どこかで期待をし、どこかで切なさを感じながら…。



ある日、彼からの届いたのメールの1行に、あたしの視線は止まった。

『今日は入学式で…』

え…入学式…?

『初めて出席するから、緊張して』

子供…いるんだ。

特別、苦しむほどの悲しみはなかった。
彼の状況が少し判っても
彼には自分のプライベートを見せていく私。
自分でも解らなかった。
なぜ、彼にどんどん自分のプライベートを見せていったのか。
そして、相手にも同じことを求めていたのかを…

『暇な時、連絡ください。090-***』

いっときの癒しがほしかっただけ
今の自分が置かれている状況から逃げ出したかっただけ
ネットと言う媒体を使って、助けを求めていただけ

ただ…それだけ…



部屋の中のPCの前は、彼と確実につながっていられる場所。
なのに、私は…。
その場所を出ても、つながっていたいという気持ちを抑えられなくなっていた。

電車の切符を買い、彼の住む町へ向かっていた。

それは、何を意味するのか自分でも解らないまま。
奥さんがいる、子供もいる…
だから恋愛したいんじゃない


していないと、確かめたい。

夕方4時、彼の携帯を鳴らす。
驚いた様子で、電話に出る彼。

『どうした?…はじめまして、だね。』
「うん、あなたの住む町が見たくて…」

彼は、驚いた様子だったが、特別な理由も聞かず
仕事が終わる時間を告げ、会う約束をした。

駅を出て、人込みの中…彼を待つ
何がしたいのか、何を求めているのか、何を求められたいのか…
なにも解らず、ただ…彼の連絡を待つ。

息を切らせながら、彼はやってきた。
「…君が……」
「始めまして」

細身の体型は、あたしが描いてきた彼のイメージとは違ったけど
頭をかきながら笑うその顔は
いつも感じてた温もり、そのままだった。

「この近くに食事できる所あるから…行く?」

そう言って、店の方向を指差した彼の薬指には光る指輪があった。

何気ない会話。何気ないヒトトキ
初めて会った人とは思えない、懐かしさがあった。
お酒が弱いのに、前から彼が好きだと言っていたお酒を
彼と一緒に飲んだあたしは、気持ちが開放的になっていた。
「あたしね、いつもアナタの言葉ばかり探してた」
「こんな行動とったの…初めて」
いろいろなことを話したかった。
いろいろなこと…話せただろうか?

突然、彼の携帯が鳴り出す。
「もう時間だね。駅のホームまで送るよ」

黙って見つめるあたしに、彼は笑顔で
「今のアラーム。君が乗り遅れないように時間あわせておいたんだ」

彼はそう言って、伝票を持ちレジに向かう。
お店を出た瞬間…あたしの右手は彼のスーツを掴んでいた。
「え…?どうした?」

うつむくわたしに、優しく声をかける彼
ホンの1時間半のヒトトキ。
その時…どこからともなく…昔よく口ずさんだメロディが聞こえてきた。
プリンセスプリンセスのMが…柔かく流れていた。

「ご…ごめんなさい。ちょっとふらついただけ」
わたしは、うつむいたまま答えた。
彼も特別なにかを語ろうとせず、ゆっくりと
わたしの歩幅にあわせて歩いてくれた。

子供を優しくひっぱるように、手をつなぐ彼
その温もりが…とても切なく温かい…。



どんどん遠ざかる、彼の町。
「いつも一緒に…いたかった…」

Mを口ずさみながら…
明日と言う日を迎えていた。



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