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恋愛病院『ラブホスピタル』

恋愛病院『ラブホスピタル』

Twilight

とも茶さま、ありがとう!!


「それじゃ…」

新幹線に乗り込む彼女はまだ、何か言いたそうだ。
そうと分かっていても、聞き出そうとは思わない。
今、その時ではないし。

見守ることしかできない。

あの列車が、視界から消え去るまで
ここにじっとしていよう。
ため息はつくまい。
そう。決めたのだ「僕は石になろう」と。
心の無い石に。


人の流れの中で、1人きりの空間をようやく感じると、
生き返ったように、深い呼吸をして歩き出した。
さっきまで一緒に歩いてた 彼女との歩幅を思い出していた。

≡†≡

彼女と出会ったのは、去年の秋。木枯らしの季節だった。

暇つぶしに通い始めたサイト。相談事の掲示板にレスを書き込んでいるうちに、
癖になってしまった。「それとなく、褒められる」というのは
普段の生活にないことだから、少し得意になっていたのかもしれない。
いつの間にか、常連の1人になっていた。
彼女も、時間を持て余した人種なんだろうと思っていた。
特に個性がある訳でもなく、無難な書き込みをしてるなあ、と
そんな印象しかなかったのだが。


『突然のメール、すみません』

『掲示板に残す、アナタのメッセージにいつも心うたれていました…』

こういうのを「熱いエール」とか「ファンメール」と言うのだろう。
うーん。
初めてではないが、うなってしまった。
「想い」というやつは、抑えるほど膨らんで、つい溢れてしまうもの。
「抑えても抑えきれない。」言葉で書いていなくても、
文字がそう言いたげに見える。
甘い言葉や、いかにもな誘い文句を使っていないからよけいに、濃い。
それを読んだとき、寒気に似たものを感じていたのは確かだ。


返事を書くのに丸一日かかってしまった。
暇つぶしという最初の目的は、十分に達成してしまった訳だ。
いつも通りの文章を書かなければいけない、という変な使命感があった。
変にうろたえてしまった事を悟られたくない、という
小さなプライドだったのかもしれない。
自分の文章なんて意識したことがなかったから、苦労した。
それらしい言葉遣い、できていたかどうか、
それは彼女にしか分からない。

≡†≡

メールのやり取りをするようになってから、彼女はサイトに来なくなった。
管理人の性格なのだろう。来なくなった人を話題にはしない、
そんな暗黙のルールがあった。あのサイトを気に入っていた理由のひとつだ。
「去る者は追わない」場所なのだ。
そこには、他人と関わりたい者が集まってくる、そして、
関わり過ぎないように去っていく。
だから、彼女にもそのこと聞こうとは思わなかった。

しかし、あるとき、急に気になりだした。
彼女の気持ちを、聞きたいと思わない自分がいる。
彼女は、僕にとって特別な存在ではないのだ。

恋人との関係までメールに書いてくる彼女に、
真面目に、でも当り障りのない返事を返し続けた。
そのことで感謝されているらしい。
僕のことは何も聞かれない。だから、話さない。

バランスが悪いふたりの気持ちを、シーソーに乗せたら
僕の方は上に上がったままだろう。
何も誰にもやましいことはないはずだ。
足もとが不安定な、居心地の悪い気分になっていった。

≡†≡

『今日は入学式で…』

『初めて出席するから、緊張して』

こんなことを書くのは初めてだ。
どう言えばいいのか、考えあぐねた結果が、『入学式』
これで良かったのだろうか?
少なくとも彼女はこの時、特別な存在になった。
ネット上で知り合った誰にも、家の話をしたことはなかったのだから。


特別、苦しむほどの悲しみはなかったのか?
女は謎だ。
苦心して伝えても、なにもなかったように
自分のプライベートを見せてくる彼女。
僕にも同じことを求めているのか???

『暇な時、連絡ください。090-***』

≡†≡

夕方4時、携帯が振動した。
この時間帯に連絡があったことはない。
緊急・・・なのか?


『どうした?…はじめまして、だね。』
「うん、あなたの住む町が見たくて…」

驚いたというよりも、
全ての感情が一気に湧いてきた。パニックだった。
理由を聞くどころではなかった。
とりあえず仕事が終わる時間を告げ、会う約束をした。

駅へ向かう道で、今までの流れを復習した。
ネットでの自分は、100%本当ではないし、100%作り事でもない。
しかし、彼女の目にどう映るだろう。
メールに書いたこと。彼女を励ますために言ったこと。
何者かになるために、台本のおさらいをする役者のようだ。

それにしても、急に。
何事だろう???

途中から早足にしたら、息が切れてしまった。
「…君が……」
「初めまして」

もっと神経質そうな女の子だと想像していた。
小さくてぽっちゃりだ。
はっきり言って、可愛い。

「この近くに食事できる所あるから…行く?」

そう言って、店の方向を指差した。
『あ・・・』結婚指輪は外してくるつもりだった。
そこは、以前から一度行きたかった小料理屋で、
旨い焼酎が置いてあると聞いていた。
和食も酒も嫌いな妻と、ここで鉢合わせすることはない。


何気ない会話。何気ないヒトトキ。
初めて会ったとは思えない。話やすくて助かった。

「あたしね、いつもアナタの言葉ばかり探してた」
「こんな行動とったの…初めて」

彼女はいろいろなことを話してくれた。
僕は話したいことが少しだけあった。それは、焼酎と共に呑み込んだ。
少しだけ、のどに何かが引っかかっている違和感。

≡†≡

「もう時間だね。駅のホームまで送るよ」
「今のアラーム。君が乗り遅れないように時間あわせておいたんだ」

伝票を持ちレジに向かう。お店を出た瞬間…引き止められた感覚が。

「え…?どうした?」
「ご…ごめんなさい。ちょっとふらついただけ」

彼女は、うつむいたまま答えた。

分かっている。分かったよ。多分、思っている以上に
「それ」は伝わっている。
けれど、分かったと、伝わったよと、
彼女に伝える意味は無いように思った。

その意味は重すぎるから、焼酎といっしょに飲み干して、
僕は石になろう。

手をつないで、ゆっくり歩いていく。
少し酔いが、まわって来たようだ…。

≡†≡

不安定な関係は、これで終わるのだろうか。
それとも、ここからが、本当の始まりになるのだろうか。
それは、明日が決めてくれるだろう。
僕は家路についた。



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