女性からすれば結婚・再婚のたびに名字がかわるのは、たまったものではないかも、しれませんが。
姓名判断の見地からすれば、一大変化なワケで。人生を刷新する契機かも、知れませんよね。いざなぎの命、いざなみの命が結婚されたとき、最初に女神様からプロポーズなさったから。最初の御子の「蛭子 えびす様」には障碍がおあありでしたから。二回目のプロポーズ「あなによし え乙女を」との男性からのプロポーズを発せられましたから。その後は、やほよろづの神はとくに問題はなく、高天原にはさまざまな神様がいらっしゃる天国となったようですが、これは障害者を差別してるのではなくて、ただ、神話なのです。でもそういうことを考えますと、言葉とはただの音素の羅列ではなくて。とくべつな暗号なのかもしれません。映画「ネバーエンディングストーリー」、でも最終場面で「おさな心の君」はその童話を読んでいる読者のバスティアンに向かって、「私に名前をつけて!」とさやかに懇願していました。つまり名前とは、作者のエンデにとって、特別な意味の呪文でもあったようです。そういう名前という不思議な暗号を、『夫婦別姓」の名の下に、固定化したり、勝手に改変してもよいものでしょうか? 勿論、迷信です。ですが物事の奥底には如何なる摂理があるのやら、わかりません。