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サッカーと野鳥と音楽 Kick!Fly!Sing!

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サッカー

2006年09月23日
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カテゴリ:サッカー


 今日は秋分の日。
もちろん仕事は休みだし
副業も明日にスライドさせてもらって
味の素スタジアムで東京ヴェルディの試合を観戦。
相手はモンテディオ山形。

 思えば、3月に新幹線で山形に行ったのは
もう半年も前のことだ。この試合がキッカケとなり
それまでブログ上だけのお付き合いだった
R2号さんとご対面することになった。
そのときの対戦では山形に退場者が出て
2点差からの逆転勝利。

 5月の対戦では0-1で敗戦。
4連敗を喫した悪夢の5月。思い出したくもない。

 7月の対戦は山形に2人の退場者が出たにも関わらず
再三ピンチを招いた。なんとか広山のゴールを守りきって辛勝。
R2号さんは思い出したくもないだろう。

 そして今日、今年リーグ戦で最後の激突。
我が東京Vに勝ってもらいたのは当然だが
両チーム退場者を出すことなく、良い試合をしてもらいたい。




山形の皆様。遠路はるばる、お疲れ様です。

 実は今年、生観戦した試合は
全て東京Vが勝利している。J1復帰への道は
相当厳しいものだが、とにかく今は目の前の試合に
全てを賭けるしかない。

 この日はスポンサーである家庭教師のトーマスが
数々のイベントを用意していた。ハズレ無しのスピードくじにチャレンジ。
こういうの、当たったことないんだよねぇ。
どうせ、携帯クリーナーでしょ。(いわゆるハズレ)

「おめでとうございます!」
「はっ?」
「Tシャツご当選です!」
「うぉ~っ!」


今日の日付入り。

 試合前に運を使いたくなかったけど・・・・
まぁ、いいか。サンキュー、トーマス!


試合開始直前、空を見上げる広山。雨の心配?

 午後2時キックオフ。序盤は良いリズムで仕掛けるも
次第にミスが目立ち始める。マルクス欠場で
中盤のキーマンとなる大橋のフリーキックはポスト直撃。





 対する山形も、ストライカーのレアンドロを欠き
決定的なチャンスを作れない。
先制点を奪えば有利な展開になるだろうが
逆に奪われたら、そのまま終わってしまうような悪い予感。
前半終了。ハーフタイムに溜息が出た。 


クロスボールを上げる海本。

 後半も序盤から良いリズムで攻撃を仕掛ける。
決定的なチャンスを金澤が決められない。
しかし、シウバがスピードを活かして突破するなど
得点の予感が漂っている。ここで取ろう!


積極的なドリブルを見せた久場。

 そして後半13分。そのシウバが右サイドからクロス。
これを山形DFがクリア。こぼれ球に反応した左サイドの石川が
ファーサイドにセンタリング。ヘディングで合わせたのは広山。
見事決まって待望の先制点。


ミスもあったが、素晴らしいアシストの石川。

 その後も何度か決定的なシュートを放つも
追加点を奪えない。それでも、萩村と戸川の
両センターバックは集中を切らさなかった。


攻守に忙しかったゼ・ルイス。

 1点を守りきって勝利。もう1点くらい奪えたはずだが
それよりも守備の安定を褒めるべきだろう。
縦横無尽に走りまくり、何度も足をつらせた右サイドの海本。
このスピリットがチーム全体に浸透すれば
強固な扉を開く日が来るかもしれない。


もう立てない・・・・。試合終了後、戸川に助けられる海本。

 キンモクセイの香りが漂う秋風の中
スタジアムを後にする。残り10試合。
満足そうな選手達の表情が続くことを祈るばかりだ。







☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 先日書いた「もうひとつのW杯
知的障害者のドイツW杯が終了。
日本代表は予選リーグで強豪国を相手に3連敗。
しかし、13位~16位決定戦でオーストラリアを5-0で撃破!
見事A代表の借りを返した。続く韓国戦も4-2で勝利。
13位で大会を終えた。お疲れ様!

 そして水沼貴史の長男・宏太がキャプテンを務めた
16歳以下の日本代表はアジア選手権で見事優勝を飾った。
決勝は北朝鮮を相手に2点差から同点に追いつき
延長戦でヴェルディ・ユースの河野が2得点。
日本サッカーの明るい未来を予感させる黄金世代は
来年の8月、世界に挑む。






Last updated  2006年09月23日 23時34分18秒
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2006年09月03日
カテゴリ:サッカー
 スカパー!にて国際親善試合ブラジル対アルゼンチンを観戦。
舞台はロンドン。アーセナルの新しいホーム・スタジアム
エミレーツ・スタジアムに約6万人の観衆。
ヨーロッパで活躍する選手も多いので
ある意味合理的な開催地といえよう。

 両チーム共にドイツW杯をベスト8敗退という
不本意な成績で終え、監督が交代した。

 ブラジルはジュビロ磐田で活躍したドゥンガ。
アルゼンチンは1991年から94年まで代表監督を務めた
バシーレが復帰。

 スターティング・メンバーをざっと見ると
なんだかアルゼンチンが優位のような気がした。

 ブラジルはロナウジーニョがケガで欠場。
カカはベンチ、アドリアーノは召集すらされていない。
対するアルゼンチンはリケルメ、メッシ、テベスなど
先のW杯で活躍したメンバーが健在。

 しかし、その予想は前半3分で見事裏切られる。
ロビーニョがボールを受け、反転してキラーパス。
走り込んだのエラーノが決めてブラジル先制点。

 エラーノはウクライナ・リーグのシャフタル・ドネツク所属。
FWのダニエウ・カルバーニョはロシア・リーグのCSKAモスクワ所属。
さすがブラジル、ビッグ・ネーム以外にも隠れたタレントが多い。

 その後もロビーニョを中心に素早い攻撃を展開。
ダイレクト・プレー、パス・ワーク、一瞬のひらめきは
ロナウジーニョ不在を感じさせない。

 アルゼンチンは序盤こそ対等に試合運びをしていたが
リケルメがジウベウト・シウバに抑えられ
攻撃の芽を摘まれていく。

 後半に入ると、アルゼンチンはベテランのサムエルを投入し
守備を修正。攻撃陣も奮起し、開始直後から猛攻を仕掛けていく。
惜しい場面もあったが、ここで点を取れなかったことが
勝敗を左右した。

 ブラジルはカカを投入。次第に息を吹き返す。
すると後半25分、カカのラストパスから
またもやエラーノが決めて追加点。

 アルゼンチンは期待の新星アグエロを投入するが
決定的な場面でゴールの枠を外す。
メッシは相変わらず独特のリズムでドリブル突破を見せるが
ボールを持ち過ぎの感があった。

 間もなく試合が終わろうとしていた後半44分。
アルゼンチンがコーナーキックの場面。
クリアしたボールがハーフウェーライン手前でカカに渡る。
すると目にも留まらぬ高速ドリブルで一人カウンター・アタック。
あっという間にゴール前に持ち込んでシュート。
ボールはゴールに転がり込んだ。

 スーペル・クラシコ、宿命のライバル対決は
3ー0でブラジルの勝利。国際親善試合とはいえ
お互い絶対に負けたくない試合だったはずだ。
気持ちの上でもブラジルは最後まで圧倒していた。

 それにしても、ブラジルのドゥンガ監督。
現役時代の姿を思い浮かべると、監督になってからも
90分間激しい指示を選手たちに送り続けるのかと思いきや
ほとんどベンチに座りっぱなしだった。
もちろん、早い時間での先制点もあり
監督としてのキャリアは始まったばかりだし
猫を被っているだけかもしれない。
やっぱりドゥンガは怒鳴ってこそ、ドゥンガ。

 試合終了後、帯同していたロナウジーニョが
笑顔で選手達を労っていた。

 いやぁ、オシム・ジャパンの試合前に
体力使い切っちゃったなぁ。寝ようかなぁ。
(って、観てるし)






Last updated  2006年09月04日 04時02分21秒
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カテゴリ:サッカー
 横浜Fマリノスの岡田監督が辞任し
後任には水沼貴史新監督が就任した。

 水沼貴史 1960年5月28日生まれ 埼玉県出身

日本リーグ 161試合 33得点 52アシスト
ベスト・イレブン5回

Jリーグ 42試合 5得点

日本代表(国際Aマッチ) 32試合 7得点

 ’80年代後期、私が応援していた読売クラブの
最大のライバル・チーム日産自動車に所属していた。
背番号10のエース木村和司が社長なら
水沼は副社長と呼ばれるほど、存在感の大きい選手だった。
ドリブルも巧い、パスも巧い、そしてシュートも巧い。
特に、ボレーシュートでは右に出る者がいなかった。

 浦和南高校で全国優勝を経験し、法政大学に進学。
卒業後は加茂周監督率いる日産自動車に入社。
この年は柱谷幸一(現・京都サンガ監督)、
田中真二(現・徳島ヴォルティス監督)
など優秀な選手が同時に加入した。
木村和司、金田喜稔、マリーニョなど多彩な顔ぶれと共に
わずか数年で日産は日本を代表する強豪に躍進することになる。
この転換期がなければ
今の横浜Fマリノスは存在しなかったかもしれない。

 水沼は日本代表としてW杯予選やオリンピック予選にも出場。
得点数は7(Aマッチのみ)と意外に少ないのだが、その中でも
3つのゴールは特に忘れられないものだ。

 1985年5月18日 東京・国立競技場
メキシコW杯アジア東地区一次予選
日本対シンガポール


 前半を格下相手に0-0で折り返した日本。
しかし、後半は実力を発揮しゴール・ラッシュ。
その口火となったのが水沼のゴールだった。

 怪我で手負いの木村が相手選手のファウルで
ピッチに倒れこむ。しかし、ボールは日本がキープしたため
プレー続行。サイドへ展開して低いクロスボールがゴール前へ。
すかさずスライディングで合わせたのが水沼だった。
華麗にゴールを決め、一瞬こぶしを握りしめ
ガッツポーズを作りかけたが、すぐさま倒れこむ
木村に駆け寄った。

※その後、日本は最終予選まで進出したが
韓国に連敗し、メキシコW杯出場を逃す。

 1987年9月26日 東京・国立競技場
ソウル・オリンピック・アジア予選
日本対タイ


 この予選、ここまで6勝1分けで好調を維持していた日本。
その原動力は水沼の好調ぶりだった。
この日の相手はアウェーで引き分けているタイ。
これに勝って中国との一騎打ちに臨みたいところ。

 均衡した試合を決めたのは
やはり水沼だった。前半34分、見事なボレーシュートを突き刺し
決勝点となった。

 翌月発売のサッカーマガジン、巻頭カラーで紹介されたこの試合。
ゴール直後の水沼の写真に大きな見出し。

「水沼、今夜もありがとう」

※その後、日本は中国にアウェーで勝ったが
ホームで敗れ、ソウル五輪出場を逃す。

 1989年6月4日 東京・国立競技場
イタリアW杯アジア地区一次予選
日本対北朝鮮


 改修中の国立競技場で行われたこの試合は
日本のサッカーが、まだ日の目を浴びない頃から
支え続けるファン達の語り草となった。

 最大の強敵を迎え、日本は勝つしかなかった。
アウェーの2試合(香港、インドネシア)をいずれも
引き分け、ここで負けたら絶望的。

 しかし、試合は北朝鮮のペース。
後半25分過ぎ、ついに先制点を許す。

 それでも諦めない日本は、左サイドから佐々木が低い
クロス・ボール。そこに走りこんだのが水沼。
鮮やかなダイレクト・ボレーで同点。

 そして試合終了2分前、奇跡のようなオウン・ゴールが生まれ
日本は逆転勝利。熱狂する日本サポーターから
「イタリア!イタリア!」の声が巻き起こった。
誰もが、水沼のゴールと劇的勝利に酔いしれながら・・・・。

※その後、日本はアウェーで北朝鮮に敗れ一次予選敗退。


 これら3つのゴールは、どれも国立競技場で生まれた。
国立競技場は日本サッカーの聖地と呼ばれるが
木村和司の伝説となったフリーキック同様
水沼のゴールも大きく貢献していることは間違いない。

 水沼はW杯にもオリンピックにも本戦に出場出来なかった。
引退したのがJリーグ開幕から2年後。
あと5年、Jリーグ開幕が早まっていれば
もしくは、あと5年水沼が若かったら
そんなことを思わせる選手だった。


 そうそう、水沼は以前私が通っていた中学校の
近所に住んでいたことがある。
これは全て聞いた話だが、まだ水沼の名前も顔も無名だった頃
午前中から普段着で日産の高級車シーマに乗り込む姿を
近所の奥様連中に発見され

「あそこの旦那さん、何の仕事してるのかしら・・・・?」

と囁かれていたとか。

 そして現在、長男の水沼宏太はマリノス・ユースに所属し
16歳以下の日本代表に選出されている。
近い将来、トリコロールの親子鷹を見る日が来るかもしれない。
さらに、父の叶えられなかった夢を・・・・。


 あ、私はあくまで東京ヴェルディのサポーターだけどね。
まぁ、思い入れのある選手ってことで長々と書いたさ。






Last updated  2006年09月03日 20時09分51秒
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2006年08月11日
カテゴリ:サッカー
 以前、職場で知的障害の患者さんと接する機会があった。
私より10歳以上も年上だったが
私を「お兄さん」といって慕ってくれた。
喜怒哀楽が非常に激しく、ときには接し方に難しさを感じた。
せっかく就職が決まっても、1日で辞めてしまうので
「しっかりしてよ」
なんていうと、必ずフテ腐れてしまうのだ。

 結局、家庭の事情で遠くに引っ越してしまい
もう長いこと会っていない。

 そんなこともあり、知的障害について
少しでも理解しようと考えていた頃の話。

 2002年8月15日、私は横浜市にある
三ツ沢公園陸上競技場に駆けつけた。
Jリーグが開催される三ツ沢競技場の隣にある
一般的な陸上競技場である。

 そこでキックオフされたのは日本代表対マリ代表。
これは、れっきとしたW杯の試合だった。

 その年行われたW杯といえば
日本が初めて自国開催したFIFA大会だった。
トルシエ率いる日本代表はベスト16に入り
日本中が熱狂の渦に巻き込まれた。

 ブラジルの優勝で幕を閉じた、その大会から約1ヵ月後
もうひとつのW杯が日本で開幕した。
その名も、2002INAS-FIDサッカー世界選手権。
いわゆる、知的障害者のサッカー大会である。

 インターネットを中心に、もうひとつのW杯を
盛り上げようと、数多くのサポーターが呼びかけた。
ニュース番組でも取り上げられていた。

 入場は無料。しかも、同じ障害を持つ方々が手作りした
メモ帳やキーホルダーが記念品として配られた。
わずかだが、募金というカタチでお礼をした。

inas.jpg
まだ大事にとってあるよ。

 思ったより多くのサポーターが来場していたが
日本代表一色になっていないのが良いところ。
書類に不備があり、失格が決まっていたマリ代表に対しても
健闘を祈って国旗を振るボランティアの姿も。

 試合は一進一退の好ゲームとなったが
マリ代表が1点を奪い、1-0で勝利。
日本代表も、最後まで諦めずに戦った。

 初勝利に大喜びのマリ代表の選手達。
悔しさを隠さず、サポーターに頭を下げる日本代表の選手達。
試合が終われば、選手もサポーターも国境を越えて
健闘を讃え合い、大きな拍手を送る。
感動的な光景だった。

 試合前、知的障害者がどんなプレーを見せるのか
正直なところ、それは二の次だと思っていた。
しかし、目の前で繰り広げられたのは
組織的で、熱意溢れるプレーの連続。
何よりも感じたのは、ひたむきさだった。

 その後日本代表は予選突破を逃し、9~12位決定リーグに。
あるニュースで試合前、ロッカールームの光景が放送された。
激励に訪れたのは、当時東京ヴェルディに所属していた
北沢豪である。選手達の気持ちが締まらないのを察した北沢は

「これ、遊びじゃないよ。君たちの胸に付いてるの
何だかわかってるよね?」

 北沢は、障害者だからといって特別扱いしなかった。
日の丸を付けている以上、日本代表。
代表に入れなかった選手も沢山いるのだ。

 日の丸を見つめた選手達の顔色が変わった。
その後、メキシコ代表、韓国代表を撃破。
しかし、最後は南アフリカに破れ10位で大会を終えた。

 最後の試合が終わり、監督を務めた
大橋浩司監督(現・日本女子代表監督)は記者会見で
人目をはばからずに泣いた。

「選手達は本当に良くやってくれた。感謝したい。
結果が伴わなかったのは、全て私の責任です」

 FIFA大会ほど華やかでなかったものの
多くの人が情熱を注いだ大会は幕を閉じた。

 そして、4年後の今年。
このINAS-FIDサッカー世界選手権が
8月下旬からドイツで開催される。

 メディアで、どれだけ取り上げられるのか
今現在想像も出来ないが
我が日本代表には大いに暴れてきてほしい。
日本の開幕戦は8月29日。対戦相手は
なんと開催国ドイツだ。相手にとって不足なし。

詳細はコチラへ↓

http://jhfa.jpn.org/index.htm
日本ハンディキャップサッカー連盟 JHFA

 今回の代表に選出されている背番号2の宮原選手。
前回大会に続く出場となりそうだ。あのときの三ツ沢には
彼が勤務するビッグカメラの社員の方々が
あの赤いハッピを着て大勢駆けつけていた。






Last updated  2006年08月12日 02時39分13秒
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2006年07月25日
カテゴリ:サッカー
 2004年5月5日、Jリーグ・ディヴィジョン1第8節。
味の素スタジアムで行われた東京ヴェルディ対ジェフ市原。
1-1で迎えた後半41分。右サイドから小林慶行がセンタリング。
ゴール前で日本代表(当時)のDF茶野のマークを
バックステップで振り切った15歳の少年は
身体を投げ出してヘディング・シュート。
ボールはサイドネットに転がり込んだ。
少年は両手を突き上げ、ゴール裏で待つサポーターに
向かって駆け出した。

 15歳11ヶ月28日。Jリーグ最年少記録を更新。
森本貴幸が、その名を日本中に轟かせた瞬間である。

森本

 このスポーツ新聞は翌日のもの。
今でも大事に保存してある。これが東京ヴェルディにとって
いや、日本のサッカーにとって大きな意味を持つと
確信したからだ。

 その後はJ1リーグで5得点、カップ戦で2得点。
J2降格という苦い経験や大きなケガを味わい、今季は無得点。
将来を嘱望される存在であることに変わりないが
このままでは埋もれてしまう恐れもあった。
そこに、今季イタリア・セリエAに昇格したカターニャから
オファーが届いた。

 まずは2軍でのスタートになるだろう。
この若さで加入して、いきなり活躍は難しいはずだ。
しかし、1年間の期限付き移籍は、彼のプレーと
サッカーへの気持ちを大きく刺激するに違いない。

 吸収の早い年代。半年も経てば、少しはイタリア語も
覚えるだろう。レギュラーFWの欠場で巡ってきたチャンスで
味方にパスを要求、そして、あの日のようにネットを
揺らすことが出来れば、それは歴史を塗り替える。

 1998年9月、やはりセリエAに昇格したばかりの
ペルージャでのデビュー戦、強豪ユベントスから
いきなり2得点を奪ったのは、当時21歳の中田英寿だった。

 10代のうちに、森本が得点を挙げることが出来れば
日本人セリエA最年少得点記録となる。

 願わくば、来年の今頃に
東京ヴェルディとカターニャの間で
森本を返せ、いや返さないといった
ゴタゴタが起きていて欲しいものだ。






Last updated  2006年07月25日 22時19分44秒
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2006年07月20日
カテゴリ:サッカー
円陣

 久々に東京ヴェルディの試合を観戦。
お墓参りから帰宅して休むまもなく、すぐ移動。
対戦相手は徳島ヴォルティス。
開幕戦では4-1と勝利したが、5月には0-2と完敗。
現在、最下位で苦しむチームだけに
確実に叩きたいところだ。

ゼ・ルイス

 この試合から出場可能となった新加入のゼ・ルイス。
中盤を制圧して、試合のリズムをキープするためにも
期待は大きい。

マルクス

 そして合流4試合目となるマルクス。
川崎フロンターレから電撃移籍。
早くも攻撃陣をリードしている。

 試合は前半14分、センターバックの青葉が
素早く攻撃参加。斎藤から受けたボールを
豪快に蹴り込んで先制点。

サポーター

 しかし、その後は徳島がペースを掴む。
シンプルながら、ミスの少ないパス・ワークを見せる。
そして前半20分、サンフレッチェ広島に所属するウェズレイの弟
ジョルジーニョが鮮やかなシュートを決める。
これは敵ながら、あっぱれの見事な一撃だった。

 嫌なムードで後半突入。
しかし、悪い流れを断ち切るように思い切った選手交代。
攻め込むものの、なかなか得点を挙げられなかったが
後半26分、ついに勝ち越し点が生まれる。

 右サイドから突破した藤田が前線の斎藤にパス。
斎藤はGKの動きを見てシュート。
勢い無く転がったボールがゴール・ラインを割る。

斉藤

 さらに5分後、ゴール前で平本とパス交換をした
斎藤が、今度は豪快に蹴り込む。貴重な追加点。
今季6得点目。

 斎藤は昨年、東海リーグで得点王に輝いた。
ブラジルや中国でのプレー経験もあり
今季はラモス・ヴェルディに新加入。
ガッチリした体格と、諦めることを知らない
ひたむきなプレーは、既にサポーターから
絶大の信頼を得ている。

斉藤

 後半39分には平本がGKに競り勝ち、試合を決める4点目。
試合終了間際に1点を返されたのは余計だが
巻き返しを図る真夏のヴェルディ、連勝を飾った。

平本

 今季はまだ3試合しか生観戦していないが
今のところ観た試合は全勝。
出来るだけスタジアムに足を運び
勝利を見届けたい。

勝利勝利






Last updated  2006年07月20日 22時23分20秒
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2006年07月17日
テーマ:フットサル(1450)
カテゴリ:サッカー
 先日まで開催されていたドイツW杯。
我がフットサル・チームは期間中、完全休養。
寝不足で走ると辛いからだ。

フットサル

 ようやく先日、活動再開。
久々の練習試合は蒸し暑い中、2時間。
チームのメンバー達は元気な姿を見せていたが
私は約1ヶ月ぶりに走ったので肉体破壊。
左膝のじん帯が切れそうだった。なんとも情けない。
走らない選手はオシムも使わないだろう。

 終了後、ピッチに寝そべる一人の選手を発見。
ビブスで顔を覆って動こうとしない。



ヒデ

「終わった・・・・」

「ヒ、ヒデさん?!しかもペルージャのユニフォーム・・・・」

ヒデ

「本当は、辞めたくないよぉ・・・・」

「え?」

 彼は目を真っ赤にしていた。
その後、何かを成し遂げたような表情で
2万人のサポーターに挨拶をしてピッチを離れた。

 ヒデよ、今までありがとう。
さぁ、着替えてファミレス行こうぜ。

※友情出演 革命DEポン氏
ユニフォームは彼の私物。



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Last updated  2006年07月17日 19時28分21秒
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2006年07月11日
カテゴリ:サッカー
決勝戦のことから書こう。

 イタリアの監督リッピは大企業の重役を
彷彿とさせるのに、フランスの監督ドメネクは
ちょっと冴えない。係長クラス、もしくは直属の上司って
感じで、恐妻家のイメージだ。

 フランスの先制点となったPK。
際どい判定に思えたので、これが決勝点になったら
なんとも盛り上がりに欠けただろう。
これが約1ヶ月に及ぶ集大成に?
後にマテラッツィが同点弾を決めたときは
思わず拳を突き上げた。
まさか、そのマテラッツィが
例の事件のキッカケを作ることになろうとは
思いもしなかった。

 ピルロのプレースキックは素晴らしい。
渾身の力を込めているとは思えない
軽々としたフォームから繰り出される正確なキック。

 120分間、充分戦い抜いた結果がドロー。
PKはジャンケン。ただ、世界で1番になるか
2番になるかの、大事なジャンケン・・・・。

 フットサルの大会、しかも決勝で何度も
PK合戦を経験している。自分が蹴っても蹴らなくても
勝つと負けるでは、大きな差がある。
我がチームはPK合戦が苦手だ。
何度も悔しい思いをした。
その場合、試合内容では勝っていることが多いのだ。
この日のフランスにも同じことがいえたと思う。
少なくとも、将軍がピッチを去るまでは。

 PK合戦の場合、試合中に得点を挙げた選手が蹴ると
失敗する確率が高い気がする。
もちろん、退場したジダンに蹴る資格は与えられなかったが
一方のマテラッツィは大ブーイングの中
確実にネットを揺らした。

 唯一外したトレゼゲは、6年前のユーロ決勝で
イタリアを奈落の底に落とした張本人である。
あのときのイタリア国民の呪いか。

 私の周辺で、決勝戦を「つまらない試合だった」
と酷評する人がいた。しかし、両チームとも
わずか1ヶ月の期間で7試合目となるのだから
見応えのあるゲームを期待するのは酷だ。

 ジダンの頭突き退場劇で後味も少々悪い。
その真相は、間もなく明かされるだろう。
こんなとき、熱くなった方が負けなんだけど
私だってフットサルの試合中に
人格を否定されるような暴言を吐かれたら
黙っている自信はない。仕返しにパンツを
脱がしちゃうかもしれない。間違いなく一発レッドだ。

 まぁ、とにかくドイツW杯は終わったんだ。
なるべく素晴らしいシーンだけを記憶して
何年経っても
「あのときは燃えたよなぁ~」
と仲間と語り合えるのが理想。

 大会を総括しようと思ったが
約1ヶ月、64試合の総括なんて
そんな簡単に出来るもんじゃない。
熱狂が冷めやらぬ今、書けることを。

 特に気に入ったゴールを3つ。

・1次リーグ スペイン対ウクライナ 
 後半36分 フェルナンド・トーレス(スペイン)

 プジョルがハーフウェーライン付近でボールをカット。
いったん味方に預け、再びプジョルがオーバーラップ。
ダイレクトで中央に落とし、最後はフェルナンドトーレス。
右足でゴール右隅に叩き込む。

・1次リーグ アルゼンチン対セルビアモンテネグロ 
 前半31分 カンビアッソ(アルゼンチン)

20本を越えるパス交換からサビオラへ。
左サイドからダイレクトのパス交換で中央やや右にいた
カンビアッソにボールが渡る。カンビアッソがクレスポとの
ワンツーでエリア内に進入し、豪快なシュートをゴールに突き刺す。

・準決勝 イタリア対ドイツ 
 延長後半15分 デルピエロ(イタリア)

 ボールを奪ったカンナヴァーロからの速攻。
ペナルティアークでボールを受けたジラルディーノが
左サイドに走り込んだデルピエロへパス。
フリーのデルピエロが冷静にゴール右隅に決める。

 今大会は、強烈なミドルシュートも印象に残ったが
やはり私が好きなのは何本かのダイレクト・パスが
繋がった末に決まったゴールだ。
何度リプレイを見ても
「あ~・・・あーっ!あぁぁぁ・・・」
と口をあんぐりしてしまう。

 特に、ディフェンダーが絡んでいると最高。
プジョルはパス・カットしてから、ガンガン前方へ。
最後はヘディングでダイレクト・ラスト・パス。
これはシビれた。闘将、カッコ良過ぎ。

 そして準決勝のカンナヴァーロも。
「うおりゃーっ!」
と声が聞こえてきそうな獅子奮迅のパス・カットから
交錯しそうになったトッティに仕方なくボールを託す。
そこから新鋭ジラルディーノへ。抜群のタメを作って
後方から走りこんだデルピエロへノールック・パス。
そして得意の位置から見事な軌道のシュート。
書いていて鳥肌。ドイツの敗退を決めるゴール。
画面に映し出された女性の悲痛な表情も印象的。
傍観する私にとっては、興奮と悲しみの交差点。

 カンビアッソのシュートは、何も語る必要は無い。


 そして、ブラジル戦、玉田のゴールにも賛辞。
ラスト・パス、シュートはもちろんだが
その前の稲本の倒れこみながらサイド・チェンジ
さらに前、起点となった中田(英)。
今大会、何試合も観たが、一番大きな声を出し
その後の沈黙を知るよしも無い幸せな瞬間だった。
夢は散ったが、感謝したい。

 ベスト・イレブンというのは難しいなぁ。
強引にポジションを当てはめるのはイヤだけど・・・・。
単なる好みで選ぶと

GKブッフォン(イタリア)
DFマルケス(メキシコ)、サンチョ(トリニダードトバゴ)、
カンナヴァーロ(イタリア)、ソリン(アルゼンチン)、
MFヴィエラ(フランス)、ピルロ(イタリア)、
ガットゥーゾ(イタリア)、ネドヴェド(チェコ)、
クリスチャーノ・ロナウド(ポルトガル)、
FWフェルナンド・トーレス(スペイン)

監督 ラボルベ(メキシコ)

 イヤだろうな~、こんなイレブンをまとめるのは。
絶対まとまらないだろうけど、強いだろう。

 愛する日本、ブラジルから1人も
選べなかったのが淋しい。


 今大会は、ブログを始めてから
最初の大きなイベントだった。
交流のあるブロガーさんの文章に感嘆したり
刺激されたり。特にデヘヘヘラーさん、R2号さん、子犬の太郎さん
john&debbyさんetc・・・・楽しかった!ありがとう!


 これで悔いなくブログを引退だ。




「ブログとは人生であり、人生とはブログである。」

私が「ブログ」を書き始めてからおよそ1年半の月日が経った。
30歳の冬、寒空のもと横浜のとあるマンションの部屋の片隅から
そのウソは始まった。

 ウソですよ。

34歳まで頑張ろう。






Last updated  2006年07月12日 00時13分45秒
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2006年07月08日
カテゴリ:サッカー
MI DISPIACE ITALIA,
FORZA ITALIA!

 ドイツW杯開幕前の予想で
イタリアは1次リーグ敗退と書いた。

 お恥ずかしい。

 国内リーグの不正疑惑でゴタゴタするかと
思いきや、逆に一致団結してしまったようだ。

 そもそも、あの予想は大失敗だった。
躍進すると思っていたのはスイスとアメリカ。
スイスは1次リーグを首位で突破したが
決勝トーナメント1回戦でウクライナに敗れた。
 アメリカは初戦でチェコにボコボコにされ
その後は内紛勃発とやらで良い所無し。
オー・シット!

 どちらかが優勝すると期待したブラジルとイングランドも
仲良くベスト8で姿を消した。

 要するに、今回のW杯は
私の期待通りにいかなかった。
それでも、観ない理由など無い。
この時間も、こうして3位決定戦に向けて
徹夜を決め込んでいるのだから。

 やはり、最後まで楽しむために
3位決定戦は勝敗に関係なく
世界に誇る日本人、上川主審のジャッジに注目したいし
決勝は、どちらかに肩入れした方が
熱くなれそうだ。

 イタリアに話を戻そう。
私の記憶する範囲だと、大きな舞台で
イタリアはフランスに辛酸を舐めさせられている。

1986年メキシコW杯 決勝トーナメント1回戦 0-2 
1998年フランスW杯 決勝トーナメント1回戦 0-0 PK 3-4
2000年ユーロ 決勝 1-2

 W杯でイタリアがフランスに勝ったのは
1938年フランス大会と1978年アルゼンチン大会。
随分と昔の話だ。

 2000年のユーロ(欧州選手権)決勝は壮絶だった。
イタリアの1点リードで迎えた後半ロスタイム
フランスのヴィルトールが同点にすると
延長戦でトレゼゲがゴールデンゴール。
ロッテルダムの奇跡と呼ばれた試合。
試合終了後、うなだれるイタリア選手たち。
DFカンナバーロは自分の拳を口の中に
押し込んでしまうほど、茫然としていた。

 そして、私はサッカーの恐ろしさを改めて知り
これがイタリアなんだなぁ、と妙に納得するしかなかった。
つまり、ここ一番で勝てない。

 私は1982年のスペインW杯をリアルタイムで
見ていないから、イタリアがトロフィーを掲げたシーンを
見たことが無いのだ。

 うん、見たくなってきた。

 今回、予選敗退と予想したことを
素直に反省し、心より声援を送ろう。

 しかし、これでフランス優勝の可能性が
グッと高まったワケだ。

 私のような疫病神が降臨したのだから・・・・。






Last updated  2006年07月09日 02時20分03秒
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2006年06月23日
カテゴリ:サッカー
 まず最初に、これだけは書いておきたい。
ドイツW杯での戦いを終えた日本代表は
明日か明後日、成田空港に到着するはずだ。

 毎度、帰国の日になると何千人という人々が
空港で出迎えるが、今回ばかりは自粛するべきだ。

 果たして、出迎えるような成績だったのか考えて欲しいし
不本意な敗退でうつむく選手達は出迎えが嬉しいはずもない。
そんな彼らを無情にも携帯電話をかざして
写真を撮るなんて、いったいどういう神経なのか。

 ブーイングしたり、冷や水をぶっかける必要もない。
ひっそりと帰国させてあげるのが一番良いと思う。

 でも実際、沢山行くんだろうなぁ。
もっと考えてやれよ。



 試合終了後、何ともいえない悔しさと不安に駆られた。
日本が出場した今までのW杯とは明らかに違うそれだ。

 1998年フランス大会は1次リーグ3戦全敗だったが
若き司令塔中田(英)と小野伸二という新しい才能に
可能性を感じることが出来た。

 2002年日本大会、決勝トーナメント1回戦でトルコに敗戦。
それでも、日本サッカー史上類を見ない黄金世代の真価は
次の大会で発揮されるという期待が悔しさを和らげた。

 そして今回、1次リーグ1分け2敗で終戦。
そこには、これから一体どう進化出来るのかという
漠然とした不安だけが残った。

 今回選出された選手の多くは
キャリアの中でピークを迎えている。
4年後になれば、パフォーマンスが低下している
かもしれない。

 4年後といっても、今度の南アフリカ大会本戦に
出場出来るという保証は無いし
その戦いは極めて厳しいものになるだろう。
今回立ちはだかったオーストラリアはアジア枠に入ってくるし
中国や中東の国々もレベル・アップしている。
日本の衰退は充分考えられる。

 ジーコは選手起用に関して
あまりにも慎重だった。谷間の世代とはいえ
駒野と緊急招集された茂庭を除いて
アテネ五輪に出場した選手達に経験を上積み出来なかった。

 3試合を通して誰よりも最後まで走り抜き
ブラジル戦後、なかなか立ち上がれない中田(英)の姿を
間近で見ることは、若い選手にとって
大きな収穫になったはずだ。

 これは開幕に向けての選手選考以前の問題である。
日本代表は32カ国中、一番早く本大会への出場を
決めていたのだから、時間は充分あった。

 ジーコは日本サッカー協会に守られ過ぎた。
堂々と批判することを恐れる解説者もいた。
なぜなら、協会に楯突くことは、今後の活動に
悪影響を及ぼす可能性があるからだ。
トルシエのときとは随分違う。

 今になって、オーストラリア戦の采配ミスなどと語る
解説者もおかしい。そんな策無しの采配は
今まで何度も見てきたことじゃないか。

 1998年W杯で地元のフランスを率いた
エメ・ジャケ監督は徹底的にメディアと対立した。
それでも自分のスタイルを貫き、優勝へと導いた。
散々叩きまくった新聞社は、監督への謝罪文を出した。

 エメ・ジャケは次期日本代表監督候補として
名前が上がっている。


 次に、我々について書きたい。声援を送る側だ。

 高い旅行代金を支払いドイツへ向かったサポーターや
パブリック・ビューイングで大騒ぎしていた人々は
これで燃え尽きたりしないだろうか。
 サッカーを純粋に好きというよりも
お祭騒ぎが好きな人が多いように見える。
これは非常に危険なのだ。

 Jリーグが開幕した直後、あれだけ
大観衆で埋まっていたスタンドは数年後
閑古鳥が鳴くようになってしまった。

 今でこそ、地域密着型のクラブが増え
年々観客数は増加しているが
まだまだサッカー・ファンの意識は低い。
テレビで欧州リーグのプレーを見て満足している。
レベルが違うなどといってる場合ではない。
日本にはJリーグがあるんだ。
代表選手はJリーグから生まれていくのだ。

 ブラジル戦で素晴らしいシュートを決めた玉田は
名古屋グランパス所属である。
クロアチア戦でPKをセーブした川口は
ジュビロ磐田所属である。

 彼らは日本代表だけでスーパー・プレイを
披露しているわけではない。

 川崎フロンターレのサポーターと話した。
主力である外国人選手の退団が正式に決まった。

「W杯どころじゃないですよ」

 これぞ、愛あるサポーターの姿である。
ジュビロ磐田だって大変だ。成績不振で監督交代し
代表に呼ばれた茶野と田中はケガをして戻ってきた。
サポーターの胸中は穏やかでない。

 欧州でも代表は二の次、愛するクラブ優先
という人が沢山いる。

 盛り上がっているときだけ輪の中に入り
それが終われば、放ったらかし。虫が良い人ばかりだ。
Jリーグに目を向けなくてもサッカー・ファン?

 日本代表のゴールや勝利が快楽なら
どうすれば、その瞬間が多く訪れるのか考えるべき。
スタジアムへ足を運ぶとか、スポーツ振興が目的のトトを
買うとか、それなりの投資だって大事だ。

 観客の動員はクラブを潤す。
クラブが潤えば、選手を多く育てられる。
その中には、未来の代表選手がいる。
その数が多ければ、確実に日本代表は強くなる。

 その国のスポーツは国民性が育てる。
それは頭が良いとか悪いではなく
情熱や絆といった別次元の問題である。

 要するに、愛が足りないのだ。この先もしも
日本がW杯出場を逃したら、メディアも含めて
無関心を装うことになるだろう。

 テレビ局だって、日本代表となると
長い時間を割くというのに、Jリーグとなると
ほんの数分だったりする。

 今後が本当に心配だ。
日本の敗退など気にせずに
ボールを追うサッカー少年に期待しよう。


 香山リカという精神科医の発言が
ある新聞に出ていた。

「大和魂やサムライ・ブルーといった
愛国心を煽るような言動が目に付いた」

え?

 今回そんなに大和魂なんていってた?
それに、随分昔からスポーツと結びつけて
日本人を鼓舞する表現だった気がするけど。

 サムライ・ブルー・・・・SAMURAI BLUE
って、わざわざ英語表記してるし
サムライが愛国心に、どう繋がるの?

さすがに鳥肌実がいってた
「全軍突撃フラット・イレブン」
こんなのだったら怒られても仕方ないけどさ。
(個人的には好き。もちろんギャグとして)

 しまいにゃ、ユニフォームの日の丸もダメ
試合前の国歌もダメってことになるじゃないか。
アホくさっ。

 どう考えても、自分のメッセージを伝えるために
強引にこじつけてるとしか思えない。
こういう人が精神科医ってのは恐ろしいね。

 
 今日から日本代表のいないW杯だ。
優勝が期待される国だって、いつドイツを
去る日が来てもおかしくない。

 ひととき、寂しさや不安を忘れ
他国の戦う選手達、見守るサポーターの姿を
出来る限り見届けたい。

 仕事の合間にサッカーではなく
サッカーの合間に仕事をする日は、まだ続くんだな。






Last updated  2006年06月23日 23時24分33秒
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