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サッカーと野鳥と音楽 Kick!Fly!Sing!

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全104件 (104件中 1-10件目)

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サッカー

2008年01月04日
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カテゴリ:サッカー
初日の出

 元旦は7時前に目が覚めたので、自宅のベランダから
初日の出を拝むことにした。海や山から眺める絶景には
遠く及ばない住宅街からの日の出だが、日本晴れに恵まれた
おかげで爽快なものだった。

 雑煮を食べ、午前9時に家を出る。目指すは国立競技場。
鹿島アントラーズ対サンフレッチェ広島の天皇杯決勝は
午後2時キックオフだが、前座で全日本女子選手権の決勝が
10時から行われる。対戦カードは、東京ヴェルディの妹分である
日テレ・ベレーザ対TASAKIペルーレ。
当然、ベレーザを応援。

 まだ空席が目立つ国立競技場に到着。
人数こそ少ないが、ベレーザにもペルーレにも
心強いサポーターが後押ししている。

国立競技場

 試合は、序盤ペルーレがチャンスを作るが
その後はベレーザのペース。細かいテクニックと
小気味良いパスワークで翻弄。何度も決定機を迎えるが
最後のシュートが枠に飛ばない。
ようやく先制点が決まったのは前半32分。
左サイドから切れ込んだ大野がゴール前へ折り返すと
中央から澤が合わせてゴール。
後半にも交代出場した荒川がドリブルを仕掛け
しっかりとゴールへ流し込み追加点。試合を決めた。

 ベレーザはカップ戦、リーグ戦を合わせて
今季4冠という偉業を達成。まさしく黄金期である。
次々と人が飛び出し、ボールを回して構築していく攻めは
伝統的なヴェルディのサッカー、いやヨミウリのサッカー。
オールド・ファンを喜ばせるには充分だった。

 でも女子でしょ・・・・なんて先入観がある人には
是非一度見て欲しい魅力的なサッカーだ。
(1月5日深夜日本テレビ系列で録画放送)

 表彰式の後、ベレーザのサポーターと同じ側に陣取る
大勢のアントラーズのサポーターが快く祝福。
ペルーレ側のサンフレッチェのサポーターも
健闘を称えていた。実に清々しい光景だった。

 次はメインの天皇杯決勝。
ここからはフットサルのチームメイトと観戦。
国歌独唱は演歌歌手の長山洋子。やっぱり上手い。

 サンフレッチェのゴール裏に座り、ひたすら勝利を願う。
J2降格という憂き目に至ったのに、ここまで勝ち進んだのだ。
本当の実力と、最後の意地を見せるには最高の舞台。
Jリーグ・チャンピオンのアントラーズには是非
「空気読んでください」
昨年の流行語のようにならなければ良いが・・・・。
 
 しかしサンフレッチェは、ここまで大車輪の活躍を見せた
期待の新星・柏木が累積警告で出場停止。
彼一人でここまで勝てたとは思えないが
その存在感は攻守に渡って大きい。
マスターピースを失った痛手は、試合を通じて如実に
晒されることになる。

 開始8分、アントラーズが右サイドを崩す。
角度の無い所から内田がネットに突き刺して先制点。

 中盤でボールを保持できない、前線の動き出しが少ない。
やはり柏木不在が響いているのは明らかだが
角度を変えて見ればアントラーズが相手の良さを徹底的に
押さえ込んでいるのだ。

 プレスは前線から果敢に行い、クロスや裏を狙うハイボールは
屈強なセンターバックが完全に断ち切る。どこか面白みに
欠けたとしても、カップ戦の決勝の戦い方を
監督も選手も明瞭に理解している。これが強さだ。

 1-0という現実的なスコアで終了するのかと思えば
人数をかけて攻め込んできたサンフレッチェの隙を突き
高速で反撃。試合終了間際には、交代で入ったダニーロが
柳沢の丁寧で的確なパスから技巧的なシュート。
これもネットに突き刺さり追加点。相手の息の根を止める。

 サンフレッチェを応援していたので残念な結果。
J2で戦う今年、何人かの主力選手がJ1クラブから
引き抜かれるかもしれないが、ユースから育てた若手には
逸材も多い。3年後、5年後を見据えたとき
J2で経験値を稼いだことが要因となって
大きな結果に繋がる可能性も秘めている。

靖国神社

 試合終了後は靖国神社で初詣。
日没間際だというのに、参道は大混雑。
20代から30代の若い人が目立つ。
存在の意義や本質も理解しようとしない人々と違い
若い世代からの支持が広がっているように見えた。

牛串

 お神酒を振舞って頂き、露店で牛串を食べる。
少しだけ日が延びたことを実感し、1年の計を思う。






Last updated  2008年01月04日 23時49分45秒
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2007年12月31日
カテゴリ:サッカー
 今年も色々とあった日本のサッカー界。
やはり一番大きな出来事は、浦和レッズが
Jリーグのクラブとして初めてアジア・チャンピオンに
輝いたことだろう。

 その他には、オシム監督が病に倒れ
岡田監督に交代、五輪代表が来年のオリンピックに
出場決定、鹿島アントラーズの大逆転優勝など
ドイツW杯のアフター・イヤーとしては
あまりにも濃密だった。

 私自身は当然、東京ヴェルディ1969の
J1昇格決定が最大の喜び。
序盤の苦しみから抜け出しての快進撃。
随分と胃に負担をかけたけど、とにかく良かった。

 来季は柱谷哲二氏が監督に就任し
ラモス監督はエグゼクティブ・ディレクターに。
チーム名は「1969」を外し、「東京ヴェルディ」
となって新たな船出を迎える。

 毎年欠かさず観戦している元日の天皇杯決勝は
J1王者の鹿島アントラーズと、J2降格が決まった
サンフレッチェ広島の対戦。

 J2降格が決まったクラブの決勝進出は記憶に無い。
ましてや優勝という結果を残せば、それこそ劇的である。
元日は広島側のゴール裏に座り、本当の意地とは
どんなものか、じっくり見せてもらおう。

 もし、紫のユニフォームを着た選手達が
歓喜のときを迎えたら、あの日を思い出すかもしれない。

 1999年1月1日。場所は同じ国立競技場。
親会社の事情で、クラブの消滅が決まっていた
横浜フリューゲルスが清水エスパルスを下し
クラブ史上最後のタイトルを獲得した。
感無量の中に潜む切なさは隠せなかった。

 表彰式で優勝カップを誇らしげに掲げたキャプテンの山口素弘は
その後、名古屋グランパスエイト、アルビレックス新潟を経て
フリューゲルスの後継とも呼べる横浜FCで
選手生活を終える決意をした。

 「山口ループ」と命名された美しいゴールを
生で魅せてくれて本当にありがとう。
背番号の入ったTシャツは、大事にしまっておくよ。

山口素弘


 来年も、色々あるんだろうなぁ。
少々身体に悪くても、やっぱりハラハラするから
やめられないんだよな。わかっちゃいるけどさ。


<サッカー関連日記>

天皇杯決勝 観戦記

ファン感謝デー。

J2観戦記 東京V対セレッソ大阪

ゲーフラ作ってみました。

J2観戦記 東京V対湘南ベルマーレ

J2観戦記 東京V対水戸&カレーとコーヒー。

歴代日本代表パーフェクト名鑑

公開迫る!『プライド in ブルー』

天皇杯観戦記 3回戦 東京V対Honda FC

「駆けぬけた奇跡」サッカー天皇杯にかけた男たちの夢

悲願のJ1昇格へ、マジック1。


J2観戦記 東京V対愛媛FC

また逢う日まで。






Last updated  2007年12月31日 12時23分56秒
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2007年12月10日
カテゴリ:サッカー
2007年のJリーグは全日程を終了。
J1は鹿島アントラーズが優勝。
J2ではコンサドーレ札幌が優勝。
共に最終節での逆転劇となった。

 無情にも来季J2降格となったのは
横浜FC、ヴァンフォーレ甲府、サンフレッチェ広島。
入れ替わってJ1に昇格するのは
コンサドーレ札幌、東京ヴェルディ、京都サンガ。

 サポーターは、声援を送るチームによって
さまざまな感情に浸ることになる。
歓喜、安堵、悲哀。勝利の美酒に酔いしれる者がいれば
不安と悲しみに耐えながらも、上を向いて歩く者もいる。
傍観していたら、決して味わうことのない涙。
喜びも悲しみも、誰かがどこかで繰り返す。

 岐路に立たされる選手も出てくる。
全ての選手が契約更新できるはずもなく
戦力外通告を受け、移籍先を探す。
契約するチームが無ければ引退。
今後の人生を大きく左右するかもしれない
決断を強いられるのだ。



 1枚の写真を元に、時を少しだけ戻そう。
2006年4月29日、東京・西が丘サッカー場
J2リーグ、東京ヴェルディ対コンサドーレ札幌の
試合後である。



 試合は2-0で東京ヴェルディが勝利。
先制点を決めたのはディフェンダーの青葉幸洋(右)。
追加点は交代出場した斎藤将基(左)。
共に記念すべきJリーグ初得点となった。

 斎藤は今年も東京ヴェルディの選手として
戦ったが、ケガの影響で出場機会が激減。
必死の形相で相手を追う姿が印象的で
「マーティン」の愛称でサポーターから愛された。
しかし先日、戦力外通告を受けた。
今後は移籍先を探す日々が待っている。
得点感覚は鋭いし、何よりもボールを持ったときの
期待感を抱かせる選手だった。
J2なら、まだまだ秘めた実力を発揮できそうだ。
きっと、来年も走り回っているだろう。


 青葉は徳島ヴォルティスに移籍して
公式戦46試合に出場。監督からの信頼は
絶大だったようだが、今年を最後にユニフォームを脱ぐ
決意を固めた。J1でのプレー経験こそ無いが
J2では通算198試合に出場。
まだ28歳。そのキャリアと年齢を考えれば
早過ぎる決断に思えて残念。今後は、どのような道に
進むのか、青葉自身は語っていないが
プレー同様、真摯に取り組んでいくのだろう。


 ほんの僅かな関わりだったとしても
自分が愛するチームでプレーした選手には
何年経っても愛着は消えないものだ。

 いつかどこかで、また逢う日まで。






Last updated  2007年12月12日 00時35分38秒
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2007年11月27日
カテゴリ:サッカー
 秋が戻ってきたような暖かさ。
明るい陽射しが注ぐ味の素スタジアムでは
屈辱のJ2降格から2年を過ごした
東京ヴェルディのサポーターが
その瞬間を待っていた。

 目標のJ1昇格。今日勝てば、ほぼ決まる。
ホーム最終戦で飾れるか。相手は愛媛FC。
多くの人々が思いを託したのは緑の折鶴。
祈りながら折った数は当初の目標5万羽を
大幅に超え、20万羽に達した。
私も前日まで折った20羽を預けた。

東京V

 13時、キックオフ。
極度の緊張感を和らげてくれるのは
早めの先制点だ。相手だって、今日の試合が
どんな状況に置かれているのか理解している。
そう簡単にゴールを許すはずもない。
しかし、思わぬ早さで試合は動く。

 前半11分、敵のパスミスを見逃さなかった
ディエゴがボールをさらうとドリブル。
抜群のタイミングで前線の船越へ。
DFを背負いながら放ったシュートが決まり先制。

 その後もペースを掴み、何度もチャンスを
作り出すも追加点は奪えず。すると36分
数少ないチャンスを愛媛FCに決められ同点。
スタジアムに溜息。もどかしいムードに包まれ
ハーフタイムを迎える。

 後半も気迫の攻撃を見せる東京ヴェルディ。
何度も決定的なシーンを作り出すが
勝ち越しゴールは奪えず。徐々に愛媛FCが
反撃に転ずる。

 このまま得点が奪えずに終わってしまうのか。
冷や汗をかきながら耐えた時間を
吹き飛ばしたのは、またもやあの男だった。

 残り10分、左からのコーナーキック。
服部が蹴りこんだボールに飛び込んだのは船越。
絶妙のヘディングシュートが決まり、ついに勝ち越し。
昇格決定をグッと引き寄せた。

 しかし、ここからが長かった。
意地を見せる愛媛FCが猛反撃。
混乱するディフェンスは逆サイドに走りこんだ
選手を捉えきれない。完璧なタイミングで
打たれたシュートに神がかりセービングをした
GK高木は味方に吠える。最後の力をふりしぼり
なんとか耐え切った。

 試合終了。快勝ではなく、辛勝だった。
それでも我慢した分、込み上げる歓喜も大きい。
今日味わった時間、そして今日までの2年間を
吹き飛ばすような至福の瞬間。

東京V

 3位京都が勝ったため、昇格決定は持ち越しとなった。
しかし、最終戦の結果に関わらずJ1昇格の権利は
ほぼ手中に納まった。

東京V

 東京ヴェルディに所属する全選手とスタッフが
揃ってサポーターに挨拶。空からは、思いを託した
折鶴が舞い降りる。この光景を見たサポーターは
今日という日を忘れないだろう。

東京V

 最終戦は12月1日、アウェーでセレッソ大阪戦。
今年の総決算で勝利すれば優勝。
シーズン序盤で7連敗を喫したチームが
こんな状況を迎えるなんて、いったい誰が予想しただろうか。

「逃げるのは簡単。辞めるのも簡単。
続けることの方が難しい。これから勝ち続けるだけ」

 解任が決定的と報道されながらも
続投を宣言したときのラモス監督の言葉。

 実母が亡くなってもブラジルへ帰らずに
忍び耐えた魂は、チームを変えた。

東京V

 夕暮れ間近の味の素スタジアム。
この勝利の余韻は、特別なものだった。






Last updated  2007年11月27日 22時51分24秒
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2007年11月19日
カテゴリ:サッカー
 今年もクライマックスを迎えたJリーグ。
J1リーグは先日アジアNo.1に輝いた
浦和レッズの優勝が濃厚。残る2試合での興味は
来年のアジア・チャンピオンズリーグ出場を賭けた争い。
浦和レッズ(今季優勝)とガンバ大阪(前年度天皇杯準優勝)は
確定している。残りの座は勝点66の鹿島アントラーズと
勝点60の清水エスパルスに絞られた。

 さらに降格争いも熾烈を極める。
最下位が確定した横浜FCは自動降格決定。
ヴァンフォーレ甲府は次節負けると自動降格。
J2リーグ3位との入れ替え戦に回る16位は
勝点で並んでいる大宮アルディージャと
サンフレッチェ広島の争い。現在14位の大分トリニータは
あと1勝で残留が決定する。

 そして・・・

 私自身、ときどき胃がおかしくなりそうなくらい
ヤキモキしているJ2リーグの昇格争い。

 現在首位を走るコンサドーレ札幌は18日
自動昇格(2位以内)を目指す京都サンガと対戦。
勝てば昇格決定の札幌だったが、試合終了間際に
追いつかれ引き分け。ただし、最悪でも入れ替え戦に
出場する権利(3位以上)は確保。

 4位のベガルタ仙台は相性の良かった
湘南ベルマーレに痛恨の敗戦。勝点を伸ばせず。

 2位東京ヴェルディは第50節、試合が無かった。
自動昇格へ向けて、この日は他力本願。
終わってみれば、非常に優位な立場になった。

現在の順位は

1位 札幌  勝点88 得失点差+20 残り1試合
2位 東京V 勝点85 得失点差+32 残り2試合
3位 京都  勝点82 得失点差+20 残り2試合
4位 仙台  勝点80 得失点差+17 残り2試合

※京都と仙台は次節直接対決。

 東京ヴェルディにとって、この順位表が示すもの。
それは、あと1勝で昇格がほぼ決定。
2勝すれば優勝の可能性もあるということだ。

 なぜ、ここまでアドバンテージがあるかというと
それは得失点差で他チームを圧倒しているからだ。
勝点で並んだ場合、優劣は得失点差で決まる。

 もし東京ヴェルディが1勝1敗で、京都が2勝すると
勝点88で並ぶが、得失点差が逆転する可能性は非常に低い。

 東京ヴェルディが2勝して札幌が1勝だとすると
勝点91で並ぶ。そこでも得失点差で東京ヴェルディが
上回る可能性が高い。

 得失点差で札幌、京都、仙台、さらに微かな望みを残す
セレッソ大阪を上回ることを前提に整理すると・・・・


<東京ヴェルディの残り2試合>

第51節:11月25日(日)13時 vs愛媛(味スタ) 
第52節:12月 1日(土)12時 vsC大阪(長居) 

2勝    優勝で昇格
1勝1分け 2位で昇格or優勝(札幌の結果次第)
1勝1敗  2位で昇格
2分け   2位で昇格or3位で入れ替え戦(京都、仙台の結果次第)
1分け1敗 3位で入れ替え戦or2位で昇格(京都、仙台の結果次第)
2敗    3位で入れ替え戦or2位で昇格(京都、仙台の結果次第)

 得失点差の優位を踏まえれば
無条件J2留年(4位)という最悪の結果は免れた。

 欲をいえば、2連勝してJリーグ史上初となる
J1&J2の両方を制覇したチームとなってほしい。
しかし、今はそれを声高に話すことは避けたい。


 とにかく、まずは1勝することだ。
次節の愛媛戦に勝利し、なおかつ京都対仙台が引き分け
もしくは仙台の勝利となると、文句ナシで
昇格の瞬間をホームで迎えることになる。

 これまでにチーム総得点の4割以上を
叩き出しているフッキの出場停止(2試合)は痛手だが
もはや、そんなことを嘆いている状況ではない。
トレーニングしていた日に、確実に
見えない上積みを得たのだから。

 今までに出したことのないような大声を出し
飛び跳ねて喜び、泣く準備は出来ている。
ずーっと私の部屋で、その瞬間を待ち続けている
緑のダルマも、ついに両目開眼へ・・・・・。



 東京Vの昇格は当然だが
その前に五輪代表の北京出場権獲得(21日・サウジ戦)
そして、オシム監督の回復を心から願う日々である。






Last updated  2007年11月19日 23時48分33秒
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2007年10月25日
カテゴリ:サッカー
 日本サッカー最大のトーナメント大会といえば
天皇杯全日本サッカー選手権大会である。
今年は第87回大会。第1回大会は大正10年。
戦争などを理由に9回ほど中止されたこともある。

 なぜ最大なのかというと、Jリーグのクラブに加え
アマチュアや大学、高校など幅広いカテゴリーの
チームが都道府県大会を勝ち抜き、本大会出場を
目指すからだ。今大会に登録したチーム数は
6000を超える。全てが一発勝負のトーナメント。

 毎年、観戦するたびに公式プログラムを購入する。
過去の全大会のスコアと決勝戦の出場メンバーが
全て記されている。価値のあるデータベースだ。

 昭和初期から40年代までは大学勢が頂点に立っていた。
その後、日本リーグが開幕すると実業団が
実力を発揮するようになる。ちなみに、大学チームが
優勝したのは昭和42年の早稲田大学が最後である。

 そして、実業団の歴史も平成4年に終焉を迎える。
Jリーグ開幕を翌年に控え、プロチームとして
横浜マリノスが初めて頂点に立った。

 私が生まれた昭和49年の第54大会の決勝戦では
あまり馴染みの無いチームが駒を進めていた。
そのチームこそが、永大産業サッカー部である。

 昔、そのサッカー部は廃部されたと
雑誌で読んだことがあった。しかし、なぜ廃部になったのか。
天皇杯で決勝に進むほどの実力を持っていたはずなのに。

 先月、その疑問を解決してくれる本が出版された。



「駆けぬけた奇跡」
サッカー天皇杯にかけた男たちの夢
斎藤一九馬 著 日刊スポーツ出版社



「サッカー部をつくれ。
3年で、天皇杯を獲るんだ」

 伝説のワンマン経営者から特命を受けた
河口洋が奔走する。何も無い田舎町から
グラウンドを作り、部員を集め、周囲の理解を得ていく。
時には手段を選ばず、死に物狂いで手を尽くす。

 次々と選手を補強し、実質1年で日本リーグ2部へ。
翌年には1部昇格という前代未聞のスピードで
チームは上昇していく。そして、その年の天皇杯で
ついに決勝戦に駒を進めたのだった。

 勢いのある経営者のロマンから始まった
その夢も、急激に萎んで終焉を迎えることになった。
会社の経営悪化で廃部が決まったのだ。



 例えば、これが今の時代だったら
到底不可能な夢物語だろう。3年で天皇杯を獲ることが
どんなに難しいことか。普通に考えたら3年で本大会に
進むだけでも驚異的なことである。
ゲームの「サカつく」じゃあるまいし。
まだサッカーがマイナーなスポーツだった時代だからこそ
その夢を追えたのである。

 しかし、夢は夢で終わらなかった。
永大サッカー部に在籍した何人かの選手は
その後指導者となり、実際にJリーグで
活躍する選手を育てたのだ。

 最後は泣けてしまった。
ロマンや思いつきで始まったとしても
小さな種が長い時間を経て
大きな花を咲かせることもある。

 日本サッカーの歴史の中では
埋もれてしまいそうな話だったが
確実に、今へと続くミッシング・リンク。

 サッカー・ファンならずとも知っている
あの有名な辛口解説者も登場する。
若い頃から、ちょっとトガッていたんだねぇ。








Last updated  2007年10月26日 00時07分45秒
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2007年10月15日
カテゴリ:サッカー

観戦前に寄った渋谷で、イベントに出ていた嘉門達夫。小市民を歌っていた。

 ずいぶん長い間、生観戦をサボってしまった。
ゴールデン・ウィークに惨敗を目の当たりにして以来
なかなか都合がつかなかった。

 我が東京ヴェルディは、4月7日から5月3日まで
地獄の7連敗を喫し、一時期はJ1昇格絶望的
さらにラモス監督の解任という話まで出た。
しかしラモス監督は続投し、その後は順調に勝ち星を重ねて
気がつけばJ1自動昇格圏内の2位に浮上した。
フッキ、ディエゴといったブラジル人の爆発的な攻撃力も
大きな要因だが、3バック、4バックと臨機応変に
構成する守備陣の安定も快進撃を支えている。

 久々に都合がついたので、味の素スタジアムに足を運んだ。
といっても、試合はJ2のリーグ戦ではなく天皇杯の3回戦である。
対戦相手は静岡県代表であるホンダFC。
アマチュア・リーグの最高峰JFLを戦場としている。

 この試合、東京Vは主力を休ませ
レギュラーに定着していない選手を中心に
スターティングメンバーを組んだ。
ここで主力にケガでもされたらリーグ戦に影響する。
普段はベンチを温めている選手とはいえ
いくらなんでもアマチュアには負けないだろうという
楽観的なムードは監督や選手、サポーターにも
少なからずあったのだ。

 秋晴れのスタジアムで、ずいぶん昔のことを
思い出していた。まだ日本にプロ・リーグが
存在しなかった頃、この日対戦するチームは
読売クラブと本田技研というチームだった。

 80年代後半から90年代前半
読売クラブは上位を争う強豪だった。
本田技研はタイトルこそ縁が遠かったものの
上位のチームにすれば、決して侮れない存在だった。

 後に、プロ・リーグの構想が持ち上がると
読売クラブはヴェルディ川崎となって華々しくプロの道へ。
しかし、本田技研は参加を断念。
主力だった選手達は当然のように引き抜かれ
アマチュアとして地道に歩むことになった。

 長い間、凌ぎを削った両チームが対戦することは
この天皇杯以外では考えれなくなった。
両チームの対戦は1998年の第78回大会以来である。
(そのときは3-1でヴェルディの勝利)

 J2に降格して2年目の東京Vと
現在、JFLで中位に位置するホンダFC。
プロとしての最低限の意地と、アマチュアながら
一発お見舞いしてやろうという意気込み。
さて、どちらが上回るだろうか。

 試合開始。前半から思うようにパスが
繋がらない東京Vに対し、サイドからの素早い攻撃で
再三好機を作るホンダFC。それでも、そのうち
東京Vが点を取るだろうと私は肩の力を抜いて観ていた。





 前半33分、ボランチの名波から絶好の展開。
左サイドに流れた佐藤に完璧なスルーパスを通す。
そして佐藤も完璧なクロスボールを
ゴール前で待ち構えていた船越に送る。
しかし、船越のシュートは枠外へ。
プロ失格といわれても仕方ないシュートミスだった。
前半はスコアレスで終了。スタンドからは
東京Vサポーターの容赦ないブーイング。
不穏な空気が流れる。



 後半に入っても、ホンダFCの勢いが上回る。
サイドから仕掛け、何度もコーナーキックを得る。
東京Vは中盤からの組み立てが悪く
完全に受身の状態に。時折、交代で入った廣山や井上が
闘争心を見せたが、得点には至らず。



 後半30分、名波は交代する際に
ピッチを出る前からユニフォームを脱ぎ
ラモス監督とは目も合わさずにロッカールームに消えていった。
自分やチームメイトに対する苛立ちなのか
それとも、何かのサインだったのか。
言葉にならない不安を覚えてしまった。



 結局、試合は延長戦に突入。
そして、試合が動いたのは後半に入った直後だった。
ホンダFCのFWが身体を投げ出して放った
ヘディングシュートがネットを揺らし
これがこの日、唯一の得点シーンとなったのだ。



 0-1で敗戦。プロがアマチュアに屈した。
結果だけ見れば僅差だが、内容を考えれば
妥当というよりも当然といえる。

 ホンダFCの、ひたむきでハツラツとしたプレーに対し
東京Vには覇気も勇気も感じられなかった。
ミスを恐れ、牙を抜かれたような120分間だった。

 結局、プロであっても相手を甘く見て
主力を温存し、1軍半のチームであれば
アマチュアに辛酸を舐める結果となったのだ。
情けないの一言だ。私を含め、試合終了のホイッスルに
嘲笑を漏らした人も少なくなかった。

 勝ち上がったホンダFCは4回戦でJ1のチームと対戦する。
この日のような意気込みで、サプライズを期待する。

 痛い目にあったのは東京Vだけではなかった。
J2で上位を争う他の3チーム(札幌、仙台、京都)も
揃って姿を消したのだ。新聞によると、各地で
サポーターから大ブーイングの嵐だったそうだ。
当然である。


 3日後のJ2で、温存した主力が普段通りに実力を発揮し
東京Vは徳島から勝利を奪った。私の怒りは
ひとまず収まった。二兎を追うものは一兎をも得ない。
そう捉えるしかないのだ。






Last updated  2007年10月17日 22時20分24秒
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2007年07月08日
カテゴリ:サッカー
 以前、知的障害者によるサッカーの国際大会
ついて書いた。これは「もうひとつのワールドカップ」と呼ばれ
FIFA(国際サッカー連盟)が主催する大会と同じ年に
同じ開催場所で行われる。

 2002年の大会は日本で開催されたので
スポーツニュースやドキュメンタリー番組で
何度か大会の模様が放送された。
しかし、昨年のドイツ大会に関しては
ほとんど取り上げられず、私自身も
試合結果をネットで知るのが精一杯だった。
映像は全く見ていない。

 まぁ、こんなもんなのかな・・・・と
諦めていたが、先日ラジオを聴いていたら
なんと、ドイツ大会での日本代表を追った
ドキュメンタリーが映画化されたというのだ。
良かった、ちゃんと追ってくれている人がいて。

 ゲストに監督の中村和彦氏を迎えていた。
「今回の撮影で大変なことは何でしたか?」
という質問に対し、この監督は

「予算も人手も足りないんで
私自身がカメラを回すことも多かったんですよ。
日本は苦しい試合が続いていたんですが
ようやっく取った大会初ゴールのとき
嬉しくて跳び上がりそうになったんですけど
カメラを回していて・・・・必死に自分を抑えました」

 私は中村和彦という人を知らなかったが
このコメントを聞く限り、とても人間臭くて
愛があって、信用できる人間なんじゃないかと思った。
この人が監督で良かった、とも。

 この映画、タイトルは
『プライド in ブルー』
7月14日からテアトル新宿で公開スタート。
順次、全国で輪を広げていく予定。

※詳細はコチラ
http://www.pib-line.jp/index.html

 この公式サイトの下の方に
大会に参加した日本代表のGK加藤選手の
言葉が出ている。

「もうひとつのワールドカップがあることを知って
僕は初めて夢を持てた。
それまで、自分に自信が持てなく
夢を持ったこともなかった」


 夢は誰にでも、平等に、自由に持つことが許される。
夢は力になる。力は自分を動かし
やがて人の心を動かす。

 そんなことを証明してくれる映画だろう。






Last updated  2007年07月08日 23時57分09秒
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2007年07月06日
カテゴリ:サッカー
 久々にサッカーの話を。
書店でサッカー雑誌のコーナーを見る。
ずいぶんと種類が増えたもんだ。
特に、海外リーグの専門誌が目立つ。
そんな中、国内サッカー誌の
「サッカーマガジン」が興味深い
別冊を発行した。

歴代日本代表パーフェクト図鑑
「歴代日本代表パーフェクト名鑑」

 1923年5月のフィリピン戦から
2007年6月のコロンビア戦まで
国際Aマッチとして認定された全517試合のうち
1試合、いや1秒でも出場した選手は合計449人。

 写真と出場記録、プロフィールを網羅した
完全保存版である。
(1920~30年代だと写真が存在しない選手もいる)

 日の丸を付け、君が代を歌い
私達の夢を背負ってピッチに立った449人。
私が現役でのプレーを見たのは約230人。
1983年頃からだ。

 そうかぁ、来年でサッカーとの付き合いも
四半世紀ってことになるなぁ。

 最近、職場に来る患者さんで
もう50代だというのに、草サッカーで
現役のGKをやっている人がいる。
相手と接触して指を痛めた。

 会話すると、往年の名選手のが
バンバン出てくる。

「釜本は点を取るカタチを持っていたね」
「ネルソン(吉村大志郎)は上手かったなぁ」
その他にも八重樫、小城、宮本・・・・

 辛うじて私は釜本の引退試合を見たくらいで
その他の選手は名前しか知らない。

 なんとか、話の流れを引き寄せたいと
私が知っているオールド・プレイヤーを出す。
その中でも、一番話に花が咲いたのは
木村和司のことだった。

 今なら、フリーキックといえば中村俊輔。
しかし、1980年代にも変幻自在のフリーキックを
決めまくった男がいた。

 まぁ、そのことは以前書いたので省くとして・・・
その患者さんが強調したのは、当時と今の
ボールの違いだ。

「今のボールは飛ぶように作られてる。
でも、昔はそうじゃないでしょ。
飛ばないボールにカーブをかけ、落としていたんだよ」

 つまり、木村和司のフリーキックは
どれだけ凄かったのか、ということだ。

 オールタイム・ベストイレブンなんていうのを
考えようとしたが、あまりにもナンセンス。
私には語れないような偉大な選手が多過ぎる。

 なので、私が見てきた24年間から
4つの年代をピックアップして
ベスト・スタメンを組んでみた。

<1985年>

GK 松井清隆
DF 加藤久、岡田武史、松木安太郎、都並敏史
MF 木村和司、宮内聡、西村昭宏、水沼貴史
FW 原博実、柱谷幸一

 森孝慈監督が率いたチーム。
メキシコW杯出場まで、あと一歩と迫った。
サブには森下申一、石神良訓、勝矢寿延、戸塚哲也など。
松井は守護神と呼ぶに相応しかった。
加藤が守備陣を統率し、木村、水沼、柱谷の
日産トライアングルが攻撃をリードした。
原のヘディングはアジアでも恐れられた。
今ならボランチと呼ばれるようになった中盤の底に
宮内という好選手がいたことも忘れてはならない。

<1992~93年>

GK 松永成立
DF 井原正巳、柱谷哲二、堀池巧、都並敏史
MF ラモス瑠偉、森保一、吉田光範、福田正博
FW カズ、高木琢也

 ハンス・オフトが就任した1992年頃から
その終焉、ドーハの悲劇までを戦ったメンバー。
サブには北沢豪、中山雅史、武田修弘、澤登正朗など。
システムは4-4-2のダイヤモンド型。
相手が強敵でも怯まず、格下でも容赦しない
強さを感じたチームだった。

<1997年~1998年>

GK 川口能活
DF 井原正巳、秋田豊、斉藤俊秀
MF 相馬直樹、名良橋晃、山口素弘、名波浩、中田英寿
FW 森島寛晃、カズ

 フランスW杯予選の激闘を勝ち抜いた
主要メンバー。サブには小村徳男、本田泰人、呂比須ワグナー
忘れちゃいけない、あのゴールを決めた岡野雅行。
システムは3-5-2だが、森島は下がり目なので
3-4-2-1ということで。
中田と名波という稀代のパサーを擁していたが
左サイドの相馬、ボランチの山口の存在も
非常に大きかった。

<2001年~2003年>

GK 川口能活
DF 中澤佑二、森岡隆三、宮本恒靖
MF 中村俊輔、中田英寿、戸田和幸、稲本潤一、小野伸二
FW 高原直泰、柳沢敦

 トルシエ率いる2002年W杯日本大会から
ジーコ・ジャパンの黎明期にかけて。
実は、こんなスタメンは実在しないんだけど・・・・
名前だけ並べてみた。
サブには中田浩二、福西崇史、鈴木隆行など。
中盤は共存が難しいとされた黄金のカルテットに
赤いトサカの戸田を組み込む。もう好きにしろっ、て感じ。
今だからこそ、このメンバーなら世界を
凌駕できたんじゃないかと儚い夢を見る。

 この次に作るメンバーが
名実共に、最強になるかどうか。
今はオシムを信じよう。


 日本、3連覇へ。
アジア・カップ、7月7日開幕

(インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム共同開催
日本の初戦は9日、カタール戦)






Last updated  2007年07月06日 22時08分58秒
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2007年05月06日
カテゴリ:サッカー


 静岡に住む友人O君から、約5年ぶりに連絡が届いた。
なんでも、東京ヴェルディのスポンサー企業の
株を保有しており、株主優待でチケットを
入手したので送ってくれるというのだ。

 行こうと思っていた試合だったので
非常にありがたい話だった。
それ以上に、5年という空白期間を打ち破り
連絡してくれたことが嬉しかった。
なんでも、このブログを何度も読んでくれているそうだ。

 そこで当日は、これまた久々となる
john&debbyさんを誘って国立競技場に向かった。

 ジョンデビさんは最近パパになり、育児と仕事で
多忙だったようだが、元気そうな顔を見せた。
その表情は多忙というより、充実さを物語っている。

 試合会場に入り、私達を待ち受けていたのは
グリーンサンタだった。



 環境先進国デンマークから来日した親善大使。
カメラを向けると、すかさずポーズを決めてくれた。
花や木を植えるのが好きな510歳(!)。

http://www.greensanta.jp/



 うん、環境問題はもちろん大事なんだが
今日欲しいプレゼントは白星だよ。



 東京ヴェルディは悪夢の6連敗中。
いったい、どうしたらこんなに負けるのか。
開幕前の期待と、開幕直後の強さはどこへ?

 対戦相手は、ここまで最下位の水戸ホーリーホック。
まだ未勝利な上に、ここまで奪った得点は僅か3。
さすがに今日は勝つだろ。そんな期待を寄せたが
2時間後、脆くも崩れてしまった。



 16時キックオフ。
前半10分、幸先良く先制ゴール。
これで波に乗ると思いきや、前半のうちに逆転され
後半も3失点。終わってみれば1-5の大敗。

 次々と重ねる失点を見るうちに脱力。
試合が終わる前に、何人ものファンが
座席を去っていく。

 情けない内容と結果に、罵詈雑言を浴びせたり
怒りに任せて物を投げ入れるサポーターもいた。
選手の表情も悲痛だった。

 ラモス監督の解任は決定的になった。
これに異論は無い。しかし、中断期間の無いJ2リーグで
果たして建て直すことは可能だろうか?

 ジョンデビさんが
「止まない雨はない」
といった。確かにそうだ。
明けない夜もない。諦めるには早過ぎる。
20年以上愛するチームだから、ここしか応援できない。
しかしまぁ、随分なプレゼントだな、グリーンサンタ。

 渋谷でジョンデビさんと夕食。
時折、溜息が出る。こんなときは美味しいものを。

 さるぼぼ大希君オススメのサムラートへ。
私はチキンのキーマカレーにライス。
ジョンデビさんはマトンのカレーに焼きたてのナン。
このナンがデカイし熱い。





 カレーの後は美味しいコーヒーで締めたい。
雰囲気も味も文句ナシの珈琲店トップへ。



 深みのあるトップミックス。
一杯一杯を丁寧に入れる真のコーヒー。
注文してから2、3分で出てくるような店ではない。
純喫茶よ、永遠なれ。

 家に帰り、私は極悪友ベンチーニョに電話をした。
以前、大敗したときに奈落の底に落とされる
メールを送りつけられたので、今回は先手を打った。

 長い時間、私は自虐的に振る舞った。
その上、傷口に塩を塗られた。
ベンチーニョは静岡出身である。
チケットを送ってくれたO君も静岡在住。

 どうして同じ土地の出身なのに
こうも違うのだろう。O君には御礼として
何か美味しいものでも送らなきゃ。
ベンチーニョにはヤマビルを送ろう。

※東京ヴェルディは5月6日京都サンガ戦で
連敗ストップ。目覚めるの、遅いよ・・・・。
次戦は単独首位に躍り出た絶好調、モンテディオ山形。
厳しい戦いになりそうだ。


 最後にO君、チケットありがとう!
今度遊びに行くから!






Last updated  2007年05月06日 23時01分54秒
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