「おかあちゃ、川東のおばあちゃに『ありがとうー』って大きな声で言ったら、おばあちゃんちまで聞こえるかなあ。 この川の向こう側、すぐだもんね」 お菊が、川向こうに見える家々を指さして、 「あの家かな、こっちかな」 と言うと、おかあちゃが 「ほら、あそこの大きな木がある所がそうだよ。 川西の村で一番大きな木でなあ、夏はその下で遊んだりしたなあ…」 おかあちゃんが指さしてくれた家を、お菊は目に力を入れて、ぐっと見ると 「おばあちゃーん、あ・り・が・と・うー」 と大きな声で呼びかけた。 大西川は雨でふくれあがって流れていて、お菊の声は川の音に押されそうだったが、きっとおばあちゃんには聞こえた、とお菊は信じた。
お菊の家に来た人形は、“菊ちゃん”という名前をもらって、それはそれは大事にされた。 お菊は、箱から出して、抱いたり、おんぶしたりしたかったけど、壊れると悲しいよとおかあちゃんに言われて、一度だけ抱かせてもらって、がまんした。 箱の中から、いつもお菊を見てくれているようで、きれいな花を摘んできて、ビンに飾ってやると、やさしく笑ってくれるように見えた。 ある日、仲良しの妙ちゃを連れてきて 「妙ちゃ、菊ちゃんだから、よろしくね」 と言って妙ちゃに見せると 「わぁー、生きとるみたいだ。これ、人形かなあ。動き出しそうだ。 なんかしゃべるんじゃないかな。ほれ、手も動くんだら?」 驚いた妙ちゃが、手でさわりそうになったので、お菊はあわてて、 「だめ、だめ、さわっちゃ。動かんし、しゃべらんよ。 でも、かわいがっとるの。おばあちゃんからのお祝いだもん」 お菊は、『お祝い』というところに力を入れて、得意そうに言った。 1年生になれる事だってうれしいのに、そのお祝いという品物をもらえるなんて、妙ちゃだけでなく、学校中のみんなに言いたいくらいだった。 「すごいなあ、いいなあ。学校へ行くのっていいなあ」 「妙ちゃは来年、いっしょにいけるよ。がまん、がまん」 お菊が姉さんぽく言うと 「うん、がまん、がまん…あーあ、でも、早く学校へ行きたぁい」 と口をとがらせた。
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