国立劇場の読書会 vol.4 第二回『木挽町のあだ討ち』
くろごちゃん、こんばんは!伝統情報資料館の受付でお迎えしてくれます。いつもお題に合わせて用意してくださる浮世絵。今回は国貞の描いた森田座国立劇場の読書会 vol.4「歌舞伎研究者と『木挽町のあだ討ち』を読む」●第2回 6/6 (土)14時~16時 第三幕・第四幕(p120~p215)第一回は大阪に居たので参加叶わず、今回が初めて。歌舞伎に詳しくて弁も立つ男性参加者が数名、場をリードしてくださる。『国宝』の読書会の時の参加者はアクティブな女性が多くて、男性陣、静かな印象だった。参加者が違うとこんなに雰囲気変わるんだ。読書会初心者の私は いちいち 新鮮。ナビゲーターの先生の教え子さん等お若い方はちょっと圧倒されたカンジで控えめ。2人ともAudibleで小説を味わったそう。Audibleって、存在は知っていたけれど、使う気は全く!なかった。でも、彼女たちの使い方を聞いたらなかなか上手に使いこなしていて感心、感心。小説には、時代考証的にも、使う言葉の表記にも揺れがあって、そこから生じる違和感のことが話題になった。なんでも調べられる現代、手抜きで調べないことははいはず意図的にずらしている?と意見が出ればAudibleで聴いていた若者たちはプロの語り手の朗読ですっかりその世界へ導かれた様子で 違和感は感じなかったと。私は、と言えば、その時代の男女蔵さんが立女形だったと読んで左團次さんを思い出しながら、左團次さんの女方は『身替座禅』の奥方等、コミカルなお役が浮かぶけど立女形ってカンジじゃないでしょ。でも、ご先祖様は立女形なんだって気になったけれど舞台や映画だったら スーッと流しちゃったかも。※男女藏(オメゾウ)は左團次の前の名前 さらに、実際の男女藏さんは、立女形じゃなかったそう。内蔵助が持ち役なんだから、そこも不思議。木挽町のあだ討ち (新潮文庫) [ 永井 紗耶子 ]主人公の成長を見守る木挽町の芝居小屋の人達のあたたかさが世話物として活きていた歌舞伎とビジュアル重視とミステリーに重きを置いた映画は両方面白かった。そして、今 小説を読んで思うのは監督なり、役者なりの感じ方を提示される媒体と違って小説は、「?」と思ったら 立ち止まって 文章(作家)と対峙できるから齟齬も違和感も深く突き刺さるのだろうか。歌舞伎の『木挽町のあだ討ち』が良かったのでその勢いで (何年も「積ん読』のくせに)それこそ衝動買いしてしまった原作小説。読書会のために読んでみたら なんと読みやすいコト!時代小説はあまり読んだことがないけれど何冊か読んだ小説は(女性作家の率高し)読んでいると胸が痛い、重いものが多かったしああ、これ男性の目線で描かれているなって思うこと多々あったのに、(でも、つらいけれど イヤなわけじゃなく、書いた人もさぞ 苦しかったねと 共感するというか、痛みを分かち合うというか)そういうこと一切なくこうだったらいいいな、という理想のかたち。江戸時代にこんなことはないな、と思うけれど読んでいて気持ちいい。きっとね、この小説は若い人に読んでほしいのだと思う。本の世界にどうぞって手招きしている感じこれって何かに似てる。『豊臣兄弟!』だ。令和の今、受け入れられる作品の特徴なんだろうか。「忠臣蔵」も「義経」も知らない世代が理解できる話。読書苦手な人のハードルをググぐグッとさげてくれる。オリジナル・サウンドトラック 木挽町のあだ討ち [ 阿部海太郎 ]歌舞伎で壱太郎君の「ほたる」がポンポンとモノを言う中にもいじらしさもあって一作ごとに魅力が増してきてるなと心に残ったのに映画の高橋和也さんが全く違うアプローチで観た人から大絶賛だった。(私はこの方の安兵衛が大好きでした)そしたらね、小説はまた違う「ほたる」なの。他の役のキャラは、ほぼ同じなんだけど。いろんな演出をしたくなる、面白みのある役なんだね、「ほたる」次回は日程が合わないので参加できないけれど、また機会があれば 参加したいな。読書会。