05オランダ2ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 10 ![]() オランダ入国3日目、アムステルダムから東の方面(ドイツ方向)の デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園(通称ゴッホの森)に向かう車窓からの眺め。 雄大ですね~牧歌的というのでしょうか・・・ オランダ国内いたるところで牛や羊さんがのんびり草を食んでいます。 ![]() この日も、ご覧のような快晴で、 旅行前に、ツアー会社からの電話で「寒いと思ってください」と 念押しされたのが嘘のよう・・・ 暑いほどの日差しに半そで姿で過ごしています。 ただ3日目であるこの時点でも添乗員さん 「心配しなくとも、いずれ上着と雨具が必要となります」と言っていました(笑) オランダは、山がまったく無いので、どこまでも平原が続きます。 国中平地ですべての国土が有効利用できるために、 人や家畜がゆったりと暮らしているように感じるようです。 ![]() こちらが、今回の旅行で私のもっとも!期待していた クレラー・ミュラー美術館のある デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園の入り口。 言ってみれば、この地を訪れるツアー企画を選びました。 澄み渡る青空に濃い緑、 この入り口に立っただけで、私の心は浮き立っています。 5500ヘクタール(八丈島位い)の公園内ではレンタル自転車もあり、 皆さん広い公園を悠々と楽しんでいます。 この公園がかつて、個人の私有地で 楽しみにしているクレラー・ミュラー美術館も 個人のコレクションから始まったなんて、ビックリです。 ![]() クレラーミュラー美術館まで、 デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園(通称・ゴッホの森)の入り口から 大型バスのまま乗り込みます。何せ、八丈島ですから・・・(笑) そしてバス下車後、このように緑にかこまれた道に歩みを進め、 いよいよ、ゴッホの待つクレラー・ミュラー美術館へ・・・ 天気に恵まれたことを感謝しつつ、 静かな森の呼吸に自らのブレスを合わせる・・・ そんな気持ちの良さを、 アムステルダムからバスで1時間半ほどのこの場所に来て 十分満喫することが出来そうです。 ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 11 ![]() こちらはクレラーミュラー美術館への道。 右手に見えるのは今建設中の新館。 とっても大きな美術館になりそうです。 左手の赤いオブジェもステキでしょう? このクレラーミュラー美術館は 屋外彫刻美術が充実していることでも有名です。 箱根や彫刻の森美術館や美ヶ原の屋外展示を思い出し、 その原点はここかも・・・?なんて うがった感想を持ちました。 ![]() 現在開館中の美術館までの道。 木立の中をしばらくいくと、平屋のガラス張りの建物が見えます。 ![]() そしてこちらが、入り口です。モダンですね~。 二十世紀初頭に莫大な財を成した クレラーミュラー夫妻の趣味のほどが反映されているのでしょうか。 季節によってはたくさんの来場者があるようですが、 私たちが到着した時間がわりと早めだったのと、 超ピーク時期を過ぎた時期だったので、入館もスンナリでした。 やはり、チューリップの時期が観光客が多いようです。 現地ガイドさんの話によると、ここは日本かしら?ってくらい 日本からのツーリストが多いんですって! ![]() 世界的に有名なこの美術館、元は個人所有の別荘地と美術館でした。 この一大コレクションを国に寄贈したクレラー夫人が右の写真です。 ![]() クレラー夫妻の名を残した国立美術館を 世界的にしらしめたのは、なんといってもゴッホのコレクション。 ゴッホが1888年アルルに移り住んだ直後、 最初に描いたのがこの「アルルの跳ね橋」 以前訪れた、南仏のモデルとなった跳ね橋を思い出し感慨もひとしお。 運河にかかる跳ね橋は、オランダ生まれのゴッホが好んだモチーフの一つ。 日本の浮世絵の影響を受けたといわれ この作品を境にゴッホの絵がより明るい色彩を獲得していきます。 ![]() この美術館にはゴッホの作品が270点以上もあるといわれ この作品もアルル時代に描いたもので、 力強いタッチで農民の働きを描ききっているようにおもいました。 残念ながら、この作品のタイトルを知りません。 どなたかご存知でしたらお教えくださいますか? ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 12 ![]() 1888年10月アルルで描かれた「緑のブドウ畑」 おそらくゴッホにとってもっとも充実した時期だといわれている頃の作。 なぜなら、ゴーギャンがアルルにやってくることが分かって、 彼の熱意はさらに高まったと思われている時期なのです。 厚塗りのタッチ、激しい色のコントラストなど ゴッホらしい描き方が見て取れる・・・ なるほど、興味ある一枚だと思います。 この作品の他に1888年11月「赤いブドウ畑」という作品が描かれましたが、 その作品こそが、生存中唯一売れたゴッホの絵です。 ![]() 続いて、たまねぎや土鍋など日用品を描いているいわば静物画。 ゴッホが描くと、こんなに躍動的! 「もの」そのものが語りかけてきているように思いませんか? ![]() そして、わたしが是非、もう一度会いたかったゴッホの 「郵便配達夫 ジョセフ=エティエンヌ・ルーラン」 1889年 アルルで描かれたものです。 なんだか人の良い、田舎の「郵便やさん」って感じですよね~。 このほかにもルーランやその家族を描いた肖像画が残っていますが このグリーンの花柄の背景が大好きなんです。 1996年1月末、横浜美術館に来ていたクレラーミュラー美術館所蔵のゴッホ展で この絵と遭遇して、わたしは少なからず衝撃を受けたのでした。 ゴッホの絵って、こんなに明るく綺麗な色彩なの!って。 そしてその日から、いつか行ってみたいところがオランダであり、 このクレラーミュラー美術館が、大いなる憧れとして記憶されたのです。 ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 13 ![]() 「朝日のある塀の向こうの山の景色、緑の畑」 1889年、6月サンレミで描かれた病室からの風景画です。 実際は、閉鎖病棟の鉄格子の窓から見える景色なのですが、 患者を外界からへだてる鉄格子もゴッホの目には映らなかったのですね。 ![]() 「糸杉」1889年6月 これも、サンレミ精神病院時代の作品の一つ。 ゴッホの目に映る糸杉は、このようにエネルギッシュで力強く天に昇る姿を していたのでしょう。 まるで空想の動物、竜のようだと思いませんか? 弟テオへの手紙で彼はこう言っています。 「糸杉のことがしょっちゅう頭にあるが、何とか向日葵の絵のような作品にしたいものだ。 というのも、ぼくが見ているように描いた人がいないのが不思議に思えるからだ。 線といい比例といい美しく、まるでエジプトのオダリスクのようだ。 それに緑が格別素晴らしい」 ![]() 「赤い空を背にした嵐の後の松」 1889年12月 サンレミにて 1889年妹に出した手紙の中でゴッホはこの作品について 色彩の問題を詳しく語り、それに絡めて人生をも語っているのです。 それが精神病院の中からの書簡とは思えない文体で。 果たして、彼の病は病として、 作品への影響は、プラスとしてだけ影響したのではないのかと 思ったりするのです。 ゴッホの作品に会えば会うほど・・・ ![]() 酒場の女主人を描いた「アルルの女、ジヌー夫人」 1890年2月 サンレミに移ってから一時ゴッホはアルルを訪ねているのですが そのとき、彼は少ない友人と旧交を温めています。 このジヌー夫人もまた精神性の病を患っていたとも言われますが ゴッホお気に入りのモデルで相性がよかったのでしょうか。 知的な感じさえする、バランス感覚のとれた婦人に見えるのは 私だけでしょうか・・・ ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 14 ![]() クレラーミュラー美術館にはゴッホの作品が勢ぞろい。 それが、こんな風にこともなげに展示されているのです。 生存中、たった一枚の絵しか売れなかった画家ゴッホ、 度重なる病の発作に苦しめられた画家ゴッホ。 唯一の理解者、テオとの兄弟愛に支えられ、 テオが後を追うように自殺後、しっかりと作品を守ってくれたテオの家族。 そしてクレラー夫妻が買い取って、 こうやって私たちに残してくれたゴッホの絵の数々・・・ 前日のゴッホ美術館で見た作品群と合わせて、 私の心に大いなる幸せを与えてくれた、ゴッホです。 私たちが知っているゴッホは厚塗りのタッチ、 晩年の糸杉のように、燃えるように描く筆致など独特ですよね。 わたしは、ず~っとそんな風に描いていたのだろうと思ったのですが、 今回、アムステルダム、ゴッホ美術館で最初の頃の作品をみることができ、 当初、超天才ゴッホといえど、素人目にも「上手」な写実的な作品を 描いていたことに驚き・・・ そして、ゴッホが画家としても人間としても、 さまざまな試行錯誤と実作の中で苦労しながらも 独自のスタイルを生み出したのだと実感することが出来ました。 ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 15 ![]() しばし、オランダの旅日記から離れておりましたが ここらで、クレラーミュラー美術館に再びご案内いたします。 このクレラーミュラー美術館にはゴッホばかりではなく クレラー婦人のコレクションが沢山展示されていますが、 写真は幾何学的な造詣を追求したモンドリアンの油絵の一枚。 とってもおしゃれなイメージを抱かせてくれる画家・・・ 淡い色合いも、いいですね~。 ![]() そしてこちらが、晩年描いたというモノトーンの作品。 彩色することを止めて、白黒で物の本質を より抽象化して表現しようとしているのでしょうか。 日本画の巨匠なども、時に水墨画に行きつくということもあるようですが、 モンドリアンの画家精神のなかにも日本画家と同じように、 シンプルに描いて、物の本質を表現しようとする精神が感じられます。 ![]() そして屋外! オランダに行く前には、平均気温15~18度で、 日本より、ずっと寒いですよと言われてましたが 実際に行ったこの頃はピーカンの良いお天気で25~6度。 この美術館の庭に出てあらためて、 その空気の美味しさをも堪能させていただきました。 ![]() このように、彫刻が点在し、 アートと植物が融合し引き立てあって完成された屋外美術館、 まさに彫刻の森・・・ ![]() オランダの光と、緑の影、をしばしご堪能ください。 ![]() この彫刻も、きっと有名なのでしょうが、 作者と作品名はわかりません。 不安定な姿勢の緊張感。 きっとこのあと横になる動作の途中なのでしょうけれど、 体の健康な「ばね」をかんじ、生命力あふれる作品のようにおもいます。 ![]() ロダンや、ムーアの希少な作品が静かにたたずむ彫刻庭園、 クレラーミュラー美術館の、 質、量、広さ共にBIGなことに驚きつつ、 かなり満足しましたが、 もっともっとこの空間に居たい・・・という衝動に駆られながら 夢に描いたこの美術館を辞する時刻が刻々と迫ってきます・・・ ゴッホ鑑賞にかなり時間をさいたこともあって、 残念ながら、 デュビュッフェ作、巨大なオブジェ「エナメルの庭」を見損ないましたが 予想以上に、充実していて気持ちのいい美術館を 何度も振り返りながら、あとにしました。 ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 16 ![]() 憧れのクレラー・ミュラー美術館を後にし、 花盛りのヒースの丘を進んで 政治・行政の中心ハーグへ向かいます。 ![]() 途中、キャンプ場内のレストランで昼食をとりましたが、 その駐車場の、ワンショット。 ここオランダは思ったより、日本車が少なく ドイツの車が多く走っているように見受けました。 次いで、フランスの車でしょうか。 小型車が主流だということです。 そして旅行中、車の洪水というイメージはなく 静かな国というのがわたしの大雑把なオランダの印象です。 (日本もそうですが、イタリア・スペインなどでは車が溢れている印象があります) ![]() どこまでも平坦な国土に 牧草地帯が広がる・・・ 車窓から眺める緑の絨毯は 目にも心にも優しく映ります。 ![]() 「白鳥の館」と呼ばれるハーグ市役所。 この街は、近代化が進み、年中いたるところ工事中だそうで 市民からは「嘆きの町」と言われているようです。 工事が続くと、どうしてもラッシュを引き起こし、 騒音や、埃がまいますから、 静かな生活になれた市民にとって、 特にそう感じるのでしょう。 ![]() そんな街角にこんなに大きなプランターが並び、 真っ赤なゼラニウムがたくさん咲いていました。 今回のもう一つの憧れ、マウリッツハイス美術館に向かうため バスを降りたところの光景です。 いよいよ、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」に会いに行きます。 ゴッホとフェルメールを訪ねて☆オランダ 17 ![]() アムステルダム南西に位置するハーグは 現在オランダの政治と行政の中心となっており 写真のビネンホフという所に 13世紀から17世紀にかけて建てられた由緒ある建築物が集まっています。 写真は国会の開会式が行われる 「騎士の館」と呼ばれている13世紀にフロリス5世が建てた国会議事堂。 左右に塔を持つレンガ造りのゴシック建築で どっしりとした威厳のある作りはコンパクトながら歴史が感じられ、 日本の国会議事堂やアメリカのホワイトハウスとは違った趣があります。 ![]() こちらは総理府や外務省がある建物で、 今尚、歴史的建物で国家の重要な会議が開かれ 政治と行政がつかさどられていることに新鮮な驚きを感じます。 前の広場には19世紀建造の美しい噴水があり お堅いはずの行政府の建物にさえ、親近感を覚えました。 ![]() 一番上の写真の国会議事堂の脇をとおっていくと、 ビネンホフ地区の一部にあるのが フェルメールの作品が展示されている 「マウリッツハウス王立美術館」 オランダで見る最も美しい建物の一つとされる美術館ですが 思ったよりもこじんまりとした建物で、 1644年完成したヨハンマウリッツ公の邸宅が国家に買い上げられ 1822年、マウリッツハウス美術館として歩み始めました。 オランダのフランダル絵画の珠玉作品を集めたオランダを代表する美術館。 外側にも看板代わりとして フェルメールの真珠の耳飾の少女がかかっています。 ![]() こちらがフェルメールの 「真珠の耳飾の少女」 別名「青いターバンの少女」 (1665年完成・46.5×40センチ) 実際にこの絵の前に立つと、振り向く少女の無防備な表情から 声をかけたのがごく親しい人か、 信頼を寄せている人であることが伺われます。 (この絵のモデルがフェルメールのお嬢さんだという説あり) そして肩越しにこちらを見ている瞳と目線を合わせようと試みたのですが、 こちらを見ているようでもあり、見てない様でもあり・・・ 観ればみるほど不思議さが募る絵なのです。 少女というには大人の雰囲気を漂わせているこの一枚に どれだけの人が魅せられているでしょう・・・ この不思議な感じ、クールでさめた視線と不思議な表情から 「北方のモナリザ」とも呼ばれています。 どちらにしても、 少女の大きな瞳がこの絵の物語性をいやがうえにも増しているのです。 ![]() 生涯に三十数枚しか残さなかったといわれるフェルメールのもう一枚の代表作、 「デルフト眺望」(1659~60年) こちらは96.5×115.7センチと、 真珠の耳飾の少女よりはだいぶ大きい作品です。 作品のほとんどが室内画のフェルメールが 二点しか風景画を描いていません。 一つがアムステルダム国立美術館の「小路」 もう一つがこの「デルフト眺望」です。 この作品の前に立って実感したのは絵の中心から放たれる光。 この光が、 飾ってある美術館の室内にまで差し込んでくる感じがするのですから・・・ 画集や写真などでは 川面の影が作品の光を吸い込んでしまっていて この光を感じ取るのは難しいかもしれませんが ゴッホの実物に出会ったときのように、 この作品の前に立つと、作品の放つ「光」は目を通して、 心の中まで、まっすぐに届いてくるのです。 ゴッホとフェルメールを訪ねて ☆ オランダ 18 ![]() フェルメールの「真珠の耳飾の少女」などを所蔵する オランダ・ハーグのマウリッツハウス美術館の内部。 さすが、ブラジル総督だったヨハンマウリッツの邸宅・・・! ![]() そしてフェルメールの絵画に並んでこの美術館の至宝は レンブラントの絵画の数々。 なかでも、レンブラントの出世作となった 「テュルプ博士の解剖学講義」が有名。 町の外科医組合の為に製作した作品で アムステルダム市長も勤めたテュルブ博士の講義を聞く 7人の外科医たちを描いています。 リアルで、チョットぎょっとする感じもありますが さすが、集団肖像画で名声を得た巨匠、 この作品を描いた二年間に50枚もの肖像画を描いたそうです。 ![]() 左手が、昨日ご紹介した行政機関の入っている建物。 美術館を出てビネンホフの北側ホフフェイファの池から眺めると 重厚で落ち着いた雰囲気を満喫することが出来ます。 ![]() こちらも赤い花が見事に咲いていますね。 たしか、ゼラニウムだと記憶していますが 曇る日が多い、ここオランダでも、 これだけの花をつけてくれるのかと感心します。 もっとも、今回の旅行中、ず~っとこんな天気にめぐまれ たのには、添乗員さんもビックリだったようですが・・・ 良いほうにビックリは嬉しい限りです。 ゴッホとフェルメールを訪ねて ☆ オランダ 19 ![]() 昨日ご紹介したフェルメールやレンブラントを堪能したあと 訪れたのは、写真の「国際司法裁判所」(平和宮)。 ここは、世界平和会議(1899年と1907年)がハーグで開かれたのをきっかけに この都市に常設仲裁裁判所を設立することが決議され1913年に完成。 現在は国連の管理下にあり、 日本からは雅子妃のお父様小和田さんが勤務しているそうです。 ![]() そのお堅い平和宮の前にも、観光客相手に? アイスクリームやさんがいました。 そんな光景は、どこも一緒ですね。 ![]() そして平和にふさわしく、花壇には色とりどりの 可愛らしいお花が咲き乱れ、旅の途中のひと時 ツーリストの私たちにも優しい広場となっています。 ![]() ここは夕食の為、わざわざバスで訪れた北海の町スケヘェニンフェン。 「NOORD ZEE北海」でニシンのグリルの夕食は日本食みたい! 海岸では、夕陽がすっかり沈むまでビーチバレーをしている人が大勢! 短い夏を名残り惜しんでいる様子でした。 ![]() 食事を終え店を出ると、ちょうど夕陽が北海に沈むところで 日本なら、さしずめ日本海に落ちる晩夏の太陽。 しばし、遠い日本に思いをはせながら、 ことしの夏もいよいよ終わりね~などと 気分はちょっぴりセンチメンタル・・・。 (夕陽って、不思議ですね~) *****・・・******・・・*****・・・****** きょうから4~5日娘のところに行きますので 楽天日記、少しお休みします。 庭の秋薔薇も蕾がたくさん見られるので、 帰ってくるまでに咲ききってしまわないか心配ですが・・・(笑) 帰ってきましたら、また、よろしくお願いします。 ジャンル別一覧
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