花と実と魔女と

07オーストリア3





2007・11・5


ウィーン美術館 & 魅惑のカフェ







この夏訪れたウィーンの
美術史美術館と自然史博物館の間の
マリア・テレジア広場に
オーストリアの国母
「マリア・テレジア」の像があります。

マリアテレジア女帝は
1740年23歳で即位し40年間在位。

国権強化に努め政治手腕を発揮し
いわば、ハプスブルク帝国のゴッドマザー。
なんと16人も子供を生み、
その中の一人がマリーアントワネットなのです。







美術史美術館と
自然史博物館は対に建てられていますが
写真はそっくりな自然史博物館が写っています。







そして、こちらが実際に入場した
美術史美術館の内部、1階風景。

1857年の新都市計画がたてられ、
ハプスブルグ家の
美術品を収蔵するために建てられ
ルネッサンスに始まり
18世紀後半を代表するロココ絵画が
作者別に展示されています。

中でもルーベンス、レンブラント、フェルメール等の
コレクションは、豊富。
ブリューゲル作品群は
世界一の規模といわれています。







ホールの天井だけでも
十分見ごたえのある美術品クラス。
見事な大理石柱に見えるのは、
オーストリア近辺では大理石を産出しないので
張りぼてだということですが、それでも圧巻。

建築には1870年から21年の歳月を要したそうです。







迫力ある大理石彫刻作品!!







中央に吹き抜けがあり
広々とした内部を歩むほどに、
その豪華さに驚きます。

他の国の美術館はルーブルや、
プラドが宮殿だった建物を
美術館にして展示しているように、
最初から美術館として建てられたものとして、
これだけ豪華で美しいのですから、
素晴らしいの一言ですね。








そして、こちらが
「ゲルストナー」という館内のカフェ。
溜息が出るほど・・・。
豪華な装飾を堪能しながら
世界から訪れる入場者は
ゆったりとコーヒータイムを楽しめます。

・・・が、私はグループ観光の哀しさで、
残念ながら、
コーヒータイムをとれませんでした。

これは、いつかまたウィーンを
訪れたい~と思う理由の一つです(笑)







ロココ調の天井には天窓も・・・








自然の採光は、
電気の発明される前に建てられた豪華で広い館内と
ハプスブルグ家の至宝を優しく
照らしてくれているのです。







2007・11・6


ウィーン美術史美術館 & 所蔵作品とカフェを再び







ベラスケスの「青いドレスのマルガリータ王女」

「マルガリータ」の肖像画のなかでも
際立って美しいとされる作品。
銀のレースが付いたビロードのドレスの裾が豪華。

この作品はマドリッドから
ウィーンのハプスブルク家に
お見合い用!!として送られ
この美術館に所蔵している3枚のうちの1枚で
青いドレスの肖像画は
マルガリータ王女がわずか8歳の時だそうです。







こちらも同じベラスケスの筆によるもので
「バラ色のドレスの王女マルガリータ」
マルガリータ王女がもっと幼いときの肖像のようですね。

スペインの宮廷画家ベラスケスの絵は
以前プラド美術館で観ましたが、
その時もマルガリータ王女にはお会いしていましたから(笑)
お懐かしい感じがしましたよ。(^.^)







ラファエロの「草原の聖母」(1506年頃)
ルネッサンス最盛期のラファエロの傑作。

イエスを抱く聖母の姿が三角形の構図の中に描かれています。







美術の教科書でご覧になった方も多いのでは?
ブリューゲルの「バベルの塔」

人間の浅ましさを戒めるテーマは
時代を超え、宗教を超えて、
わたしたちの心に強く響くものがあります。








そして、こちらもブリューゲルの「雪中の狩人」
「雪中の狩人」をもとに描いた加山又造「冬」も有名ですよね。







この作品は私が是非観たかった作品のひとつで
ブリューゲル(父)の「農家の婚礼」
農民のイキイキとした表情は
この絵の前から立ち去りがたいほどです。








作品の前には、どなたかが模写中であることをうかがわせる
イーゼルがありました。
皆様熱心に学ばれているのですね~。

この絵画博物館にはブリューゲルの全作品の
四分の一が所蔵されており、主要作品が展示されています。







そして、大好きなフェルメールの一作がここに!!
「絵画芸術の寓意」

この絵は、フェルメールの没後も
未亡人の手元に遺されていた作品。
第二次世界大戦中ヒットラーが手に入れたものを
終戦後、ここ美術史美術館に返還されたという作品。

画家という職業そのものを讃えるかのような
崇高な雰囲気が感じられます。

ウィーンのこの美術館には、
オランダの偉大な画家レンブラントの作品もあり
意外にもフランドル=ネーデルラント絵画の宝庫だと言うことができます。







あ、こちらでも模写をなさっています!
ブリューゲルの作品でしょうか?






美術史博物館内を観て歩くうち
こんな素敵な床のホールに・・・

そうなんです、ここは昨日の日記でもご紹介した
カフェ「ゲルストナー」の床のモザイク模様なんです。

斬新な意匠をこらした床までもが、アートですね~。







あ~ここでゆっくりお茶することができたら
至福のときをもっと実感できたのに・・・ちょっと残念。

でも、これだけの作品群を
建物自体が芸術作品である美術館で鑑賞できたことは、
とても幸せだったな~と今改めて思っています。







2007・11・6


カフェ・モーツアルト & オーストリア・ギャラリー







昨日までご紹介した
ウィーン美術史美術館をあとに
少し歩いたのは、
オペラ座近辺。


写真は、オペラ座の裏側にある
人気のカフェ、映画第三の男に登場した
カフェ・モーツアルトの外観。









残念ながら時間がなくて
入店できませんでしたが、
もし機会があって再訪できたら、
ぜひ行って見たいカフェの一つ。
日替わりランチなんていうのもあるらしい・・・と聞くと
ますます、行ってみたくなります。

こんな風に、テラス席もいいかも・・・。







なぜ人気のカフェを諦めるほど
時間がなかったかというと、
写真の宮殿にもう一度行きたかったから。

そうです、数日前にご紹介した
ベルヴェデーレ宮殿上宮の
オーストリア・ギャラリーに行って
あるものが観たかったのです。







同日の朝いちの観光で訪れた
ベルヴェデーレ宮殿は
傾きかけた夏の日をうけ、
静かに私を迎えてくれました。






左右シンメトリーな前庭も
同じように美しく・・・








上宮への入り口は中央のガラス扉。
閉館は18時なので、
急いで駆けつけたというわけです。






館内では丁度現代アートの
インスタレーションが開催中で
ご覧のような
フェルトのような毛糸のようなもので出来た
ソフトタッチな作品が
大理石の建物とコラボして展示中。







そして、見上げれば
「もともとは宮殿」ということを思い起こさせる
華麗な装飾と、
クリスタルな輝きのシャンデリア♪


実は、このオーストリア・ギャラリーの
ある大作を観たくて、スイーツの誘惑を跳ね除け
フリータイムに舞い戻ってきたのです。

果たして・・・大作とは・・・

ヒント ☆ 黄金に輝く愛(^.^)

(その答えは、明日UP予定)









2007・11・7


圧巻!クリムトの描く愛 & オーストリア・ギャラリー


今回の旅行に旅立つ直前、
オーストリアにいらした友人に
今回の旅のアドバイスを戴いたのですが
ベルヴェデーレ宮殿の上宮で観た絵画が
とても良かったので是非!と薦められ、
わたしも、甘い誘惑(笑)を跳ね除けながら
日が傾きかける頃、時を惜しんで行ってみました。






「ソニア・クニプスの肖像」(1898年)


ここオーストリアギャラリーと呼ばれる美術館には、
19世紀末から20世紀にかけ
新時代に向けた新しい創作に取り組んだ画家の
作品が数多く展示されています。
世紀末の画家の中心的な存在である
クリムトの作品も多く展示されています。

上の作品の見目麗しい「ソニアクニプスさん」が
今にも動き出しそうな絵に先ずは釘付け。

ただこの作品は、私達のイメージの中のクリムトではなく
初期の頃のアカデミックな絵ですね。







「水蛇1」(1904-07)サイズは50×20

こちらになると、一目でクリムト!と気づく
ゴールドと装飾の施された画風。

テーマは、女性同士の愛だそうで、
なまめかしくも透き通るような肌が
なるほど、水分たっぷり(笑)
それにしても、水蛇とは!
連作で「5」までもあります。







「ユディト1」(1901年)

こちらは旧約聖書外伝より
敵将ホロフェルネスの首を切り落とし
見方を救った女性
ユディトをモチーフにした作品。

切り落とした首を抱え恍惚とした表情を浮かべ
妖艶の美を放っています。








「接吻」(1907~8年)サイズは180×180

そしてこれこそが、
かの有名な「接吻」

高貴で聖なるものとされる金地を背景に
男女の愛の行為は
宗教的なまでに崇高な雰囲気に高められ
大いなるインパクトをもって、
見るものを捉えます。

実際この作品の大きさとインパクトは
誰でもが足を止める
不思議パワーがありました。

モデルはクリムトと不倫関係にあったとされる
銀行頭取の娘
アデーレ・フロッホー=バウワーである可能性が
強いといわれ、足元の花園が途中で切れているのは
この愛の儚さを表しているとか。

もっとも、
この絵の前に立ち鑑賞する者にとっては
年月を経た今も、
普遍的な男女の姿として観ることができ


この美術館を薦めてくれた友人が
観たときの感動を熱く語ってくれた、
作品でもあります。








「カンマー城公園の並木道」(1912年)
サイズは110×110

クリムトというと、人物、それも結構、
際もの的なのが多いですが
風景画もあるにはあるんですね(笑)

これはエミーリエという女性と過ごした
アッター湖畔の風景だそうで、
ここで描いている風景は、
他の作品とは全く異なる趣を見せて・・・
心の安息を表現している作品となっています。


わたしは、題材とタッチに、
ゴッホの糸杉も連想しましたが・・・








2007・11・9

オーストリア美術館 ☆ エゴン・シーレ&ゴッホ






こちらはクリムトの作品群をじっくり堪能した
同じオーストリア美術館内で観た

エゴン・シーレの「ヘルベルト・ライナー」1910年

倦怠と官能の画家・シーレのごく初期の作品です。
端正な面立ちですが、果たして女性でしょうか??








「死と乙女」 1915年 サイズ150×180cm

世紀末
退廃と官能を描いた画家エゴン・シーレは、
本作を描いた三年後、
ずっと師事してきたクリムト同様
スペイン風邪により28歳で他界しています。


シーレ本人として、この人物を見てみると、
まるで、自らの死を予見していたかのよう。


この乙女のモデルの名はヴァリィ。
その愛を恐れるが故に?!シーレと別れた女性で
後にシーレはエディットという名の女性と結婚します。






「母と二人の子供」1917年

シーレがスペイン風邪で他界する前年、
27歳の時の作品。

前期の作風とは変わり、
晩年は(といっても若いけれど)
この作品や、
家族といったようなテーマを描いているのも
興味深いです。








「家族」(1918年)
妻エディットの妊娠によって、
シーレは赤ん坊や家族という新しいモチーフを得ます。

自画像のシーレらしく、
男性はシーレ自身、女性はエディットですが
夫妻の突然の死の別れによって架空となってしまった
家族の肖像でもあり、
未完作品として今に伝わります。








そして、思いがけず出会った
ゴッホ晩年の作品「オーヴェルの平野」

現地で日本語イヤホーンガイド!を借り、
その解説によると
「鳥の群れ飛ぶ麦畑」(カラスの飛ぶ作品)と
同じ頃描かれた作品だということです。

でも大分イメージが違いますね~
若草色が健康的な光に満ちているように思えるのですが・・・

ゴッホにとって、同じ麦畑でも天候によって、
ゴッホ自身の心の空模様によって
色んな麦畑に見えたことを表しているのだな~と
つくづく思いました。

それにしても、見知らぬ地で、
長年の恋人に出会ったような嬉しさ!

ゴッホに出会えたのは!(*´艸`)







2007・11・9

ウィーンの銀座通り ☆ ケルントナー通り






美しいアートをたっぷり鑑賞した後

夜8時からのコンサートに行くまで
夕食をとりケーキを食べる(笑)前に
少し時間があったので

ウィーンの銀座通りともいえる
歩行者天国のショッピングストリート
「ケルントナー通り」をウィンドウショッピング。

ストリートミュージシャンが
演奏しているのも、ここウィーンにぴったり・・・








お!花屋さん見っけ(^.^)
これは撮らねば!!

でも、今回の旅行中花屋さん少なかったわ~。
パリだと、しょっちゅう見かけるけど。


思えばオーストリアの
有名なフラワーデザイナーさんて私は知らないし、
花よりケーキ(チョコ)のお国柄かも・・・






マリア・テレジアの時代に
宮廷で誕生した刺繍工芸品。
プチポワンの老舗「マリア・シュトランスキー」

美しいわ~とウットリしながら
ウィンドーを眺めパチリ。






歩行者天国のこの通りは
ご覧のように、沢山の人・人・人・・・
そぞろ歩くだけでウキウキ気分にしてくれる
メインストリートならでの魅力があります。

お魚マークのお店が見えますか?
この後、私が夕食を摂った「ノルトゼー」
北海という意味で魚貝類のラフなレストランです。





先ずは「海老ちゃんコーナー」
ロブスターがド~ンと載ってたりします(笑)

数字はユーロ、ラフなお店なのに円に換算すると(~_~;)







魚貝類を使ったお皿が色々・・
ちょっとイタリアーンでどれもオイシソウでしょ。





サンドイッチも色んな種類があって
選ぶのが楽しいです。

どれもおいしそうに見えて
お腹いっぱいになりそうだったのですが
腹八分目を心がけてチョイス。

なぜなら、お楽しみの
ザッハトルテが待っているから・・・(笑)







こちらにもスワロスキーのお店があって、
お店の外観も、ご覧のようにキラキラ☆☆☆

ちょうど、閉店時間(午後7時)になってしまって
店内には入れなかったのが残念でしたが・・・







2007・11・9

ウィーンのカフェ&スィーツ ☆ ザッハトルテ





ウイーンの美しい町並み、
今見てもウットリ・・・







こちらのテラスが、
ザッハトルテ(チョコレートケーキ)で有名な
ザッハホテルのカフェのテラス。

向かいには、なんとスターバックスが!
あのグリーンのロゴの入った丸い看板見えますか?

ザッハホテルの真向かいということで
ウィーンの市民にとっては複雑な心境らしいですが、
いやはや、恐るべしスターバックス。(笑)







こちらがお店の内部。
お土産用のケーキなどを売っています。







大中小とラウンド型のザッハトルテと
カットされた四角いケーキの
詰め合わせがあります。







入り口で人が並び
待っていたカフェに空きができたようで
今だ!ってかんじで先ずはコーヒータイム。

カウンターも歴史を感じる素敵な店内。







丁度、テラス席に空きができて
いそいそ席に着きます。

周りを見渡すとこんな感じで
写真には写ってないけれど
お隣は見るからにセレブなインド人のおじさま。
マハラジャの末裔風・・・(笑)が
悠然とザッハトルテを召し上がっていました。






ホテルで戴く
ザッハトルテ(4.80ユーロ)とカプチーノ(4ユーロ)








ん~、これを食べるためにだけでも
12時間フライトする覚悟はいつでもあります(笑)






あまりの美味しさに、
トランクに入る数だけ買って来てしまった
ザッハトルテ。





こんな木の箱に入ってます。







そして開けると・・・
確かにお店の方が揺れてもOKといっていた通り
型崩れまったく無しで完璧なお姿!

暑い季節でしたけれど、常温で大丈夫でした。
モチロン、日本への直送も出来るようです。







クドイヨウデスが、
許していただいて丸ごとズ~ムアップ♪

アプリコットジャムの風味がチョコとマッチして
ウイーンが誇る、さすがの銘菓!

でも、やっぱりホテルで戴いたあの一切れが美味しかった・・・

ア~どらえもんの「どこでもドアー」があったらね~。






2007・11・9

音楽の町ウィーン ☆ 楽友協会ホール





ザッハトルテを味わって甘い気分のまま
いよいよ20時からのコンサートを聴くため
市電の線路に沿って
夕陽を背に受けながら
コンサートホールへと向かいます。






着いたのはここ、
ウィーンフィルの本拠地であり、
ニューイヤーコンサートでおなじみのコンサートホール。
「楽友協会ホール」







写真のお姉さんは
古きよき時代の格好(ロングドレス)をして
カタログを販売しています。







金箔で飾られた「黄金のホール」
世界三大ホールに数えられるほどの
音響設備をほこります。






見上げると
こんなに豪華な客席も。







そしてこの日は、
ロココの衣装に身を包んだ音楽家達による
モーツアルトオーケストラ。

この日の曲目は、もちろんモーツァルトの
ドンジョバンニ、
バイオリン協奏曲4番、
シンフォニー40番、
フィガロの結婚など。


ウイーンフィルのチケットは
なかなか手に入れられませんが、
このように、
世界から来る観光客を楽しませてくれる
気軽な演奏会は
毎晩のように、行われているようです。

演奏も、十分にプロです♪








世界からやってきた、
にわかクラシックファンで
いっぱいの客席からは
曲の途中、楽章の合間に
拍手が起こったりするご愛嬌もありますが
皆でゆったりと演奏を楽しむことができました。

こうして、
わたしのウイーンでの夏の1日は
甘いチョコレートケーキと
美しい音楽と共に暮れていったのです・・・

そして、来年から
ニューイヤーコンサートをテレビ中継で見るたび
今回の旅のあれこれが、
ホールの黄金の輝きと共に蘇ってくれることでしょう。








2007・12・16


陸続きの入国 & オーストリアからハンガリーに








ご無沙汰しておりました、この夏の「東欧の旅日記」
ようやく再開の運びとなりました。

久しぶりですが、彼の地の夏空も懐かしく
始めさせていただきます。(*- -)(*_ _)ペコリ


上の写真は
ウイーンで泊まったホテルの傍にあった教会。
この教会を目印にして
ホテルに帰ってくる事ができました。


そしてこの朝は、
ウィーンからハンガリーのブタペストへ
陸路バスで241キロ約4時間の移動となります。







郊外を走ると
このような風力発電の風車が・・

澄み切った空気にとても似合う風景ですね。

ポスト京都議定書なんて言葉が
交わされる昨今、
こういうのどかな風景が地球のあちこちで
見られると、いいのに・・・と思ったりします。







そしてバスでかなり走り、
小さなプレハブがある国境検問所。

物々しさは無く
何処までも(笑)エコでのどかな印象を受けます。







プレハブの中で待機していた
入国検問官?が
バスまでやってきてわれわれのパスポートをチェック。


写真のふたりから
「仕事はたのしくしましょうね~」のオーラを感じます。







そしてハンバーガーショップのような
黄色くポップな建物は

ハンガリー通貨への両替銀行。

ハンガリーはまだユーロ圏外なのです。








ハンガリー通貨は日本(成田空港内など)では
両替してくれるところが少なく
ほとんどのツアー仲間が
ココでハンガリー通貨(フォリント)に交換。

勿論、外国のツーリストも両替していました。







この両替所の中には
スーベニアショップもあって
ロシアのキャビアも売られていました。

こういう品を見かけると
はるばる遠くへきたもんだ ♪と
改めて感じたりしたものです。







2007・12・17


ハンガリー・ブタペストで中華ランチ







昨日から再開した2007年夏の東欧ツアー
最後の訪問国ブタペスト郊外の風景。

何処までも続く平原を眺めながらのバスツアー、
大らかな気持ちになります。







爽やかな風が流れ・・・
光と風が戯れるポプラの梢・・・
ポプラの葉が銀色に光っています・・・







ウイーンのホテルを発って
約4時間後、
ブタペストの静かな住宅地の一角でバスを下車。

何処に行くのかしら・・・







予定されていた中華料理のお店に到着。
内装はしっかりチャイナ。

世界各国、中国4千年の歴史を誇る食文化は
西欧のはずれ?此処ブタペストにも
しっかり根をおろしているようです。







バーカウンターには、
勿論、老酒も見えました。

そして赤い柱とドラゴンの浮き彫りが
中華ランチの気分を盛り上げています。







おなじみの
回るテーブルがセットされていて・・・







皆さんで
取り分けた後の写真で失礼します。
(*- -)(*_ _)ペコリ

お味は、まあまあ・・・
日本人に中華はやはりなじみが深いのでしょう、
みなさん、オイシソウに召し上がっていましたヨ。








2007・12・18


ハンガリー・ブタペスト観光 ☆ 英雄広場と教会








ハンガリーブタペストでの中華ランチのあと、
いざ、市内観光へ・・・

こちらは英雄広場。
マジャール民族による国土征服1000年を記念して
1896年に作られた広場です。

建国記念塔は高さ35mで
大天使ガブリエルを頂に
マジャル7部族の長が控えており

塔を囲む列柱には歴代の王や
貴族の像14体の像が並んでいます。









ブタペストで一番大きな
聖イシュトヴァーン大聖堂。
ドームは直径22mと圧巻。
高さが96m。
8000人収容。








教会の作りはクルス型になっており、
上の写真は中央部のクロスして
横方向左右に伸びている内部。









そしてこちらは祭壇と入り口を結ぶ
クルスの縦方向のライン。

大聖堂の主祭壇にある
ハンガリーの初代王イシュトヴァーンの像は
ドーム上部からの光で照らされています。









教会全体の内部は昼尚薄暗く
荘厳な雰囲気でしたから
表に出たときは眩しくて・・・

床のモザイクも美しい教会でした。









その後、写真のような通りを散策しながら・・・








スーベニアショップへ。
ツアーお約束のお買い物タイムでしたが
綺麗な刺繍がいっぱい!

わたしはテーブルセンターと
まるで織物のようにみえる刺繍の小さな額を求めました。












民族衣装を身につけたお人形も可愛いですね。
バックの刺繍は、
約3mもありそうな巨大な刺繍・・・

このお店は、店内も新しく
商品の品揃えも多かったように思います。

観光客がこれからも増えると予測しているのでしょう。






2007・12・19


ハンガリー・ブタペスト観光 ☆ 鎖橋と王宮の丘







市内中心部から
写真右側の鎖橋を渡って
写真左側の王宮へ向かうところ。







ドナウ川に架かる鎖橋を渡りながら

岡の上の、王宮の方をパチリ。







鎖橋はブタ地区とペスト地区を
結んだ最初の橋で、ハンガリーの近代化に尽力した
セーチェニ伯の命により作られ1849年に完成。

第二次世界大戦で破壊され、1949年に復元されたもの。
鎖橋の両サイドの袂にライオンが鎮座しており
舌のないライオン像は鎖橋のシンボルなのだそう。







橋を渡った後、そのまま王宮の丘にバスで登り
写真の王宮のあたりを徒歩観光。







王宮の丘の先端から眼下を見下ろすと・・・

くさり橋とドナウ川を挟んで
美しいペスト地区の町並みが
目に飛び込んできます。







また、少し歩くと
精巧な装飾が施された石の尖塔と
鮮やかなモザイク屋根の美しいマーチャーシュ教会。

13世紀に王宮の建築と同時に建てられたのですが、
マーチャーシュ王の時代に尖塔が造られたために
その名で呼ばるようになったとのこと。







ここ数年、改修工事中で
外観の美しさの全てを
見ることは出来ませんでしたが
内部は見学OK。






一時、トルコ軍の侵略でモスクに改築され
再びカトリック教会に戻され
、第二次世界大戦でも被害を受けますが
資料を基に忠実に再現されたといいます。

豪華な装飾の祭壇や、ステンドの窓、
音響効果の素晴らしさも有名で
教会内のコンサートも人気だということです。

こういう環境で音楽を聴いたら、
胸に染みるでしょうね~。









2007・12・20


夕暮れ時のブタペスト ☆ 漁夫の砦







王宮の丘にある「漁夫の砦」

かつてこの城塞を守っていたドナウ川の漁師たちに由来します。








ここにはハンガリーの
初代王イシュトヴァーンの騎馬像もあり

回廊で結ばれた丸い塔がつづく建物は
1899年から6年の歳月をかけ築かれました。
設計者はもともとこの場所にあった中世の城塞を利用して
この塔を築いたといいます。







ロマネスク様式の尖がり屋根の見張り台が
おとぎの国のお城の砦のようで
なんとも、夢があります。

回廊の1階のテラスはカフェとなっており
眺めも良いので多くの人が集っていました。






この写真は、
その日泊まったホテルの部屋からの撮ったもの。

幸い、眺めもよく、ドナウ川と
美しいペスト地区の町並みが一望でき

しばし王宮の住人(召使かも)に
なった気分を味わえました。(^.^)







夕食まで時間もあったので
もう一度、漁夫の砦を散策。

日が傾き始め
影が白い塔の陰影を深めて
かなりロマンチック。

あちこちにカップルもいましたよ。







眼下に流れるドナウ川、
その先にはペスト地区が広がるビューポイント。
ここ「漁夫の砦」は、
はるばるやってきた甲斐があるといえるほど美しい光景。







この風景を前に、自然に無口になって・・・

その場の空気に包まれる心地よさに時をゆだね、
じっと佇むだけのHANA魔女なのでありました。








2007・12・22


ハンガリー ☆ ブタペストの夜景









写真は1957年にオープンした
ハンガリー料理のレストラン「フォルトゥナ」。

ブタペスト、王宮の丘にあり店内は
中世のお城のような雰囲気になっています。









8泊10日の東欧の旅もいよいよ終盤となり、
7日目のこの夜は、今回のツアーで一番のディナー(笑)となりました。

先ずはテリーヌのような前菜。

ナイフとフォークの数もこの日が一番でした(^.^)








7時になるとライブ演奏が始まり、
テーブルの間を回ってくれます。

プレイヤーの皆さんは
各国共通?とっても朗らかです。









このお店は肉料理に定評があるそうで
ロースとビーフも美味しかったですよ。







肉の前にもう1~2品ぐらいありましたが
写真がありません・・・食べるのに夢中だったのかしら(~_~;)

こちらはデザートですね。
ココのお店は、とっても美味しかったですよ。








食後バスで、王宮の丘の南に広がる標高235メートルの丘陵
「ゲッレールトの丘」にやってきました。


ブタとペストを一望する展望台からは
澄んだ空気と街のライトが織り成す景色が
宝石を散りばめた様に見えます。








ライトアップされた「くさり橋」は
まさに金のチェーンネックレスのようですね。

このゲッレールトの丘の名は
ハンガリーにキリスト教を布教に来た伝道師ゲッレールトが
1046年反対派の暴徒達にこの丘から
ワイン樽に詰められドナウ川に投げ込まれたことに由来しています。








再びホテルのある王宮の丘に戻ると
「漁夫の砦」からの夜景が迎えてくれました。

川のある風景と橋のライトアップは
とてもロマンチックで
私達の記憶に“永遠のきらめき”を放ち続けます。









2008・1・15


ハンガリー ☆ エステルゴムの大聖堂








またまた、お久しぶりの昨年夏の旅日記です。

ハンガリー最後の観光は、ドナウベントといわれる
ドナウ川が大きく曲がっている所に散らばっている
地方の由緒ある町々を訪ねる旅です。

先ずは、初代国王であり建国の父、
聖イシュトバーン大王の生誕地エステルゴムに
ドナウ川に沿ってバスで向かいます。







道々、かなりローカルな風景ですが
こんなふうな何気ない景色も今はとっても懐かしい・・・
のんびり広々としていて
ゴミ箱?までがカラフルで綺麗ですね。







日本車のディーラー発見。
ユーロ高(円安ともいいますね)で
建前ユーロ圏のハンガリーでも
少しは求めやすくなっているのでしょうか・・・
(でも実際ユーロが流通するのは未だのよう)








ハンギングが、すごく綺麗に咲いています。
まん丸にこんもりと繁っていますね。

どんどん、地方に向かっているバスの中から
こんな綺麗に咲いている
ハンギングを見るとは思いませんでした。







こちらが西暦1000年にはキリスト教国家として
建てられたという大聖堂。







エステルゴムはハンガリーカソリックの総本山で
大司教区の中心だということです。







19世紀に改築された大聖堂は
国内最大の規模を誇り
聖母マリアの昇天を描いた中央祭壇画は
1枚キャンパスに得かかれた絵画としては世界最大級。







世界各国から観光客が訪れ
建国の父、聖イシュトバーンは
今尚、ハンガリーのために尽力しているのですね。








さすが、パイプオルガンも立派!
敬虔なカソリック信者さんたちが沢山
日曜ごとのミサに集まるのでしょうね。








2008・1・16


ハンガリー ☆ ゆったりと時の流れる町:エステルゴム







昨日ご紹介したエステルゴムの大聖堂。
19世紀に建てなおされたとはいえ

ブタペストから約48キロのこの地「エステルゴム」に
聖イシュトバーン大王の時代から現在に至るまで
1000年もの時の流れと共に
ハンガリー・カソリックの総本山であり続け
人々の信仰のよりどころとして今に至っています。









そして、大聖堂の裏手では
素朴な少年が一生懸命バイオリンを奏でていました。

何故、裏手で弾いているかって?(^.^)








少年の前に広がるこの景色です。

私達観光客は少年の素朴な音色のバイオリンを聴きながら
ドナウ川の曲がり角という意味の
「ドナウベント」の滔々とした流れを楽しむことができました。

・・・と言うわけで少年のアルバイトも成り立つわけです。(^.^)









教会の横には、いつの間にか、
アコーデオン青年も演奏を始めていました。

この柔和な表情に
チップもつい弾みたくなるというもの。

かつて旧ソ連の一員だったときは
密告社会で大変悲惨なこともあったと聞きますが
今は、みな穏やかな表情をしていて
平和で良い国になったのだな~と
短い滞在の観光客なりに感じることができました。








帰り道に並ぶハイネッケンのテントの上には
今訪れた大聖堂の塔の一つが見えます。

とても綺麗に花が咲き誇っていました。










この日は去年の8月3日になりますが
皆さん、ビールで喉をうるおしているようです。
カラッとした良い天候なので
ビールもさぞやおいしいことでしょう。









おみやげ物屋さんもテントの張りを重ねるように
沢山でていました。

こんな風景は、どの国も一緒ですね。

日本も、香港も、ヴェネチアも・・・
ここハンガリーのドナウベントも。(笑)

ただ、今思い返しても
彼の地の“時”がゆったりと
刻まれているように感じるのは
何故でしょう?
東京とは時計の針の進み方が
違っているように思えました。








2008・1・16


ハンガリー ☆ 要塞の町ヴィシェグラード








昨日に続きドナウベンド
(ドナウ川の曲がり角)に位置する
ブタペスト郊外をドナウ川に沿ってバス移動。

上の写真は車窓からの眺めです。









向かうのはヴィシェグラードという
山の上にそびえる要塞を中心に発展した街。

マーチャーシュ王の時代(在位1476~90年)に
訪れたローマ教皇の大使が
「この世の天国」とたたえたほどだ栄えた街だそうです。

写真は、「ドナウ川の曲がり角」が
一番美しく見えるというビュースポット。









たどり着いたのは宮殿の建物の一部で
火災消失後、土砂で埋もれていたのを1934年に一部が発見され
その後現在も発掘調査と復元修復作業がつづいています。









石造りの城門も
古びたかんじがなんとも味わい深いです。

実は時間がなく、本来てっぺんまで登るところを
わたしはこの城門で引き返しました。
(仲間の一組は頂上まで行って、
案の定、集合時間に少し遅れました・・・)

頂上まで行ったら、眺めも良さそうでしたが
いかんせん、団体行動の悲しさで
決められた時間まで戻る自信がなかったので・・・ね。
(体力温存ともいえますが)










そしてランチタイム。

郊外の大型レストラン外観。

これから、観光誘致が進めば
こういうお店がもっと増えるのでしょうね。

観光に力をいれているハンガリー。
今後、観光地が整備されるにつれ、
郊外の観光スポットの雰囲気も変わっていくのでしょうか。

できるなら、観光各所で感じた、おっとりしたお国柄は
いつまでも変わらないで欲しいと願うばかりです。









ランチのパプリカ風味・煮込み料理のグヤーシュ。

パプリカパウダーはハンガリー土産として一般的、
私も買ってきて、スープなどに重宝してます。










魚のフライ、

こちらもなかなか美味(^.^)










そしてお約束の(笑)デザート。


ハンガリーの料理は私達日本人にも馴染みやすく
物価がウイーンなどより安いこともあって、
どれも美味しくいただくことができたように思います。





















































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