花と実と魔女と

15イタリア1



2015.9.20

一路ローマへ ☆ 2015イタリア旅行記(1)




(2015年9月6日撮影)

今年の夏休み・・・
IS事件も続いたし
何処へ行こうか?迷った挙句に
9月6日~15日
大好きな太陽の国、イタリアへ。




(2015年9月6日撮影)

成田からの直行便は現在、
アリタリアだけとなっているので
初アリタリア便での
ツアーに参加しました。

白・グリーン・赤の
イタリアカラーに
心躍ります。




(2015年9月6日撮影)

12時間のフライトでローマに無事到着。

ユーロ内とはいえ、乗り換えなしは安心。

以前フランスで乗り継ぎ
ミラノ行きの時は
フランス空港でのストの影響で
トランクも3日ほど行方不明で大変でした・・・

あのときほど、
添乗員さんが頼もしく思ったことは
ありませんでした・・・





(2015年9月6日撮影)

ローマ時間は日本時間マイナス7時間。
12時間のフライトでローマ空港着、
ホテルへのバス移動で
現地時間夜8時過ぎ、ホテル到着です。





(2015年9月6日撮影)

翌翌日のユーロスター利用もあり、
ローマの駅近くのホテルです。

ロビーの様子も
こんな感じで、イタリアンな内装。





(2015年9月6日撮影)


少しの間ソファーで、
チェックイン手続きを待ちます。
(ツアーは何かと楽チンです)






2015.9.21

世界一小さなヴァチカン市国へ ☆ 2015イタリア旅行記(2)




(2015年9月7日撮影)

旅行2日目、
ローマでの最初の朝ごはん。

世界共通?バイキング・ブレックファスト。
でも、イタリア人は朝から野菜は
あまり摂らないようで、
サラダが見当たらなかった・・・




(2015年9月7日撮影)

観光初日、比較的早めに出発。
(時差でボケボケですが、
ローマだ!と思うと起きれますね)

朝8時、ホテルを後に
いざ、ローマ観光です。




(2015年9月7日撮影)

ホテル前の通りは
アスファルト舗装で、
歩道も歩きやすくなっています。
(石畳が多い所では・・・
雰囲気はあるけど歩きにくいのです)




(2015年9月7日撮影)

最初に向かったのは、
この人・人・人・・・
スゴイ混雑のこちらは、
カソリック本山、ヴァチカン市国の
バチカン美術館入り口前。

まだ、開館したばかりで
この混雑です。

個人旅行で、
予約なしなら1~2時間待つのは
普通のことだそうです。





(2015年9月7日撮影)


そういえば、前回(10年前)来た時も
同じように混んでいて
4~50分待った記憶が蘇りました。

あの時は、小雨交じりでしたし・・・
現地ガイドさん(日本人女性)が
いつも大変なんです!と
言っていたのを思い出しました。





(2015年9月7日撮影)

いよいよバチカンミュゼの入り口です。

今回は朝一、予約の甲斐あって
すんなり入場。


最初に飛行場のような
セキュリティチェックを受けます。
(セキュリティチェックはこの後
他の教会などでも、何度か経験)

ともあれ、早起きの甲斐あって
あまり待たずにラッキー(*^-^)






2015.9.22

ヴァチカン美術館その1 ☆ 2015 イタリア旅行記(3)




(2015年9月7日撮影)

いよいよ、ヴァチカン美術館に入場です。

古い建物の中に、
こんなに長いエスカレーターで昇ります。
左に見える螺旋階段を
使用したこともあったので、
なんと、楽になったのでしょう。
(待っただけあります・笑)






(2015年9月7日撮影)

16世紀初頭、
ギリシャ彫刻を置いたことを始まりとする
ヴァチカン美術館は
システィーナ礼拝堂、
ピナコテカ(絵画館)など
24の博物館や美術館から成り
見学コースは7km、
総面積は4万2千平方メートルというから
すごく広~~い。

まずは、ちょっとお外にでて
ローマの空気を吸いましょう。

ヴァチカン市国、カソリック総本山の
サン・ピエトロ大聖堂のクーポラが見えます。




(2015年9月7日撮影)

地上階に広がるのは
「ピーニャ(松ぼっくり)の中庭」
すごく綺麗に整備されていますね。




(2015年9月7日撮影)

建物から大きな
バルコニーのような所にでたのですが
ここは「ピーニャ(松ぼっくり)の中庭」
と呼ばれています。

この松ぼっくりはなんと
1~2世紀に作られたローマ時代の噴水で、
8世紀末ごろから
旧サン・ピエトロ大聖堂の
前庭の中央に置かれていたそうです。

何気なく置いてある造形でも
スゴイ歴史のあるモノなのですね。







2015.9.26

ヴァチカン美術館その2 ☆ 2015イタリア旅行記(4)




(2015年9月7日撮影)

先日の
ヴァチカン美術館その1、に続いて

まずは、タペストリーのギャラリーへ。

壁面の沢山のタペストリーもさることながら
床面の大理石のモザイクも素晴らしい!

この上を歩いていいの?って思うのですが、
今後、イタリア旅行中には
各地の大聖堂などで同じような床面に遭遇。

段々、慣れてしまって?
遠慮しつつも、歩き回ることになります。





(2015年9月7日撮影)

床面から、一転
天井を見上げれば・・・

まるで彫刻!

でも、これは精巧な騙し絵だそうです。
つまり、フラットな面に描かれた絵。
まさか!と思う程よく出来ています。





(2015年9月7日撮影)

こちらが、タペストリーのひとつ。

キリストの誕生が
美しい色彩と細やかな表現で
織り上げられています。

中には、
ラファエロと弟子達の下絵による
タペストリーも。

もちろん手織りですから、
想像を絶するほどの手間と
時間がかかったことでしょう。





(2015年9月7日撮影)

続いて地図のギャラリー、
壁面の地図に目を奪われ
天井の豪華な絵を
見おとしてはいけません。(*^-^)





(2015年9月7日撮影)

イタリアは、
ロングブーツの形ですね。
長靴の形と覚えましたが、
もっとオシャレに見えます。




(2015年9月7日撮影)

こちらは、ヴェネチア。
今回の旅行でも訪れます。

海洋国家で世界との貿易の要所として
発展してきたイタリアの歴史に
改めて、思いをいたします。

(最近は舟で難民が押し寄せ
海岸のどこからでも上陸できることが
大きな問題になっているとか)






2015.9.27

ヴァチカン美術館その3 ☆ イタリア旅行記(5)




ヴァチカン美術館といえば
システィーナ礼拝堂といわれるほど
有名なミケランジェロの「最後の審判」

今も、ローマ法王を選ぶコンクラーベに使われ、
決まったときに煙を上げるのもこの部屋で、
床にはストーブを置く場所の焦げ跡もあります。

たて14,4m 横13.3m 
高さが4階建てビルにも相当する
大画面に、
400人近い裸体が躍動するフレスコ画を
5年半の歳月をかけて描いたミケランジェロ。

人の死後、最後の審判によって
天国に召されるか、地獄へ落ちるか・・・
今まさに審判の手を振り下ろさんとする
キリストが中央に描かれています。

青い背景に描かれた
リアルな表情や仕草に
最後の審判への人々の恐れや、
人間の内面が見て取れます。

「人間は神に似せて創られたものであり、
真に美しく、真実を語るのは裸体である」
を信条としたミケランジェロ。
(その為、キリスト様も老人も筋肉隆々)

壁画が完成した1541年10月31日
画家は66歳だったといいます。






新生と救済を意味する生皮には
ミケランジェロの自画像が描かれています。

他の絵で見る自画像とソックリなので
当時彼を知る教会関係者は
きっとビックリしたことでしょうね。




システィーナ礼拝堂を飾る
史上最大の天井画を見開きにした画集を
カメラに収めました。

約1000平方メートルの大天井を
ずっと上を向いたまま描き続けた
当代一の「彫刻家」ミケランジェロ。

依頼したのは教皇ユリウス2世でした。

実はヴァチカンは大聖堂さえも写真OKなのですが
此処、システィーナ礼拝堂だけは撮影できません。

そのため、今日の写真は画集を
撮影してご紹介しています。




そして天才が描いた
「旧約聖書」の壮大なビジョン、
「天地創造」(アダムの創造)

神と力なく手を伸ばすアダムの指先。

「E.T.」の一場面はこの指先だとも言われます。

16世紀から今日まで
人々を魅了し続けるミケランジェロの名画は
やはり何度訪れても、圧巻です。






2015.10.2

ものすごく広いサン・ピエトロ広場 ☆ イタリア旅行記(6)




(2015年9月7日撮影)

先日の
ヴァチカン美術館その3、に続いて・・・

美術館を出て、いよいよカソリック総本山
ヴァチカン市国の中枢、サン・ピエトロ寺院。

まずは広場をご覧くださいませ。





(2015年9月7日撮影)

圧倒的な広さに、
いつも、世界中からやってくる
沢山の参拝者や、観光客がいます。





(2015年9月7日撮影)

この椅子の数をご覧ください。
近く開かれるミサの準備が行われていたようで

先日アメリカ訪問でも
大統領、副大統領の二人揃っての
特別な歓迎を受けたフランシスコローマ法王の
人気(人望と尊敬)のほどが伺われます。

アメリカは、
プロテスタントの方が
多いのかと思っていましたが
カソリックの信者さんも
多くいらっしゃるのですね。




(2015年9月7日撮影)

そして、16世紀ルネサンス時代の
ミケランジェロ・デザインの
オシャレな制服を着て
バチカン傭兵の青年。
(スイス人と決まっています)

狭き門で
特別なエリートが選ばれるそうですね。






2015.10.3

サン・ピエトロ寺院・ミケランジェロの傑作「ピエタ」☆イタリア旅行記(7)




(2015年9月7日撮影)

いよいよ、ヴァチカンの大聖堂
サン・ピエトロ寺院の内部です。

聖ペテロの墓の上に
ローマ皇帝として初めてキリスト教に改宗した
コンスタンティヌス帝が教会を建立したのが前身。

1506年にユリウス2世のもと着工、
ドームの支柱などはミケランジェロが
製作したといわれます。

ともかく奥行きが深く
巨大で壮麗な大聖堂です。





(2015年9月7日撮影)

ミケランジェロの傑作
「ピエタ」
一番手前の礼拝堂に
ガラスケースの中にあります。

最初に行ったときは、
ガラスケースには入っていませんでしたが
一度、傷つけられる被害にあったため
ガラスケースに入ってしまいました。





(2015年9月7日撮影)

ピエタとは哀悼、慈悲を意味します。

1498~1500年に製作された
大理石のヴァチカンにあるピエタの高さは174センチ。

マリアを若い乙女の姿で表現し、
またキリストより大きくすることで
安定感をもたらしました。

布に食い込むマリアの指先や
スカートの襞に
23歳のミケランジェロの卓越した技が光ります。

それにしても、23歳の作とは!
天才とはこういうことを言うのですね。

実は、私がとても感動したピエタは
ミラノにある89歳のミケランジェロが
最後の鑿(のみ)を振るった
未完のピエタでしたが・・・





2015.10.6

サン・ピエトロ大聖堂その2 ☆ イタリア旅行記(8)



(2015年9月7日撮影)

再び、サン・ピエトロ大聖堂へ・・・

ドームの下には教皇の祭壇があり
ブロンズのバルダッキーノ
(大天蓋)で覆われています。
聖ペテロの墓の上に建てられた
高さ29メートルの天蓋。

サンピエトロ大聖堂の
建築主任として活躍したベルニーニが
助手と1633年に完成させた
バロックを代表する傑作で
「ねじれ柱」は西欧の
彫刻の新しい様式となりました。





(2015年9月7日撮影)

聖ペテロ
(サン・ピエトロ)のブロンズ像。

作者や製作年は不詳ですが
手に天国の鍵をもち、
右足が信者達の接吻で磨り減っています。

信仰とご利益を求め
今も、多くの人が手で撫でるので、
(私もつい撫でてしまいました)
右足の指はソックスを履いているみたい!
ツルンとしていました。




(2015年9月7日撮影)

この絵画は
ラファエロの遺作
マタイの福音書に記された
「キリストの変容」。
キリストの変容とは
キリストが神の子であることを
弟子達に証(あか)された
奇跡の瞬間のこと。

丘の上で変容して、
輝きながら上空に浮かんだ時に
「これはわが子なり」と
神の声が聞えた場面です。


右下には、
キリストが悪霊に取り付かれた
少年を癒やすシーンが描かれており、
二つのテーマが調和のとれた大胆な構図。

この作品がほぼ完成した
1520年37歳の誕生日にラファエロは
神に召されました。




(2015年9月7日撮影)

拝観を終え、名残を惜しみつつ
振り向いてみる荘厳な大聖堂・・・。

ここイタリアを含むヨーロッパが
シリアの内戦とI.S.ゆえの難民で
大きな試練を抱える今、一日も早く
平和と平穏が訪れるようにと
心から祈り、大聖堂を後にしました。







2015.10.7

ヴァチカン市国散歩とランチ ☆ イタリア旅行記(9)



(2015年9月7日撮影)

9月初旬に旅したイタリア、
着いた翌日朝一でのヴァチカン観光の後
ランチのレストランへ徒歩移動。

外国に来てることを実感できる、
こんな街歩きが大好きで
苦手な12時間ものフライトが出来るのかも。





(2015年9月7日撮影)

イタリアといえばジェラード。
美味しそうなショップの前を
ぐっとガマンで素通り。
何せもうすぐ、ランチですから。




(2015年9月7日撮影)

ショーウインドゥには
ヴァチカンらしく、
ローマ教皇様のお姿が・・・

世界からやってくる信者さんなら、
記念に求めたくなりますね。




(2015年9月7日撮影)

ヨーロッパで何時も思うのは、
テラス席が人気なこと。

明るい太陽と、外気を楽しみながら
お食事したり、お茶したりが
とっても好まれていて、
テーブルチャージが付くお店も。




(2015年9月7日撮影)

そして、この日のランチは
本場のカルボナーラから。(*^-^)




(2015年9月7日撮影)

サラダ添え豚肉の料理と
パン、デザートでした。

いつもながらのツアーランチですが
いっぱい歩くので、完食しがち・・・
(普段の生活でデザートを
毎食は頂かないですよね)

1週間滞在で1キロは増えます。
オリーブオイルも、
カロリーはありますものね(汗)





2015.10.10

ローマ最大のクーポラ・パンテオン ☆ イタリア旅行記(10)



(2015年9月7日撮影)

9月に旅したイタリア日記、
ローマでの史跡近辺は
駐車規制があるのでミニバンに乗って移動。

車内から、以前歩いて訪れた
サンタンジェロ城への橋を発見。

もう一度渡ってみたかった・・・





(2015年9月7日撮影)

9月といえど、まだ日差しは強く
木陰が心地よいローマです。




(2015年9月7日撮影)

着きました、パンテオン。
完璧な形で残る古代ローマの遺構。

紀元前25年に創建された神殿で
火災にあって、紀元120年ごろ再建して
現在に至っています。
16本の立派で高い円柱を通って中へ。



(2015年9月7日撮影)

中に入ると、
そこは天井にぽっかり穴の開いたクーポラ。
バチカンのサン・ピエトロ寺院よりも大きなクーポラです。

見上げると、ぽっかり穴が開いていて
雨の日も風の日も、天への丸窓は開いたまま。

窓ガラスの天窓があるわけではありません。

まだキリスト教がローマに普及していなかった時代、
ローマにはたくさんの神々がいました。
パンテオンはローマのすべての神々を祭る神殿でした。

仰ぎ見れば、神様の世界とつながっている感じもし、
聖なるものへの敬意を喚起させるための天窓という説にも納得。




(2015年9月7日撮影)

床面の直径43.3mと同じ高さのクーポラ
丸屋根を支える柱は一本もありません。
これが紀元120年頃に建てられたなんて!

壁面の作りもモダンですよね。

丸窓からは雨も降ってきますが、
中央が少し高くなっていて
水はけがよい床の設計だと聞いたことがあります。

それに、案外丸窓から降る雨粒は霧状?になって、
たいしたことはないと、ガイドさんが言っていました。
本当にそうなのかしら?と不思議ですが。

ちょっと調べてみたら
穴の真下には排水用の穴があいているそうです。
なるほど~~大理石の床は劣化することもないですしね。

どなたか、雨降りパンテオンの
体験談をお教え下さい。


因みにパンテオン全体は、
火山灰入りのローマン・コンクリート製で
耐久性が2000年という実証建築だそうです。




(2015年9月7日撮影)

いつも世界からやってくる
観光客でいっぱい!

ここにはイタリア王国の初代国王(在位:1861~1878)
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のお墓のほかに
著名人のお墓があります。

そちらの方に人が集まっています。(*^-^)




(2015年9月7日撮影)

その方が、こちら。
ラファエロのお墓。

多くの聖母子像を描いたラファエロは
1520年に亡くなっていますが
墓がパンテオンに移されたのは1758年。

お墓は防護ガラスに守られていました。


ラファエロの大ファンならずとも
2000年前に建てられた
ローマで一番大きなクーポラで
天から差し込む光を実感できたのは
心に残る体験でした。







2015.10.11

トレヴィの泉 ☆ イタリア旅行記(11)



(2015年9月7日撮影)

今回のイタリア旅ローマ市内観光でも
お約束の(*^-^)トレヴィの泉へ。
(前回のコイン投げ入れ効果かしら・笑)




(2015年9月7日撮影)

ところが、生憎修復工事中で
ご覧のように、工事現場状態。

本来の姿は・・・↓





(2006年9月撮影)

2006年夏に訪れた時の様子、
ローマでもっとも人気のある
美しい泉で、コインを投げると
願いが叶う問いう伝説で知られています。

1453年に教皇ニコラウス5世の
命令で築かれた噴水が前身で
アウグストゥス帝が築いた古代の水道を
1000年ぶりに復活させようとしたものだそうです。
その後1762年に現代お姿に造り変えられました。
スゴイ、歴史ですよね。





(2006年9月撮影)

ポーリー宮殿の壁面を飾る噴水は
半人半漁の2人と
中央のネプチューンの海神の姿。
今年の11月までの予定で修復中だそうです。

後ろ向きにコインを入れると
またローマに来ることが出来ると聞き
その度にコインを入れています。






2015.10.14

映画ローマの休日の「スペイン広場」☆イタリア旅行記(12)



(2015年9月7日撮影)

再びイタリア旅行で、
映画ローマの休日の
ワンシーンで有名なスペイン広場、
この辺りは、ローマでも一番の繁華街。
前の通りはブランド通りとしても有名です。

階段上の二つの鐘楼もシンボルのひとつですが
生憎、こちらも修復中。
大きなCM?ポスターでは、ちょっと興ざめ。

いつも、ご覧のように沢山の観光客が!




(2015年9月7日撮影)

名前の由来は、
17世紀にスペイン大使館があったこと。

階段手前にはパルカッチャ噴水があります。
なんとココの水質がよいことでも知られ
ローマの湧き水の中でも
トレヴィの泉にならんで、美味しい水として
有名なのだとか・・・





(2015年9月7日撮影)

テヴェレ川でワインの運搬船だった
老いぼれ舟(パルカッチャ)をかたどって
バロックを代表する彫刻家で
建築家べルニーニの
父ピエトロの作だそうです。

ピエトロさん、
21世紀にも、こんなに沢山の観光客に
親しまれる噴水になるとは
想像していたでしょうか・・・

因みに、写真の女の子は
水を手にとって、飲んでいました。





2015.10.15

ローマ・円形競技場 コロッセオ ☆ イタリア旅行記(13)



(2015年9月7日撮影)

ローマといえば、
こちらの競技場とカラカラ浴場を
思い描く方も多いのではないでしょうか。

昔、教科書に載っていましたものね!
(って、現在はどうかしら?)




(2015年9月7日撮影)

ヴェスパソアヌス帝が紀元72年に着工した
4階建ての円形競技場。

剣闘士同士(奴隷や囚人)
あるいは野獣と剣闘士の
生死をかけた試合が300年以上も
行われたというから、すごい!





(2015年9月7日撮影)

下の部分の
仕切られた部屋に
猛獣などがいた模様。
この上に闘技場の床があったそうです。





(2015年9月7日撮影)

4階までの観覧席には
5万人もの人が入ったというから
スケールの大きさも
お分かりいただけると思います。





(2015年9月7日撮影)

それにしても、スポーツではなく
生死をかけたまさに死闘・・・

演劇や、球技ならいいのにね。

目下、補修工事中のコロッセアム、
修復後には、他の円形競技場のように
オペラなどの公演が予定されているとか・・・
(不確かですが)





2015.10.15

ローマの休日で有名な「真実の口」☆ イタリア旅行記(14)



(2015年9月7日撮影)

先月旅したローマで、
コロッセアムを後に、
次なる目的地へ・・・

この界隈は、遺跡が多く
上の写真は、フォロ・ロマーノ。
古代ローマ時代に約千年にわたって
政治の中枢であったところ。

以前訪れた時は、
のんびり散策したエリアです。





(2006年9月撮影)

そして、この塔のある教会に
今回も訪れた「真実の口」があります。

この写真は前回
このエリアを訪れた9年前の写真です。





(2015年9月7日撮影)

今回も、お約束どおり並びます。
でも、列が短いほうだとか・・・

最近団体さんでドッと訪れる
爆買いの皆様とかち合うと
トンでもない列になっちゃうそうです。





(2015年9月7日撮影)

こちらが、ローマの休日での
ワンシーンでも有名な
「真実の口」

古代ローマ時代のマンホールの蓋です。
街路には雨水を集めて
地下に流し込む溝があり
その蓋だったものです。

嘘つきが手を入れると
食べられてしまうという
伝説があり、映画では、
ヘップバーンのあの魅惑的で
キュートな表情が忘れられませんよね。





(2015年9月7日撮影)

このマンホールの蓋は
紀元6世紀の教会の入口の側の
屋外に置いてあります。

教会内部は、ご覧のように素朴で
静かな教会でした。






2015.10.19

ローマで最初の夕食 ☆ イタリア旅行記(15)



(2015年9月7日撮影)

バチカンを出てランチ、
午後は、トレヴィの泉、スペイン広場、
コロッセアム、真実の口とめぐって

そろそろお腹も空きました。
石畳の小路を歩いてレストランへ。

ヨーロッパの9月、
まだ明るいですが、夕食の時間です。



(2015年9月7日撮影)

モッツアレラチーズとトマトの前菜。
お飲み物は、いつものように、お水ぷり~ず(*^-^)

ワイン飲めたら楽しいでしょうにね。
(下戸なんです)



(2015年9月7日撮影)

ドーンとサーモン。(^m^ )



(2015年9月7日撮影)

そして、デザートはティラミス。
なぜか、スプーンがティラミスの
わき腹?に刺さって供されました。

私達から見ると、
なんか、大胆ですよね。
スプーンが落ちないように?でしょうか。

もっとも、星のつくレストランでは
こんなことはないのでしょうけれど・・・

観光の合間のランチにも
お約束の様にデザートが付きます。

毎食のデザート効果、
あんなに歩くのに、
1週間で1キロはUP!
その上、胃袋がこの習慣を
記憶してしまうことが問題なのです。
(意思が弱いだけなんて言わないでね)





2015.10.27

ローマ・テルミニ駅 ☆ イタリア旅行記(16)



(2015年9月8日撮影)

今日は、
再びローマに舞い戻ります(*^-^)

こちらは、ローマで
一番大きな駅のテルミニ駅。
まだ、早朝なので人が少なめです。




(2015年9月8日撮影)

時刻表が電光掲示板で表示されており、
改札はなく、そのまま駅構内~ホームへ。




(2015年9月8日撮影)

赤いユーロスターに乗って、
これから、タイムスリップ(*^-^)

ハイ、西暦72年夏、時が止ったままの町へ。





(2015年9月8日撮影)

ナポリに向けてしゅぱ~~つ進行!

さて、ナポリに着いたら
何処へ行くのでしょう?(*^-^)




(2015年9月8日撮影)

ナポリ駅からバスに乗り換え、
着いたのは、時が止ったままの
タイムスリップの古都、ポンペイ。

西暦72年夏に起きた
ベスビオ火山の噴火で
一瞬の内に火山灰に埋もれた
ナポリから20キロ南に位置する
ポンペイです。






2015.10.28

ポンペイ遺跡 ☆ イタリア旅行記(17)



(2015年9月8日撮影)

昨日に続いて
イタリア、ナポリの南20キロに位置する
ポンペイの観光へ出発。



(2015年9月8日撮影)

なにせ、広い町の中を散策するの
結構大変・・・なのですが

たまにはこんな素敵な植栽もされていて。





(2015年9月8日撮影)

乾燥して日差しが強い
この地にピッタリなのでしょう。
ランタナは、
こんなに大きく育つのですね。





(2015年9月8日撮影)

葉っぱが似ているので
これは、白いランタナだったかも。
(素敵!と写真を撮ったのに、
もう忘れてしまってます)





(2015年9月8日撮影)

こちらは大運動場だった広場。




(2015年9月8日撮影)

そして、またもや
円形闘技場。
ポンペイがローマの植民地となった
紀元前80年に、建設され
収容人数は
当時のポンペイの総人口と同じ2万人。

すごいですね。





2015.10.31

ポンペイの町並み ☆ イタリア旅行記(18)



(2015年9月8日撮影)

またポンペイの遺跡に戻って、
西暦79年の夏、
ヴェスヴィオ火山の噴火で
埋もれてしまった町ポンペイ。

その火山灰の下から発見されたのは、
なんと18世紀半ば、
ナポリ王カルロス3世によるとされています。




(2015年9月8日撮影)

噴火直前は、人口約
1万2000~2万5000人だったというから驚き。
写真のような石畳が続く大きな町です。

中央の四角い石造りの井戸も立派ですね。




(2015年9月8日撮影)

こちらは、水道管。

あまり太くないので、
水圧は弱かったかもしれませんね。




(2015年9月8日撮影)

ここ、
フォロ(公共広場)は、
政治経済の施設が並ぶ町の中心。

紀元前8世紀頃から商業活動の要所として栄え
紀元前1世紀にローマ帝国に編入さててからは
貴族の別荘などもあり、賑わう町だったのでしょう。

正面に見えるのは
ポンペイの人々の運命を変えたヴェスヴィオ火山。

今は悠々と 
ポンペイを見守るようにそびえています。




(2015年9月8日撮影)

そして、こちらはジュピターの神殿。
紀元前2世紀半ばヴェスヴィオ火山を背に
フォロの北に建てられ、
前面にはイオニア式とコリント式の二層の円柱が並び、
荘厳な神殿だったことでしょう。






2015.11.1

ポンペイのお風呂・天井も豪華装飾 ☆ イタリア旅行記(19)



(2015年9月8日撮影)

前回に続き、
イタリア、ポンペイの遺跡から
フォロ(公共広場)の北側にある
フォロの浴場の入り口。

当時の人々も、ワクワクしながら
このゲートをくぐったのでしょうね。




(2015年9月8日撮影)

そして、こちらが浴場。

冷水、温水風呂やサウナなどの設備がみられます。

ゆったりと浴槽に腰掛けて
くつろぎのひと時を楽しんだのでしょうね。

古今東西、同じなんだな~と
風呂好きのわたしは思いました。

テルマエロマエがウケた理由もわかります!




(2015年9月8日撮影)

天井の装飾を、
当時のまま見ることができます。

美しい浮き彫りで、今から約2000年も前の
建築の装飾とは信じられませんね。





(2015年9月8日撮影)

こちらは、パン屋さん。

カマドで焼くパンの味はどんなだったのでしょう?





(2015年9月8日撮影)

そしてこちらはお風呂屋さん(*^-^)の近くの居酒屋さん。
ワインがこの壺の中に入っていたようです。

量り売りといったところでしょうか。

一風呂浴びて一杯!
そこらへんも、古今東西、不変なのですね。






2015.11.4

ポンペイ遺跡に咲く花 ☆ イタリア旅行記(20)



(2015年9月8日撮影)

イタリア・ポンペイ遺跡に
咲いていたハーブ
ローズマリーの見事なブッシュ。




(2015年9月8日撮影)

日差しが強く、
温暖な地方ならでの見事なブッシュです。
鶏肉のソテーのときなど、
とても重宝しますよね。




(2015年9月8日撮影)

いよいよ遺跡を後に出口へ。
ご覧のように沢山の観光客が引きも切らず
やってきています。

そして、ポンペイ遺跡は、
丁寧に隅々まで見たら
一日の観光では到底ムリな広さ!
たっぷり、2日以上は必要かもしれませんね。




(2015年9月8日撮影)

とはいえ、今を生きる私達には
ランチタイムも必要・・・(^m^ )

珍しくフレッシュサラダ登場、
ラッキー^^



(2015年9月8日撮影)

そして、ナポリといえばピザ、
本場のピザ・マルガリータ、
美味しかったですよ。




(2015年9月8日撮影)

アイスに特産のレモン♪
さすがの厚切り!

すっぱいの苦手な私は、
飾りとして観賞しました。





2015.11.5

階段状の都市ポジターノへ ☆ イタリア旅行記(21)



(2015年9月8日撮影)

9月のイタリア旅行記へタイムスリップ♪
さて次に行く所は
ポンペイの遺跡から
ソレント半島の山超えをして
迷路のような坂道が続く町
アマルフィ海岸の
「ポジターノ」へ一路バス移動。



(2015年9月8日撮影)

入り江を望むハイウエイから
眼下左方をみると、
ポジターノの町が少し見えてきました・・・





(2015年9月8日撮影)

ポジターノに近づくにつれ
山肌にへばりつくように並ぶ家々が
目の前に現れ始めます。





(2015年9月8日撮影)

岩肌にはダイナミックであり
優雅な雰囲気も漂う
家々のテラスが並んで。

彩りもカラフルで
これから訪れる町への期待が膨らみますね。





(2015年9月8日撮影)

大型バスでは
行くことが難しくなるあたりで
マイクロバスに乗りかえ
やってきましたが

さあ、ここからは小型のバスも下りて
ポジターノの町を徒歩観光の始まりです。






2015.11.6

迷路のような坂道が続くポジターノ☆ イタリア旅行記(22)




(2015年9月8日撮影)

昨日に続き、
9月初旬のイタリア旅行。

小型バスに乗り換え到着したポジターノは
入り江にできた階段状の町。

半円形のすり鉢状の街は
崖の上に少しずつ家が
積み重なるかのようにして形成された
アマルフィ海岸で
もっとも人気のあるリゾートです。





(2015年9月8日撮影)

絶壁のような岩肌に
張り付くように建つ家々の
間を縫ううように、
ジグザグに道が走っています。




(2015年9月8日撮影)

リゾート感満載のお店が
アチコチに見られ
心浮き立ちます。

観光客の装いもリゾートファッション♪




(2015年9月8日撮影)

イタリア・カプリ島が起源の
リキュール「リモンチェッロ」。
レモンの皮をたっぷりと使った
爽やかなレモンのリキュールで、
本場イタリアではキリッとつめたく冷やして、
ドルチェとともにいただくのだそう。

試飲した方の話では
かなり強めだとか・・・(*^-^)





(2015年9月8日撮影)

こちらは、レモン石鹸。
お土産用に沢山売っていました。

見た目も綺麗です。
お肌ツルツルになるのかな?(^^)






2015.10.19

高級リゾート・ポジターノ☆ イタリア旅行記(23)



(2015年9月8日撮影)

先日に続き、
9月初旬のイタリア旅行。

ポジターノ散策は
坂道を行ったりきたり。





(2015年9月8日撮影)

手仕事の町としても有名で、
手描きの皿や、手づくりサンダルは有名。

写真のポジターノと大きく書かれた
マグカップは、観光記念にもなりますね。

他に、ローマ人が履いていたサンダルの
バリエーションスタイル?って感じの
サンダルが売られていました。
(写真には残せなかった!残念)




(2015年9月8日撮影)

レースファッションも、
土地柄にピッタリ。




(2015年9月8日撮影)

こんがり日焼けした女性は
レースファッションがとてもお似合い!

でも店頭でみかけたこの方(笑)は
ココから一歩も動きません。





(2015年9月8日撮影)

再び、見上げると
階段状のカラフルな家々が・・・

9世紀にはアマルフィ共和国に組み入れられ
10世紀には世界有数の海運都市として栄えた町。

当時ヨーロッパへは香辛料や絹を、
中東には高級木材を運んで
最盛期は16~17世紀。

その頃に出来た瀟洒な町並みが
今に至る雰囲気をかもし出している
潮風が心地よい街でした。







2015.11.11

ポジターノからアマルフィへ・エメラルドの洞窟 ☆ イタリア旅行記(24)



(2015年9月8日撮影)

昨日ご紹介した
イタリア・ポジターノから
アマルフィの町に向かう
アマルフィ海岸のドライブ。

眼下に見えるクネクネと曲がった
道を進みます。





(2015年9月8日撮影)

振り返るとポジターノの
町が、絶壁にへばりつくように
並んでいますね。





(2015年9月8日撮影)

バスの車窓から見える
断崖に建築途中の家。

こんな絶壁でも
建築許可がおりるのでしょうか。

基礎工事は命がけ!?






(2015年9月8日撮影)

途中、青の洞窟ならぬ、
「エメラルドの洞窟」へ案内してもらえました。
(ツアー番外編)

ここは、青の洞窟と違い
道からエレベーターで洞窟の側面へ下り
写真の左下の洞穴(ほらあな)から
洞窟に徒歩入場。





(2015年9月8日撮影)

明りの差し込む先が外洋、

洞窟の内側から見ると
太陽光が水面に差し込み
緑色!?に輝いています。




(2015年9月8日撮影)

翌日、訪れる予定の
カプリ島の青の洞窟同様
洞窟の雰囲気が楽しめる
ココ「エメラルドの洞窟」も
観光ポイントです。










2015.11.15

アマルフィ海岸の風景 ☆ イタリア旅行記(25)




(2015年9月8日撮影)

先日に続き、
9月初旬のイタリア旅行。

イタリア・アマルフィ海岸で
エメラルドの洞窟を出た処の海岸。

穏やかで青い海が輝いています。

海抜が低くほぼ海面とフラット♪
だから、
エメラルドの洞窟が
成り立つのだと実感します。




(2015年9月8日撮影)

再び、エレベーターで昇り
バス通りへ戻ってきました。

岸壁を走る道路から 
アマルフィ海岸を見下ろして・・・




(2015年9月8日撮影)

バスに乗る前に、
エメラルド洞窟の入り口向かいの
お土産やさんに立ち寄りました。

写真は無いのですが、
アマルフィの絵が描かれた
ワインの栓をお土産に数個求めましたよ。




(2015年9月8日撮影)

アマルフィの町への道路は
ご覧のように、急な岸壁に
クネクネと張り付くように走っています。




(2015年9月8日撮影)

もうすぐ、アマルフィの町に着く頃
バスの窓から眼下を見ると、

あら、こんな幅の狭い海岸で
海水浴を楽しんでいる模様・・・

ボート(ヨット?)も見えますね。




(2015年9月8日撮影)

世界に名だたるリゾート地アマルフィ!

そういえば、
クロアチアのアドリア海岸でも
同じような光景を
目にしたのを思い出しました。


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.