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株/投資/ヘッジファンド/きまぐれぽんた




クリスマスに・・

クリスマスと相場、一見関係なさそうですが・・。

昭和53年12月のある日。次のような記事が新聞に掲載された。
 「大阪の児童養護施設では、石油ストーブの灯油を買う予算がなく、幼い子供たちは
肩を寄せあって、寒さをしのいでいる」
 これを読んだ、ひとりの老人が大阪府庁にかけつけて、児童課の課長代理と面会し、
老「この記事の内容は本当か?」と質問。
 職「子供たちには、かわいそうなのですが予算がないもので。」
 老「この寒さの中で仕方がないからと放っておくのか?自分の子供だったら?」
 職「しかし大阪府内の児童養護施設だけで2800人もいます。費用は賄えません。」
 老「その子供たちのために石油ストーブの灯油代が、いくらあったらいいんだ」
 職「250万円ぐらいだと思います」
 老「よっしゃ、ワシがその金を出す。すぐに灯油の手配をしてくれ。ついでに2800人の
子供たちに、ひとり1000円ずつ、お年玉を渡してやってくれ。それもワシが出す」
 職「今年はよくても来年はまた元に戻ってしまいますよ」
 老「どうにもならないなら、ワシが生きている限り、灯油代と1000円のお年玉を寄付する」

こうして子供たちは、暖かいクリスマスを迎えることが出来ただけではなく、その後
十数年にわたり、毎年1000円のお年玉がもらえるようになった。
この老人こそ、住友鉱山の菱刈金山発見の材料で大仕手戦を成功させ、昭和57年の
長者番付トップになった、“最後の相場師”是川銀蔵氏。是銀(これぎん)こと是川銀蔵は、
明治30年貧乏な家庭に生まれ、小学校を卒業すると奉公に。相場や事業で何度も
成功、しかしそのたびに昭和恐慌や戦争で無一文となる波乱万丈の人生を送る。
その後大阪中ノ島図書館に3年間通いつめ、独自の相場哲学を完成させた。晩年、
株式投機に専念し、日本セメントや同和鉱業の仕手筋として活躍した。全国的に有名に
なったのは、住友金属鉱山の菱刈金山の発見(世界一高品位の金山で精錬コストが
安価)を材料にした大相場。この儲けで一躍、長者番付日本一に踊りでて「最後の
相場師」として話題を呼んだ。

しかし大阪の児童養護施設に寄付を申し入れたこの時の是川氏は、同和鉱業株の
買占めで失敗し、失意のどん底の時期だった。にもかかわらず、この後、才能が
ありながら進学できない施設の子供たちのために奨学金を支給する是川福祉基金も
設立して、毎年200人もの子供たちを高校、大学に進学させていったという。

snowman


クリスマスは物をもらう日ではなく、惜しみなく愛を与える日であるということを
再度考え直したい、とこの記事を読んで思ったところ。今年もクリスマスが
いつものようにやって来た。今年株で儲かった皆さん。どうか、今、この瞬間にも、
寒さにこごえ、食べるものもなく、絶望に打ちひしがれている無数の人々が、
世界中にいることを忘れないで下さい。体の一部が不自由だったり、精神的に
発育途上でつらい思いをしている子供達がいることを覚えておいてください。
病院でこの日を迎えた人がいることも。その場限りの物欲を満たすのではなく、
真にお金が生きる使い方をしましょうね。あなたのお金や思い、そして愛情は必ず
あなたに返ってくる、いや返ってこなくてもいい。そのお金や思いや愛情が他の誰かの
ためにまた役に立つのなら。日本では寄付をしようという人が非常に少ないが、
メルマガにも毎回書いている SBIHDの北尾氏。彼は収益の一部を毎年必ず、
福祉にそして、恵まれない子供達へ寄付している。そして基金を作り、子供財団を
運営している。絶対的な収益を追いかけ、利益をただただ追求していく戦略家で
ありながら、こうしたやさしい一面を持っていることはあまり知られていない。

みなさん、必死に稼いでください。そのための時間や労力は惜しまないで下さい。
そしていつしか、お金に、時間に、精神的に少しでも余裕ができたら何か行動して
みてください。見返りを必要としない、自分ができる何かを。自分自身がしてあげる
ことのできる何かをみつけてみてください。月並みだけど、私はみなさんへの情報
提供を趣味として、ボランティアとしてある種続けています。SPAに載っている
ボランティアってのはここから来てます。

もらうばかりではなく、誰かにあげる、与える何かを。
今年ももうちょっと。

メリークリスマス

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