気まぐれ屋。

2019/03/15(金)10:45

さよならのタイミング。

風が冷えてる・・・。空も朝早くから今にも雨が降りそうな曇天。ダンガリーシャツ一枚にTシャツ入れても夜遅い帰り道には体が冷える。あー、ほんとうに最愛の夏が行ってしまった。これからの時季。心地いいのは解ってるけど、この先に苦手な冬、父の亡くなった辛い想い出の冬が待ってると思うと気が重くて仕方ない。憂鬱な理由はもうひとつ。衣替えの作業が面倒くさい。クローゼットやタンスの中身をちょちょっと弄るだけだからそんなに苦じゃないとしても、あまり進んでやりたくない。年々“やりたくない“気持ちが大きく重くなっている。貧乏性なので物がポンポン捨てられない。それはダンナも同じでだから、服にしてもかなりの年数眠ってるだけの物もあるし、気に入って着続けている物も・・・何故そう考えるのか・・・の根拠もないのに、ファッションの流行は3年周期と思って疑わないので、来年使うかも?と思うと諦めきれない。特にここ数年、レトロブームが続いてるので現役時代に奮発して買った物が使えそうな勢い。そう思うと、もう1年捨てないでいいか・・・ってことになる。でも次の季節に変わる頃まで大体は出番がないまま終わることが多い。若かりし頃の物は今のファストファッションに比べ、間違いなく質がいいから、素材もデザインも本格的。だから少し手を加えれば使えそう。冠婚葬祭用にも使える上質なコートを当時かなりのお得な価格で買った。もったいないから、数年前近所の仕立て屋さんに見てもらった。その店のご主人は、都内高級店の並ぶ一角でテーラーを長年していた人で。私の一張羅を珍しそうに、温かい笑顔でとても褒めてくれた。実際に私が着た上で、新しいコートのリフォーム案も本気で考えてくれた。でも、彼は言った。「半額以下の値段でその辺のお店で買えますね。ただ、質はとても悪くなりますけど」と。その時ふたりで話したのは、最近の物はデザイン重視で素材にお金をかけていない。世の中が「1年もてばそれでいい」という考え方になってるからしょうがない、ということ。そんな風に憂いながらも彼は今の時代もきちんと理解しているように見えた。そんな人だと解ったら、なおさら頼みたいとこだった。生地が好いのを活かして、彼が今の私に合うコートを作りたがっている気持ちが伝わってきて、私もできればお願いしたかった。でもトータルの価格を聞くと、気安くお願いしますとは言えず・・・・・・アトリエで楽しい夢のある話をしただけで退散するしかなかった。今でもそのコート、タンスの肥やしになっている。他の物はそのうち捨てる日が来るとしてもこのコートだけは残す気がする。いつかまた、あのご主人にお願いする日が来るかもしれない。私がもっとそれに相応しい歳になれば、堂々とお願いしに行けるかもしれない。そんな淡い望みがあるからまだまだコートは同じ場所で眠り続けるだろう。店の前を通る度、「いつかきっと」と願いつつ。それにしても、このお店。町の片隅でひっそり営業してるわりに、私がこの町に来た頃から変わらず(失礼ながら)続いているのだからすごい。周りの景色がどんなに様変わりしようともあの店主はいつも通りに店を開ける。それだけ腕もいいんだろうし、御贔屓さんが大勢いるってことだろう。私のように物を捨てられず、彼にリフォームしてもらっている人達がこの町に結構いるのかと思うとちょっと嬉しい。★  ★  ★  ★  ★今日のひとこと。「渋谷駅の発車音まで安室ちゃんなのねー。」

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