責任
もう一人の子供。・・・・・・・主人は私とは再婚です。結婚するときには前妻との子供(長男)が一緒にいました。その彼のことで、この16年間、ほんとにいろんなことがありました。義理の母として、彼を育てようと心に誓って結婚しました。私は自分も継母に育てられたので、結婚相手は初婚の人と決めてました。が、好きになったら仕方がない。彼は小学校2年生でした。彼の立場で見ると、不憫な事もいっぱいありました。大人の都合で、両親が離婚し、彼を溺愛していた主人の父や母、特に母は異常なまでの溺愛の人でした。前妻の立場で見ると、その義父と義母に長男を取られた・・・。高校生のときに話し合ったとき、彼女は私に自分が育てられなかった子、と話してた。いろんないきさつは省略します。が、遠い九州の母の元へ、小学校の3年生のときに一度帰したときから、何かがおかしくなったんだろうか・・・・。私がずっと彼のことを、私が思っている彼の像。気が優しくて、お年寄りや小さい子供には親切。でも、強いものにははむかえず、気の弱い性格。勉強ができなかったけど、学校には、嫌がらず行っていた子。・・・・・・・・・・・・・初めてあったとき、彼は小学校に上がった頃だったっけ。1から10まで、数える事ができない子だった。一緒にお風呂に入って毎日一緒に数を数えた。結婚して、一緒に暮らし始めたとき、トイレでお尻がふけず、『こうして拭くんだよ』と見せて教えた。私に子供が産まれ、1年ほど経ったとき、実の母親が彼に会いに来たのが始まりだったのかもしれない。前妻との間にはもう一人、彼の妹になる子がいる。後で、いろんなことを分析(検証)してわかった事。主人と別れた後、確かに母親は子供を二人連れて実家に帰っていた。そこへ主人の両親が二人で孫かわいさに会いに行った。で、うそをついて、長男だけ、連れて帰ってきてしまった。これが、そもそも彼の運命を狂わせるきっかけだったのかもしれない。私には100歩譲っても、残る疑問があった。前妻は数年経って私に言ったことがある。『生まれたときから、○○家の長男・・・と、義父や義母にとりあげられ、長男は自分が育てる事が出来なかった。だから、この子(妹)だけは絶対自分が育てよう。』と思ったと。長男を連れて行かれるとき、彼女は『おばあちゃんたちといったら、お母さんと離れてしまうのよ。それでもいいの?』見たいな事を言って、彼女は小さな彼に決断させてしまった。主人が言っていた。『たとえ、子供がなんと言おうと、アイツが子供をつかんで、離さなければ良かったはず。母親として、そうするべきだったはず』私も、そうおもった。もし、逆に妹の方だったら、彼女はナニが何でもそうしたというのがわかるから。ただ、会いに来たとき、すでに私の生んだ子と彼は兄弟として仲良く暮らしていた。突然の訪問に私は、今更という思いだった。基本的に兄弟は離してはいけないと思うから、引き取るなら二人とも引き取るといったら、妹をそばにおいていたい彼女は彼を連れて帰った。私は彼を手放してから、何ヶ月も泣いた。彼には本当のお母さんのそばが良いんだと言い聞かせながら。妹はよく出来た子だった。夏休みに二人でコチラに遊びに来たとき、ほんとにかわいい子だった。デモね、妹にとってお母さんは九州のお母さんだけ。家の子供たちにとっても、私だけ。なのに、彼は『どっちも好き』という。好きなんて、いう必要ないし、言ってほしいと思わない。私は彼女に言った事がある。『悪いけど、死んでくれへん?今のあの子に母親は二人いらん。行ったりきたり・・・・。家の子らは親がどんなであれ、私らのそばにおらなあかんのや。これ以上、親の都合であっちへこっちへ、もう最後にしてほしい。あの子がちゃんと考えを持って一人前になってから、大阪のお母さんとか、いうのはええ。絶対にあの子をはなさんとってほしい』だから、高校行くとこないから、そっちでパパの仕事(美容師)手伝わせて働かせてくれといわれたときは、目をむいた。結局、彼が中学を卒業してから、一緒に暮らす事になった。ありがたい事に、こっちの高校へ受験し通うことも出来た。その代わり、今出来ないくらい、してないくらい、彼の勉強も見、学校の先生と懇談もとった。いい先生だった。いろいろ、あった。で、また、母親の元へ帰ることになった。で、彼は成人して、母親の元から、大阪に来た。ほんとに、ほんとに、ほんとに、いろいろあった。あった・・・・というより、現在進行形でもある。話すと終わらなくなる。今彼は24歳。精神的に病んでいるのかもと、主人は二人で保険所の精神衛生福祉士の方にカウンセラーを受けに行ったこともあった。私の見方が甘かった部分もいっぱいある。彼はお年寄りに優しいと思っていた。しかし、母親と暮らしてるとき、おばあちゃんに対して、かなり傲慢だったらしい。その片鱗は、こっちのおじいちゃんで明らかになった。私たちが義父との同居を解消し家を出た後、彼はおじいちゃん家に転がり込んだ。義父は彼を招き入れれば、自分の生活も楽になると思ったのだろう。ところが、計算が狂った。パチンコ屋に勤めても、工場に勤めても、仕事もどんくさく、容量も悪い上に、勝手に休んだり、最後には勝手にやめてしまう。借金をして、あれこれ買いこんではおじいちゃんに文句を言ったり、家で暴れたり、脅したりする。でも、主人にははむかえないから、聞いてる振りをする。私には『お母さん、チャントまじめに働くから・・・・』という。『私はアンタのおかあさん違う』と跳ね除ける。うそを隠すために、うそを重ね、その場しのぎで、平気でうそをつく。もしかすると、その一瞬はそうしようと思う事もあるんだろう。でも、癖はなかなか治らない。彼は自分の甘えられるところを、渡り歩く。彼の母親も母親なりに、精一杯尻拭いをしてる。義父も結局尻拭いをした。作った借金を親が肩代わりする事も、人によっては必要かもしれない。それで、『改心』出来るんなら。でも、彼にはそれはアダになっていた。主人はことごとく、彼の言う事、する事、すべてを否定してきた。冷たいようだけど、子供のときからの彼の心の癖を一番知ってる人だから。いろんな親の知り合いのところに、平気でお金を借りに行ったりしてた。懸命な人たちばかりなので、チャント諭してくださってる。ありがたい。今、彼はおじいちゃんのところにも、帰ってきていないはず。おじいちゃんに何度も、家に入れるなといっても、勝手に入り込んだりされたけど。親として、そばにいて、ずっと関わってあげないといけないといわれれば、それも間違いではないと思う。でも、母親もおじいちゃんも彼に精一杯の事してたと思う。ただ、彼の心の癖を変えることは出来なかった。イヤでも、世間で言う、『大人』の年齢の彼に、子ども扱いは出来ない。自分で撒いたタネは自分で責任を持って刈り取る、自分の人生を自分で生きないといけない事を教えるしかない。多分、人から見ると、家の主人は冷たい親なんだと思う。書ききれない、私が見切れない、彼の心のクセがある。それを断ち切るのは、とことん寝食をとわず、付きっ切りで関わるか、放り出すしかない。中途半端は彼にとっても、自分たちにとっても、良くないから。最後の最後、責任を取るのは、私たちなんだから。私にできる事は、彼が蘇生する事を、祈るだけ。親としての、責任。何があっても、見守っていく事。試されてるようでもある。