きみちゃんの「名言集」と「写真展」
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Good morning. How are you, everyone? Today too "My Love Day's". Please read "the morning drama diary of a long piece"!
横瀬武雄さんの名刺を受け取った父(留治)は、1週間後の日曜日の夕方、横瀬さんに電話をした。 「もしもし、こんばんは、阿部です。先日のお話の件ですが、ご案内してくれませんでしょうか。見ず知らずの人が急に先方に伺うのは失礼と思いましたので、電話いたしました。」 「こんばんは。横瀬です。先日は急にお伺いして失礼いたしました。実は、私どものお仕事上、非常に多忙となりまして、私が案内できません。その代わりに、私の妻のトヨ子に案内してもらうことで、いかがでしょうか。」 「そうして下さると有難いです。是非お願いいたします。」 「では、今度の日曜日の午後お昼過ぎの1時頃、お伺いに行かせます。」 「宜しくお願いいたします。ありがとうございました。」 私(一雄)の見合い結婚の電話内容であった。 昭和45年の7月22日は、長男の私(一雄)の誕生日でもあり、27歳となった日でもある。入梅も明けて、山開きや海開きも終えて、この日の天候は、澄み切った晴天の一日でもあった。気持ち良いお見合いになりそうでもあった。 「こんにちは、横瀬です。主人の代わりで来ました。」女の声が玄関から聞こえた。 「は~い。こんにちは。」玄関を開け迎えたのは父(留治)である。そして、言葉を続けた。「私は職人肌で、かしこまった話は苦手で、どうにもこうにも困ってしまいますので、長男の一雄一人を面会させてやってくださいませんか。」と、やっとの思いで答えたのであった。 「はい、わかりました。案内するだけだから、構わないです。任せて!」とあっさりとしたトヨ子オバさんの返事であった。 既に前もって身支度をしていた一雄を連れて、トヨ子オバさんは、ニコニコしながら、先頭切り、意気揚々と歩き始めた。 「一雄さん、ご紹介する方は、伊藤信子さんと言って、二十歳で一人っ子で育てられ、18歳で一度結婚され、半年後に、相手の勝手な事情で離婚させられたみたいね。親元で今は一緒に住んでいるのは、この近くの立川通り南側で、農家の木造平屋の借家に住んでいるみたいですよ。」歩きながら、トヨ子オバさんは、一雄に語ったのである。 南部住宅から南砂川町(現在は栄町2丁目)迄は、5百メートルも無い位の所である。大通りから奥まった小道に入って行き、突き当たると、木造一軒家があった。看板表札と赤いポストには「伊藤一郎」と明記されていた。 「こんにちは、先日ご連絡いたしました横瀬です。」 「は~い、わざわざ有難うございます。」伊藤奥さんが迎え出て、和室二間の奥和室に案内した。 6帖の和室にはタンスと鏡台が並べて置いてあり、中央にテーブルがあって、その周りに座布団が敷いてある。それだけで部屋一杯に見えてくる。上座にお父さんと娘さんが座って、キチンと正座して既に待っていたかのようでもあった。 「こちらが、父の一郎と娘の信子です。」と伊藤の奥さんが、お茶を出しながら語った。 「初めまして、私は横瀬の家内のトヨ子です。こちらがご案内する阿部一雄さんです。」すこし緊張ぎみになっていた横瀬オバさんである。 ~~~~~朝ドラ日記連載中~~~~~