2008/02/08(金)11:35
「ごめんなさい」
娘は2歳半になってから、以前よりいっそう「我」を通そうとするようになった。
人には、「もっと激しい子もいるから、おとなしい方よー」と言われるけれど。
さらに、甘えが過ぎて駄々をこねる。
3歳までは「駄目なものは駄目」という叱り方しか通用しない、と本では読んだが、私はまだ言葉がはっきりしない頃からできるだけ理屈は説明してきた。
わかろうとわかるまいと、ことばのシャワーを浴びて子どもは育つものだし、こちらが真剣であれば大人の表情や言葉のトーンで通じるものだ、と体験的に知ったので。
但し、駄々ごねを越して泣き喚いている時はその恐慌状態を余計にひどくするので理屈は後回し、駄目なものは駄目、とはっきり教える。そういうことも必要なのだ、と次第にわかってきた。
年末年始、しばらく実家で過ごしている間に、じいじとばあばにやけに駄々をこねた。
無制限に甘やかすのはためにならないから、駄目なものは駄目とはっきり教えてあげて、と両親には言ったが、なかなかそうはいかず、ついに母の堪忍袋の緒が切れた、ということもあった。
それから母に対して度を越したわがままを言うことはなくなった。父には相変わらず駄々ごねが続いていたけど。
帰省からもどって家族3人の生活の中では、私ははっきり叱るので、どうしてもカワウソさんにわがままを言うことが多い。
この日はまたひどかった。
パパに仕事に行かずに一緒に遊んでほしい、帰ったら帰ったでずっと抱っこしてほしい、寝る前に余分に本を読んでほしい。
さすがにカワウソさんも怒ったけれど、それでもどうも真剣の伝わり具合が今ひとつ。叱られていても遊びの延長と思っているみたいだった。
寝室へ連れて行って寝付かせる前に、ねんねのご挨拶をする、その時に、亡くなった子にも「おやすみ」を言う習慣がある。
いいなーって言ってるよ、わがままを言える○○ちゃんはいいなーって。いっぱいぎゅってしてもらって、「すきすききゅっ」(ミッフィーの本に出てきたフレーズで、言いながら頬と頬を擦り合わせて抱き締める)っていっぱいしてもらって、いいなって。
そういうふうに娘に言い聞かせるのは初めてだった。
亡くなった子にかこつけて、2歳の子にそういう説明をすることはいかがなものか、自分では少々自信がないといえばない。
でも、そう言いたくて仕方なかった。
言いながら、小さな棺に最後に頬ずりしたことを思い出した。
ずっとぎゅってしているからね、ずっと「すきすききゅっ」ってしているからね、と泣きながら話しかけた。形を変えても、心の奥でずっとそうできると信じたから。
当たり前のことが当たり前でないことを知ると、人生をもう一歩深く生きていけると感じている。
なにげない生活のひとコマ、どうということのない出来事のひとつひとつが、どれほど素晴らしい、幸せなことなのか、そういうことを知っている人に、娘にはいつかなってほしい。
寝室で横たわって、いつものように、娘を抱き締め、寝付く前のおやすみに「すきすききゅっ」をしようとすると、娘が私に向かって手を伸ばしてしがみつきながら、しっかり目を見合わせて「ごめんね」と言った。我が強くて、自分から謝れないことだってあるのに。
何度も、何度も「ごめんね、ごめんなさい」と繰り返した。
そして、いつものように2回額にキスする、娘のぶん、もう1回は亡くなった子のための。
その私の習慣を娘はよく理解していて、この時も「あかちゃんのぶんも、」と自分から頬を差し出した。
娘はきっと理解している。
当たり前のことが当たり前でないことを。
この日、ちょうどあの日から2か月を迎えた。
私が子を亡くした母になったように、娘は亡くなった弟を持つ姉になった。
娘が言った「ごめんなさい」は、私たちに向けただけではなく、亡くなった弟に向けて伝えられたものだと感じている。
私とカワウソさんが亡くなった子から学んだものはあまりにも多い。
と同時に、娘も学んだのだとこの日強く感じた。