000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

worldpeace Inc. / 株式会社ワールドピース

全40件 (40件中 1-10件目)

1 2 3 4 >

最高に幸せな家族

2010.08.04
XML
カテゴリ:最高に幸せな家族
“大好きな人は誰ですか!?”ダブルハート

私の大好きな人ハートそれは主人です。

知り合って25年、結婚して17年目になってもずっとずっと仲良しこよし。どきどきハート

もしかすると、前よりも、もっともっと好きかもしれない。目

これから先、5年経っても、10年経っても20年経って、
2人でおじいちゃんとおばあちゃんになっても、
仲良しでいたいね四つ葉

IMG_5653.jpg

たべちゃいたいのかなぁ~・・・ピンクハート

IMG_5654.jpg

“シークレットシューズ!?”下は写しちゃダメよ~NG

いつも私たちバカップルをかなりフツ~に(冷静に!?)見過ごしている3兄弟犬猫くま

IMG_5581.jpg



この3兄弟のブログは、3兄弟のブログにて公開中音符ですスマイル

ちなみに、上の写真の“ぎょうざ50番”は知る人ぞ知るめっちゃ有名なぎょうざ屋さんです!
是非、皆様も一度食べてみて下さいね。へんくつなおやじさんも有名です。

キングアンドクイーンのホームページ






Last updated  2010.08.04 18:32:23


2009.11.11
カテゴリ:最高に幸せな家族
40.『大好きな人と結婚すること。』これが一番大事。

とにかく“大好き”な人と結婚することです。

好きで好きで仕方がなく、いつも一緒に居たいと思える人と結婚することです。

偽りでなく、親の勧めや、妥協などではなく、世間体や、家柄でもなく、
本当に好きな人とめぐり合い、そして結婚することが、
“幸せな家庭を築く一番大切な秘訣であり、原点”です。

そして、大好きな人と結婚したら、いつまでも2人の関係に
“向上心”を抱き、“愛を持続する”ことです。

こうして半年間を費やし、全精力を注ぎ、ダイチとリュウマとサンペイが、
私達よりもっと幸せで、もっと充実した人生を送ってくれるようにこの本を書き続けました。

最初この本は、-幸せな家庭を築く20の秘訣-でした。
それが、家族と日々を過ごしているうちに30になり、40にまでなりました。

きっとこれからパパとママがまた築いてゆく夫婦の歴史の中で、
ダイチ・リュウマ・サンペイが大きくなる成長の中で、
50、60、70と幸せな家庭を築く秘訣は増え続けてゆくのかもしれません。

それでもきっと今回書いた39の“愛し、愛されること。”と
40の“大好きな人と結婚すること”は、
絶対に色あせることのないパパとママのこの家族を築いてきた信念だと思います。

ダイチ、リュウマ、サンペイ、が自分自身よりも深く愛し、愛される人と、
いつの日かめぐり合い、本当の“愛”を知ることによって、
人生の素晴らしさを、自分が生まれてきた意味を見出し、
パパとママよりも、もっと幸せな人生を送ってくれることを、心から願っています。

そしてまた、自分達の愛する子供達に愛情を降り注ぎ、幸せになってくれるように、
人生の本当の“豊かさ”を教えてあげてください。

子供達は、授業からではなく、親から“生きる喜び”を教わることが一番いいのです。


幸せな家庭を築く第40の秘訣は、とにかく“大好きな人と結婚し愛に包まれる”ことです。

この本にめぐり合った全ての方々が、愛し、愛され、
本当に幸せな日々を過ごされることを心から祈っています。

キングアンドクイーンのホームページ






Last updated  2009.11.11 15:11:25
カテゴリ:最高に幸せな家族
39.愛し、愛されること

人生で何を一番大切だと思うか、何を一番大切にするか、と聞かれたら、
それは“愛”だと、答えます。

“愛し、愛されること”を全うすることは、簡単ではないけれど、
自分の人生を豊かで溢れるほど幸せなものにしたかったら、
“愛し、愛されること”を知ることだと思います。

かくいう私は、ずっと強がって生きてきました。
強くなければいけない、と思っていたので、
“強くあれ”と、自分でムチを振るってきたのかもしれないのですが、
理由はどうであれ、今は“強がってきた自分”を素直に認めているし、
“強い自分がいること”も、そして同時に、“弱い自分がいること”も、
今になってやっと、認めることが出来るようになりました。

また、10代最後の時期には、心がズタズタになるほど傷つく恋愛も経験し、
人を好きになる時にも、必ずバリアを張って、絶対に自分が傷つかないように、
いつでも引ける、というスタンスを貫き通していました。

それから5年後、心がズタズタになるほど傷つけられた相手だった彼と結婚したけれど、
自分の心をガチガチに守り固め、ある一定の場所から絶対に相手が侵入出来ないように
しっかりとガードをして、鍵を閉めていました。

当時は、どこかで、これは全て“彼のせい”だと思っていましたが、
今は、“強くあろうとした自分”も、“傷ついた自分”も、
“結婚しても心を許さなかった自分”も、全て“自分のせい”だと思っています。

誰のせいでもない。自分が“強くあろう”としたのだし、
自分が“ガードし続けた”のだし、自分が“心を閉ざしていた”のです。

結婚後は、少しでも、“傷つくのでは・・・?”という発信機がピクッと反応すると、
ピシャッと心の扉が閉まる、という具合に自分を守ってきました。

そのドアを少しずつ、少しずつ、ものすごい労力が必要だったけど、
主人と2人で、ほんの少しずつ、こじ開けてきたのです。

そうして私達は、本当に愛することや、愛されることを追求し続け、
“宮古島”へ引っ越したのかもしれません。

島には私達の物は何もなく、知り合いもいない。
頼れるものは家族しかいないのに、当時の家族はバラバラで、
いつ破滅するかも分からない状態が島の大自然に浮き彫りにされた状態でした。

3歳と0歳の子供に恵まれ、すごく仲のいい夫婦でしたが、
どうしてもケンカが耐えない日々が移住して半年続きました。

何もないがゆえに、全てがさらけ出され、まるで二人の“毒素”が出ているような、
そんな感じでした。

そんなある日、主人はサーフィンであやうく命を落としそうになったことがありました。
台風前後の荒れた海にいつもの様に出かけていった彼は、
その日サーフィン初心者の友人を同伴していました。
荒れ狂った波間に友人の板がいとも簡単に消えてしまった後は、
残った一つの板に2人で何時間もしがみついていたということです。

救助された後に、その時の会話を聞いて、当時は何も思わなかったけれど、
今となっては、当時の私を表現した名言だと思っている会話があったことを思い出します。

夫と友人は、九死に一生を得て、興奮しながら語り合っていました。
夫の友人が
「俺の奥さんは○時になれば、“おかしい”と思って、
 警察に届けてくれるだろうと思っていた。」
と言い、それを聞いた主人は
「ウチは絶対に何時になっても気がつかなかったはず。」
と言ったのです。

そう、私は当時、主人の全てを許していました。
絶対に干渉もしなければ、何かを聞くこともない。どこに行くのかも、
何時に帰宅するのかも、いつが休みなのかさえ聞いたことがありませんでした。

私自身が干渉されることが嫌いなので、彼には自由にさせていました。
主人は、その居心地の良さに大満足していたし、
男性は、妻からうるさく言われることが嫌いなものですから、
私も、“これでいい”と思ってしました。

しかし、今思うと、それほど寛容にしていた理由は多分自分の“臆病さ”
からきていたのではないか、とも思えるのです。

私は絶対的に“愛しすぎる”ことを怖がっていたし、
自分が傷つくことを何よりも怯えていたのですから。

その為に、“いつ、彼が出て行っても全く問題ない”という状態を
いつも保つ努力すらしていた時期もあり、子供の世話も全て自分一人でこなし、
いつも自立していて、彼を束縛したことも、何かを問いただしたりもせずにいました。

今考えれば、“素直じゃないな・・・”と思いますが、
どこかで“傷つかない努力”が断ち切れていなかったのです。

率直に、素直に“愛”を表現してくれる主人に対し、いつも“疑惑”と“恐怖心”から、
“愛”に歯止めをかけ続けていた私がいつも存在していたのです。

宮古島という大自然の中にたった2人で全てをさらけ出し、受け止めていると、
些細な事でケンカになり、何度も何度も危機が訪れました。

けれど、率直で、素直で、勇気のある彼は、絶対に私の手を離さなかったのです。
どんなことがあっても、どんなに2人の関係が危ぶまれても、
絶対に最後まで私の手を離さず、それは最初ただの束縛の様な愛情ではあったものの、
徐々に変化してゆき、次第に“真実の愛”となっていきました。

そんな彼に、私の心も少しずつこじ開けられてはまた閉まり、
こじ開けられてはまた閉まり、を繰り返していたけれど、
宮古島に移住して半年ほど経つと、全ての“毒素”が出尽くしたかのように、
本当に2人は仲良しになり、私の固い心の扉は、こじ開ける必要性はなくなってきました。

すんなりと大きく開いてはいないかもしれないけれども、
もう隙間なく頑丈に閉まってはいませんでした。

それから福岡に引っ越してきてまた半年ほどなんやかんやケンカばかりしていましたが、
今では私の心の扉もすっかり風通しがいいようで、いつも心地よい“幸せ”を感じています。

私が本当の“愛”を知り、感じ、“これが、愛なのか・・・”と実感するまでに、
これほど長い年月がかかった、と思いました。

何度となく昔は彼に、「あなたは私を好きかもしれない。けれど、それは“愛”ではない。」
と言っていました。
どこか私には納得いかないところがあったのでしょう。

その度に、彼は不思議そうな、不納得そうな顔をしていましたが、
今は、そんな言葉を言うことは一切なくなりました。
反対に「ありがとう」としかいいようがありません。

教えてくれて、「ありがとう。」
どんな時もしっかりと手を握っていてくれて、「ありがとう。」
ずっと、強くあろうとしていた私は、強がっていた私の手を彼がすんなりと離していたら、
きっと“恋”はしたかもしれないけれど、誰の手からもすっと離れ、いつまでも心を閉ざし、
強さを自分に強要し続けていただろうと思います。

やっと訪れた本当の安らぎは、“愛すること”だったんだな、
と今は心から知ることが出来ました。

“愛すること”そして、“愛されること”。

今は、自分の弱さを素直に認めながら、それを隠そうとも思わなくなりましたし、
そんな私を引き出してくれた彼には本当に感謝しています。

弱い所も、どうしようもなく頼りない所も、意地悪な所も、完璧ではない所も、
全部家庭内では出せるようになってしまって、子供達が呆れる位!です。

エディット・ピアフの映画の最後に、ピアフが浜辺でインタビューを受けるシーンがあります。

彼女はどんな質問に対しても「愛しなさい。」「愛しなさい。」「愛を知りなさい。」
と全てを悟りきったマリア様のような表情で淡々と答えていました。

インタビュアーはピアフの偉大さを知らない記者で、
その言葉の意味や感動を身に受けるほどに人生を知らない若い女の子だったけれど、
私にはそのシーンが壮絶で、その短いシーンがピアフの全てを表しているのではないか、
と感じました。

私も晩年誰かに尋ねられたら、ピアフのように答えたい。
決して情熱的に、熱心にではないけれど、静かに淡々と、けれど強い重みを感じる言葉で、
「愛しなさい。」「愛を知りなさい。」と。

-幸せな家庭を築く第39の秘訣-

○“ 愛し、愛されること。” 

キングアンドクイーンのホームページ






Last updated  2009.11.11 15:07:11
カテゴリ:最高に幸せな家族
38.生きる意味

人生のうちに、何度か“生きる意味”について考えたことはないでしょうか。

私は何度かあります。何度か、“生きる意味”を見失ってしまったことも、ありました。

人によって“生きる意味”は様々かもしれません。

2009年1月24日、家ではなかなか静かに、自分の時間は作りにくいので、
出張の新幹線の中で、ホテルで、約半年に渡って書き綴ってきたこの
『最高に幸せな家族をつくる40の秘訣』も、ようやく完成しそうです。

私はこの本の締めくくりはどうしても“愛”で終わりたいと、最初から思っていました。

そして、その“愛の章”を除いては、ほぼ、“最終章”に、
この“生きる意味”を持ってくることにしました。

この章を書き始める前に、子供たちが寝る前にそれぞれ遊んでいるリビングへ行きました。

ダイチは図書館から借りてきた本にふけっていました。
リュウマとサンペイは相変わらず、
子供らしくテープや何かを使って二人で物を作って遊んでいました。

お風呂上りに各自が遊んでいるこの時間帯、子供たちがいる我が家。
いつもだと、主人とコーヒーや紅茶などを飲みながら話しをしたり、
子供達を見て微笑んだり笑ったりしている時間ですが、今夜、主人は仕事で出かけています。

「今から帰るね。」と電話があったから、もう間もなく帰宅するでしょう。

私は、「ねえ、“生きる意味”って何だと思う?」と、3兄弟に向かって言いました。

3人は、何だか訳の分からない質問をする私を見て、何となく質問の内容から、
ちょっと恥ずかしそうに、“???”考えていました。

「これには、“答え”なんてないんだよ。好きに答えていいんだよ。」と言うと、
テレながらリュウマが言いました。
「ん~、人を喜ばせること?」
「え~~~!リュウマそんなこと考えて生きてるの!すごいね!!どんな人を喜ばせるの?」
と言うと、何だか自分でもちょっと背伸びして答えた答えに戸惑いながら、
「貧しい人?」と言いました。

ちょっと疑い気味のダイチと私でしたが、
「でもね、カーネギーっていう億万長者さんがいたのね、
 その人の20歳の時に書かれた紙にね、“人生の前半はお金儲けをする。”
 って書いてあってね、“人生の後半は、そのお金を全て分け与える。”
 って書いてあったらしいよ。
 そして、本当にアメリカにい~っぱい図書館とかを建てたんだよ。」
と言うと、“へえ~”と感心してくれた子供達。

リュウマの発言を機に、ダイチとサンペイが同時に、
「楽しむため!!」

誕生日が1週間しか違わないせいか、似たところの多い2人。

私は思わず、
「うわ~~~!その考えすごい!すごい!」
と大絶賛!

“やっぱり聞いてみるもんだ。”と感動しました。

それから、リュウマが、
「遊ぶため。」

ダイチが
「夢・家族・幸せ。」と言って、

ダイチが、
「結局全部、“楽しむため”になるね。」と言いました。

「そうだねえ、どれもその通りだよね。夢って絶対大事だよね。
 夢を失ったら、生きる意味を失ってしまうなあ。」って言うと、
「あ!それテニスの雑誌に書いてあった。」
とダイチが言うので、
「何を?」と私が尋ねると、
「盛田財団の盛田さん(盛田昭夫さんの息子様)がね、
 ソニーを辞めた時に夢を失ったんだって。
 それでね、テニスが大好きだったらしくて、
 いつかきっと日本の子供たちが海外でも活躍出来ると思って、
 ジュニアテニス界の夢を自分の夢にしたんだって。」
※(今をときめく“錦織 圭”さんは、盛田財団からテニス留学しました。)

「へえ~、そうなんだ。で、その記事を読んでダイチは何て思ったの?」
と聞くと、

「なるほど。って。」

その端的で明瞭な答えに思わず爆笑した私を不思議そうに見ていました。

それからダイチが、食いしん坊のリュウマに向かって、
「リュウマの“生きる意味”は、“食べるため”じゃないの?」
とおちょくって、
「う~ん、それも一理ある。」
と私。

ここで、“生きる意味”についての会話は終わりました。

それにしても、子供達の感性の良さに感激しながら、
私はまた1人静かに“生きる意味”について考え始めました。

独身時代、私の“生きる意味”はきっと“恋”だったかもしれません。
恋に生き、恋を楽しみ、泣き、笑い、苦しみ、乗り越え、
それから1人でアメリカで過ごすうちに、
“英語を話せるようになること”が意味をなしてきました。
自分なりに勉強し、会話を楽しめるようになった頃に、今の主人とよりが戻り、
日本に帰国すると、また“恋”が生きる意味になって、
結婚して、子供たちが生まれ、こうして“家族”が出来てからは、
私の心を満たしてくれるほとんど全ての幸福感が、この“家族”になりました。

いつも、少しでも、昨日より今日が、今日より明日が、“さらに幸せ”になるように過ごし、
小さな目標と、大きな夢を持ち続け、一つ一つクリアし、
夢を叶えては、次の夢を抱いてきました。

夢に向かって、何か一つでも“今日、出来ること。”を行動に移すように
自分を励ましてきたのです。
そういった、一つ一つの行動や、達成した時の喜びも“生きる意味”の一つだと思います。

ただ、“夢を持つ”ことの大切さと同じくらい大切なことがもう一つあるということを
先日学びました。

それは、“宇宙飛行士”になるのが夢として生きてきた方々の話を本で読んだ時のことでした。

宇宙飛行士になることが“夢”だった人たちが、実際に宇宙飛行士になって月に行った時、
地球に帰ってきて、ウツになった人が多かったという話でした。

その後、ナサでは、宇宙飛行士を訓練する際に、宇宙へ行って、
“帰ってきてから”の事や、目標、夢まで想定する訓練をするようになったということでした。

これと同じような経験を私もしたことがありました。

結婚して、子供達の世話をしている時でも、ずっと私の夢は“お店を持つこと”でした。
その夢の為に、教室を開いたり、ビーズを作ったり、訪問販売をしたりしながら、
やっとの思いで、小さなお店をOPENしました。

その時、いきなり“無力感”が襲ってきたのです。
“やりきった後の空虚感”みたいなもので、自分が次に何をしたらいいのか、
突然分からなくなってしまったのです。

それ以降、そんなことがないように、次から次に目標と夢を抱き続けていますが、
それほど私にとって、目の前にしっかりとした夢と目標が描かれていないと、
“何をしていいのか分からない状態”は、虚しいものでした。

この経験と知識から、我が家では子供達に“世界一のテニスプレーヤーになる!”
という夢と同時に、沢山の“生きがい”や、“楽しみ”、“知識”を教え、
そして自分達でも“学ぶ”事を教えています。
また、夢であるプロテニスプレーヤーとしての全盛期を迎えた時にどう考えるのかや、
もう一つ大切な“引き際”という時期などについてまで教えています。

私達にとって、“全て”とも言えるこの子供達。
それでもいつかこの子達もそれぞれが大人になり、素敵な家庭を持ち、
巣立ってゆく日は来るし、“その日”は1日1日近づいてきているのです。

子供が巣立ってゆくその日まで、私たちはこんなに幸福で、笑いに満ちて、側にいる子供達を、
抱きしめれる限り抱きしめてあげたい、といつも思っています。

しかし、子供たちが巣立った後、“2人でこんなことして楽しもうね。”
“あんなとこに住もうね。”と2人っきりになった時の“楽しみ”も今から沢山考えています。

それまで全精力を注ぎ込んできた何かが終わった時、何かを失った時、
“さあ、次!”と、心を切り替え、常に未来を見続けていないと、
結果“自分”が苦しむことになるでしょう。

だからいつも“夢”・“そしてその先”まで、視野に入れて生きることが出来ると
いつも“幸せ”な気分で毎日を充実して生きることが出来ると思います。

“生きる意味”について考えると、本当に人それぞれ、考え方も、環境も、違うと思いますが、
一度じっくりと考えてみて、“自分の生きる指針”を明確にしてみたり、
家族で話し合ってみたりするのもいいのではないかな、と思います。

-幸せな家庭を築く第38の秘訣―

○自分自身と向き合い、自分の“生きる意味”を知り、
 それを達成した時には次にどんなことを“生きる意味”“夢”として掲げるのかまで、
 決めておく。

○自分の人生設計図を描く。

キングアンドクイーンのホームページ






Last updated  2009.11.11 14:58:34
カテゴリ:最高に幸せな家族
37.今ある環境の中で自分を幸せに導く方法

誰にでも“今、ある環境”が存在します。

その“今、ある環境”は、決して楽で楽しい人だけとは限りません。

お金に困っていたり、時間がなかったり、嫌な仕事をしていたり、
子供や親の世話をしていたり…みんな自分の“今、ある環境”が存在します。

それは“外側の環境”です。

そして、この“外側の環境”は、同じ環境を持つ人は沢山います。
例えば、“嫌な仕事に従事している”と自分が思っているとして、
その職場にいる人はみな同じ環境です。

“子供の世話や家事に追われている”と思っている時、
世の中のお母さんはみんな同じ環境なのです。“

しかし、“内側の環境”というのは、個人個人みんな違います。

同じ主婦で、仕事をしながらも家事をこなし、全く時間もなく、
外から見ていても大変そうで同情してしまいそうなお母さんがいても、
そのお母さんの“内側の環境”つまり、“心の環境”は、
幸福感に満ちているものかもしれません。

その隣に同じ“外側の環境”を持ち合わせたお母さんが居て、
そのお母さんの“内側の環境”つまり、“心の環境”は、不平不満で一杯かもしれません。

この様に同じ“外側の環境”を持っていても、
内側の“心の環境”をどんな風に抱いているかによって、
毎日を、人生を、どれだけ楽しめ、幸せを感じられているのかは、全く異なってくるのです。

“今”は、この環境でしか暮らせないかもしれないけれど、
“将来”私はあんな環境に自分を持ってゆきたい。という思いが常に存在すれば、
“今”自分がしていることにも、大きな“意味”が生まれてくるのではないでしょうか。

日常の細かい業務なんてみんなそんなものだと思います。

“今”私がしていることが一体何になるの!という思いで仕事や業務や日課をすることは、
“自分を苦しめている”こと以外に何にもならないから、
“心”を方向転換するように努めてみることが出来ると、とても楽になると思います。

3人の子供たちが小さい時、朝早く起きて主人の朝食とお弁当を作って、
子供達を起こして朝食を食べさせながら保育園に行く用意をして保育園に送って行って、
それから訪問販売をして、子供を迎えて夕食を作ってお風呂に入れて寝かせて、
主人と語って…

今考えただけでも“二度とやれない…”と思いますが、
その間にTo Be Optimistic ~心のもちよう~ (文芸社)を出版したり、
英検準1級を取得出来た理由は、
“心の環境”だけは極力不平不満に占拠されない様に
自分の心の環境を常に整えようと努力していたからだと思います。

本を書く時間は、子供たちが寝静まった夜中がほとんどでした。
“今回”書いている本は、朝、みんなが寝ている時に
毎朝30分~1時間いつもより早く起きて書いていたものです。

英検の勉強は、洗濯物をたたむ間、お茶碗を洗っている間、にしました。

私達人間がみんな必ず平等に与えられている“環境”は、一日が24時間ということです。

その一瞬一瞬をどんな思いで生きていて、どんな行動をとっているか、
その微妙な差が1ヵ月後、3ヵ月後、半年後、1年後、5年後、10年後に
取り返しがつかない位大きな差を生んでゆくのだとおもいます。

私達の時間の中には、仕事で束縛されている時間も確かに多くあります。
“生きるため”にしなくてはならない事、も沢山あります。

そこで、不平不満で心を満たしてしまい、自分を苦しめるのか、
しなくてはならない仕事の中にも自分なりの“楽しみ”を見出したり、
期間限定で、“あの夢の為に!”と“意味”を見出すことが出来るかで、
毎日を“幸せに”生きれるのか、“苦行”と考えてしまうのか、
人によって異なってしまうのだと思います。

“子供と一緒に、家族と一緒に居る時間がなかなか持てない。”
という悩みがあるのであれば、休みの日は自分のことを差し置いて、
全て自分の持っている時間を子供や家族に費やすことも出来ます。
けれど、“自分の時間”もとっても大切な時間なのです。

“時間がない”と思っている自分がいたら、もう一度よく1日、一週間、
の自分の時間の割り振りを確認してみるといいと思います。
何も考えずに、テレビの前に座ってしまっている時間が見つかりませんか?
ただネットサーフィンをしているだけの時間が見つかりませんか?
もう一度自分の24時間を見直してみると、無駄に過ごしている時間、
あれをやりながらこれもやれる時間、がきっとどこかに存在するはずです。

その時間を上手く使えるようになることが“人生を何倍も楽しめる方法”
になってくるのだと思います。

また、“働いてばかりで家族に申し訳ない。”と思っているご両親がいるとしたら、
ある法則があることを知るときっと“申し訳ない”と思わなくなると思います。

その法則とは、“一緒に過ごす時間と愛情や絆は必ずしも比例しないけれど、
抱きしめる量や、愛のある言葉と愛情や絆は比例する”というものです。

親子がどれだけ一緒にいても、その内容によっては必ずしも愛情も絆も深まりませんが、
一日のほんのわずかな時間でも愛しさから抱きしめ合い、言葉を交わし、
「愛してるよ。大好きな○○ちゃん」と毎日言い続けると、
必ず愛情も親子の絆も深まってゆきます。

大きくなって耳に残っているのは、この心地のいい“愛情表現”だからです。

また、どんなに忙しくしていても、仕事内容を話し、
何をしているかを子供達にも知ってもらい、
1日のわずかな時間にでも“ママやパパの1日”も話す機会があれば、
子供は決して親を責めたりしないと思います。

「へえ~パパ(ママ)今日はそんなことしてきたんだ!すごいね!
 じゃあ、ぼくも(私も)頑張るね!」
ってお互いに励ましあうことも出来ると思います。

子供に“どうせ、子供だから分かりっこない”は、通用しません。
子供達は透き通った目で物事を見、
きれいな心で物事を感じ取るという脅威の力を持っています。
私たち大人が教わるべきことは、私たちが子供に教えることと同様にたくさんあるのです。

ですから、色んなことを話し合ってみたり、聞いてみたりすると、
予想していない答えに感動したり、学んだり出来ると思います。

大切なことは、パパやママがいつも“ 幸せそうで、楽しそう” に仕事をし、
毎日を生きていることです。子供達はその姿に“生きる意味”を見つけ出してくれます。

―幸せな家庭を築く第37の秘訣―

○自分の時間の使い方を見直し、無駄に過ごしている時間があったら、
 そこから手をつけ、1日ごくわずかな時間でも、
 今まで出来ていなくて不満を抱いていた“自分の時間”や、“家族の時間”などに使う。

キングアンドクイーンのホームページ






Last updated  2009.11.11 14:46:58
2009.11.10
カテゴリ:最高に幸せな家族
36. “幸せになる習慣”を身につける。

人間は“習慣の動物”です。
自分の日々の行いが“習慣”となった時に、努力してきたことが簡単に出来るようになり、
難なくやれる事になり、そしてまた次のステップに進める基準になります。

“あ、そうなんだ。難しく考えないでいいんだ。”って思いました。
習慣になるまで自分の思考をプラス思考に、自分の行動を前向きに、
そして何より自分に起こる全てのことに感謝しよう。と考えました。
全ては“癖”だからです。

無くて七癖。癖はどうしても直りにくいものです。
だから、“いい癖”をつければいいのだと思いました。

いい癖をつけるまでは、“自分との闘い”がたくさんありますし、
もちろんそれは終わりのない闘いなのかもしれませんが、
“向上したい”という思いが強ければ強いほど、
少しずつでも“なりたい自分”に近づいてゆけるものです。

昔何かで聞いたことがありますが、善人を悪人にしてゆく方法があるというのです。
その手始めは、水道の水を出しっぱなしにさせるという単純なことから始めさせるそうです。
次に、道路にゴミを捨てさせるそうです。

こうしてほんの少しずつ“してはいけないこと”、道徳的に“しにくいこと”、
をさせてゆくうちに、それが悪気もなく出来るようになってきて、
やがて殺人さえ出来るようになるそうです。
“信じられない!”と思う反面、
実際にそういうやり方があるという事を知って驚くと同時に、凄い戦略だと思いました。

また、ホロコーストで生き残った方が当時を振り返って話してある時に、
「死体を焼却炉に入れるのが仕事でした。最初はとても気持ちが悪かったり、
 気分が悪かったのですが、人間とは恐ろしいものです。次第に慣れてくるのです。
 そしてやがて、どうもなくなり、単純作業としてテキパキとやれるようになるのです。」
と言われてありました。

殺人者は、まず動物を殺すとも聞きました。
本当におぞましく、ぞっとする話ですが、それほどまでに“慣れ”というものは、
恐ろしいものなのです。

最近“蚊”を殺しながらこんなことも思いました。
私たちが“蚊”を平気で殺すから、子供たちも平気で“蚊”を殺すんだな、って。
影響力ってすごいんだな、って。

恐ろしい映像や考えは私たちの脳裏に焼きつきます。考えも全て焼きついてゆくのです。
だからこそ、いつも“愛のある、幸せな言葉にあふれ、前向きで、
楽しいことを考えながら生きる”ことを“習慣”にしたい、と強く思うのです。

まず私達親がそれを知っておき、実行していないと、
子供たちはなかなか自分たちでそういうことを学ぶまでに時間がかかります。

小さい頃からこういったことを教えておけば、さらに幸せな考えを勉強出来るのですから、
私達よりもっと早く、もっと幸せになれるはずなのです。

人生を豊かにするためには、“思考”が“思い”を創り、“思い”が“熱意”となり、
“熱意”が“勇気”を奮い起こし、“勇気”が“行動力”を生み出すという
心のステップが必要です。

こんなにたくさんの事をしたり、考えたりすることは本当に大変な気がするけれど、
本当はとてもシンプルで、ただ、“いい習慣を身に付ければいい”だ けなのです。

“人間は習慣の動物”だから、一つ一つ、
例えば、“前向きに考える癖をつける”とか、“些細なことに感謝する”とか、
“悲観的な言動をしない”とか、そんなことを“習慣”にしてしまえばいいのです。

何か自分で目標を決めたら、“とうてい無理…”と思えることでも、
まずは“やれる!”と信じ、それからその目標を達成する為には、
どんなことが必要かをリストアップします。

そしてそのリストアップした中から、金銭面・時間・環境を考慮して、
“今、やれること。”を探し、書き出します。
そしたら、「明日しよう…」などと言わずに、“必ずその日にする。”習慣を身につけます。

最初は、今までしていなかったことを始めるわけですから、
重い腰を起こしたり、少し努力をしたり、
勇気を出したりしなくてはいけないかもしれません。

しかし、それも続けていると、だんだん苦痛が少しずつ減ってくるのです。
その後は“楽しみ”にさえ思えてきます。
早くその事をしたくなる!そんな気持ちになってきます。

私は元々営業が大っきらいです。
訪問販売なんか、どうしてやれるんだろう…といつも思っていました。
断られても、断られても、次のドア、次のドアを叩いては同じ事を言っている
営業マンをみると、感心すらしていました。

しかし、宮古島でビーズを委託してもらうことを考えた時も、
化粧品を訪問販売することを考えた時も、“やらなきゃ、誰もやってくれない”のです。

やらなきゃ、お金も入ってきません。やらなきゃ、先へ進めないのです。

“自分の店を持ちたい。”という夢を叶えたいけれど、
“行動”しなくては、絶対にお店は勝手に私の目の前には現れてはくれません。
“乳飲み子がいる。”と言い訳をしても、何も起こりません。
“その日”を決めたら、後は“決行する!”のみ、です。
一件目、断られても、もうそれは過去です。過去は、“終わったこと。”です。

そしたらもう、次の所へ足を向けます。またダメでも、それも“もう過去”なのです。

そうやって、次に次にと、重い足を前に進めます。ドキドキします。
どこかで、“恥ずかしい。”という思いもよぎります。
それでも、そんな気持ちを振り切って、
明るい声で「こんにちは~!」とにっこり微笑み、商品の説明を始めます。

そのうちに、どういう年齢層で、どういう所にターゲットを絞っていけば、
上手くいくのかが、分かってきます。
たった一つの商材で回っていましたが、その商材の場合か、
私の個性の場合かは分かりませんが、私の場合、一件、一件、家の扉を叩くよりも、
企業や、お店、事務所などに出向き、いっぺんに沢山の方にお聴き頂く方が
上手くいきました。

女性は沢山いると、何となく心もウキウキしてくるものです。
説明をして、そのうちお1人でも関心を持って頂けたら、
「じゃ、私も使ってみようかしら。」「そうねえ、じゃあ、私も。」と
意外と次から次にご購入頂けたりするのでした。

それから商品が良かったと評判を聞いた他の方からもご注文を頂けたり、
口コミでの広がりも期待できます。
商材が消耗品で、リピート率の高いものであればあるほど、
次からの営業は飛躍的に楽になってゆきます。

お顔見知りになったり、仲良くなったり、気心が知れてくれば、
重い足取りは嘘の様に軽くなり、皆様のご注文の品を届けることが
とても楽しみにさえなってゆくのです。

トランクに洋服を沢山持って、役場や、保育園などに販売に行ったこともありました。

とにかく何でも、ありとあらゆる、“思いついた商売”は、
“リスクがほとんどない”程度にやってみました。

自己資金もなく、時間も自由ではなかったけれど、“思い立った事を行動する”習慣。

この“習慣”になるまでが、何でも一苦労なのではないでしょうか。

恐怖や恥じらい、世間体、その他もろもろのマイナス的感情に負けないように、
自分の気持ちを常に前向きに軌道修正してゆき、とにかく“進む”こと。
そんな気持ちになる為に、感情をコントロールし、“やれる!”
と自分の気持ちを高める“習慣”。

朝起きて、家族の世話をし終わって、“さあ!今日もやるぞ!”と、自分を励ます“習慣。”
反対に、家に居て、家族を見送ったらテレビをつけてポリポリお菓子を食べる“習慣”。
をつけてしまうことだって出来ます。
私たちは常に“自由”に自分の時間をどう使うか決められるのです。

我が家の3兄弟も、学校を辞めた最初の頃は、いきなり沢山の時間を持ったことで、
何をしていいのか分からない様子でした。
パジャマ姿のまま、だらだらしたり、ケンカしたり、そんな状態を見かねて怒られたり。

それから“家族のルール”を決め、壁に貼り、
少しずつ決めたことが“習慣”になりだした頃から、
ものすごくいい1日を過ごすようになりました。

自由な時間を1日中もらったからと、いくらテニスが好きだからと、
なかなか1日6時間も自分から進んで練習をする子供達は少ないと思います。

3兄弟も最初はそうでした。しかし、1年経ち、“習慣”が出来た現在、
3兄弟は朝起きるとまずお風呂に入ります。
それから家中の雨戸(我が家はカーテンをせず、昼間は、家の中がいつも丸見えなのです!)
を全員で開け、ゴミ出し日には進んでゴミ出しをしてくれます。
それから私が朝食を作るまで各自ストレッチをし
朝食を食べると大体11時から15時まで4時間自分達でコートの予約をし、
私たちが送って行った後は3人で練習メニューをこなします。
この練習メニューは、主人と話し合ったり、
自分たちが各自で毎日決めたりしているようです。

15時に練習を終えると迎えに行き、帰宅して自分達でガット張りをしたり、
本を読んだり、遊んだりします。
17時に、テニスクラブへ行き、リュウマは7時まで、ダイチは8時まで練習をして
帰ってきます。夕食とお風呂を済ませたらリュウマとサンペイは9時、
ダイチは10時には寝ます。

テニスが出来ない雨の日は、図書館に行き、朝から夕方まで
自分の好きな本をたらふく読みます。

これが、我が家の“習慣”です。
土曜日や日曜日が休み、などということはないので、
毎日大体同じスケジュールをこなします。

我が家ではみんな“好きなこと”と、“仕事”、を極力直結させる努力をするのです。

しかし、“好きなこと”と、“仕事”が直結するまでは、
やはり“したくないこと”も数多くしなくてはならないこともあります。
それでも全て“習慣”として、スケジュールに組み込んでしまえば、
体と頭が自然に受け入れる様になり、“嫌なこと、したくないこと”も、
段々減ってくるものです。

まずは、自分でやれる範囲の“習慣”を作ってみてはいかがでしょうか。

-幸せな家庭を築く第36の秘訣-

○“幸せになるための習慣”を身につける。

キングアンドクイーンのホームページ






Last updated  2009.11.10 14:34:15
カテゴリ:最高に幸せな家族
“シンプルに考え” “前向きな思考”を習慣にし、
“いいことが起きる態度”が身についてきたら、
その態度に“品格”を兼ね備えれる様に意識を高く持とう、と思います。

食事をする時にはなるべく背筋を伸ばそう、とか、
歩く時には下を向いて歩くのではなく、前を見て歩こう、とか、
座っている時にも、話している時にも、
どこかに心地よい程度の緊張感を感じられるように、振舞う
“習慣”をつけるように意識します。

人の“品格”は、内面から出てくるものです。

お喋り、振る舞い、を見ていると、その人の“生き様”を感じます。

顔の色が優れない時には、ちょっと明るめの化粧を心がけるとか、
疲れが出ている時こそ髪をきっちりとセットするとか洋服をきちんと着るとか、
そういった“外面”で少しでも自分の体調の悪さを補えば、
それだけでも人からの印象は違って見えるはずです。

お洋服の接客をしている私の仕事柄、
毎日毎日クローゼットにある同じ服をちょっとコーディネートを替え、
全く別の服の様に見せることをしたり、
いつも“きれいな”印象を与えれるように、毎朝服のコーディネートには気を使います。

化粧も、髪のセットも毎日することによって、“大変”と思うことが、
“習慣”として少しでも楽に思えるようになります。
こういったオシャレも、“自分の為”にだったら、実はやれないんですね。

自分を見てくれる家族の為に、スタッフの為に、お客様の為に、
と思うから毎日毎朝、欠かさずオシャレをします。

ある日、髪をブローしている時にふと頭を過ぎりました。
“女優さんってとっても忙しいはず。
 それでも、あんなに忙しい人たちこそ、私達よりも念入りに化粧をし、
 私達よりもずっと丁寧に時間をかけて髪をセットし、人様の前に出ているんだな。”
って思ったとき、あの人たちよりももっと時間があるはずの私たちが、
きれいになる時間を怠けてはいけないな、って思いました。

“羨ましい”と思えることがあったら、学び、真似して、自分のものにする。
そんな美に対する貪欲さって、女性でも男性でも、
きっとずっとあった方がいいのではないかな、って思います。

けれど“美に貪欲になる”ということは、決して“歳を重ねることに臆病になる”
ことではありません。誰でも歳をとり、誰もがしわの数も増え、
誰もがいつまでも若くはいられません。

“美=若さ”としかとらえることが出来ないでいると、
毎日毎日自分が歳をとってゆくことが恐怖になってしまいます。

アメリカにいたときに、私は沢山の本当に美しいおばあちゃん達に会いました。
彼女たちは歳を重ねるごとに美しさが増し、輝くほどきれいでした。
顔には歳相応のしわがあり、身体もはつらつとはしていませんが、
きれいにブローされた髪はふんわりと気品があり、
化粧も長いマスカラに赤い口紅と色気があり、自分に合った香水をして、ビキニで泳ぎます。

人前でも平気で抱き合い、お友達とカードで遊び、たまにはラスベガスへ行き、
ギャンブルもします。
私は彼女達を見てから、“歳を重ねることの美しさ”を知りました。

生きてきた経験、教養、思考、が内面から妖艶な美しさをかもし出している
おばあちゃんもいれば、友達のような夫婦で、とにかく可愛らしいおばあちゃんもいました。

それぞれが、それぞれに輝き、人生を楽しんでいる姿が、
どんなに綺麗な女の子たちよりも魅力的に映りました。

本当の“美”とは、その人の内面からかもし出される雰囲気と、
会話の中に出てくる言葉の輝きではないでしょうか。

少なくとも私はそういった、学ぶ所の沢山ある年配の方に出会うと、
いつも感銘を受けるし、少しでも自分の中に取り入れたいと思います。

日本の誇りでもあります“和装”は、どんなに若々しくても、
年齢を重ねた方のシャキッと着こなした和装姿には太刀打ち出来ません。

シンプルで、特別に変わった形をしていない、単純な装いだからこそ
特にごまかしのきかない着物姿。
いつか私も洋服が似合わなくなったら、毎日着物をきるようにしようかな、
と最近は思います。

“品格”は、家柄や“育ち”だけではありません。
美しい女優さんを真似てみるのもよし、憧れの人の写真を眺めてみるのもよし、
服装も立ち振る舞いも鏡の前で練習することはいくらでも出来ます。

内面の感性を磨き、外面の清潔感と品のいい洋服を着て、
人に好感を与える人物になることが、本当の“美しさ”を追求した形、ではないでしょうか。

年齢を重ねた美しい人の代表格として直ぐに頭に思いつく方と言えば、
未だに世界中の人々から憧れられているオードリー・ヘップバーンがいます。

彼女は歳をとっても、シンプルな服装をしていても、
気品と知性があふれ出る雰囲気を持っていらっしゃいました。

彼女自身、自分の顔にも大きな体にもコンプレックスだらけだったと言います。
しかし、顔が角ばっていて大きい、というコンプレックスを持っていても、
髪の毛で顔を覆うどころか、すっきりと顔を出し、髪をまとめ、
しっかりと自分を知っている彼女の瞳はいつでも黒々として生き生きと輝いていました。

彼女の体からあふれる知性と品格は、
未だに他の女優さんとは比べ物にならないほどにシンプルで美しいものです。

女優業全盛期で仕事を辞め、主婦になるという決断も、
どんなに世間から惜しまれても“一番大切なもの”を知っていた彼女だからこそ、
“自分らしく生きる”ことを迷わずに貫けたんだと思います。

人生の最後は、ユニセフの親善大使として死に向かう多くの子供達を抱きしめ、
少しでも世界中の人々が戦争で犠牲になった子供達に目を向けるための役割を
率先して活動する生き方を選び、多くの女性のお手本として、今でも愛され続けています。

彼女ほど世界に注目された人生をほとんどの人は送らないにしても、
自分の周りには必ず人がいます。
せめて自分の周りにいる人たちに“いい影響”を与えることが出来るように、
“思考・言葉・態度”に“品格”を持てるようになりたいものです。

-幸せな家庭を築く第35の秘訣-

○“前向きな思考”を習慣にし、“いいことが起きる言葉”を選び、
 全ての態度に内側からあふれでる“品格”が持てるように家族がそれぞれに教えあう。

キングアンドクイーンのホームページ








Last updated  2009.11.10 14:16:11
カテゴリ:最高に幸せな家族
35.思考・言葉・態度に『品格』を持つ。

私たちには物事を複雑に考える、というある種の“癖”の様なものがあります。

“あの人は、こう言っている。”“この人の意見はこうで”…
結局、「あ~難しいね。」となったり、「やっぱり、この時代難しい時代だよね。」
といきなり諦めモードになってしまったり、物事は複雑なものだ、
と思い込んだりしてしまいます。

けれど、実は複雑な問題も、“なぜ?”“どうして?”を繰り返してゆくうちに、
ある瞬間にクリアに見えてきた時に“あ、な~んだ!すごくシンプル。”
ということに気づきます。

私達の人生の中で起こる全てのことが、実はとてもシンプルなのです。

難しく考えようとすることは、どこかで“言い訳”を探しているから。
結果を出す前に、“言い訳”をしておきたいから。
上手くいかなかった結果に、“納得できる言い訳”を言いたいから。
複雑に話すことで、“偉い”と思われたいから。

感情的な問題を抱えてしまった時にも複雑に入り組んで見える問題や悩み。
とにかく一旦“シンプルに考える”ように心がけます。

“私は今嫌な気持ちがしている。”
“すごく不愉快な気分だ。”とまず分析します。
それから、“私は○○が~することに気分を害している”、
そこまで自分の気持ちが分かったら、“じゃあ、どうしたらいいだろう。”と考えます。

毎日会う相手だったり、どうしても会わなくてはならない相手だとしても、
絶対に『解決策が見つからない』と思わないことです。
シンプルに考えてみれば、“会わなければいい”と言う結果が出てくるし、
そこで、“え~!そんなこと出来るわけない。”と諦めてしまうのではなく、
とりあえず、解決策をまずは、“知る。”ことが大切なのです。

解決策を“知る。”ことで、“解決策がある。”というまずは希望が持てるからです。

それから、“じゃあ、会わなくなる為にはどうしたらいいか?”となります。
同僚である場合など、“仕事を辞める”が一つ。
どうしてもその仕事が好きならば、その業種でもう一段階上のレベルに
転職出来るように自分を磨き、勉強し、“転職する”事も出来ます。

場所・環境・仕事内容どれをとってもその仕事は続けたいけれども、
どうしてもその人が嫌いな場合は、“はっきり言う”という決断を選ぶことも出来ます。
嫌なことは嫌と言い、おかしいと感じることはおかしい、といい、
もしくは「私はあなたが嫌いです。」と率直に言う事だって出来ます。

問題が解決しない理由というのは、“諦め”の心の方が強いからです。
数学ではないですが、どんなに入り組んだ問題も、絡み合って見える糸や状況をほどき、
明確にし、芯が見えるまで心の中に入り込んでみることです。
そうすると“シンプルな解決策”を見出すことが出来ます。
そして後は勇気を持って、行動することではないでしょうか。

“シンプルに考える癖”をつけることが、一つの解決法になります。
そしてこの“シンプルな考え”は、必ず“前向き”で、“明るく”“肯定的”
であることが大前提です。

自分の頭の中に浮かぶ全てのことを努力してでも、
“前向きな思考”に変換してゆく“癖”をつけます。
全ては“思考”から始まるのですから。

その“前向きな思考”をする“癖”がついたら、
発する“言葉”は自然と“前向きな言葉”であり、“肯定的な言葉”であり、
“人を幸せにする言葉”になってゆくはずです。

この過程は、簡単ではないことですが、家族みんなで交わす言葉に注意して、
もし誰かが良くない思いを言葉にしたら、
「うわっ!○○ちゃん、そんな事言ったら、本当にそうなっちゃうよ。」と言って、
“いいことが起きる言葉”だけを選ぶように家族みんなでしてゆくのです。

“いいことが起きる言葉”だけを使うようになると、
“いいこと”が一杯起きるようになります。
“いいことが起きる習慣”を各自が身につけ、“いい波動”が充満してくるからです。

それから、“いいことが起きる言葉”を話していると、“いい態度”が備わってきます。
“ふてくされた思考”からは、“ふてくされた言葉”が生まれ、
さらに“ふてくされた態度”となり、“ふてくされた人生”を送ってしまうのは、
考えたら分かることです。

“いいことが起きる言葉”を使っていると、
“いいことが起きる態度”が自然に身についてきて、
とても“いい人生”を送れるようになります。

ダイチも“いいことが起きる考え”に基づき、
“いいことが起きる言葉”を話すようになり、
そしたら“いいことが起きる態度”を身につけました。

いつもニコニコするようになり、朗らかで、幸せそうにしているから、
周りにいる人までも幸せになり、沢山の方から声をかえてもらえるようになって、
“さらにいいことがどんどん起きる日々”を過ごしています。

リュウマは生まれつき、“幸せの言葉”を使うのが天才的に上手い子で、
“優しく、思いやりのある言葉”や、“人を喜ばせる言葉”を本能的に知っている子です。
私達親が見習い、尊敬する程リュウマの持つ人格はまるでジェルの様に透明感があり、
柔らかく、それでいて仏像のように穏やかで芯の通った力強さも持っているのです。

サンペイは…と言うと、笑うと顔中が口になるほど素敵な笑顔を見せて
あっと言う間にみなを虜にするものを持っているかと思うと、
突然地雷を踏んでしまったかの様に大爆発する時があり、
ダイチの幼い頃同様、現在進行中で毎日努力の日々です。

元々気が強く、気性の激しいサンペイ。
朝起きるとリュウマにちょっかいを出したり、
自分の気に食わないことがあると物を蹴ったり、どこかへ逃げたり隠れたり、
ものすごく家族に迷惑をかける態度をする時があります。

その時のサンペイの状態を我が家では通称、“ガングロ”と言います。
サンペイは宮古島で生まれたせいか、黒々とした赤ちゃんでした。
今でも日焼けもしていないのに、冬でも何となくチョコレート色?なのです。
そのせいか、肌は強く、病気もめったにしないし、身体も精神も人一倍強いのですが、
その強さがいい時もあれば、台風の目の様に回りに悪影響を及ぼしていることも
多々あります。

そんな状態のサンペイを“ガングロ”と主人が呼び出してから、
我が家では、サンペイがム~っとした態度をしている時、
そこに来た家族の誰もが、“あれ!?”という顔をして、
他のメンバーに、「サンペイ、ガングロ中?」と聞くのです。

「うん。」と言うと、「何で?」と聞き、かくかくしかじか説明をします。
自分で何かをしていて出来ない時にいきなり“ガングロ”になる時もあれば、
誰かに向かって“ガングロ”になる時もあります。

しかしまだ何と言っても8歳の子供です。
同様に気丈なダイチも8歳の時にはもっとすごかったと思えば、
日々どうにかこうにか成長しているサンペイも、
きっといつかは、“いいことが起きる言葉”だけを口にしてくれるようになるでしょう。

“ガングロ中”ではない時のサンペイは、
小さな口がむにゅ~~~と横に広がっていったかと思うとみょわ~~っと、
誰にも真似する事の出来ないようなとびっきりの“笑顔”をするので、
「ん!?今は“かわいいサンペイ”かな!?」と言われて、
家族みんなにもみくちゃにされて可愛がられます。

私にも“悪いことが起こりそうな言葉”を発言してしまう事も一杯あります。
そんな時は、主人から教えてもらったり、
自分で“今日は否定的な考え方をしているな。”と自覚して、
極力直そうと努力してみたり、いつもより多めに睡眠を取ってみたりして、
自分の体調と心の常態をコントロールする努力をします。

主人が発してしまった場合も、「あ!そんなこと言ったら、本当になるよ~!」
と一言いうと、主人も「あ、しまった。」と言葉を改めるようにしています。

私達も気分の悪い時には、家族から言われて大人気なくム~っとしてしまいますが、
でもやっぱり、正直に言ってもらえることがどれだけあり難い事か知れません。
“よりよくなる為”に言ってくれていることですから、腹を立てずに聞き、
訂正するように努力します。







Last updated  2009.11.10 12:28:04
カテゴリ:最高に幸せな家族
34.『幸せの感度』を磨く

“ 神様、ありがとうございます。本当にありがとうございます。
 私は今までに本当に沢山の悲しみを体験することが出来ました。
 どうしようもないほど辛い体験も、死にたいくらい悲しい気持ちも、体験しました。
 その体験を踏まえた上で私は、日々の小さな出来事や、当たり前に存在している事柄に、
 本当に『幸せ』を見出し、『喜び』を感じ、『感謝』し、
 恐怖心に打ち勝てるほどの『勇気』を持つことが出来るようになりました。
 この気持ちこそが私の今の財産だと心から思っています。
 本当にありがとうございました。”

私は幸せにあふれ、心からこんな風に神様に祈る時があります。

特に宗教はありませんから、ただ自分にとって一番感謝しやすい言葉に
“神様”という言葉を発しているだけですが、
その対象は必ずしも“神様”でなくてもいいかもしれないし、
祖先でも、空でも宇宙でも構わないのですが、
どんな対象にでもいいから“感謝の言葉”を唱えたくなる瞬間があるのです。

その瞬間は決してお金が入ってきた時などでもなく、事業が成功した時でもありません。

その瞬間は、子供達が本当に幸せそうに私達の周りで笑っている時であり、
何もなくても“心から安らぎを感じている時”です。

その瞬間は、側で主人が安らかに眠っている時だったり、
子供たちが3人並んで寝ている時です。

その瞬間は、ものすごく天気がいい日だったり、心が晴れ晴れとしている日です。

今までにも数え切れないほどの哲学者や心理学者が“幸せ”を定義しようとしてきました。

沢山の言葉も伝えられてきました。

けれど私たちは どんなに本で読んでも、どんなに言葉で聞いても、
“幸せ”は、実感しないと感じることは出来ないのです。

辛い経験をすることで、皮肉にも更に悲観的になってゆく人もいますが、
私にとっての辛い経験は“幸せ”のエッセンスにもなりえるものです。

辛いことが起こると、その分日常のふとした出来事に
“幸せ”を感じる気持ちが倍増されるようになりました。

真の“豊かさ”とは、実は私達の心の中にあるものなのです。

そしてその“感度”は磨けば磨くほど高まり、内面からキラキラした光となり、
外面へと放出されてくるものです。

笑顔は輝き、体からは意欲が感じ取られ、言葉には温かく優しい言葉があふれ出すのです。

幸せの感度を磨くコツは、まず自分の生活を見直すことです。

朝、目が覚めたら“感謝できる全てのこと”に感謝します。

朝元気に目を覚ませたこと、お天気がいいこと、気分がいいこと、
植えていた種から芽が出たこと、…どんな些細なことでも構いません。
“ありがとうございます。”と“感謝”するのです。
そのうちに心の中がフワッと何だか温かくなり、幸せの火種がポッと火を点します。

それから起きて、日常を過ごして、夜を迎え、一日を通して、
“感謝できること”に一つ一つ感謝する“習慣”を身に付けてゆくのです。

そのうちに、一日に何回も「幸せ、幸せ。」と自分で独り言をいってしまうようになります。

この様にして何気ないはずの日常に沢山“感謝”していると、
“幸せ”は、“感度”であることに気づきます。

そしてその感度は磨けばどんどん輝きを増し、どんどん研ぎ澄まされてきます。

月を見て“きれいだなあ~、幸せだなあ~”と感じ、
花を見て、“かわいいなあ~、幸せだなあ~”と感じ、
緑を見て、“美しいなあ~、幸せだなあ~”と微笑み、
ご飯を食べて、“美味しかったなあ~、幸せだなあ~”と感謝できる心、
これを『幸せの感度』と言います。

この『幸せの感度』をまず自分自身が勝手に磨き、
どんどんどんどん自分が幸せになり、勝手に幸せを感じ、
毎日毎日嬉しそうにしていたら、周りにも勝手に伝染してゆくものです。

どんな事柄にも、必ず二つの捉え方が出来ます。

“幸せ”に捉える事と、一方で、“不幸”に捉える事、です。
どんな事柄でも、どんな言葉にでも、
必ずこの二つの捉えかたが背中合わせになっているのです。
ですから、どんなことが起こっても必ず、“幸せな捉え方”が出来るように、
常に自分の“幸せの感度”を磨いてゆく習慣が大切なのです。

悪口、不平、不満はなるべく耳に入れないように努力します。
それでも勿論一日に何度もそんな状況に遭遇しますし、
気づけば“自分も言っている!”という最悪の事態を招いていることもありますが、
その事に“気づけば”、それでいいのです。

気づいたら、早めに止めたり、聞くことは聞いても、賛同し続けるのではなく、
解決策を見つけてあげるように相手を導いてあげるように努力します。

悪口、不平、不満、陰口は、言っても何にもならないですから。貴重な時間の無駄です。

貴重な時間は、建設的なものにだけ費やすように心に誓っていないと、
気づくとあっと言う間に無駄遣いをしてしまいます。

相手の時間を頂いている時にも、
“貴重な時間”を自分の為に割いてくれていることに心から感謝します。
そして出来るだけその時間が有意義で、幸せに満ちた時間に出来るように過ごします。

一日に感じる“感謝の数”が増えれば、増えるほど、“幸せ”も増えていきます。

-幸せな家庭を築く第34の秘訣-

○幸せの感度を磨くためにまず自分の生活を見直し、感謝する回数を増やす。
 些細なことにも感謝し、どんな事柄にも“幸せな面”を見出す。

○貴重な時間を無駄にしない。
 苦しみや悲しみ、不平、不満、などの悪い感情は、環境を変えたり、
 言葉を変えたりしてでも、一瞬でも早く心の中から追い出す。

○家族と一緒に毎日沢山の“幸せの種”を見つけ出し、育てる。

キングアンドクイーンのホームページ








Last updated  2009.11.10 11:10:23
2009.11.07
カテゴリ:最高に幸せな家族
33.信じる力

“信じる力”とは、私達が“幸せに生きる”為に、一番重要な要素です。

昔、「信じるものは救われる」という言葉が流行り、馬鹿にして笑っていたことがあります。
けれど、今思うことは、“いや、本当に、『信じるものは救われる』のだ!”
ということです。“神”を信じるとか、“信仰心”を持つとか言うことではなく、
もっと身近な“信じる力”のことです。

例えばあなたは“夫(妻)を信じていますか?”、“我が子を信じていますか?”、。
私は今胸を張ってこの質問に答えることが出来ます。「はい、信じています。」と。
“信じる力”とは、“幸せを生み出す全て”なのかもしれません。

“信じる力”がどれ程私達の人生に大切かというと、
それはほぼ100%近く“生きる意味”をなしているのではないでしょうか。

そしてもう一つ“信じる力”の為に大切なことは、
“信じてくれる人”に側に居てもらうことです。
これが、成長を大きく助長してくれる秘訣だと思います。

いつも側に居る人が“あんたダメだよ。”“あんたじゃ成功しないね。”
“馬鹿”だの“間抜け”だの、“できっこない”だの言う人だったら、
いくら自分で自分を“信じよう”と決意しても、その力はどんどん弱まってゆきます。

結婚生活も“洗脳”です。隣に居てくれる人が、“きっとあなたなら出来る。”
“きっと成功する。”“きっと大丈夫。”“きっと上手くいくよ。”
という言葉をあなたにかけ続けたとしたら、あなたの心は強くたくましく、
どんどん自分を信じる力が沸き起こってくるはずなのです。

もしも、その反対で、隣に居る人が、悲観的で、日常生活や、
自分や家族の夢や希望にダメージを与える人で、一緒にいるだけでこちらまでやる気を失ってしまう…という環境であっても、心配する必要はありません。そんなの当たり前だからです。
お互いにないものに惹かれるから好きになったのかもしれません。
ですから最初は、一人が楽観的で、1人は悲観的だというパターンも多いのです。

夫婦というものは、一つの歴史です。2人で綴ってゆく歴史書です。
結婚してから少しずつ、“似たもの夫婦”になってゆく、
もしくは、“妥協した夫婦”、“子供の為だけに縁を切らないだけの夫婦”、
“憎しみ合った夫婦”…などの形態になってゆくのです。

ですから、“幸せ”を探求しだした瞬間から、自分が変われば、まずは、それでいいのです。
まず自分だけは、絶対に“いいこと”を思い、絶対に“よくなる!”と信じ、
自分が家族の誰よりも先に、“信じる力”を強化する努力を怠らないことです。

自分自身がまずは“自分を信じること”。私にはできる。私にはやれる。
私は絶対に幸せになる。私は絶対に~をやり遂げられる。
と、自分が自分の能力を信じ、映像すら鮮明に脳裏に描けるほどに、
自分を信じきることです。

どんなに悲観的な見解が耳に入ってきても、本を読み、自分を奮い立たせ、
絶対に悲観的な意見や考え方に負けない自分を作り出してゆきます。

それからその悲観的な相手には自分まで悲観的にならないように、
相手にはひたすら“信じる力”を与え続けるのです。
“大丈夫上手くいくよ。”とか、“あなたなら大丈夫”と。
そうしてあなた自身が相手に対し絶対に諦めないで、
“いい影響”を与えてあげるように努めてゆくのです。

否定したり、頭ごなしに打ち砕くと人はどんどん小さな人間になりますが、
勇気の言葉と、励ましの言葉と、温かい支えを与えられていると、
人はどこまでも成長してゆくものです。

家族は絶対にお互いが一番の味方であり、サポーターでなくてはなりません。
家族は、“幸せが生まれる神聖な場所”なのですから。

小学4年生だったダイチが、「世界一のテニスプレーヤーになる!」
「ウインブルドンで優勝する!」と言った時、
ダイチは週に1回のテニスを習い始めてまだ1年足らず。

今でこそ“よくお互いに信じあえたなあ”、とつくづく思いますが、
スイングはメチャクチャ、フォアも、バックも、サーブもろくにコートに入らない。
もうすでに小学生の大会で優勝していたジュニア選手がこんな“夢”を持つのならまだしも、
ダイチにはまだ“希望を持てる事実”は何も存在していませんでした。

それでも私たちは、大きな夢を持ったダイチの素晴らしさに感銘を受け、
「ダイチならやれるよ!」と心から信じ、一緒に夢を追いかけようと決意し、
必死で応援してきました。

ダイチはどんな時も、テニスのことを考え、大好きなテニスをするために練習を重ね、
テニスクラブでも、Aコートから、Bコート、Cコート、と徐々に段階を上げてゆき、
自分の思いと努力が実り、年齢的に手遅れで入ることが出来なかった
“強化クラス”に入ることが出来たり、私達が知りもしなかった
ジュニアという世界を知ることが出来たり、
ジュニア選抜の試合に出ることが出来るようになったり、
少しずつですが、試合で結果が出るようになってきたり、
着実に夢に向かって今、本当に毎日を生き生きと生きています。

その後、ダイチに続き、リュウマもサンペイも“世界一のテニスプレーヤーになる!”
という夢を持ちました。リュウマもダイチの後を追って、Aコート、Bコート、Cコート
と上がってゆき、“ジュニア育成クラス”というクラスに入ることが出来ました。

それからしばらくの間、サンペイのコーチは、主人だけになりました。
主人は、ダイチとリュウマを陰で常に練習してあげていた時と同じく、
ダイチとリュウマがクラブで習っている間
サンペイにひたすらボール出しをしてあげるようになりました。

サンペイが8歳になると、ダイチとリュウマと一緒に練習が出来るようになってきました。
そこでサンペイもダイチとリュウマが通う市民コートに毎日付いていくようになり、
サンペイのコーチは“ダイチ”と言っても過言ではない状態がしばらく続きました。

それから数ヶ月後、サンペイは地元の小学生が出場した大会で8歳(2年生)ながら、
準優勝し、翌日の新聞に載るという快挙をとげました。

最後の8試合目の時には6年生のお兄ちゃん相手に、
もうサンペイの細い足はフラフラになってしまいました。
気丈なサンペイ、5・6・7試合目までは、後ろでずっと見守ってくれる
大好きなダイチとリュウマの前で嬉しそうに試合を楽しんでいましたが、
朝11時から始まった試合。夕方の5時を回ろうとしていました。

疲労こんぱいした中、もう一歩も動く力もないサンペイは気力も限界を過ぎていました。
試合を見ていた試合相手のお母さん、主催していた方も、
私に「見ていて辛いですね。もう限界ですね…かわいそうです。」
という言葉をかけてくれ、サンペイを心配してくださっていました。
私は、「サンペイには、ダイチというコーチが付いていますから…」と答えましたが、
私も母親です。試合結果よりもサンペイを見ていて辛く、
子供が怪我してその周りをクンクンうろたえてウロウロしている犬の母親の様に、
サンペイを見ては主人の元に行ったりしていました。

しかし、共に練習し、戦いの世界で生き、後ろで何時間もサンペイを見守り、
そしてサンペイにいいショットがあると、パン、パン、パン、・・・とゆっくり、
しかも力強く、サンペイの背中を押してくれるダイチとリュウマの温かい拍手と、
励ましの拍手に応えるように、ボールがきては走り、打ち、転び、そして涙を拭いながら、
サンペイは最後まで戦いました。

この試合を最後まで戦い抜けた気力こそ、
サンペイ1人ではきっと持続しきれなかった力でしょう。
テニスはコート内に入ればどんなに小さな子供でも1人で戦わなくてはならない競技です。

最初はコートの周りに座っていたダイチが最後は一番近い距離まで行って、
金網にしがみついて、パン、パン、パン・・・と叩き続ける両手に
“サンペイ頑張れ!”“最後まで頑張れ!”という思いと、
“サンペイだったらやれる!”“俺達が付いてる!”という
“サンペイを信じる思い”がこもっていて、サンペイに届いていたからこそ、
サンペイは最後まで立ち上がり、戦い続けることが出来たのだと思います。

サーブがやっと入るようになってまだ試合数も数えるほどしかしたことがない
サンペイにとって、いきなりこの長時間、しかも8試合という試合数を勝ち上がり、
手にした“準優勝”という栄冠。
直ぐに表彰式に呼ばれても、重い足と涙でしばらくベンチを離れることができませんでした。

サンペイの気力には“喜ぶ”という気持ちさえも残っておらず、
「サンペイ、早くおいで。」と言う私の呼び声にやっと立ち上がりました。

車に乗っても、「サンペイすごいね!準優勝だよ。」と言っても、全く反応がないサンペイ。
一番感動し、一番サンペイの快挙を褒め称え、喜んでいたのは、他ならぬダイチでした。

「サンペイすごかったね…」「サンペイ上手かったね…」といつまでも、
いつまでも、いつまでも、私達に話していました。
このサンペイの試合は、ダイチにもリュウマにも大きな刺激となり、
大きな励ましとなりました。
“俺もやってやる!”という気迫が2人の兄弟にも感じられました。

最後まで自分を信じ、戦い続けることが出来たサンペイの力は紛れもなく、
ダイチの熱い拍手に込められた“サンペイを信じる思い”が伝わった結果です。
サンペイは決して1人で戦ってはいなかったのです。

家族が、『一番の味方』で、『一番の友人』で、『一番の心のより所』で、
『一番安心して自分を出すことが出来て』、『一番居心地がいい場所』だと、
一日中“幸せ”です。

時には、教えあうこともあり、叱咤することもあると思いますが、
大きな部分では“信じてるよ。”という安心感を与え合うこと、
“あなたなら大丈夫だよ。”という支えになってあげていること、
それを家族の一番の役割として“習慣”にしてゆくことが、
“幸せ”を子供達に実感してもらう一番の方法ではないでしょうか。

その“家族の幸せ”を身を持って知っていれば、
きっと子供たちがそれぞれの家族を持った時に、
“さらに幸せな家族”を築いてくれるのではないかな、と思います。

家族の“夢”や“希望”は、お互いの“信じる力”から生まれ、
達成しようという“意欲”と“情熱”に変わり、
そしてそれが、“生きる意味”をも生み出します。

-幸せな家庭を築く第33の秘訣―

○まず、自分を“信じる力”を強化すること。
 自分自身を信じられない人に、他人を信じることは出来ない。

○“信じる力”から生み出される“夢”や“希望”、“意欲”、“情熱”こそ、
 “生きる意味”をなす一番の要素。

キングアンドクイーンのホームページ







Last updated  2009.11.07 12:01:08

全40件 (40件中 1-10件目)

1 2 3 4 >


© Rakuten Group, Inc.