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全7件 (7件中 1-7件目)

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名所

2018年08月31日
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カテゴリ:名所
今年の大河ドラマ「西郷どん」と、明治維新150周年ということで、鹿児島はあちこちで色々なイベントや取り組みが見られます。

鹿児島といえば、やはり島津のお殿様。
島津家に縁のある場所が、あちこちにありますが、今回、姶良市加治木町にある「精矛神社(くわしほこじんじゃ)」に行く機会がありました。



精矛神社は、島津家第17代当主義弘公が祀られている神社らしいです。

加治木駅からちょっと奥まった場所にあり、こういうところに、島津家ゆかりの神社があるなんて、全く知りませんでした。



日本の歴史にはあまり詳しくないのですが、島津義弘公は、豊臣秀吉の時代の朝鮮の役の活躍や、関ヶ原の戦いの際の西軍として功績を残すなどの将軍だったようですね。






その功績の大きさを考えると、どことなくひっそりとした佇まいの境内。
しかし、立派な石灯籠や案内の門柱などが、なんともいえない重厚感を醸し出していました。



この場所は、大河ドラマ「西郷どん」のロケ地だったようで、撮影時のパネルがありました。

ちなみに、来年は島津義弘公没後400年ということで、義弘見参プロジェクトとして記念事業が計画されているようです。

御祭神没後400年記念事業HP

こういう場所を訪問して、日本の歴史に思いを馳せるのもいいものですね。






最終更新日  2018年09月01日 00時17分22秒
2017年09月21日
カテゴリ:名所
敬老の日の9月18日、久しぶりにドライブで、唐船峡に行きました。

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そうめん流しといえば、やっぱり指宿市開聞町の唐船峡!!
くるくるとそうめんが回る回転式のそうめん流しテーブルを発明したのは、ここ鹿児島県指宿市開聞町(当時は指宿郡開聞町)で助役をしていた井上廣則さん(後に町長)ということで、鹿児島では回転式のそうめん流しが定番なのです。

ちなみに竹でそうめんを流すのは「流しそうめん」、鹿児島のように、くるくる回転するのは「そうめん流し」と言いうそうです。

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ちなみに、私はいつも長寿庵さんでいただきます。
到着したのはほぼお昼時と言うことで、待つかなぁ・・・と思いましたが、さほどでもなく、すぐにテーブルに案内していただきました。

ここに来たら、そうめんにマスの塩焼き、鯉こくのお味噌汁におにぎり2個の定食を頼むのが、以前からの定番メニューなので、今回も、いつも通りのメニューです。

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ほどなく、そうめん登場!!
そうめんつゆもたっぷり提供されるので、薄まったらどんどんこのテーブルの真ん中の穴(丁度、ざるの置いてある下あたり)から流して、あたらしくつゆを継ぎ足していただくのがルールです。

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ほどなく、マスの塩焼き、鯉コク、おにぎりも運ばれてきて、いざ実食!!
マスはふっくらと焼き上げてあるし、鯉こくはいいお出しが出ているし、おにぎりもお米がおいしいし、本当に大満足です♪

そうめんといえば夏の食べ物と思いがちですが、ここ唐船峡は一年を通していつでもそうめんが食べられるって鹿児島県民でも知らない人って結構いるみたい・・・。
冬用のメニュー、例えば温かいにゅうめんなどもありますが、ストーブが焚かれる横で食べるそうめん流しもなかなかオツなものですww
といっても、実際に冬場にここに来たのがいつ頃だったかは、もう記憶が定かでは無いくらい遠い昔のことではあります。

久しぶりの唐船峡、しっかりと堪能させていただきました。
ごちそうさまでした!!






最終更新日  2017年09月21日 21時56分18秒
2017年06月01日
テーマ:観光地(504)
カテゴリ:名所
平川動物公園のすぐ近くにある錦江湾公園のバラが見頃と聞き、行ってみました。

ここにバラを見に来るのは、本当に久しぶり!!
今年の3月に亡くなった母を連れてきたとき以来だったかもしれません。

243種、約1,300株のバラが植えられているとのこと。
色とりどりのバラを見ながら、写真を撮りまくってました♪


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この白いバラはコスモス
宇宙=COSMOSを意味しているそうです。



色はもちろんですが、花弁の形や枚数も様々あります。
香りだって、強い品種とほとんど香りのない品種と色々でした。



ソレロ
レモンイエローの小ぶりの花で、花弁の数は118枚もあるそうです



これは、ピンク サクリーナという名前で、5枚の花びらは桜のようなハート型をしています。
サクリーナという花名は、日本の桜の美しさに敬意を込められて名付けられたと案内がありました。









サハラ’98
黄色からオレンジ色に色のりする種類だそうで、花弁数は20~25枚とありました。





ハニーキャラメル

花の色がキャラメル色だからのようですね。



国蝶





レッドレオナルドダビンチ
花色がクリムゾンレッド~ピンクがかった赤なのが特徴的








ブラック ゴールド
ビロードのような質感の黒みがかったダークブラウンに裏弁がゴールド黄という従来にない色彩のバラ 


花が大好きだった母に、もう一度、見せたてあげたかったな。

今度見に来るときには、母の写真と一緒に、見に来ようと思います。






最終更新日  2017年06月01日 23時34分00秒
2017年01月03日
テーマ:観光地(504)
カテゴリ:名所
フラワーパークのイルミネーションを、見に行ってきました。

以前は夏の竹灯籠の夕べと冬のイルミネーションの時期には、必ず見に行っていたのですが、一昨年あたりからは色々あって、なかなか時間がとれず、久しぶりでした。

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向かう途中には、こんなに綺麗な開聞岳と夕陽を見ることができました。

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着いた時間は、まだ明るさが残っており、イルミネーションの色合いの鮮やかさはまだ今一つといった感じでしたが

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日が落ちて周囲が暗くなると、色とりどりに型どられた華やかな世界が広がりました。

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以前、実に来た時とは順路が逆方向だったのと、広場の大きなオブジェがなくなってましたが、飾り付けのエリアが広がっていて、色のバリエーションがたくさんあり、とても楽しい時間でした。

今回も年間パスポートを作っての入場でしたので、一年以内にはまた、遊びに来たいと思っています。






最終更新日  2017年01月03日 17時35分22秒
2016年09月23日
カテゴリ:名所



2015年の夏、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録され、日本中が盛り上がったのは記憶に新しいことです。
私自身、昨年の8月には、この構成資産の一つの軍艦島を見に行きました。

この構成資産の中には、鹿児島の旧集成館、寺山炭窯跡、関吉の疎水溝の3つが含まれています。
その中一つである関吉の疎水溝に着目したシンポジウムが、来る10月2日(日)午後1時から鹿児島大学稲盛会館で開催されます。

2014年に世界文化遺産に登録された「富岡製糸場」の取り組みに詳しい鳥取環境大学准教授の新井直樹氏による基調講演のあと、新井先生をコーディネーターとして、関吉の疎水溝の調査をされたこともある県歴史資料センター黎明館主任学芸専門員の深港恭子氏、地元である下田町町内会長の米元勝男氏鹿児島県世界文化遺産総括監の田中完氏によるシンポジウムという流れになっています。

...

世界遺産登録を契機に、観光の動きや人の流れ、まちの形の変化がある中で、関吉の疎水溝を素材に、オンリーワンの観光素材として注目を集める世界遺産の活かし方や地域活性化のあり方を探るという内容だそうです。

実は、私はこの関吉の疎水溝と寺山炭窯跡はまだ見たことがないのです。
世界遺産に登録後、関吉の疎水溝の近くを通る機会があったのですが、以前は無かった大きな案内板が立てられており、資産を見に行く人への配慮が感じられました。

鹿児島に住んでいても、まだ実際に足を運んだことの無い方が、沢山いるのではないかと思います。足を運ぶ前の事前の情報を得るにもいいイベントだと思います。

参加希望の方は、以下のメール・アドレスに、お名前、会社・団体名等(または住んでいる市町村名)、電話番号を記入しての申し込みとなるようです。
あるいは、チラシ裏面の様式を使ってファックスで申し込んでもOKのようです。
申込期限は、今度の日曜日9月25日までの先着順だそうですので、興味のある方はいかがでしょうか?
私は既に申込み済みで、当日が楽しみです♪

(申込先)
鹿児島県企画部世界文化遺産課
kanrihozen@pref.kagoshima.lg.jp
FAX 099-286-5525






最終更新日  2016年09月23日 12時14分55秒
2016年05月23日
カテゴリ:名所
鹿児島には、鎖国期間中であった江戸末期に、英国に留学生を送り出したという歴史があります。

そんな薩摩藩英国留学生達の歴史的背景などが見られる、薩摩藩英国留学生記念館に、ようやく行く機会がありました。

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10時の開館時間前には、既に我々を含めて数名の方々が集まっていました。

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入り口すぐ右側には、沢山の蔵書が並んだ書架のスペースがあります。
ちょうど、企画展として『薩摩藩英国留学生記念館「五代友厚」特別企画展「GODAI…バイタリティーの男〜薩摩スチューデントから大阪の恩人へ~」』が開催されていました。

館内は、写真撮影OKということのようで、何枚か写真を撮らせてもらいました。

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1階部分は、なぜ、彼らが英国留学するに至ったのか、そのきっかけとなった薩英戦争や時代的な背景、そして英国に向かう前に留学生達が滞在した羽島での様子などが展示されています。
薩摩藩出身者以外にも2名含まれていることは聞いていましたが、そのうちの1名・堀孝之と五代友厚との関係は、今回初めて知りました。

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2階部分は、英国に渡った留学生達の足跡が紹介されているのですが、階段を上ってすぐ場所には、この大きな写真がありました。これは、薩摩英国留学生のことを語る上で、よく目にしている写真ですが、この中には、新納久脩、五代友厚、堀孝之が写っていません。というのも、彼らはこの時には既に英国内をあちこち視察するなど精力的に活動していたからということも、ここで初めて知りました。

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この薩摩英国留学生達は、後に初代文部大臣となった森有礼、サッポロビールの前身である開拓使札幌麦酒醸造所を創設した村橋久成、アメリカに渡り、ワイン王とまで呼ばれるようになった長沢鼎など、誰もが知っているような功績を多数残していることは、彼らを派遣することを決定した島津久光のすばらしさなのだと改めて感じました。


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2階の機帆船デッキから下を見ると、留学生出発の瀬の記念碑がすぐ目の前にあります。
ここから遙か異国の地へと、大きな志を持って出発した留学生達。
その後の近代日本の発展に欠かせない足跡を残した彼らの偉業を、改めて感じさせられる場所。
機会があれば、是非1度、足を運んでみることをお勧めします。






最終更新日  2016年05月24日 13時07分39秒
2015年09月07日
カテゴリ:名所
今年の7月に、日本がユネスコ世界遺産委員会に申請していた「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が、無事に世界遺産として登録されました。
私の住んでいる鹿児島でも、旧集成館、寺山炭窯跡、関吉の疎水溝の3つが認定されました。

今回指定された世界遺産の中で、以前から1度行ってみたかった場所の一つが、長崎県の端島。
通称「軍艦島」です。
というのも、大好きな映画、007の「スカイフォール」に出てくる架空の都市、「デッド・シティ」のモデルになった島だと聞いていたから。
ごく最近では、現在封切り中の「進撃の巨人」のロケが、実際に行われたそうですが、世界遺産登録後はロケ地として実際に使用することはできなくなるらしいです。

ということで、あれこれ調べてみて、鹿児島からバスツァーが企画されているのを知り、それを利用して行くことにしたんです。
行く前に、色々と軍艦島ツァーを調べて知ったのですが、年間365日のうち、上陸できる日は約100日しかないそうでなんですよね。
今回の日程では、ちょうど台風15号が近づいており、一抹の不安を抱えつつ、向かいました。


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今回私たちが利用したのは、軍艦島コンシェルジュという会社です。
この船に乗って、いざ軍艦島へ!!
本当にいいお天気だったので、行くときはデッキ席に座りました。
軍艦島に向かう途中も、ガイドの方が色々な説明をしてくださいます。

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そして、こんな風に徐々に軍艦島が近づいてきました。
軍艦島は、長崎港から南西に約19kmの沖合に位置する島で、
南北に約480m、東西に焼く160m、周囲約1,200m、面積約63,000平方メートルという小さな海底炭坑の島です。
当初は草木のない水成岩の瀬にすぎなかった小さな島は、採掘技術の発達とともに、周りを6回に渡って埋め立てる形で護岸堤防の拡張を繰り返し、現在の形になったそうです。

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岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから、「軍艦島」と呼ばれるようになったそうです。

海の中にぽっかりと浮かぶ鉄筋コンクリートの建物は、とても異質な感じがします。

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この付近は、ちょうど島へ上陸するための桟橋がある地点です。
左奥の建物が、多分、30号棟だと思うのですが、1916年に建てられた日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造りの高層アパートだそうです。

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周辺をぐるっと回って、島の様子を見学させてくれます。
山の一番高いところにある居住棟は、炭坑の幹部職員用の社宅で、そこはお風呂もついていたそうです。


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この狭い島の中に、小中学校、病院、映画館やパチンコ店などもあったそうです。

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この島では、飲料水と電気の確保がとても重要な問題であり、飲料水は当初は海水を蒸留していたそうですが、のちに給水船で運ばれるようになり、高台の貯水槽に蓄えられ、数カ所の共同水栓から配給されるようになったそうです。

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この狭い島の中で、最盛期には約5,300人が生活していたというのですから、驚きです。
1891年から1974年の閉山まで、約1,570万トンもの石炭が採掘され、採掘作業は海面下1,000m以上の地点まで及んでたそうで、気温30度、湿度90%という悪条件下での仕事の過酷さは想像できません。
そんな採掘作業は、エネルギー需要の変化に伴って減少し、1974年1月に閉山し、同年4月に無人島になったそうです。

本来なら、上陸しての見学ができるはずでしたが、激しい波のために、今回は上陸することは叶いませんでしたが、周囲を見るだけでも、日本の発展のために寄与した歴史の一部を感じることができました。

今回、世界遺産として端島全体が登録されたわけではないそうで、鉄筋コンクリートの建物たちの劣化と崩落が激しくなっており、建物の保存のための経費獲得が難しいということを、ガイドのかたが話してらっしゃいました。
実際に数年前の画像と最近の画像の比較も紹介されましたが、外壁部分の崩落による変化が一目瞭然です。
日本の近代化を支えたこれらの資産を、後生にしっかりと伝えるためにどうすべきかを、考えなければならないと感じます。

また機会を作って、次回は是非、上陸してより近くで日本の歴史を体感したいと思います。









最終更新日  2015年09月08日 01時05分42秒

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