地球最古の物質
地球に残っている最古の(個体の)物質はいったい何でしょうか?地球が誕生したのはおよそ46億年前と見積もられていますが、現在見つかっている地球最古の(個体)物質は44億年前にさかのぼります。アポロ計画(Apollo space program)で月から持ち帰ってきた石(moon rock, genesis rockとも)は44.6億年前でもうちょっとだけ古いですが、これは地球起源ではありません。※10億年という単位は、地質学ではしばしば1.0Gaと略されます。Gは"Giga"「10億」、aは"ago"「前」の意味です。なので46億年前=4.6Gaです。ちなみにMは"Mega"「100万」で、100万年前=1Ma, 4.6Ga=4600Maとなります。一方、Billion years(10億)やMillion years(100万)を略したByr, Myrという表わし方もあります。厳密な使い分けは不明ですが、地質年代についての話をするときはGa, Ma、対して計測機器による測定データであるとか、~年前ではなく何年間という期間を言いたいときはByr, Myrが使われるようです。 発見されたのはジルコン(zircon)と呼ばれる鉱物(mineral)で(英語で発音するとザーコン)、西オーストラリアのジャック・ヒル(Jack Hills)という砂漠地帯で見つかり2001年に発表されました。ジルコンは化学組成ZrSiO4のジルコニウム(Zirconium, Zrと略す)鉱物で、大きさはせいぜい数百ミクロン(micron, ミリの1/1000の単位)程度です。もともとの母体となった岩石はすでに消滅してしまったものの、ジルコンは熱、圧力、風化(weathering)に対して極めて耐性が高いため、これだけが現在まで残ったのです。 ジルコンの顕微鏡写真 さて、発見場所を見てみましょう。 拡大。右に見えているミーカサッラ(Meekatharra)という町はフィールドワークのときに通りました・・。さらに拡大。ジャック・ヒル 拡大してもあまり景色が変わらないのですが・・。このあたりはとにかく平坦で、日本の感覚では丘(hill)と呼べるようなものは何もないのですが、わずかながら凹凸がところどころにあり、その一つを指しているのだと思います。ジャック・ヒルはイルガン・クレイトン(Yilgarn Craton)という大陸塊の一部で、この大陸塊自体はおよそ2.9-2.6Gaに形成されたものです。その中に、もっと古いかつての大陸(continent)の一部がいろいろ含まれており、ジャック・ヒルもその一つとなります。ジャック・ヒルはすでに何回か調査が行われており、1986年にCompston&Pidgeonが4.0 Gaのジルコンを発見しています。そして2001年Wildeらは4.0-4.4Gaという現在に至るまで最古のジルコンを発見したと報告しました。 (Peck et al., 2001) 図の4,404Myr(= 4.404 million years)というのが44億年前のことです。さらに興味深いのが4,404という数字が出た部分の18Oの同位体比(isotope ratio)でした。前回は12C, 13Cという炭素(carbon)の同位体(isotope)が出てきましたが、酸素(oxygen)も決して1種類ではなく、16O, 17O, 18Oの3つの同位体が自然界には存在します。それぞれの割合は周囲の環境によって変化するため逆に、割合の値からその鉱物が形成されたときの環境を推測することができます。酸素については一般に16Oと18Oの比率を求めます。4.4Gaの部分の比率を求めてみると、通常のマグマ(magma)中より18Oの割合が高い結果となりました。ジルコンはもともと火山活動などによって岩石が高温でどろどろに溶けた後に結晶化(crystalization)することで生成します。マグマ由来のジルコンであればマグマ中の18Oと同じ割合になるはずです。ということはジルコンはマグマそのものではなく、マグマと接触したなんらかの岩石が溶けて再結晶化(recrystalization)したもので、その元々の岩石がマグマより高い18Oの割合をもっていたのではないかと考えられます。岩石と液体の水が低温で相互作用すると岩石中の18O比率が高くなることは既に知られており、「液体の水」で最も確からしいのは海です。すなわち、筆者は4.4Gaにすでに海があったと主張します。これまで4.4Gaはまだ隕石(meteorite)の衝突が激しく、非常に高温でとても液体の水が存在できる環境ではないと考えられていましたが、その通説をつくがえす主張です。ただし、現在のように恒常的に海が存在する必要ななく、隕石の衝突の合間合間に比較的穏やかで温度の低い時期がある程度の期間存在していたのではないかと推測します。 現在の理論では、火星サイズの隕石が衝突して、飛び散った地球の一部が月となったと考えられていますが、その時期はおよそ4.47Gaと見積もられています。今回の発見から4.4Gaにはすでに冷えて固まった岩石の存在とさらに液体の水の存在が想定されることから、我々がそれまで想像していたよりも速く、隕石衝突から7000万年以内に地球は100度以下にまで冷えたのかもしれません。4.0Ga以前の地球に液体の海が存在できるような低温の時代があったという仮説はThe Cool early Earth (CEE)理論と言われていますが、4.4Gaのジルコンの発見はそれを支持する証拠の一つと言えます。 referenceCompston & Pidgeon (1986) Nature, 349, 209-214Wilde et al. (2001) Nature, 409, 175-178Peck et al. (2001) Geochim. Cosmochim. Acta, 65, 4215-4229