2007/10/25(木)09:41
五島の教会群-隠れキリシタン信仰の結晶
五島列島には明治から昭和に掛けて建築されたカトリック教会が50数棟あります。
下五島と言われる福江島に約15教会、上五島の中通島に約30教会あり、全国的に見ても教会の半数が長崎県内にあると言われています。
近年、地元の学者や建築家によって「長崎の教会群を世界遺産にする会」が発足しています。
これらの教会群は、西洋と日本の文化が融合したユニークなもので、建築史の発展を辿ることが出来る貴重な資料と言われています。
キリシタン禁教を逃れて五島に隠れた「隠れキリシタン」は、平坦な下五島では随分摘発されたようですが、上五島では入り組んだリアス式海岸の若松瀬戸では比較的安泰だった様です。
キリシタン禁教令が解かれた明治初期から、日本独特の教会建築様式で各地に建立され、一部は老朽化の為コンクリート製となりましたが、未だにレンガ、木造の教会も数多く残されています。
国の重要文化財である石造りの頭ヶ島教会、中核の桐教会は一回ずつしか行っていません。
丸尾教会、青砂ヶ浦教会は多分100回以上も前を通過していますが、あまり身近に感じられると写真も撮らなくなります。
近頃は「教会めぐりをして温泉に入ろう」と言うツアーが多くなりました。西海国立公園の中に佇む教会を訪問することは、歴史とロマンを感じざるを得ません。
バスツアーは年を召した団体が多いようですが、うら若き乙女たちはレンタ・カーを使って自由に教会めぐりをしているのに出会うことが出来ます。
日本の教会建築を完成に導いたと言われますのが、新魚目町出身の「鉄川与助」翁、フランス人の指導を受け、明治40年の冷水教会を設計施工したのを手始めに、50以上の教会を手がけました。
教会天井のコウモリ天井、折上天井等、奇抜で優れた建築様式はあまりにも有名となりました。
名建築として知られる、頭ヶ島教会、青砂ヶ浦教会、大曽教会、堂崎教会は、全て彼の手によるものです。
昭和51年に97才で逝去されたそうですが、独創力と根気の塊のようだ人だったそうです。