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カテゴリ:学校・教育
それでは、道徳の授業づくり3つ目の問題点「授業の終わり方がわからない」というもの。
これも多くの実践事例では、最後に「教師の説話」というものを持ってくることが多いようです。しかしこの説話は、ともすると先生の説教になりがちです。 「先生にもこのお話と同じような経験があってね・・・」と話しだし、最後には「だからみんなもこれからこのことに気を付けて生活しようね」というような生徒指導(生活指導)で終わってしまうのです。 これはまさに先生の価値観を押し付けているわけです。よく「道徳の授業はオープンエンドで・・・」という方がいらっしゃいます。その方法は確かによくわかります。 でもここでもこの言葉の意味をよく理解しておく必要があるのです。 道徳におけるオープンエンドとは、特定の道徳的価値観に集約せず、子どもたちのもっと考えたいという意欲や探求心を継続させるようにもっていくことをいいます。 ともすると「子どもに考えを出させるだけ出して何となく終わる」ことをオープンエンドと思っていらっしゃる方もいるでしょう。それは間違いです。 子どもたちは授業が終わっても、その道徳的価値を自分の中で内省させながら実生活で実践していきます。これが道徳の授業から道徳教育につながるということです。 道徳の授業では心に種を植え、授業後の実生活で自分の生き方を考えながら生活を実践していくとき、先生や大人はそれをしっかり導いてあげる、つまり種から芽が出たらスクスク育つようにしてあげるということなのです。 こう考えると、授業の終わり方は教師の説話だけではありません。音楽を聞いたり、写真や絵を見たりしてじっくりと考えることもできるし、友達ともう一度話したり、あるいはみんなしんとして自分ひとりでじっくり考えるという時間を設けるというのもいいでしょう。場合によっては、今日の道徳的価値をもう一度振り返ってみるということもあるでしょう。 どんな方法をとるにしても、オープンエンドの対極にあるクローズドエンド、すなわち「はい」か「いいえ」で結論付ける終わり方ではないということです。 お分かりいただけたでしょうか・・・。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025年11月13日 05時00分12秒
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