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2026年01月14日
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カテゴリ:学校・教育
皆さんは「教養」と聞いてどんなイメージを持ちますか。
教養がある人は頭がいい」とか「教養がある人は素敵に見える」などのイメージがありますよね?多くの方は、この教養とは知識のことだと思っているでしょう。
知識があるから頭がいい、知識があるから素敵に見えるなどなど・・・。

でも本当の意味での教養とは、「一つの物事をいくつの視点でみられるか」ということだと思うのです。
たくさんの視点を持って物事を見られるということは、色々な立場で物事が考えられる、視点の数が多い人ほど教養がある人だといえるのではないでしょうか。
例えば、日本人は無宗教と言われますが、それでも生活の中には仏教の考え方がいくつも入り込んでいます。だから何となく仏教のしきたりや考えはわからないでもない。
しかしキリスト教と言われたらどうでしょうか。このキリスト教の視点でも物事がみられる日本人だったらどうでしょうか。
きっとその人には教養があると感じるのではないでしょうかね。
もちろんその時にやはり知識は手段として必要です。キリスト教のことを知識として学んでいなければ話になりません。でもあくまでも知識は手段でしかないのです。
AIを考えればわかりやすいですか。AIは人間の何万倍も知識を詰め込んでいます。
だからAIは頭がいいなあとは思うけれど、AIは教養があるなあとはあまり思いませんね。
つまり教養を身に付けるとは、多くの視点を獲得し、多角的に考えられることいえるでしょう。
ではどうしたらこの視点を獲得できるのでしょうか。
まず視点とは身体感覚です。知識ではないので頭で覚えるというものではありません。
何か一つの物事について知識を溜めて、ある領域の視点をつかむと、この視点感覚は身体が覚えるのです。そしてひとたび覚えると一生忘れません。

例えば、部活動で中学時代に3年間ひたすら野球部で頑張ったとしましょう。おそらくピッチャーならカーブの投げ方やフォークの投げ方を知識として学び、それを実践して感覚的に投げ方を覚えたはずです。その感覚は言葉では言い表せないし、練習だけでなく公式戦や大舞台での決勝戦でも、体感的に湧き上がる情動的な感覚がカーブやフォークの精度を上げたに違いありません。そして野球を通じて獲得した、知識からだけではわからない何か。その何かは漠然とした、しかし確実に「ある」というものでしょう。これが教養としての感覚です。
では、どうしたらこの感覚を身に付けることができるのでしょうか。これは次回に・・・。


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最終更新日  2026年01月14日 05時00分06秒
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