相手の気持ちがわからないのは経験不足だから
「どうしてわからないの!相手の人がどう思うか!人の気にもなってみて!!」こんな言葉を言ったり言われたりしたことはありませんか。お子さんが小さいときにはよくこんなことで叱っていたなあと思い出すこともあるでしょう。でもよく考えてみてください。そもそも小さい子は人生経験が少ないのです。相手の気持ちになれ、相手がどう思うか考えろ、と言われてもやった経験がないからわからないわけです。道徳の授業でも、重要な道徳的価値に「相手のことを理解するとか寛容な心を育てる」というものがあります。まさに相手の立場になって互いを理解し、ときには「そういうこと自分にもあるよな」と思い相手を許すなんてこともあるわけです。でもこの内容項目の道徳の授業は小学校低学年にはないのです。(小学校中学年から入ってきます)小学校低学年くらいは「自分」が中心であり、自分を否定されると感情的になり、それまで以上に自分に固執します。たくさんの経験の中から、他者と共にいることが楽しくなり、そのためには相手の考えも理解し、譲るところは譲るし、ときには自分を振り返り「そういうこともあるよな」と自分の非に気づくこともあるわけです。つまり経験不足がそういう心の未発達な状態にしているのです。そう考えると、小学生ばかりでなく大人でも「経験不足」が十分に考えられますね。特に昨今は、個別主義が助長され、「好きなことをやる、やりたいことをやる」ということがあまりに強調され過ぎて、自己中心的になってきています。学校教育にもその風潮は決して少なくありません。昔の人が良く言った言葉に「苦労は買ってでもしろ」という言葉があります。「苦労は必ずや自分のためになる、どちらかを選べと言われたら辛い道を選べ」という意味です。今の人はおそらくその意味すら理解できないだろうし、「苦労なんてしたくないしぃ~」「楽しく生きたいしぃ~」と言われそうです。しかし年齢を重ねれば重ねるほどその意味がのちにわかってくるものです。学生時代は気にしなくても、社会に出れば厳しい状況に立ち向かわなければなりません。日本は平和ですから、苦労しなくても生きていけるように見えるかもしれませんが、これからの若い人はグローバルに活躍するのですから「経験不足」は致命的かもしれません。学校の宿題の「代行業」が話題になって久しいですが、今や退職代行業まで流行っています。しかし逃げていては身につかない重要なことがあるのです。気づいていただきたいのです。