第8回KIS勉強会では伝わらなかったこと
どんな研究会や研修会に行っても、私は後に必ず振り返りをします。「今日の自分の話はうまく伝わっただろうか」と。言い回しや具体例など、後になってみると「こういえばよかったのかな」などと反省することしきりです。先日の第8回KIS勉強会でも「主体的・対話的で深い学び」についてお話したのですが、主体的ということについては細かくお話をしたつもりだったのです。しかし対話的で深い学びについてはあまり詳しく触れなかったかもしれません。対話的というのは、他者と一つの課題について自分の考えを伝えあうといった感じでしょうか。勘違いしたくないのは、対話とは他者だけとは限りません。自分との対話や対象物(教材など)との対話もあるわけです。そこには必ず自分が述べればそれについて他者が何かしら意見を言います。自分が批判的に問い返すことだってあります。するとその意見を聞いて「なるほど、そういう考え方もあるな」と自分は思い、頭に浮かんだ新たな考えを述べます。するとまた別の他者がそれについて意見を言う・・・。この繰り返しの中で、それぞれが頭の中で次から次へとつなぎ合わせて新たな思考を巡らせるのです。これを「知のネットワーク化」と言います。一つ一つの知識が結びつくことによって、一段上の階層の知識になる。つまり深い学びとは、こういった対話の重ねから「知識・技能を繋ぐ(関連付ける)」ことと言えると思うのです。このつなぎ関連付けられた知識というのは、結びついているので忘れにくい、そして別の場面でも「なるほど、あの時と一緒だ!」というふうに一般化して活用できる知識として保持されるのですね。さて、主体的・対話的で深い学びとはこうして作られていくのでしょう。その時に必要なことは「書いたり話したりするアウトプット」であり、「教師の指導性の発揮」が重要です。これがすなわち勉強会でお話した「この学びは自分たちのものだ」と子ども自身に思わせる教師の仕掛けなのです。伝わったでしょうか。またまた伝え方を反省します・・・。