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薔薇が咲いた頃に

 辻邦生は、小鳥にも説教をしたという聖フランシスの伝記に言及し、聖女クララとの愛の物語を紹介している。

 ある冬、二人はアッシジの近くまできた。聖フランシスはいった。

「どうやら私たちは別れるときのようだね」

悲しみに打ちひしがれた聖女クララはたずねた。

「では、こんどいつお会いできますの」

「夏がきて薔薇が咲いた頃に」

 すると、その途端、雪に覆われた森いちめんに薔薇が咲いた。クララはその一輪を聖フランシスに差し出し、二人は生涯離れることはなかったという。

 いつも別れは辛い。それがたとえ永遠の別れでなくても、一時的なものであったとしても。死を前ほどには恐れなくなってはきたが、死は愛する人との別れを意味する以上、死は恐い。きっと死ぬ瞬間に執着するものが何もないというような平静な心ではいられないだろう。

「執着するものがあるから死に切れないということは、執着するものがあるから死ねるということである」

と三木清は書いている。

「私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する」

 死後、帰っていくべき愛する人がいることが死の準備なのだ、とも…

 しかし、誰も帰ってこない。僕も誰のところにも帰れないのではないか。



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