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上田喜四郎の実践「日月神示」

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パワースポット 島根県

2015.04.28
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出雲大社 島根県4

 出雲大社については、今回で最後として、まとめをしようと思います。とても基本的な事です。私の目的は、誰にでも理解できることから入門してもらい、日本という国の素晴らしさを再認識してもらいたいと思っています。それでは、

1.出雲大社の読み名

  「いずもたいしゃ」×

  「いずもおおやしろ」○

2.出雲大社での参拝作法

  「2礼2拍手1礼」×

  「2礼4拍手1礼」○  

  (出雲大社のHP説明「4拍手をする理由ですが、当社で最も大きな祭典は5月14日の例祭(勅祭)で、この時には8拍手をいたします。数字の「8」は古くより無限の数を意味する数字で、8拍手は神様に対し限りない拍手をもってお讃えする作法です。ただし、8拍手は年に1度の例祭(勅祭)の時のみの作法としています。平素、日常的には半分の4拍手で神様をお讃えする4拍手の作法としていますが、お祈りお讃えするお心に差はありません。」http://www.izumooyashiro.or.jp/qa.html

3.時間が無い人の為に漫画で分かる古事記「大蛇退治」

古事記2古事記1

 

古事記3

古事記6古事記5


古事記8古事記7

古事記10古事記9

古事記12古事記11

古事記14古事記13

古事記16古事記15

古事記17古事記16-2

古事記19古事記18

古事記21古事記20

古事記23古事記22

古事記25古事記24

古事記28古事記26

古事記30古事記29

古事記32古事記31

古事記34古事記33

古事記36古事記35

 

古事記37

古事記39古事記38

古事記41古事記40

古事記43古事記42

古事記45古事記44

古事記47古事記46

出雲神話を簡単に知りたいと思ったら

でお願いします。









最終更新日  2015.05.01 22:52:23
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2015.04.20

出雲大社 島根県3

 御覧頂き、誠にありがとうございます。今回も出雲大社の内容です。前回だけでは、書ききれなかったのでもう少し、出雲大社の霊場=パワースポットの紹介にお付き合い下さい。

 それでは、「八雲の瀧」ですが、さらに続きがあります。

パワースポット 出雲大社 八雲の瀧 たまゆら

「八雲の瀧」は、「瀧」だけでありません。【】部分を拡大すると

たまゆら 出雲大社 八雲の瀧 オーブ

岩窟があります。まるで、「出口王仁三郎」が京都の高熊山で1週間修行した時の岩窟のようでした。溢れんばかりの「たまゆら」達が出現してくれました。というか、この場では天から瀧から岩窟から、空間そのものから出現されました。

 そして、私の国語能力で理解できるだけの、とても平易な意思で

人間が三次元体として、この世に生まれてきた

理由を伝えて下さいました。

日月神示「富士=普字の巻」第13帖

「よくこの神示読んで呉れよ。よめばよむほど身魂みがかれるぞ、と申しても仕事をよそにしてはならんぞ。

日月神示「カゼの巻」第1帖

仕事=四五十(しごと)とは嘉事=四五十(よごと)であるぞ。」

日月神示「日月の巻」第2帖

「身魂は何れも生きかはり、死にかはりして練りに練り、鍛へに鍛へし神国の、まことの身魂天駈       けり、国駈けります元の種、昔のおん種ぞ、今落ちぶれてゐるとても、軈ては神の御民とし、天地駈けり神国の、救いの神と現はれる、時近づきぬ御民等よ。今一苦労二苦労、とことん苦しき事あれど、堪へ忍びてぞ次の世の、まこと神代の礎と、磨きて呉れよ神身魂、いやさかつきに栄えなむ。」

 あまり使いたくありませんが、仏教用語で俗人にとって「この世は苦の娑婆」という言葉があります。意図することは同じです。ただし「日月神示」では、その内容が更に進んでいます。ちなみにキリスト教に輪廻転生はないので死んだらそれでお役目終了です。

 さて、「八雲の瀧」は、とても霊場=パワースポットとして質が高く、しばらく滞在していたかったのですが、必要な伝達が終わると最後に

「今の私が長時間いると、逆に心身に悪影響を及ぼすから立ち去るよう」

に伝達されました。ガッカリしましたが、向こうの世界に憧れ過ぎて現世をギブアップしてしまう危険もあるので仕方ありません。自分のためです。

 続いて、出雲大社内に「出雲教」があります。

出雲教看板

 さらに出雲教の敷地内に

パワースポット 出雲大社 出雲教 亀の尾の瀧 たまゆら

  「亀の尾の瀧」があります。こちらでも「鎮魂帰神法」を使わずに自然体で現れて来て下さいました。

パワースポット 出雲大社 亀の尾の瀧 たまゆら オーブ

 私の前途を応援してくれました。

 

GWが近づいてきましたが、出雲大社まで行かれるなら下記を御利用されると低価格で便利です。


 

 

 

 







最終更新日  2015.04.21 02:51:54
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2015.04.18
出雲大社 島根県2

 今回、ご紹介するのは前回の続編です。前回は実際に出雲大社へ御参拝された方には、否定的な内容を書きましたが、特定の誰かを非難した訳でないので御了承下さい。また、私の霊場=パワースポット紹介は他のブログと異なり、実際に「たまゆら」出現という誰にでも確認できる具現化した形でご紹介する形をとっているのに、「拝殿」に「たまゆら」か何か判別がつき辛い画像を紹介し、失望された方がいらっしゃれば、申し訳ないと思います。

 ですが、前回はあの内容と画像で完了しています。ブログタイトルに「日月神示」を掲げているので「日月神示」をから絡めて説明します。気が付かれた方がいれば嬉しかったのですが。

画像の3枚目に「大本教祖火の御用記念碑」です。キーワードは

です。続いて画像の4・5枚目に雨の画像をアップしました。キーワードは

です。

日月神示「上つ巻」第16帖

「ひふみの火水(かみ)とは結びぞ」

日月神示「日月の巻」第21帖

「火(ひ)と水(み)ひふみとなるのざぞ。」

日月神示「|三(ウミ)の巻」第13帖

「秘密は秘密でないぞ、火水(ひみつ)であるぞ、明らかな光であるぞ」

 

日月神示「地(クニ)つ巻」第6帖

「出雲の神様大切にありがたくお祀りせよ、尊い神様ぞ。」

 お分かり頂けたでしょうか。出雲大社内で「火」と「水」の御用をスケールが極小ながらも演出された次第です。

 それでは、今回の本題です。予告通り今回は、出雲大社の「滝」と「たまゆら」達をご紹介します。「火」と「水」の御用を受けた私には、依然「鎮魂法」は発動できなくても、明確な「意思」を受けることができ、誘導されるがままに

八雲の瀧

出雲大社7

に案内されました。

 出雲大社8

ここまで来ると、今までとは桁違いの霊場で「鎮魂帰神法」が必要なく、私レベルで交流できる「たまゆら」達とは、直接の意思の疎通が可能でした。

出雲大社8

そして、私を招いて下さったのは、どのような存在かを尋ねると(個人的には、出雲大社の御祭神である「大国主大神」様の御霊統だと思っていましたが)、答えは次の画像の()内にあります。

出雲大社9

拡大すると

出雲大社10

「天之御中主大神」

でした。どのような神様かと言えば。

ウィキペディアによると。

「天地開闢に関わった五柱の別天津神(ことあまつかみ)の一柱。『古事記』では、天地開闢の際に高天原に最初に出現した神であるとしている(『日本書紀』では国之常立神 が初めての神)。その後、高御産巣日神、神産巣日神が現れ、すぐに姿を隠したとしている。この三柱の神を造化三神といい、性別のない「独神」(ひとりがみ)という。」

だそうです。無論、私ごとき卑称な者がコンタクトを取れる訳はなく、「天之御中主大神」様の導きを介在するまでには、数多の仲介を通してはじめて私のところまで伝達されるのであり、ただひたすらこの場に導いて下さったことに感謝するだけでした。

 ところで、天地開闢後に姿を隠したとされる大神様が、なぜ出雲大社内にその痕跡があるのか、疑問に思われませんでしょうか。無論、石碑は人間が作り、瀧の中央に設置したからあるのですが。ただし、「八雲の瀧」に「天之御中主大神」様の御出現があったのを感じ取った霊覚者が昔いて、石碑を設置したことには間違いがありません。

 この疑問に仮説を唱えたのが


31頁に「高天原においでになって、姿を御隠しになったと書いてあるのですが、これを姿が見えないと解釈してはいけません。
 例えば、天皇陛下が皇居から姿を現さないことが、姿を御隠しになったということなのです。皇室の方々が一定期間、公務をお休みされることがありますが、そういうことを私たちの先祖は、そうした言葉で表したわけです。」
つまり、「天之御中主大神」様は、出雲大社にいらしゃった可能性があるということです。







最終更新日  2015.04.19 02:52:59
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2015.04.16

出雲大社 島根県1

 前回のブログで、「遷宮」について触れましたので、今回から数回にわたり代表的な2つのお宮の遷宮についてのパワースポットをご紹介していきたいと思います。まず平成25(2013)年に出雲大社と伊勢神宮が60年に1度の周期でそろって式年遷宮をお迎えになりました。物事には順番があるように御参拝にも順番があります。最初に出雲大社の式年遷宮が行われましたので、遅れましたが私はこの年の11月11日に御参拝に伺いました。

出雲大社1

 出雲大社と出口王仁三郎が率いた大本教が深い関わりがある事はご存じでしょうか。私は行くまで知りませんでした。この時は、画像の鳥居をくぐると右側へ行くように指示する「声」のようなものが聞こえました。

出雲大社2

指示に従い、しばらく進むと

出雲大社3

 なんと出雲大社敷地内に大本教の

「大本教祖火の御用記念碑」

と刻まれた石碑がありました。ただし、いくら鎮魂帰神法をしても、いつものように「たまゆら」は出現しませんでした。そのため、先に進むと拝殿がありました。

出雲大社4

つづいて新しい本殿へ御参拝が終わると、一転、雨雲が出現して雨を降らせました。ここまでの間、依然として「鎮魂帰神法」は発動せず、言葉的な「意思」も感受できず、ただ重苦しい雰囲気だけが何となくありました。そして、

出雲大社5

雨が全てを冷やして、何となく私の感性が機能不全に陥った理由が分かりました。

出雲大社6

やっと出現してくれた「たまゆら」を通して、参列者の意思がはじめて

「濡れる、冷たい、嫌だ、最悪、今日は付いてない」

いわゆるネガティブ意思に統一されたのを感じました。しかも数が多いだけに巨大な意思の集合体です。当時、せっかく御参拝に行かれた方には、誠に申し訳ありませんが

「個人の御利益が優先し、日本の繁栄を願う意思」

が殆どないように感じられました。出雲大社はそう言った願をかける場所でないのに勘違い者が多く、神様も苦笑いだったと思います。私の感受能力の容量が、多数の個々人の欲望的な意思を一気に触れた結果、麻痺していました。

 否定的な内容で申し訳ありませんが、私が受けた正直な話でした。次回は、

出雲大社の「滝」と「たまゆら」達

を公開予定です。


出雲神話と言えば、これです。








最終更新日  2015.04.17 03:40:18
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