2016.07.26

新約聖書 ルカ21章10・11節 続編

テーマ:聖書(11)
カテゴリ:聖書

新約聖書 ルカ21章10・11節 続編

 最近、世界各地でテロリズムを含めて無差別殺人事件が続発しています。ご存知の通り、日本でも本日、無差別殺人事件が発生してしまいました。被害者の方、その関係者の方には悼み申し上げます。
 今回は、非礼を承知で敢えて、この事件から 

「それから、イエスは彼らに言われた。「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れます。」

新約聖書 ルカ21章10・11節

 「民族は民族に~立ち上がり」を解説していきます。人は平和な時に解説しても、真に理解できないからです。そして、不幸にも次は自分の番になる可能性もあるからです。世界レベルで解説すると話のスケールが大き過ぎるので、解りやすく日本限定にします。
 「民族は民族に」ということは、同一民族内の争い、あるいは共食いということです。殺人には、個人が起こした事件と、悪霊が憑依して起こさせた二種類があると、私、喜四郎は考えます。今回の事件ですが、次の動画をご覧ください。

動画が削除されたため、画像を添付

相模原事件

「薬物の影響」や精神病の「統合失調症」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87)の可能性ではないかと思われた方もいると思います。
 次に、過去に起きた特定の無差別殺人事件の特徴を挙げます。

附属池田小事件(ふぞくいけだしょうじけん)
2001年6月8日に大阪府池田市の大阪教育大学附属池田小学校で発生した小学生無差別殺傷事件。
凶器を持った犯人が侵入し、次々と同校の児童を襲撃した。結果、児童8名が殺害され、児童13名・教諭2名が傷害を負った。

池田小事件

死刑確定から約1年後の2004年9月14日8時16分、被疑者は大阪拘置所で死刑が執行された。

秋葉原無差別殺傷事件
2008年6月8日に東京都千代田区外神田の秋葉原で発生した通り魔事件で、犯人の運転する2トントラックとダガーナイフにより7名が死亡し10名が負傷しました。

秋葉原無差別


この事件の犯人は25歳の男性の加藤智大で、 2011年3月24日に行われた東京地方裁判所での裁判で死刑が死刑が言い渡されました。

土浦連続殺傷事件
2008年3月19日と3月23日に茨城県土浦市で発生した連続通り魔事件で、 犯人の使用した包丁とサバイバルナイフにより、 2名が死亡し7名が負傷しました。

土浦連続通り魔


裁判で死刑判決を受け 2013年2月21日に死刑が執行されました。

東陽町駅前通り魔事件
2013年3月19日に東京都江東区の東陽町駅前で発生した通り魔事件で、 犯人の男性が包丁二本を振り回し男性4人に切りつけました。

東陽町


店舗にあったのぼりをで抵抗した通行人に取り押さえられ懲役17年の実刑判決を受けました。

 事件の日付が同じ日に起きています。数ある無差別殺人事件の中で、偶然に発生日が同じだから

「それがどうした?偶然に決まっている。」

と思われる方もいると思います。私、喜四郎の言葉では、説得力に欠けるので、稀代の霊能力者、出口王仁三郎の言葉を引用します。

「国家社会の実状を憂うる者が、世を茶毒(とどく)すると信ずる元凶を殺害するとしても、またその反対に、真に祖国のために奮闘する士が、民衆の誤解のために、あるいは時の勢力によってことごとく斬伐されるとしても、その魂は間もなく新たなる人々に憑依して、前以上の力を発揮するものである、ということに気がつかねばならない。それは七生報国の忠臣の魂が生きとおしであると同様に、逆臣の魂といえども、人間の力でこれを殺戮することはできないものである。
 ゆえに皇道運動はあくまでも思想の善導であり、魂を悔い改めしめる運動であらねばならない。かつて水戸公が、孝の道を知らない罪人に孝道を教うること三年、道を悟らしめて、しかるのちに刑を行なったというが、まことに立派なことである。」

出口王仁三郎全集 「平和に生きる」P378頁抜粋

 さて、今回の事件ですが、2016年7月26日に発生しました。過去には、

池袋通り魔事件
20003年7月25日に東京都渋谷区桜丘町付近で、 10数分間の間に男性5人がバイクに乗った男に次々と刺される通り魔事件が発生しました。

渋谷通り魔


犯人は8月6日に傷害容疑で逮捕。

 最初の言葉に戻ります。「殺人には、個人が起こした事件と、悪霊が憑依して起こさせた二種類がある」という私、喜四郎の持論ですが、憑依の場合に何らかのメッセージを残します。それが、「日付」であったり、「神」や「お告げ」「憑りつかれた」なり、共通性の何かが見られるものです。そして、

民族は民族に~立ち上がり 

新約聖書 ルカ21章10・11節

こんな事件が続発し、「大衆が最近、何か変だ」という共通の認識を持つようになり出したら、ユダヤ教側の「終わりの日」の開始合図の一つが成就したと、私、喜四郎は考えます。 


 






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最終更新日  2016.07.27 22:31:42
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