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喫茶くしゅん

喫茶くしゅん

2020年後半

2020年12月27日 蘭奢待。
「麒麟がくる」を飽きないで見てるのだけど
前回は信長が天下人になった証に
蘭奢待(らんじゃたい)を手に入れる話だった。
蘭奢待とは東大寺正倉院に収蔵されている香木で
天下一の名香と謳われるお宝である。
全長156センチ。重さは11・6キロ。
成分からは伽羅に分類される。
原産地はベトナムからラオスにかけての山岳部とされる。
その香は「古めきしずか」と言われ
紅沈香と並び、権力者にとっては垂涎の品だった。
これまで足利義満、足利義教、足利義政、
土岐頼武、織田信長、明治天皇らが切り取っている。
徳川家康は蘭奢待の現物の確認こそはしたものの
切り取ると不幸があるという言い伝えを案じて
切り取りは行わなかった。
「正倉院宝物」という本を持っていて
時々取り出しては眺めているのだけど
その本には蘭奢待は載ってないようだった。
一体どんな香りがするんだろう。
というわけで、いろいろなことがあったけど
今年はここまで。
よいお年を。

2020年12月20日 谷根千ミステリ散歩。
東川篤哉さんの「谷根千(やねせん)ミステリ散歩」を読んだ。
まあ正直、読んでも読まなくてもいいような小説である。(笑)
D大学(団子坂大学?)に通う女子大生、岩篠つみれが
ご近所谷根千で巻き起こるさまざまな事件を
怪運堂(招き猫などを売る縁起物グッズ屋)の若い男性店主と
タッグを組んで解き明かすというユーモアミステリー。
「いわしのつみれ」というヒロインの名前もすごいが
鰯料理専門店をやっているつみれの兄貴は
「岩篠なめ郎」と言うのだから
まあ、そうマジにならずに気軽に読んで、ということなのだろう。
推理はすべて怪運堂が行い
ただ表向きはすべてつみれが解決したことになっているので
ポンコツなのに名探偵と周囲から持ち上げられるパターンである。
リラックスして読める読み物なのだけど
でも、そこはさすがに東川さん
面白い文章だな、というところが随所に散りばめられている。
自分的には
「私、カタクチイワシくらい口が堅いですから」
みたいな表現があって笑ってしまった。
そこで似たようなものを考えてみた。
「あの人、アオリイカ並みにあおりますよね」

2020年12月13日 こんな夜更けにバナナかよ。
録画していた「こんな夜更けにバナナかよ」を見た。
メインキャストは大泉洋さん、高畑充希さん、三浦春馬さん。
主人公の鹿野(しかの)は筋ジストロフィーを患っている。
しかし、窮屈な病院での生活を飛び出し
たくさんのボランティアに支えられながら
一人暮らしをエンジョイしていた。
鹿野は首から上と手首より先しか動かすことができないため
24時間、ボランティアの援助が必要である。
「生きるってのは迷惑を掛け合うこと」を
人生の指針にしている鹿野は
題名にもなっているように
「お腹すいたからバナナ買ってきて」
と夜中でもボランティアに頼んでしまう
図々しさを持つ一筋縄ではいかない人物である。
ボランティアはそんな勝手な鹿野を世話をしながら
でも、そんな状況でも決してめげない鹿野に感化されていく。
顔と手の指しか動かせない大泉洋さんの演技はもちろんいいのだが
脇を固めた高畑充希さんと三浦春馬さんの好演は深く印象に残る。
鹿野にプロポーズされた時の高畑さんの表情や仕草
鹿野が倒れた時に駆けつけた時の三浦さんの表情や仕草
それを見るだけでもこの映画を見る価値がある。
「人間できることよりもできないことの方が多い」
障がいの有無にかかわらず、きっとそうなのだろう。
それではシンプルに
自分のできることだけをやればいいではないか。
できないことが多い、というのも
見方を変えれば
それはそれで豊かなことには違いない。

2020年12月06日 ピンク2。
少しの間、代車のピンクの車を乗り回していたが
車検が終わったというので自動車販売店に車を取りに行った。
ショールームみたいなところのテーブルで
どこを直したか説明を受けたり精算をしたりして
さあ帰るかと久しぶりの愛車に乗り込もうとしたら
自分が借りたのとちょうど同じようなピンクの車が
年配の男性に運転されて入ってきた。
どんだけピンクの代車があんねん、と思った。(笑)

2020年11月29日 ピンク。
車を自動車販売店に車検に出した。
担当者の方によると少しの間、帰って来ないと言う。
「代車の方、用意しときましたので」
「ありがとうございます」
「ところがですね……」
「何です?」
「代車のお色の方がですね……」
「ええ」
「すみません……ピンクになっちゃいまして」
「ピンク?!」
というわけで、少しの間ピンクの車を乗り回している。(笑)

2020年11月22日 お取り寄せ。
今日は用事らしい用事は午前中のうちに済ませて
午後はのんびりと雑誌を読んだりして過ごした。
お取り寄せの雑誌で美味しそうだな
と思ったものは以下の通り。
ベイクチーズタルト。厚切りヒレかつサンド。
無着色昆布〆たらこ。喜多方らーめん。
温泉湯豆腐。黒糖を使ったラフテー。
紅天使焼き芋。姫美月みかん。
巣のまま蜂蜜。クラフトハイボール。
熟成生地の4種チーズピッツァ。
生ガトーショコラ。ビーフシチュー。
更科生そば。豆のグラッセ。
熟成黒葡萄ジュース。白金豚麹漬ソテー。
讃岐釜きつねうどん。手のし餅。
サバだしラーメン。どんこ椎茸。
玉葱まるごと入ったスープ。
博多炊き餃子〆の明太子ちゃんぽん。
糀ぷりん。渋皮つき栗こわれ。

2020年11月15日 街。
自分は街って
時間が経って少し古びているくらいの方が好きである。
新興住宅地とか、作り立てのマンションとか
農村地帯に無理やり幹線道路引きましたみたいな
誰かの計画、作為が感じられるようなものは
あまり好きではない。
いろいろな人がいろいろ持ち寄ってやった結果
こうなりましたみたいな街の方が
都会でも田舎でも好きなのである。
そしてそういう街の方が
人の心を落ち着かせ、鎮める気がする。
では、京都とか奈良とか鎌倉とか
古都がいいんですかということなのだけど
町屋とか最高レベルにいいのだけど
ライトアップしたりグッズを作ったり
人を呼ぼう、お金を儲けようという輩も混じっているので
よろしいとばかりも言い切れない。
もっと自然な
下町で古くからここに住んでます
道に植木鉢置いてます
みたいなのがいいと思う。

2020年11月08日 めぐり逢えたら。
録画していた映画「めぐり逢えたら」を見た。
ノーラ・エフロン監督。
トム・ハンクス、メグ・ライアン主演。
原題は「Sleepless in Seattle」。
「シアトルの眠れない男」と言ったところか。
これで見たのは2回目だけど、もうずいぶん前のことで
どんな内容か大方忘れていた。
はぁ、なるほど。こんな映画だったのか。
映画「めぐり逢い」を下敷きにして作られており
それで邦題が「めぐり逢えたら」なのだけど
2月14日にエンパイアステートビルで会いましょう
という設定が同じらしくリスペクト作品となっていて
重要なシーンにはその「めぐり逢い」の
テーマ曲が引用されているのだそうな。
ちなみに「めぐり逢い」の原題は
「An Affair to Remember」。
「めぐり逢えたら」は今見返しても洒落た映画で
奥さんを亡くしてそんなにすぐに
次の恋に向かえるものなのか
何の落ち度のない婚約者の男性を捨てて
ラジオで声だけ聴いた男性にそんなに恋することができるのか
というささやかな疑問は残るにしても
数多ある映画の中で
確実に人々の心に残る映画の1つなのだろうと思った。

あらすじ
シカゴに住む建築家のサムは、癌で妻を亡くしたばかり。
その後サムは一人息子のジョナと共にシアトルに越してきたが
ジョナは、落ち込む父親のために新しい奥さんが必要と
あるラジオ局の相談番組に電話をする。
同じ頃、ボルチモアに住む新聞記者のアニーは
婚約者ウォルターを伴って
実家のクリスマス・パーティに出席していた。
ウォルターの評判は上々だが
母親から両親の運命の出会いを聞かされる。
アニーはウォルターとの出会いはただの偶然であり
運命ではないと冷淡に切り返す。
その帰途、偶然聞いていたラジオの相談番組で
「シアトルの眠れぬ男」サムが切々と語る亡き妻の思い出に
アニーは思わず涙する。
ラジオの反響は大きく、ラジオ局には2000件もの電話が殺到し
サムの下には大量のラブレターが届く。

2020年11月01日 人間とウイルス。
「生物と無生物のあいだ」などの著作で知られる
生物学者の福岡伸一さんの文章を読んだら興味深かった。
そもそもウイルスというのは構造が単純なので
生命誕生の当初から存在していたと思いきや
実はそうではなく
高等生物が登場した後、発生したというのだ。
それも高等生物の遺伝子の一部が
外に飛び出したものがウイルスの起源で
だからウイルスはそもそも異物ではなく
元々ウイルスと私達は同体だったと考えるのが妥当らしい。
その名残かウイルスが私達の体に侵入する際
我々のタンパク質分解酵素の一部がするすると伸びて
まるでウイルスを招き入れるような動きをするのだという。
つまりはマスク、うがい、手洗い、消毒だ
おうち時間、リモートワークだ
とにかくウイルスには徹底抗戦だと
国家レベル、個人レベルで努力している一方で
当の我々の体の方は
まるで古い友人を招き入れるように
ウイルスに対して振る舞っているのだという。
生物学者というのはすごいことがわかるもんだ。
それでその招き入れる目的なのだけど
親から子への閉鎖された縦の遺伝情報の伝搬から離れた
開放的な横の遺伝情報の読み取りというのだから驚く。
ウイルスに感染することで
どの程度遺伝情報にまで影響があるのかは
自分にはわからないけど
それなりの情報を読み取って抗体を作るなどして
個体をバージョンアップするための
取り組みの1つになっているらしい。
そう考えると
人間とウイルスの関係というのは
人間が考える以上に
深淵な世界が広がっているのだと思う。

2020年10月25日 魅力度ランキング。
都道府県魅力度ランキングで
栃木県が初の47位、最下位に転落したことを受け
福田富一(ふくだとみかず)知事は
調査会社のブランド総合研究所(東京都港区)に
直談判に行ったらしい。
調査方法などに関する提案書を提出したのだそうな。
知事、がんばってるな、さすが頼りがいがあるな、と思う一方で
そんなもの、♪気にしない気にしない気にしない
という一休さんのようなスタンスも大切だと思う。
何でも点数化して、順位付けしたりするのは
これはもう、ある種病気のようなもので
そんな物差しは渡されても受け取らなければいいのである。
あなたは私のことを測ったと言うが
それはあなたの問題であって
私にはそもそも関係がない。
などと、最下位だとついつい攻撃的になってしまうのであった。(笑)

2020年10月18日 正直俺にも。
小学2年生くらいの男の子が道ですれ違いざまに
めちゃくちゃ渋い顔で
「正直俺にも、どうなっちまうのかわかんねえよ
 ……席替えって、そういうもんだろ」
と言っていた、というのがTwitterで話題になっていた。
現代社会は最早個人の意志で思いのままに運べる代物ではない。
それを小学2年生くらいが諦念めいて言っている
しかも、席替えに対して言っている
という可笑しみが、そこにはある。
「正直俺にも、どうなっちまうのかわかんねえよ
 ……人生って、そういうもんだろ」
いろいろ考えられるわけだけど
席替えみたいなかわいいものを入れることもできる。
「正直俺にも、どうなっちまうのかわかんねえよ
 ……福笑いって、そういうもんだろ」
「正直俺にも、どうなっちまうのかわかんねえよ
 ……すいか割りって、そういうもんだろ」
「正直俺にも、どうなっちまうのかわかんねえよ
 ……ドルチェ&ガッバーナの香水の匂いって、そういうもんだろ」

2020年10月12日 日々是好日。
録画していた映画「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」を見た。
森下典子原作。黒木華主演。
自分が原作のファンであるのは
このブログ(当時は掲示板)で以前示した通り。
大森立嗣監督は余計なことはしないで
原作の良さをよく引き出して仕上げていた。
頭でわかろうとしない、形から入る、
体で覚える、時間をかけて理解する。
お茶の奥深さに少しずつ気づいていく主人公を
黒木華さんはよく演じていたと思う。
お茶の先生の樹木希林さんも
自分が本を読んだ時は
黒木瞳さんみたいな感じをイメージしていたので
最初違和感こそあったのだが
上品に演じてらして
だんだんそういうふうに見えてきた。
頭でわかろうとしない、というのは
なかなか進学校の勉強のできる生徒に言っても
わからないことだろう。
わかる、わからないという物差しでは測れない
物事がこの世界にはある。
いや、本当の学問の世界だったら
すぐにわからないものばかりだろう。
よく知らないけど。(笑)

2020年10月04日 黒柳徹子さん。
「プロフッショナル仕事の流儀」の
「芸能界の生きる伝説 黒柳徹子との10日間」を見た。
最初、タモリさんが出てきて
「徹子の部屋」を評して曰く。
「自分のペースで自分でおしゃべりになって
 そのペースにゲストが合わせていくという珍しいトーク番組。
 ゲストはただただ徹子のペースに巻き込まれるという」
どんなゲストにもひるまない強烈な個性を持つ
黒柳徹子さんだがいろいろな挫折や迷いもあった
というのを番組では辿っていた。
「窓ぎわのトットちゃん」に書かれていた通り
小学生の時は問題児扱いされ退学になった。
NHK専属俳優となってからも
独特のキャラクターが個性的過ぎると
スタッフから敬遠された。
ただ、黒柳さんが幸運だったのは
退学になった後に入った
トモエ学園の校長先生から
「君は本当はいい子なんだよ」と言われ
NHK専属俳優時代も
劇作家飯沢匡(いいざわただす)から
「君は、そのままでいい」と言われ
その都度、救世主のような人が現れ
指針となるような言葉を与えてくれたということであった。
そのような体験を経て黒柳さんは
「人と比べてみても何も意味はない。
 自分は他の人みたいにはなれないんだから
 「自分は自分だ」って思って
 「自分らしくある」っていうことのほうが
 いいんじゃないか」
と思うようになったというのだ。
だから、結婚もせず子どももいないことへの
少し踏み込んだ質問に対しても
「もっといろいろな人生があったのかもしれないけど
 自分はそれを知らなかったのかもしれないけど
 それはそれでまあいいや
 あたしが知っただけの人生でいいやと思って。
 特にそれで後悔したり、思い煩ったりすることは
 これっぽっちもない。
 楽天的なのかしらね」と答えていた。
人間はせっかく目ん玉が前についているのだから
横を見て人と比べたりはせず
後ろを振り返って過去を思い煩うこともせずに
前を向いて一歩前に踏み出すことを忘れずに
生きて行ったらいいんじゃないですか
と黒柳さんから言われたような気がした。

2020年09月26日 三四郎。
夏目漱石の「三四郎」のヒロインの美禰子(みねこ)が
あらゆる小説の登場人物の中で上位で好きなのだが
美禰子のモデルは「平塚らいてう」だとされる。

平塚らいてう(ひらつからいちょう)
本名、平塚明(ひらつかはる)、明子(はるこ)とも言う。
1886年(明治19年)~1971年(昭和46年)。
思想家、作家、女性解放運動家。
戦後は主に反戦・平和運動に参加。
日本女子大学校(現日本女子大学)家政学部卒。
雑誌「青鞜」を発刊。
「青鞜」に寄せた文章
「元始、女性は太陽であった」はあまりにも有名。
女性の権利獲得運動を象徴する言葉の一つとなる。
1908年(明治41年)3月、
22歳の時、栃木県塩原で
森田草平と心中未遂事件(塩原事件)を起こし
広く知られるようになる。

心中未遂事件​
1908年(明治41年)3月21日、
会計検査院第四課長・平塚定二郎の次女で
22歳の平塚明子の捜索願が出され
翌日友人宅に届いたハガキから
宇都宮・日光方面の列車に乗ったことがわかり
栃木県警が捜索にあたったところ
23日に塩原温泉の尾花峠(正しくは尾頭峠)で
文学士の森田米松(のち草平と名乗る、当時27歳)とともに
死に場所を探し彷徨っているところを警官に発見される。

当時森田は、成美女学校(東京麹町区飯田町)で
英語教師をしていた生田長江らが
女流文学者を育てる目的で
校内で始めた閨秀文学会で
与謝野晶子らとともに講師を務めており
同会には明子のほか山川菊栄ら
15、6人の女性が参加していた。
明子は出奔前に友人に
「恋のため人のために死するものにあらず。
 自己を貫かんがためなり。
 自己のシステムを全うせんがためなり」
という遺書を残していた。

のちの明子の回想によると
雪山で彷徨ううち森田が
「(意気地がなくて)人を殺すことはできない」
と言って心中に使うつもりだった明子の懐刀を
谷に投げ捨ててしまい
「金のあるうちだけ生きて野垂れ死にするのだ」
などと言いだしてうずくまってしまったため
明子は腹立たしさと挫折感を味わいながらも
なんとか森田を励まして峠まで強行しようと
雪の道を先に立って歩き出し
森田が動けなくなると
灌木の根元に座を作り
そこで森田を守って夜を明かす決心をし
すぐうとうとしてしまう森田が凍死しないか気遣いながら
明子自身は月夜に映し出された
氷の山々の大パノラマに感激し
有頂天な幸福感と満足感に浸ったという。
警察に保護されたのち
森田は夏目漱石宅に身を隠し
明子は友人の手配で信州・松本郊外の農家で静養した。
この事件により閨秀文学会は頓挫し
事件の後始末を任された夏目漱石と馬場胡蝶は
解決策として平塚家に結婚を申し出
結婚など考えていなかった明子に呆れられた。
事件の翌年、森田は「煤煙」の連載により有名作家となり
明子は1911年に「青鞜」を創刊して
女性運動家平塚らいてうとなった。

志野さんの考え
明は森田に「君のためだったら死ねる、一緒に死のう」と言われ
本当にこの人は自分のために死んでくれるのか
確かめたかったのだと思う。
そして、ここが明の怖ろしいところなのだが
森田が本当に死んでくれるのなら自分も死ぬ覚悟でいた。
しかし、森田にその意志がないとみるや
明は森田はおろか男性全体に対して醒めた。
醒めた途端、男性社会というものから外れた視界が開けた。
そして、ここがさらに明の怖ろしいところなのだが
明は森田がそうなるのを
潜在的に見越していたのではないだろうか。
ただ、それは潜在的なのであって
全くそういう態度をおくびにも見せず
塩原の雪山までいそいそとついていくのが
怖いところなのであり
漱石はその怖いところを目の当たりにして
「三四郎」という小説にしたのだと思う。

「三四郎」の終盤、思わせぶりだった美禰子は
三四郎ではなく、親兄弟に勧められた男性の所に
嫁ぐことを決断する。
三四郎は教会に来ていた美禰子を待ち伏せて
その真意を探ろうとするが例によって要領を得ない。
それはそうだと思う。
言わば美禰子は明で、三四郎は森田なのだから。
どこまで行っても森田には、そして漱石にさえ
明の気持ちはわかりはしない。
観測は出来ても、それを秩序立てる術を持たないのである。

そして、別れ際に美禰子がつぶやく。
「我は我が咎(とが)を知る。我が罪は常に我が前にあり」
聖書の一節なのだろうが
こんなに魅惑的なセリフを、自分は他に知らない。

2020年09月26日 俳優業。
俳優の自死が最近目立つ、その理由は?
みたいな記事を読んだ。
その記事によると、いくつかの要因が考えられるという。
その1つとして
俳優業というのが、なかなかに「受け身」の仕事であるということだ。
オファーを受け、脚本を読んでセリフを覚え、
監督の演出方針を聞き、OKが出るまで繰り返し演じる。
モデル出身の俳優にとっては
尚更それが負担に感じるというのはわかる。
俳優業というのは上記の通り
すましていれば済むという仕事ではないからだ。
さらに1つの役柄をレギュラー化して演じられるならまだしも
次から次へと別の役柄を演じ分けるというのは
なかなかに心身をすり減らす苦労が考えられる。
また、その記事によると
殺人事件を扱う刑事ドラマや生死がテーマの医療ドラマばかり
制作されるのも俳優を追いつめる要因の1つになっているという。
ま、簡単に言うと、ほっとするような役柄ではないわけだ。
むしろ上手な、入れ込む系の俳優ほど
思った以上に精神的に追いつめられるのかもしれない。
そして別の要因として
SNSやスマホ、パソコンの普及の問題があるという。
SNSのフォロワー数やYouTubeの再生回数など
人気がいとも簡単に可視化されてしまう。
心ないコメントと相まって、それが精神をすり減らす。
一般人と違って
SNSから距離を置くということが出来づらい。
また、俳優業とは直接関係のない
YouTubeやインスタライブなどの
インフルエンサーとしての他の俳優の姿や
バラエティー番組でのトークスキルなどを見て
役者一筋の真面目な俳優ほど
あせりを感じてしまうこともある、というのだ。
ドラマや映画には番宣(番組宣伝)がつきもので
それはそれで愛想よく合わせないと叩かれる要因にもなる。
前に「別に……」で話題になった女優がいたが
あれだけのことに限って言えば
俳優は演じること、それ自体が仕事なのであり
その後、舞台挨拶をしたり、番組宣伝をしたり
しなきゃならない義務は本来ないのである。
そういうことを含めての仕事でしょ?
大人の事情くらいオトナなんだから理解しなさいよ
という意見もあるだろうが
入り込んで役を演じるのと
番宣でお笑い芸人とゲームに興じたりするのでは
精神のベクトルがあまりに違うのである。
などと記事を元にあれこれ考えた。

2020年09月13日 小津安二郎。
「歴史秘話ヒストリア」の
「小津安二郎 日常というドラマ」を見た。
小津安二郎と言えば
例の、ローアングル、感情を排したセリフ回し、
徹底して家族に照準を合わせたドラマ、である。
小津自身はそのこだわりについて
生前語らなかった、また語ったとしてもはぐらかしていた
ために、見た者達が勝手に想像するしかないのだが
今回の番組でもそのあたりを探る感じになっていた。
小津は昭和12年から2年弱、中国戦線で従軍していて
その前と後では全く作風が変わっている。
従軍前は作風に一貫性がなく
面白いものなら何でも撮っていた。
今回の番組の映像で一番驚いたのは
その作品の中からのワンシーン。
スキーですべる人物を
同じくスキー板に乗ったカメラマンが追いかけている。
そして、カメラマンは転倒。
転倒してわけがわからなくなった映像も
そのまま映画にしているのである。
現在のバラエティー番組でもやりそうな手法である。
あの、ローアングルの小津が、というのだから尚更驚く。
戦地から戻った小津は
徹底して家族ドラマを撮ることにこだわった。
ローアングルも銃を手に地べたに横たわるような経験が
無関係ではなかったように想像する。
番組では、例の感情を排したセリフ回し
「そうかい」
「そうですよ」
「そんなもんかい」
「そんなものですよ」
の誕生秘話についても触れていた。
「愛染かつら」などの人気脚本家だった野田高梧(のだこうご)
と組むようになってから生まれたというのだ。
野田高梧一家(野田、奥さん、娘さん)と
ほとんど寝食を共にして脚本を作るようになった小津は
よく野田や娘さんから
そういう時に人はそういう言い方はしない、と
徹底的にアドバイスを受けていたという。
また、一生独身だった小津は、特に家族の日常について
この野田一家と共に過ごすことで吸収していったという。
特に病気で婚期を逃していた野田の娘さんは
そのまま「晩春」の原節子そのままである。
戦争、という巨大な悪意、を目の当たりにして
小津は、何気ない日常生活の中の、家族の機微、
を描くことを一等とした。
そんな家族の様々で細やかな心情、
それをまるで感情を排したかのようなセリフ回しに包んで
クライマックスが来るまでは決して見せない
あるいは読み取る力のない者には読み取らせない
まさに西洋人なんかにわからせてたまるか
的な作品を次から次へと作ったのが、小津安二郎なのである。
とは言っても、世界の映画監督が選んだ名画第1位に
「東京物語」が選ばれているのだから
最も日本的なものも、見る人が見れば読み解けるのだろう。
「こっちかい、海?」
「いや、こっちだ」
「八幡様はこっちだね」
「いや、こっちだ」
「東京はどっちだい?」
「東京はこっちだよ」

2020年09月06日 家守様。
しばらく屋内で行方をくらませていた
ヤモリジュニアを屋外に出すことに成功した。
たまたま窓の網戸に張り付いているのを発見し
程なく外へとお引き取り願った次第である。
約1週間のご滞在であった。
家守ジュニア様にも家の中からではなく
家の外側から守っていただきたい。(笑)

父ヤモリ「……」
ジュニア「七日間という短い間でしたが
お勤めを果たして戻って参りました」
父ヤモリ「……うむ」
ジュニア「……」
父ヤモリ「潜入してすぐ屋外に出された父に比べれば
     七日というのはそれでも立派なものよ」
ジュニア「……」
父ヤモリ「大儀であった」
ジュニア「……」
父ヤモリ「このご時世、家守がお勤めを全うするのも
間々ならぬものよ」
ジュニア「……父上」
父ヤモリ「何だ」
ジュニア「……恐れながら申し上げます」
父ヤモリ「言うてみよ」
ジュニア「今後、我等家守は、屋内からではなく
     屋外から主君をお守りすると
方針を転換されたら如何でしょう」
父ヤモリ「……」
ジュニア「それが新しい家守の生活様式かと」
父ヤモリ「……」
ジュニア「今風の言葉で言えば
ソーシャルディスタンスで御座います」
父ヤモリ「……うむ」
このような会話がなされていたような気がしてならない。(笑)

2020年09月05日 クラフトビール。
お取り寄せしたクラフトビールを
時々冷蔵庫から取り出しては飲んでいる。
黄金色のピルスナーやら褐色のペールエールやら
いろいろとと種類があるので
飲むのはささやかだけど楽しいひとときである。
前にビールの番組を見たら
元々は褐色のエールタイプのビールしかなかったのを
たまたま醸造が失敗して
開けてみたら黄金色のビールが出来上がっていて
あまりのその美しさに人々は驚嘆したのだそうな。
それがチェコのプルゼニという街で起きた出来事で
プルゼニはドイツ語読みにするとピルスナーなので
その呼び名が今に伝わっているのだという。
ビールの黄金色は
プルゼニの人々の熱狂の色なのである。
あちこち出かけて
クラフトビールを飲むのを趣味にする
なんてのもいいね。

2020年08月30日 家守様。
夜、居間でくつろいでたら
廊下の床をささっと何か横切る影が目に入った。
すわゴキブリか?!ゴキブリだったら嫌だなと
近寄ってみたら、な、何と!?
ヤ、ヤモリじゃないか!それも小さいやつ!
明らかに前回、前々回にここで紹介した
目撃されていた大人のヤモリではなく
何らかの繁殖行動が起きて
育ったとみられるジュニアである。
近くにあった紙製の容器で捕まえて
外へ逃がそうとしたけど
ヤモリジュニアは思いの外逃げ足が早く
どこか暗がりへと消えて行った……。
取り逃がした。
にしても子どもが生まれていたということは
少なくともオスメスがいたことになる。
ヤモリは1匹ではなかったのか……。
そしてまたもやサッシの隙間からかどうか知らないが
屋内への侵入を図るとは……。
前回は親ヤモリを無事に屋外に出して
お引き取り願うことに成功したのだが、今回は……。

父ヤモリ「父は決死の覚悟を持って屋敷内へと潜入した」
ジュニア「……」
父ヤモリ「しかし、潜入してすぐに見つかるという失態を冒した」
ジュニア「……」
父ヤモリ「程なく屋敷内から出され、この様よ」
ジュニア「……」
父ヤモリ「志半ばにして、無念である」
ジュニア「……」
父ヤモリ「最早この父では力が及ばぬ」
ジュニア「……」
父ヤモリ「父の果たせなかった使命、お前に引き継いで託す」
ジュニア「……」
父ヤモリ「隙を見計らって屋敷内に潜入せよ」
ジュニア「……」
父ヤモリ「そして、命に変えても星野家をお守りするのだ」
ジュニア「……はっ」
このような会話がなされていたような気がしてならない。(笑)

2020年08月23日 豊川孝弘七段。
藤井聡太棋聖が出ていた王位戦七番勝負第四局で
解説の豊川孝弘七段の親父ギャグが炸裂していた
というのがニュースになっていた。
「同飛車大学」とか「両取りヘップバーン」
などと言っていたらしい。
豊川七段の親父ギャグは将棋ファンには有名だそうで
NHKの「将棋フォーカス」で講師をしていた時
「マンモス!」「お疲れマンモス!」などとまず挨拶し
(お疲れさマンモスの省略形か)
他にも以下のようなギャグを繰り出していたのだそうな。

同飛車(同志社)大学
「同金じゃなくて飛車で行きましたか。同飛車大学ですね」
両取り(オードリー)ヘップバーン
「5三に桂馬を打てば金の両取りヘップバーンになりますね」
角筋を社団(遮断)法人
「4四歩で角筋を社団法人しましたね。これはノーマル四間飛車かな」
キリ(切り)マンジャロ
「ここで飛車をキリマンジャロしますか。それで寄ってるかな?」
タラン(足らん)チュラ
「あと歩が1枚あれば詰むのにタランチュラですね」
ホットケ(ほっとけ)ーキ
「詰めろじゃないので、この手はホットケーキして攻めますか」
渋(渋い)谷の将棋指し
「じっと歩を受けましたか。この手は渋い、渋谷の将棋指しだ」
ふ(歩)がいない
「だめですね。合駒する駒がない、歩がいない」
タンドリ(単取り)ーチキン
「取る前に一回王手をきかすかと思いましたが、
 タンドリーチキンでしたね」
阿寒(あかん)湖
「もう後手には有効な受けの手がありません。これはもう阿寒湖です」
南海(難解)ホークス
「ここはどっちが指しやすいかプロでも見解が分かれると思います。
 難解ホークスです」
郵政(優勢)民営化
「飛車が成り込めたので先手が優勢民営化ですね」
美・サ(微差)イレント
「ちょっとだけ後手が指せそうですが、まだまだ微差です。
 美・サイレント」
キッコー(拮抗)マン
「形勢判断難しいです。キッコーマンです。
 つまりはしょうゆうことです」

豊川七段は53歳だそうだが
さすが「南海ホークス」や「美・サイレント」など
ワードセンスで自分と世代が近いのがわかる。(笑)

2020年08月16日 知りすぎていた男。
録画していた「知りすぎていた男」を見た。
監督はアルフレッド・ヒッチコック
ジェームズ・ステュアート、ドリス・デイ主演である。
劇中、ドリス・デイが歌うケ・セラ・セラ」はあまりにも有名。
さすが職人ヒッチコックが作った、よく出来た娯楽映画である。
前半はモロッコのマラケッシュが舞台で異国情緒を十分に味わい
後半はロンドンの大劇場でオーケストラ演奏中の銃による首相暗殺と
数多あるサスペンスの教科書のような作品。
にしても、昔の映画というのは今見返してみると味がある。
ジェームズ・ステュアート、ドリス・デイの立ち姿は品があるし
2人の会話はウイットに富んでいて楽しい。
それに子どもが誘拐される話なのに
主題歌が「ケ・セラ・セラ」って
最初から「なるようになりますからぜひドキドキを楽しんでください」
とヒッチコックに言われているようなものである。
ヒッチコックは歌手ドリス・デイに出演を熱望。
演技に自信のないドリス・デイは一度は断るものの
ヒッチコックの押しに負けて出演することになったという。
ドリス・デイは「ケ・セラ・セラ」の他に
「センチメンタル・ジャーニー」などのヒット曲がある。
それで例のヒッチコックのカメオ出演なのだけど
あらかじめ「マラケッシュの市場にて曲芸を見物する」というのを
調べてから見たのだけど発見できなかった。
それもまたよしか。(笑)

あらすじ
アメリカ人のマッケンナ夫妻は息子1人を連れて
モロッコのマラケッシュでの旅行を楽しんでいた。
ルイ・ベルナールというフランス人と知り合い
夕食を共にする約束をするが
ベルナールは別の用事が入ってしまったと言いキャンセル。
夫妻は予約したそのアラビア料理店で
イギリス人のドレイトン夫妻と親しくなる。
翌日、ドレイトン夫妻と市場見物に行くマッケンナ家の3人。
すると、背中をナイフで刺されたルイ・ベルナールが近づいてきて
夫の耳元でロンドンで首相が暗殺される旨を伝えて息絶える。

2020年08月11日 誰がその鐘を鳴らすのか。
香港警察は10日
民主活動家で「雨傘運動」学生リーダー
周庭(英語名アグネス・チョウ)氏(23)を
香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で逮捕した。
香港警察は同日
民主派の香港紙「蘋果日報」を発行する黎智英氏(71)ら7人も
香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で逮捕
民主派への取り締まりを本格化している。
黎智英氏は中国国営メディアが
「香港を混乱させる反中分子の頭目」と名指しで批判してきた人物。
香港警察は黎氏に
外国勢力と結託して国家の安全に危害を及ぼすことを禁じる
国安法29条を適用した。
黎智英氏は19年7月に
米国でペンス副大統領、ポンペオ国務長官らと面会
香港民主派への支援を要請していた。

そもそもの起因
「一国二制度」の下、高度な自治が認められている香港では
17年香港特別行政区行政長官選挙から
1人1票の「普通選挙」が導入される予定だった。
ところが中国の全国人民代表大会常務委員会は
14年、行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり
候補は2、3人に限定すると決定。
香港の民主化団体「学民思潮」は
指名委員会の多数は親中派で占められるため
中央政府の意に沿わない人物の立候補を事実上排除する方針として
学生を動員して授業のボイコットを開始した。

一国二制度とは
1842年、中国の清朝がアヘン戦争に負け
香港は英国の植民地になった。
以来、香港は行政のトップを選挙で選ぶことはできなかったが
英国流の資本主義経済や言論の自由がある社会で暮らしてきた。
1997年に英国から中国に返還された際には
50年間は外交と国防を除き
政治や経済の仕組みを維持する
「高度な自治」を中国政府から保障された。
「特別行政区」として
資本主義、独自の通貨、司法の独立、言論の自由などが認められた。
それが一つの国に異なる制度が併存する「一国二制度」である。

昨今の国際情勢
国家安全法制は国際問題にも発展。
日本政府は「深い憂慮」を表明。
米国は一国二制度を前提に
香港に与えてきた貿易や
ビザ発給に関する優遇措置見直しなどの制裁措置を示唆。
トランプ大統領は
「実際にそうしたことが起きれば、強く対処するだろう」と表明。
それに対して中国は
「香港の国家安全に関する立法は中国の内政問題」と猛反発。
米国では19年
一国二制度の検証を国務省に求める
「香港人権・民主主義法」が成立。
国をあげて香港のデモや民主派を支援する立場を明確に示唆。
習近平主席は19年
台湾にも一国二制度を適用する考えを表明。
しかし、20年の総統選挙で
「一国二制度NО」を明確に打ち出した
蔡英文総統が圧勝で再選を果たす。

志野さんの考え
「読まずに死ねない哲学名著50冊」(平原卓・著)より
平原卓さんの文章を抜粋。

トマス・ホッブズ「リヴァイアサン」
社会契約説
「権力の基礎は市民同士の合意にあり、権力はその合意に基づき、
 統治者に委託されると考えるのが妥当である」
国王や議会はあらかじめ権力をもっているわけでも
神から権力を授かっているわけでもない。
公共権力の正当性の根拠は
ただ人びとの間で交わされる約束だけであり
譲渡先は人びとの合意を代表するように
権力を行使しなければならない。

ジャン・ジャック・ルソー「人間不平等起源論」「社会契約論」
強者は弱者との不平等を固定するため
自分たちにとっての都合のいい法律を固定する。
弱者はより弱く、強者はより強くなる。
こうして一握りの強者のために
弱者は貧困に隷属させられてしまうのだ。
社会契約説
社会は契約(約束)によって成立する共同体であって
人びとが政府を置き、法律を設定するのは
自分たちの自由を守るためである。
専制権力は、政府本来の目的に反する。
不当であり、法律の根拠にも
社会の不平等を解決するための原理にもなりえない。
「ピストルを持っている人間に脅されたときには
 自分の財布を差し出さないと殺されてしまうかもしれない。
 だがこのことは、ピストルを持っている人間には
 財布を差し出さねばならない正当な義務がある
 ことを意味するわけではない」

ヘーゲル「法の哲学」
人格の相互承認
教養は、共同体における「よさ」が、多様なものであることを教える。
各人がさまざまな「よさ」を求め
それを実質化していくところに自由の条件がある。
教養がもたらすこうした知恵は
各人に、他者が自分と同じく「よさ」を求める存在である
ということを相互に承認することを求める。

ジョン・スチュアート・ミル「功利主義論」「自由論」
自由とは「何をしてもいい」ということではない。
各人は、自分固有の幸福を
他人が幸福を追求することを妨げないかぎり追究できる。
危害原理
多数者による少数者への不当な抑圧についても
何らかの対策を行わなければならない。
他者の自由に干渉することは
その他者が最大幸福状態の理念に反するような行為を
行おうとしているときだけに正当である。
危害原理に基づき
多数者による少数者への不当な抑圧が生じないようにチェックし
各人が自分固有の幸福を自由に追求できる社会を整えることが
功利主義の原理から導かれる方向性だ。

2020年08月01日 きたきた捕物帖。
話題の宮部みゆきさんの「きたきた捕物帖」を読んだ。
話は本所深川の千吉親分がふぐに当たって亡くなるところから始まる。
この千吉親分という人が役者のようないい男で
強面ではなく弁がたって仲裁上手で
面倒見のよい十手持ちだった。
本業は文庫屋を営んでいて
文庫というのは本や小間物を入れる箱のことで
千吉親分の十手が朱房(しゅぶさ)だったので
朱房の印の入った文庫は
言わばブランド品でよく売れていた。
主人公は五の子分の下っ引きの北一(きたいち)である。
この北一は歳は十六なのだが小さい時に母親に捨てられて
千吉親分に拾われ、それからは文庫を担いで売り歩いて暮らしている。
そして、千吉親分が亡くなって同心に五人の子分が集められる。
そこで同心から衝撃の千吉親分の遺志が告げられる。
「もし自分に何かあった時には
 五人の誰にも十手を継がせるつもりはない」
それで、一の子分が文庫屋を継ぎ
二から四の子分はどこかに行き
五の子分の北一は
何とか文庫屋の売り歩きとして残してもらうことになる。
つまりは物語の初めから十手持ちの道が断たれることになるわけで
これは面白い始まり方だなと思った。
そして、この北一少年なのだが
頭がいいわけでもなく、体も華奢で非力で
性格は至って素直で誠実なのだが
特に取り柄といったものが見当たらない。
今回は全四話あるのだが
では、十手持ちもでもない何の取り柄のない少年が
どうやって事件を解決するんだ?
というところは読んでからのお楽しみということで。(笑)
ただ、第四話で
どうも周りは千吉親分の跡継ぎとしてこの北一を
温かく見守り育てようとしているのではないか
もしかしたらそれが
千吉親分が同心に告げた本当の遺志なのではないか
と匂わせるようなところもあって
長いシリーズになるのを予感させる作品になっている。
読んでいて
胡乱(うろん)とか面妖(めんよう)とか
昔の人は言っていたのだろうけど今はほとんど言わなくなった言葉
があちこちに出ていて楽しくなった。

2020年07月28日 さるかに合戦。
江ノ島電鉄長谷駅の構内にこんな貼り紙があった
と話題になっていた。

お願い
ただ今の季節、朝晩を中心にホームやトイレ内に、
カニが闊歩している時がございます。
お足元には、十分ご注意ください。
また、おにぎりとタネの交換は、ご遠慮ください。
カニに、青柿を投げつける行為も、お止め下さい。

「さるかに合戦」を踏まえてなのだろうけど……。(笑)

さるかに合戦 あらすじ
蟹がおにぎりを持って歩いていると
ずる賢い猿が拾った柿の種と交換しようと言ってきた。
蟹は最初は嫌がったが
「おにぎりは食べてしまえばそれっきりだが
柿の種を植えれば成長して柿がたくさんなりずっと得する」
と猿が言ったので
蟹はおにぎりと柿の種を交換した。
蟹はさっそく家に帰って
「早く芽をだせ柿の種、出さなきゃ鋏でちょん切るぞ」
と歌いながらその種を植えた。
種が成長して柿がたくさんなると
そこへやって来た猿は
木に登れない蟹の代わりに自分が採ってやると言う。
しかし、猿は木に登ったまま自分ばかりが柿の実を食べ、
蟹が催促すると
まだ熟していない青く硬い柿の実を蟹に投げつけた。
蟹はそのショックで子供を産むと死んでしまった。
カンカンに怒った子蟹達は親の敵を討つために、
猿の意地悪に困っていた
栗と臼と蜂と牛糞を家に呼び寄せて敵討ちを計画する。
猿の留守中に家へ忍び寄り
栗は囲炉裏の中に隠れ
蜂は水桶の中に隠れ
牛糞は土間に隠れ
臼は屋根に隠れた。
そして、猿が家に戻って来て囲炉裏で身体を暖めようとすると
熱々に焼けた栗が体当たりをして猿は火傷を負い
急いで水で冷やそうと水桶に近づくと今度は蜂に刺され
びっくりして家から逃げようとした際に
出入口で待っていた牛の糞に滑り転倒する。
最後に屋根から落ちてきた臼に潰されて猿は死に
子蟹達は見事に親の敵を討った。

「忠臣蔵」並みの敵討ちだね。(笑)

2020年07月24日 万願寺唐辛子。
今日はうどん屋さんに立ち寄って
トッピングの天ぷらを選ぼうとしたら
今まで見たこともない
巨大なしし唐のような天ぷらがあった。
「万願寺とうがらし」と名札が出ている。
「まんがんじとうがらし」と読むのだろうか。
見たところ20センチくらいの長さはある。
興味が湧いたので皿に取ってみた。
これで辛かったらどうしようと思ったけど
食べてみるとほのかに甘みもあり
しし唐のようなピーマンのような
とにかく美味しかった。
調べてみると京野菜なのだそうな。
食べ終わってからもしばらく
口の中に爽やかないい風味が残っていた。

万願寺とうがらし(まんがんじとうがらし)
京都府舞鶴市が発祥の京野菜。
地元では「万願寺」「万願寺甘唐」とも呼ばれている。
収穫・出荷時期は5月上旬から9月中旬。
果肉は大きくて分厚く、柔らかく甘味があり、
種が少なく食べやすいことが特徴。
その大きさから「とうがらしの王様」とも呼ばれている。

2020年07月19日 流浪の月。
話題の凪良ゆう(なぎらゆう)さんの
「流浪の月」を読んだ。
「2020年本屋大賞」受賞作である。
まず、装丁がいい。
表紙まるごとシブいインスタ写真でくるんだかのような
お菓子作りの本かと見紛うようなきれいな作りである。
装丁したのは鈴木久美さんという方で
少し調べたら鈴木久美さんの装丁した本を
自分は既に何冊か持っていた。
つまりは人気の装丁家さんなのだろう。
にしても「流浪の月」ってどういう意味なんだろう
と思いながら読み始めた。
そういえばあれは中学の時だろうか小学の時だろうか
音楽の時間に「流浪の民」という合唱曲を
聞かされたのを思い出した。
「♪ぶなの森の葉隠れに」という歌い出しや
「♪これぞ流浪の人の群れ」というサビのところなど
今になっても如実に思い出せる。
歌詞にはジプシーに対する畏怖や異文化に対する憧憬
などが表現されていたと朧気ながら記憶している。
そしてまさに「流浪の月」は
ジプシーとして生きることになった男女と
言わば定住者との軋轢や葛藤を描いた本であった。
前に「半分、青い」をここで書いた時
ソウルとソーシャルは相容れない、ということを書いた。
ソーシャルな世界に生きている人からすると
ソウルの世界に生きている人の振る舞いは理解できない。
この「流浪の月」の男女の道行きは
まさにソーシャルネットワークである
デジタルタトゥーから必死に逃れようと
もがいては傷つき、立ち上がっては逃れようとする
令和版「近松心中」のような物語になっている
と思いながら読んだ。
たぶん、ネタバレはしてないと思うので
まだ読まれてない方はぜひ。

2020年07月16日 藤井七段。
藤井聡太七段が史上最年少でタイトルを獲得して話題だが
将棋の戦法は
居飛車(いびしゃ)党と振り飛車(ふりびしゃ)党に別れるらしい。
ちなみに
飛車を早々に左側に振って指すのが振り飛車。
飛車を居たままにして指し進めるのが居飛車である。
藤井七段は居飛車党なのだそうな。
今回の渡辺明棋聖との五番勝負で
藤井七段は
第1局、第2局、第4局は矢倉(やぐら)
第3局は角換わり腰掛け銀(かくがわりこしかけぎん)だった。
矢倉は居飛車のうちの主要戦法の1つで
金2枚と銀1枚で玉を囲い
攻めは飛車角銀桂が担う相矢倉(あいやぐら)や
玉の囲いは簡略化して
素早い攻めを狙う急戦矢倉(きゅうせんやぐら)などがある。
矢倉は昭和の頃は最も使われた戦法だったが
その後、角換わりが盛んに指されるようになった。
角換わりとは相居飛車(あいいびしゃ)
先手と後手がどちらも居飛車の時にお互いの角を交換する戦い方。
腰掛け銀とは
銀を歩の上に移動させることで
銀が歩の上に腰掛けているような様子からその名前がついている。
藤井七段を特集したNHKの番組を見たのだけど
藤井七段は昨年はスランプだったらしい。
対局中に珍しく大きく膝を叩く映像が流れていた。
転機は今回のコロナ休業期間中。
期間中は将棋界も公的な対局は一切行われなかった。
師匠の杉本昌隆八段によると
藤井七段にとってその期間は
自分の将棋を大きく見つめ直す機会になっていたという。
それ以後の藤井七段の快進撃は誰もが知る通りである。
最近の藤井七段は
プロの目から見てもコンピューターの判断からしても
え?という手を指すことが間々あるという。
ところが、時間をかけてコンピューターに考えさせると
確かにそちらの方がいいと判断される
味わい深い手だとわかるのだという。
藤井七段は詰将棋の世界で幼い時からその名が知られていた。
若いプロ棋士でも見た瞬間に嫌になるような難問が並ぶ
詰将棋解答選手権チャンピオン戦に8才から参加し
2015年には10問全てを正解し
史上初の小学生による優勝を果たした。
目の当たりにした新聞の将棋担当記者は
「現実とは思えない」「心臓が止まるかと思った」
との感想を残したという。
つまり、元々のポテンシャルからして破格なのである。
NHKのその番組で
ある棋士は藤井七段の将棋を評してこう語っている。
「中盤、終盤はまず隙がない。隙があるとしたら序盤しかない」
今回の棋聖戦では
藤井七段はその序盤で少しレトロな戦法を取った、ということか。
ちなみに藤井七段は
各地の積雪量のチェックをするのが好きだという。
スキーヤーでもスノーボーダーでもないのに
そんなものをチェックして何になるのだろう。(笑)

2020年07月05日 小町算。
ある本を読んだら「小町算(こまちざん)」というのが載っていた。
1□2□3□4□5□6□7□8□9=100
という数式の中に+、-、×、÷、空白のいずれかを入れて
式を完成させるというものである。
小野小町のもとに通い続けて100夜目に凍死してしまった
深草少将(ふかくさのしょうしょう)を偲んでつけられた数式だという。

解答例
1+2+3-4+5+6+78+9=100
1+2+34-5+67-8+9=100
123-45-67+89=100
1+2+3+4+5+6+7+8×9=100
1×2×3-4×5+6×7+8×9=100

他にもいくつかあるらしい。
小町算を解く方程式など解法は特になく
ひたすらトライ&エラーで答えを探すしかないのだそうな。

深草少将の百夜通い(ももよがよい)についても調べてみた。
小野小町が「私の元へ百日間通い続けることができたら結婚します」
と言われた深草少将、九十九夜までは無事に通ったが
百夜目が雪の降る日で、雪に埋まり凍死したという。
ヒマラヤじゃないんだから。(笑)
深草少将は京の欣浄寺(ごんじょうじ)に屋敷があったとされ
欣浄寺の池の横には「少将の通い道」と呼ばれるものが今もあり
訴訟を持っている者がここを通ると叶わないとされる。
また、京の随心院には
深草少将等が書いた手紙を埋めたとされる文塚があるのだそうな。

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを
小野小町

ま、あんたがいつも思わせぶりな態度をとっているのが
根本的にいけないんだけどね。(笑)

2020年06月28日 家守様。
昨日、風呂上りに何気なく窓を見たら
網戸の向こう
例のヤモリがへばりついているのが見えた。
ああ、家守様はやはり家の庭に住まわれているのだな
と思ってくすっと笑ってしまった。
家守様もこちらに気づいたのか
そろりそろりと移動されるご様子である。
おとなしく、人間にも無害で
虫などを食べてくれる益獣である。
そして、何と言っても
幸運を呼ぶ家の守り神でもある。
などと思いながらしばらく見つめていた。
もう少し近づいて見てみようか
とこちらもそろりそろりと近づいてみた。
ん?
網戸の向こう側だから
当然お腹側が見えているのだと思ったら
これは背中側だぞ……。
ん?!
これは家の中に入ってるんじゃないか!
ということで
慌てて窓を閉めて網戸を少しずらし
家守様には家の外にお引き取りねがった。
いつの間に家の中に入ったのだろう?
1cmでも隙間があると
ヤモリは侵入可能だという。
家守様には家の中からではなく
家の外側から守っていただきたい。(笑)


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