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喫茶くしゅん

喫茶くしゅん

脚本に関する文章

迷い猫預かってます。
宇都宮市にある若松原中学校の演劇部の顧問になって9年目。この「迷い猫」は、そんな日々の部員達との触れ
合いの中から、生まれた脚本です。等身大の中学生の思わず笑ってしまうけど、どこかせつない姿を描くことがで
きたら、と思って筆をとりました。
舞台にした福島四中は、かつて私が住んでいた家のすぐそばにあった中学校です(勝手に使ってしまってごめん
なさい)。実際、美術部があるのかどうかも知りませんし、藍や美登里のように授業をサボるといった生徒は、あ
くまで物語の上でのことです。
この「迷い猫」は、今年の秋の大会にと用意したもので、私自身も実際に舞台に載せた姿を、まだ一度も目にし
たことがありません。今は生徒共々、ドキドキしながら準備している最中です。
中学校演劇という素晴らしい世界に出逢えたことに感謝するとともに、ささやかながら全国の中学生にエールを
贈ります。がんばれ。
「演劇と教育02年8+9月号」

スワローズは夜空に舞って
昨年、「迷い猫」を掲載していただいたのがご縁で、東京の久留米中演劇部さんから上演依頼が舞い込みました。
顧問の先生には「遠く栃木からご成功を祈っております」などと手紙に書いた私でしたが、実はついうれしくて内
緒で観に行ってしまいました。府中ひばりホールという小さい会場に入り、客席に身を沈めて久留米中の出番を待
ちました。そしていよいよ「迷い猫」になり、藍や美登里が出てきてしゃべり始めました。それを観ながら、しば
らくして私は、(恥ずかしながらというべきなのですが)泣いていました。もちろんうれしくて、です。
「スワローズ」は、自分の小学生の頃を背景に描きました。うちの部で試しに読み合わせをしてみたところ、一
年生の一人が「昭和なんて知らな~い」と言ってました。(笑)
特選に選んでいただけるなんて、まるで夢のようです。これからも、あの時の涙を忘れずに過ごしていきたいと
思ってます。
「演劇と教育03年8+9月号」

Hello,my friend
この四月に転勤しました。一つの学校に十年までしかいられないうちの十年目でした。若松原中学校演劇部は創
部以来十年、共に笑い共に泣き、過ごしてきた部です。もちろん離れがたく、でも別れるための心の準備も少しず
つしてきました。おかげで大きく取り乱す(?)こともなく、無事にさよならをすることができました。生徒の一
人からもらった手紙にこう書いてありました。「どこに行っても先生は先生らしくがんばってくださいね」どちら
が先生だかわかりませんね。(笑)
今でもはっきりと覚えているニュース映像があります。阪神大震災で、被災者の方達が校舎に暮らしていたので、
長らく再開されなかった中学校の、始業式の映像です。校庭で久しぶりに逢えた生徒達が皆、泣きながら抱き合っ
ているものでした。
自分のような者に被災された方達の思いはわかりようもありません。でも、この作品を通して、当時と現在を、
そして誰かと誰かを結ぶ一助になれたら、と思っております。
「演劇と教育04年6月号」

空のできごと
何年か前、自分の顧問する演劇部が好成績をおさめた時に、功労の意味をこめて3年生をファミリーレストラン
につれて行きました。浮かれる部員の中、出された料理を前に女の子の一人が「みんなでおにぎりとか作ってお祝
いしたかったなぁ」とぽつりと洩らしました。正直、はっとさせられました。
 その後、部員全員をつれて川までバーベキューに行きました。気がつくとその女の子は川ですくった5センチほ
どの小魚を枝きれで刺してたき火で焼いて食べていました。おいしいかどうか聞くと「とっても!」と笑顔で答え
ました。その子が演劇部を選んだ理由が少しわかったような気がしました。
 「喫茶くしゅん」なるホームページを作ってみました。ホームページとは言っても1時間くらいで作った簡単な
もので、今まで係わった人達と他愛のないおしゃべりをしたり、自分の脚本を上演してくださる方がいればその窓
口となれば、という程度のものです。裏通りの小さな店ですが、気がむいたらふらりとお立ち寄り下さい。(笑)
「演劇と教育05年8+9月号」

星に願いを
家が隣同士の男の子と女の子が、夜の物干し台で話をするというのは、自分的に理想的な劇のシチュエーション
です。昔は自分の家も、共同の物干し台こそはありませんでしたが、庭に木戸がついていて隣同士がつながってい
ました。よくそこを通って隣の女の子が飼っているリスを見に行ったものです。
今回は七夕の話だから場所は仙台にしようか。本来、星空で起こる出来事が、その物干し台で同じように起こる。
だから、織姫と彦星は途中仲違いはあっても、最後は逢える話にしよう。でも、あまり深刻でない、他愛もない話
がいいかな・・・などと、そんなことを考えながら作りました。
仙台といえば一度東北新幹線の車窓から、あれはどこかの高校の屋上なのでしょうか、学生服とセーラー服の少
年少女が間隔を置いて立って発声練習をしているのを見たことがあります。ああ、この街にも演劇部があって、発
声練習をしているんだな、と感傷的な気分になったのを覚えています。
この劇を最初に上演したのは、北海道江別市にある江陽中学校の2年生でした。江別は石狩平野に広がる美しい
街だそうです。どんな沙織、どんな健太だったのだろうと、時々北の空に思いを馳せています。
「中学校劇作シリーズ第10巻 中学校の出会いと別れ」

卒業のバトン
自分は国語の教師ということもあり、3年担当時にはいつも卒業文集の係になります。卒業文集は卒業アルバム
ほどの派手さはありませんが、読むとなかなか味わい深いものです。文集を作るには各クラスから卒業文集委員を
選んで、原稿を集めたりクラスのページを作ったりします。たいていは受験直前の忙しい時期。やってくれるのは
本当に奉仕的で、仲間や思い出を大切にできる生徒たちです。
今回はバレンタインデー前日。でも、明日は学校が休みなのでチョコレートを渡すなら今日しかない、という設
定にしてみました。
自分が中3の時の思い出話を一つ。少し自慢めいた話になっても中年男のたわごととしてお許しください。自分
のいた3年1組の女子は非常に思いやりの深い団体で、チョコレートを一個ももらえない男子がいないように前日
から相談して、全員が同じ出席番号の人に渡すということをしたのでした。なので自分は、およそ恋などとは無縁
っぽい、赤い眼鏡をかけた秀才の女の子から一個もらうことができました。
とりあえず一個はもらえたし帰ろうということで学生カバンに教科書やノートをしまっていたところ、リーダー
格の女子が近づいてきて「Aさんからチョコもらった?」と聞いてきました。Aさんとは半年間ずっと席が前後ろ
の、普段は姉弟みたいにふざけ合っていた女の子でした。首をふって答えると、その女子は「まあ、大変」と言っ
て廊下へ飛び出して行きました。その直後、Aさんが廊下から現れ、自分に向かってつかつかと歩いてきて、学生
カバンの上にぽーんとチョコレートの包みを投げて去っていきました。帰り道、川沿いの道を歩きながら、包みの
リボンにはさんであった小さなメモを開いてみました。そこにはこんな言葉が書いてありました。「ひなたぼっこ
でもしながら、のんびり食べてくださいね」
「中学校劇作シリーズ第10巻 中学校の出会いと別れ」

我等之友情永久的二不滅歩以
「我等之友情永久的二不滅歩以」は今年の3月まで自分が担任していた3年2組の合い言葉である。(もっとも
歩以は保゜井と実際は表記していた)男女の仲がよく、男子がたまたまよからぬ言葉を口走った時も、女子が「は
ーい、下ネタやめてくださいー!」とすぐ返すくらい、何というか、さばけたクラスだった。(笑)
 合唱コンクールでは「春に」という曲を選んで練習に励んだ。男子が前年よりよく取り組んでくれないというの
で、女子と男子でもめたこともあった。そんなこんなで本番当日を迎え、全校の最後に2組の合唱が始まった。と
ころが歌い始めてしばらくして突然、伴奏の女の子の指が止まってしまった。緊張のためなのか、それとも間違え
たからなのか……。クラス全員は無伴奏の中、それでも歌い続けている。かなり時間がたってから、伴奏の子は、
初めは片手、次に両手という感じで何とか最後には演奏に復帰した。合唱が終わって生徒が複雑な表情で客席に戻
ってきた。泣き崩れている伴奏の女の子に、周囲の女子が肩を抱くようにして声をかけている。自分も何か声をか
けに行ったが、気の利いたことは言えなかったと思う。そして、審査結果の発表が始まった……。「……最優秀賞、
3年2組!」最後にそう告げられた時、クラスから驚きと歓声の入り混じった何とも言えないどよめきが起きた。
男子は拳を突き上げ、女子は皆泣いていた。「我等之友情……」の旗の下に起きた一つの出来事だった。
「演劇と教育06年6月号」

タヒムマシン
自分たち演劇部がホームグラウンドとしている宇都宮市文化会館小ホールという会場がある。学校演劇に理解の
あるスタッフがいる素晴らしい所だ。その舞台の裏に上演中役者やスタッフが移動するための細い通路がある。所
々に小さい照明が点いている、両側がコンクリートの打ちっ放しの暗くさみしい場所だ 。そんな場所にひっそり、
上手側から入ってすぐのちょうど目の高さの所に、白いチョークで描かれた女の子の顔の絵がある。十年以上前、
まだ描きたての頃から自分はよく知っているのだが、どうも当時の女子高生がいたずらで描いたものらしい。それ
が特に消されることなく現在にまで至っている。今となっては目や口は判然とわからなくなってしまったが、輪郭
はまだまだしっかりとしていて、にこやかな当時の面影を残している。自分は結構前から「小ホールの神様」「演
劇の神様」と呼んで、何人かの生徒に話して見せたこともあるし、今でも大会の度にあいさつに行く。「今年も来
ました。どうぞ見守ってやってください」
「演劇と教育07年10月号」

Huckleberry friends
何年か前の秋、黒磯で国語の全国大会がありました。当日は早くからその準備をする都合上、前日の夜に行って那
須湯本温泉の旅館に泊まりました。飛び込みで入ったので旅館の女将が「まあまあ、何でしょ?こんな背広姿の人が」
と驚かれました。(笑)それはそれとして、翌日の朝、旅館を出て車で黒磯へ向けて那須高原を下りる途中のことで
す。昨晩は暗かったのでわからなかったのですが、道の両脇の木々は色とりどりの紅葉真っ盛りという感じで、自分
はハンドルをきりながらその美しさに思わず喝采をあげていました。そして、気づいたのですが、道の所々に学生服
やセーラー服の少年少女が一人二人と立っているのです。きっと学校に行くのにバスを待っているのでしょう。錦繍
の林の中にぽつんぽつんと佇む少年少女。それは自分が今まで見たこともない美しい高原の朝の光景でした。こんな
学生生活もあるんだなと、その時いたく感動したのでした。そんな少年少女たちの面影が私にこの物語を書かせまし
た。秋ではなくて夏の物語になってしまいましたが……。(笑)
「演劇と教育09年11月号」

タヒムマシンの作り方
■走れメロス■
小学校3年生のことだったと思う。秋の学芸会で6年生のあるクラスが「走れメロス」を上演した。メロスはボー
イッシュな女の子が、竹馬の友セリヌンティウスは男の子が演じていた。ご存知、この物語は最後にメロスとセリヌ
ンティウスが一発ずつ殴り合って、ひしと抱き合うという場面がある。とは言っても、演じているのは小6の女の子
と男の子である。会場は、殴ったふり、軽く手を握るくらいでも十分に納得する雰囲気だったと思う。しかし、この
時のメロスとセリヌンティウスは違っていた。2人は互いに本気でびんたした後に「ありがとう友よ!」と言って激
情的とも言うべき抱きつき方をしたのである。布きれ1枚ともいうべき衣装の男女がひしと抱き合っているのを見て
全校児童はまさにシラクスの群衆と化し、地鳴りをあげて喝采した。(笑)自分が劇というものの魅力を認識した最
初の体験だったように思う。
■ロミオとジュリエット■
中学校3年生になって、秋に文化祭があった。3年生は有志による劇の発表があり、受験期であるにもかかわらず、
なぜか自分もそのメンバーに入っていた。とは言っても、大道具作りのチーフというポジションだったと思う。毎放
課後、中庭でベニヤ板や角材を切って金槌で釘を打ったり、ペンキを塗ったりしていた。キャストの人達はその上、
2階の教室で稽古に励んでいる。もうすっかり日も短くなって中庭は暗く、教室の明かりがもれてくるのを頼りに作
業を続けていた。上のキャストは花形、下の自分はまさに裏方だった。でも、何の不満もなかったと思う。劇作りに
かかわっているというだけで、どこか幸せな気分だった。そんなある夜、ヒロインのジュリエットが窓から顔を出し
て「星野君(自分の本名)、毎日ご苦労さま~」と声をかけてくれた。自分はタオルを首にかけたままペンキの刷毛を
持って、その時ジュリエットと何か話をしたのだと思う。近くにいた先生が「ほんとのロミオとジュリエットみたい
だな」と柄にもなく粋なことを言った。(笑)大道具作りの功績が認められてか自分も役をもらった。舞踏会の場面
で、ドラキュラの恰好をして後ろで談笑しているだけという、よくわからない役だったが。
■十一人の少年■
大学に入り、高校では何もやっていなかったので、何かサークルにでも入ろうと思い立った。映画研究会あたりと
思っていたのだが、同じ高校の友達が演劇研究会に入ったというので自分もそこに入ることにした。全く知り合いの
いない所よりいいし、お芝居を観ながら大学生活を送るのも悪くないなと思ったからである。ところが演劇研究会に
行ってみると、ジャージはどうしたとか、腹筋だ発声だ脚本を読むんだとか、何かおかしいと思って何日かたって気
がついた。そこは演劇を観る所ではなくて、演劇をやる所だった。辞めたくなった時にはなぜか役までもらっていて、
サボると先輩が下宿まで迎えに来た。(笑)その時は北村想さんの「十一人の少年」という劇に取り組んでいた。自
分はびっくりするほど大きい役で、公演の前日から緊張のあまりほとんど何も喉を通らないほどだった。まさにやぶ
れかぶれの状態で緞帳が上がり、最初のセリフを口にした時、なぜか客席がどっと沸いた。正直意外だったが、その
後も客席は沸きに沸いた。その時自分は確かに何かに助けられていた。それが脚本なのか、観客なのか、それとも他
のキャストやスタッフなのか、よくわからなかったが、その夜流れた夢のような時間は今でも忘れられない。
■青い実をたべた■
仙台に「劇団青い鳥」が来るというのでサークルの仲間と出かけたことがあった。当時は小劇場ブームで、自分達
も東京やらいろいろ出かけて行っては観劇を繰り返していた。劇場というよりはスペースと呼んだ方がふさわしい場
所に入り、自分は一番前の真ん中の座布団に座ることになった。その時は「青い実をたべた」という劇を上演してい
て、本当に「青い鳥」の人達に手を伸ばせば届くんじゃないか、というような近さだった。そして、その劇は最後に
伊沢磨紀さんの長ゼリフがあった。その長ゼリフの間中、伊沢さんがずーっと自分の目を見て語りかけてくれたこと、
今でも忘れられない思い出である。そんな小劇場ブームの影響か、今までプロの作家さんの作品ばかり上演していた
我がサークルだったが、ここは1つ創作で勝負しようと、誰でもない自分が言い出した。言い出しっぺの自分が脚本
を書いて実際に上演に至った。でも、今から考えてもそれは稚拙なもので、上演はしたもののさんざんな出来だった。
打ち上げと称して居酒屋で薄い酎ハイを飲みながら、アンケート用紙の酷評を読んで一部後輩の女の子は泣いていた。
自分はサークルを離れた。
■忘れじの丘■
幸運にも教師になることができ、街の大きい中学校に採用された。最初は運動部の顧問をしていたのだが、日がた
つにつれて、どうも演劇部の存在が気になってきた。自分はもしかしたら演劇部を指導した方がいいのではないか、
と密かに思うようになった。大学で学んだことをいろいろ生徒に教えてみたかった。自分は脚本さえ書かなければ、
大きく失敗はしないはずだという自信があった。自分は無理を言って演劇部の顧問にさせてもらった。初めて取り組
んだ劇は辰嶋幸夫先生の「忘れじの丘」という作品である。まだ、中学生のお芝居というもの自体よくわからなかっ
たが、自分にとっては印象深い作品になった。2年目になって、初めて県大会へ進むことができた。地区大会でたま
たま演教連・晩成書房の水野久先生が審査員で来てくださっていて、大会が終わってからわざわざ自分の所に会いに
きてくださった。「どういう方が指導されているのかと思いまして」とニコニコされながら、少しお話ししたこと、
今でも覚えている。その後8年間は脚本を書きたいなどとは思わず、ほとんど他の作家さんのものをやって過ごした。
■白雪姫?■
演劇部を受け持つようになって9年目のある日、3年生の女の子達が次は「白雪姫」みたいなものをやりたいので
すが、と言ってきた。恥ずかしながら自分は「白雪姫」というものをよく知らなかったので調べてみた。正直、その
ままやるのは厳しいなと思い、生徒にそう告げると、「ピーター・パン」や「シンデレラ」でもいいのですけど、と
いうことだった。そこで何となく思いついたのは、その3つの話をつなげてみたらどうだろうということだった。た
いした気負いもなく脚本を書いた。書いたというよりは、3つの話をつなげてみた。ところが、これが生徒に配ると
大笑いで、「白雪姫?」という題をつけて大会に出すことにした。地区大会では創作脚本賞というものまで頂いて、
正直とてもうれしかったのを覚えている。自分が再び脚本というものを書くきっかけになる出来事だった。自分がよ
く使う「……」(リーダー)も、この時のピーター・パンがティンカーベルに告白する場面で生まれた。最近ではこ
の「……」(リーダー)が存在を大きくし、話が核心に入ったというサインになっている。(笑)余談だが、当時、
白雪姫を演じた女の子は現在、宝塚宙組で彩羽真矢として活躍している。
■迷い猫預かってます。■
幸運にも「子どもが上演する劇脚本募集」で入選させていただいた「迷い猫」だが、審査員の先生方によると、美
術準備室という場所選びは成功しているということだった。演劇という場所を動かしにくい表現においては、物語と
同じように場所選びが重要で、いくつかの場所を動かして物語を追っていくよりは場所を1つに定めて、そこ以外で
起こっている物語は観客に想像させた方がより演劇的である、ということかもしれない。もし少人数のキャストで教
室などを舞台にする場合は、放課後や休みの日に設定を動かすなど、自然に見える状況を整える必要があると思う。
また、具体的な場所には具体的にディテールが広がっていくので、実際にある場所というものには力がある。「迷い
猫」の舞台になっている福島四中は昔、自分が住んでいたごく近所にあった中学校で、「~だべした」「~だない」
などの方言が自然に出てくることになったのも、場所による力が大きいと思う。時間について言えば、できれば1日
の話の方がわかりやすいが、場面を別の日に動かす時にはお客さんに説明する手続きが絶対に必要で、これがなかな
かうまくいかない時がある。(笑)
■スワローズは夜空に舞って■
当たり前と言えば当たり前なのだが、中学生が一番演じやすいのはやはり中学生なのだと思う。いかに大人を出さ
ないかということをいつの頃からか自然にやっているような気がする。だから「迷い猫」では授業をサボって先生か
ら逃げ回っているということになっているし、「空のできごと」では司書の先生は産休、「我等之友情永久的二不滅
歩以」では担任の先生は何だか知らないけど職員室に入り浸っている。しかし、「スワローズ」だけは看護師さんが
結構出て来て、当時、自分は何も考えていなかったことがわかる。(笑)中学生は中学生を演じた方が野球で言えば
軽く振ってもスタンドに入るみたいな所があると思うので、これからも1つ基本にしていきたいことではある。高校
生以上を演じるのは厳しい中学生だが、小学生や幼児などの年少者を演じることは生徒によっては十分可能なようで
ある。人間以外の動物とか天使などを演じることもありだとは思うが、もっともらしい世界を作るのが面倒なので自
分は結構敬遠している。
■くしゅん!■
物語の基本構造は、何かを無くした主人公が誰かの協力を得たり、何かに妨害されたりしながら、最後にはその物
ズバリでなくても、それに代わる物でも取り戻すことである、と聞いたことがある。劇が始まった時点で、主人公に
何が足りないのかを観客が容易に確認できる場合、1つそれは成功しているということだと思う。その物ズバリでな
くてもというのは、その物ズバリを最後に手にするようなハッピーエンドの物語はこの複雑な現代社会にはそぐわな
い、ということらしい。よくはわからないけど。(笑)だから、自分の芝居のラストは主人公がそれに代わる物を取
り戻す場面で終わる、というものが多い。「くしゅん!」という作品では、主人公の姉妹は母親が家を出て行ってし
まって父親と暮らしている。最後に両親は離婚し、母親が戻ってこないのは決定的になるのだが、隣に住む男の子を
含めて子ども3人がお父さんお母さん子どもの幻の家族を形成するという場面で終わる。いろいろ難点はあるものの、
自分では気に入った作品に仕上がった。
■卒業のバトン■
豊かなものに寄り添う、というのも1つの基本だと思う。「スワローズ」や「くしゅん!」「初恋カンブリア紀」
では自分の少年時代を時代背景に選んだので次から次へと思い出すことがあって書きやすかったし、何より楽しかっ
た。マジソン・バッグ、リボンシトロン、8時だョ!全員集合、貸レコード屋、口裂け女、小松の親分さん……。書
いているだけで笑みがこぼれる。あと今、自分の目の前に豊かに広がっているのは、日頃から共に生活している中学
生達の中学校生活である。勉強や恋に心悩ませながら、クラスや部活の友達とわいわい騒ぐのが好きな普通の中学生。
自分はそんな中学生を描くということを1つ基本にしたいという思いがある。「卒業のバトン」では卒業文集委員と
いうおそらく学校関係者しか知らないであろうマイナーな生徒達を取り上げた。主人公の女の子には特に大きな問題
があるわけでもなく、何となく疎遠になっていた好きな男の子とひさしぶりに話して心が通じ合った、というだけの
話である。少々話はずれるが、メインの役同士がすでによく知る関係になっているというのも重要なことのように思
う。すでに知り合っている者同士が核になって話を進める方が手っ取り早いし、物語も深みを増すように思う。幕開
きの時点ですでに何かが起こっている、というのも1つ大切なことかもしれない。
■タヒムマシン■
と、勝手な自分の生い立ちと、中学校演劇の、それも自分の描ける世界だけの話をしてお耳を汚したわけだが、曲
がりなりにも中学生向の劇の脚本を書くというポジションを与えられたことに、日々幸せを感じ、また感謝もしてい
る。これからも少しずつでも精進を続けていきたい。年に1、2回だが、東京などに自分の脚本を上演してくれる学
校の上演を観に行く。前日から鉄道の乗り換えや降りる駅の周辺地図などを調べ、読みかけの本などを携えて列車に
乗り込む。お目当ての街に着くと、ひとまずいい感じの飲食店を探し、何かおいしいものを食べる。会場に入って、
ロビーのソファーに腰掛けて、手作りのパンフレットなどに目を通す。その時に中学生が横でお弁当を食べている時
もあるし、近くで先生方が輪になって打ち合わせをしていることもある。自分は面が割れていないので、その点では
非常に好都合である。(笑)ブザーが鳴って客席に座り、客電が落ちて幕が上がる。舞台の上、知らない街の知らな
い中学生が、自分の書いたセリフをそれこそ一生懸命口にしている。その不思議な光景に、最初は涙がこぼれた。自
分では考えもしなかった演出がされているのも楽しい。主人公に合わせて自分も同じセリフを口ずさんでいる時もあ
る。劇が終わってキャスト・スタッフが幕前に一列に並んで、こぼれ話をしたりするのもまた楽しい。そんなこんな
でそっと会場を後にする。つくづく中学生向の劇の脚本家というのは幸せなのだ。
「演劇と教育07年7月号」

篠原さんの連載を読んで
飲み会の時だったと思う。ある先生が自分にこう言った。「この街のお祭ってちょっと残念な感じですよね」「な、
何がですか?」「だって、前に僕のいた街のお祭だったら、見に来た人達が自由に参加して踊っていい流れがあるん
ですよ」「……」「ところが、この街のお祭ときたらお神輿かついでる人達をただ脇でぼーっと見てろって感じです
もんね」
そんなことをふと思い出したのは、スポーツ界のいくつかの団体がそうであるように、プロがアマチュアを輝ける
ようにプロデュースするのは、アマチュアのためのみならず、実はプロをしっかりと支える礎にもなるということが、
演劇界においても同じではないか、と思ったからである。
しかし、アマチュアをきちんとプロデュースできるのは、力も経験もあるプロでなくては務まらない。子ども達の
意見を吸い上げながら、子ども達みんなが納得のいく脚本を作り上げようなんていうのは、まさに心技体の熟達した
プロにしかできない力業である。
自分は生徒の書いた物語をまとめあげるような作り方はしない。もっと正確に言うと、過去にしようとしたことが
あるが、中途半端な感じになりそうなのでやめた。だから、篠原さんと子ども達の、幸せな出会いを紡いだ日々は、
自分にとっては一つの教科書、として読むことができる。
何といっても、篠原さんと子ども達が毎時間積み上げていく、物語の深まり具合はどうだろう。出来上がった脚本
を読めば一目瞭然なのだが、自分の頃でいうところの学芸会の教訓めいたお芝居とは全然違う、言わばお芝居がもう
一つ向こう側に行っている。
そのように物語が深まりを見せる手の内を、篠原さんはこんな風に語っている。
【たとえば「家族」を題材で演劇を作る場合、その作劇上、「家族は大切」という価値にドラマが向かえば道徳的
で大衆的な演劇になり、「家族なんかいらない」という価値に向かえばラディカルなドラマができる。そしてこの二
つは、「共に価値に向かっている」という点において、真逆のことを語っているようで実は同一線上にいる。それに
対し、多くの「名作」と呼ばれる作品は、価値には向かわない。観客が座席で思わず、「家族っていったい何だ…!」
とその心に絶句せしめる作品が、名作であり古典と呼ばれる作品なのだ。】
また、こんな記述もある。
【戯曲セミナーなどでも、初心者が途中で書けなくなる原因は、人物とストーリーができたからといって書き出し
てしまうケースがほとんどだ。基本的に、「戯曲に必要なのはプロットであってストーリーではない。」】
プロットという言葉は少し難しいが、プロットについてはこんな説明が続く。
【「自分の書きたい作品世界のために情報提供の順番を整えたものがプロットである。」】
物語が時系列に並んでいようといまいと、観客に出す情報の順番がしっかりと計算されているものがプロット、と
いうことなのだろう。
このように物語を深化させる過程一つとっても、プロの視点が十二分に行き渡っているのがわかる。
本物に触れて、さらに触発された子ども達からは、またどんどん面白い発想が飛び出してきて、篠原さんが感動す
るくだりがとても印象深かった。
誰でも、どこでも、たいしたお金もかからずに、すぐに取り組めて、楽しく深い感動が味わえる。演劇教育界が、
そんな風に、豊かに、したたかに、しっかりと根を深く下ろし、広がっていくことを、篠原さんの約1年にわたる連
載を読みつなぎながら、強く願う。
「演劇と教育10年7月号」

「瞳・發・見・傳」制作メモ
① 博物館の学芸員の方の話を聞く。(2009年8月上旬)     8月4日(火)の自分の記録より
今日は県立博物館に行って、職員の方から考古学についての講話を聞いた。何でもその方は高校生の時に、図書館担
当の国語の先生に考古学の本を勧められたことから、考古学の道を志すようになったということらしい。その本は、
藤森栄一さんという考古学者の書いた「旧石器の狩人」というそうだ。話は2000年に起きた旧石器捏造事件のこ
とにも及んだ。神の手と呼ばれた研究家が次々に発掘していたものが、実はほとんど捏造だったという事件である。
昔、ドキュメンタリーを見たのだが、研究室から持ち出した2つに割れた石器を別々の遺跡に埋めたものだから、当
時の考古学界は、ある旧石器人がその2つの集落を旅をした証拠ではないか、などと納得していたらしい。(その2
つの場所は50キロくらい離れていた)今日の話には出て来なかったし、旧石器時代ではないのだろうが、卑弥呼の
墓が奈良県桜井市の箸墓古墳なのではないか、とのニュースを最近見た。何でも炭素年代測定法で250年ごろと特
定されたので、卑弥呼の死亡時期とぴったり一致するんだそうな。倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)が祀
られていることになっているが、それがイコール卑弥呼なのではないかということらしい。だからイコール邪馬台国
ということになるのだろうか。考古学に思いを馳せた1日だった。
② 専門書を読み、作品のヒントになる記述を見つける。(8月中旬)
【人 ムシ族の末裔】
『古事記』の創世記。まず、天の中心に原初の神が出現した。次に現れたのは二柱のムスヒの神。ムスは「苔むす」
「草むす」のムスで、生命の出現を意味する。「虫」はそれが名詞化したもの。マムシという名があるように、古代
ではヘビもムシ一族の一員だった。そのヘビの血を受けた男の子孫が倭の王になった。初代天皇の妻は蛇神の娘だっ
たから。人は皆、ムスコ・ムスメとして生を受けるから、私たちもまたムシ族の一員だ。草と虫と人がひとつに繋が
って生きている世界。記紀の世界はそうした原初の生態を残している。
『地図とあらすじでわかる!古事記と日本書紀』(坂本勝・監修 青春出版社)より
③ 本をざっと書いてみる。(8月下旬)
今まで自分が基本にしてきた、大人を出さない、場所を動かさない、現実的でないことは書かない、ということから
敢えて離れて、何でもありの勢いのまま書いてみた。今まで基本にしてきたことで守ったことは、豊かなものに寄り
添う(神話的世界、古代史)、すでに何かが起こっている(己巳の変、世界から光が失われていく)、の2点。結果、特
に史実に基づいてるわけでもない、言わば妄想満載の、さらに教育的に意味があるかどうかもわからないものが出来
上がった。
④ 手直しをして生徒に分ける。(2010年2月)
1月に入ってから少し脚本の手直しをする。その間、全中演研への上演を要請する話があった。今まで地元以外での
上演はしたことがなかったが、わざわざ重盛先生に宇都宮まで来ていただいたことや、部員を横浜に連れて行ったら
喜ぶだろうか?などと思いを巡らし、最終的に上演を決定する。過去の無難な作品でということも考えたのだが、失
敗したとしてもこの作品で、という気持ちが強くなり、2月に今年の上演作品ということで、生徒に配布する。今ま
でずっと中学生物をやっていて、そういう劇世界に慣れた生徒達の感想は「い、意味がわからない……」というもの
だった。「先生、これ、場所はどこですか?」という至極当たり前の質問もあった。「敢えて言うなら、神話世界と
でも言っておこう」と、ごまかしておいた。(笑)
⑤ 脚本を作り始める。(3月)
キャスト発表は5月ということにして、まず、スタッフを開始した。初め生徒に自由に考えさせたのだが、自分でも
その後、調べたりすることもあって、衣装には貫頭衣を制作すること、大道具には象形文字を取り入れたセットにす
ること、小道具には三角縁神獣鏡などをモデルにして制作すること、音響には「姫神」などの和の音楽を聴き込むこ
となどを指示した。その後、生徒は自分達でも調べ、よく制作、準備していたと思う。
神話とは、自分や自分の生きるこの世界のことを理解する一つの試みであり、現代では多岐に分かれてしまった物語
の原初的な姿を現すということから、現代の中学生にとっても、このような作品に取り組むことには意味がある、と
僭越ながら、今は信じたい気持ちではある。
10年8月「全中演研配布資料」より

演出ノート
「白雪姫?」はジャンルで言うとスラップスティック(ドタバタ劇)になります。クラスや演劇部の仲間と、学校祭
や文化祭などで上演するのに適した脚本です。「白雪姫」「ピーター・パン」「シンデレラ」という、誰もがよく知
るお話のキャラクター達がそのまま登場し、あちらの人物がこちらの物語にと自由自在に行き来しながら、やがては
ハチャメチャなラストへと突き進んでいきます。特に教訓めいたものを伝える劇ではありません。演じ手も観客もた
だ単純に楽しんで上演、観劇できたら成功と言えるでしょう。 演じ手は場合によっては、悪ノリとも言えるテンシ
ョンでとにかく舞台の上を飛び跳ねてください。
 舞台装置は、場面がころころ変わることから、いちいち舞台転換をするのではなく、どのようにでも見えるセット
を組んだ方がスピード感の出るお芝居になるでしょう。照明で場所が変わったことを示すのも効果的です。衣装は大
変なのですが、実際に手作りすることをお勧めします。ディズニーのアニメや絵本などを参考にして、イメージを崩
すことなくカラフルに仕上げてみましょう。お裁縫の得意な生徒さんの腕の見せ所です。ちなみにワニは着ぐるみの
ようなものを作るととてもかわいいです。
 特に小中学校で演劇というと女の子が中心の世界となりがちですが、「白雪姫?」は男の子の生きる脚本でもあり
ます。どのように男の子を巻き込むかも成功の1つの鍵と言えるでしょう。
姉1 お母様、いよいよ学校祭上演の日が近づいて来たのよね。
姉2 お母様、いよいよ練習の成果を発揮しなきゃってことね。
継母 そうよぉ。今度の学校祭で何が何でも「白雪姫?」は成功させなきゃならないの。……そして、いよいよこの
ことを伝授する日が来たわ。お母様直伝、「白雪姫?」を成功させる三つの秘訣を。
二人 お母様直伝、「白雪姫?」を成功させる三つの秘訣?!教えて、お母様!
継母 三つの秘訣、行くわよ。ひとーつ。継母の役には白雪姫よりもかわいい子をキャスティングする。
二人 ひとーつ。継母の役には白雪姫よりもかわいい子をキャスティングする。
継母 ふたーつ。継母の役にはシンデレラよりもきれいな子をキャスティングする。
二人 ふたーつ。継母の役にはシンデレラよりもきれいな子をキャスティングする。
継母 みーっつ。もういっそのこと最後あたりで、継母がピーター・パンとキスしちゃう話にしちゃえばええんでな
いかーい。
二人 みーっつ。もういっそのこと最後あたりで、継母はピーター・パンとキスしちゃう話って……おいっ!
「中学校たのしい劇脚本集英語劇付Ⅱ」

演出ノート
「空のできごと」は図書委員の少年少女が主人公の、クラスというよりは演劇部が大会などで上演するのに適した
脚本です。現代と過去の司書室を行き来する二重構造で、現代の場面での本の貸し出しはバーコードリーダーを使い
ますが、過去の場面では本の裏表紙のポケットに入っている図書カードを使います。二つの時代の図書室の舞台転換
(そんなにおおげさな転換はいりませんが)をどのように見せるかが、一つ腕の見せ所と言えるでしょう。図書カード
は前に中山美穂さんが主演した映画「Love Letter」でも印象的な使われ方をしていました。近来のバーコードで読
み取る作業は確かに便利ですが、昔の図書室の本に必ず入っていた図書カード、過去に借りた人の名前と日付がその
人の自筆で書かれているあの味わいは、もう失われて帰ってこないのかもしれません。
 腰を痛めてバレーボール部の活動をしばらく休むことになった沙耶は、放課後の図書当番の代役を引き受けること
になります。司書室で待っていたのは、壊れた本をひたむきに修理している一年上の先輩、小鉢でした。小鉢がなぜ、
本を直すことにそんなに懸命なのか、その理由はやがて明らかになっていきます。このお芝居は、壊れゆくものをひ
たむきに守ろうとする少年少女のお話です。
 自分の学校で上演した時には、図書室、司書室が舞台ということで本棚を作り、そこに本物の本を入れようかと思
ったのですが、さすがにそれは持ち運びに重いということで、近くの市立図書館からよく図鑑などの立派な装丁の本
についている紙のケースを山ほどもらってきて、それを大量に入れてセットを作りました。おかげで大変軽く、運ぶ
のに便利だったのを覚えています。いかに司書室、図書室らしく見せるかも一つのポイントと言えるでしょう。
 その他、現代と過去で違いを出すために、学生服・セーラー服を過去、ブレザーを現代にするなど衣装で違いを出
すこともできると思います。スライドを使うように脚本にはありますが、どうしても使わないと劇が成立しないわけ
ではありません。ラストは沙耶と小鉢と司書の先生とその赤ちゃんが実際に登場するのもよいと思います。
 このお芝居は宇都宮市立姿川中学校を舞台にして書かれています。とても敷地の広い、大きな木がたくさんある学
校で、秋から冬にかけてはたくさんの落ち葉が落ちます。実際に落ち葉清掃というものがあって、全校生徒がせっせ
と落ち葉を掃く時間が年に何回かあります。どんぐりもたくさん落ちているので、拾うのがいつも楽しみです。その
ような豊かな環境が自分にこの脚本を書かせたのかもしれません。
 最後に無駄な情報を一つ。主要人物、さや、こばち、みその、たきざわ、ぺぱこ、しんいちの名前の各二文字目を
組み合わせると、小鉢の大好物の食べ物が現れます。ためしてみてください。
「中学校たのしい劇脚本集英語劇付Ⅲ」

グ・リ・コ!
 寺西克津枝さんの「ボクのじゆうちょう」という作品が好きで何回も読み返すうちに、設定、人物造形を真似て書
いたのが、そもそも「グ・リ・コ!」の始まりでした。その後、寺西克津枝さんには出来上がった脚本を送って作っ
た旨を説明し、別個の作品として認めていただいた、という経緯があります。
今、読み直すと、あの頃は自分も若かったと思う一方で、このポテンシャル、今こそ取り戻さなければならない、
と思ったりします。
 当時、自分が顧問をしていた宇都宮市立若松原中学校演劇部のために作った作品ですが、上演時は作りは荒かった
とはいうものの、客席は沸きに沸いて、まるでロックのライブ会場みたいなノリになったのを、今でもはっきりと覚
えています。
 そういう意味で、この「グ・リ・コ!」は、書いた本人のものというより、役者や観客により近い、言わば脚本と
いうよりも、台本と呼ぶのにふさわしい作品かもしれません。
 自分の作品の中では最もやんちゃなこの「グ・リ・コ!」が、全国の文化祭などで大暴れしてくれる日を楽しみに
待っています。
「演劇と教育11年7月号」

何の因果か高校演劇へ   「まわり舞台」より
「演劇部を作りたいので、顧問になっていただけませんか?」3ヶ月くらい前、高校生の女の子が2人、自分のと
こに来た。それからその生徒が中心となって、仲間を5人まで集め、高校の部活担当の先生にお願いに行き、特活部
の会議、職員会議、生徒会の会議を経て、いきなり部活としては無理だけど、同好会としてなら認める、大会参加も
OK、ただし中学生の参加はダメ、そして学校からのお金は1円も出ない、という形に落ち着いた。そして12月8
日(土)、その5人と自分で、初練習をした。初練習までの日々は、まるでそれ自体がドラマみたいだった。
この学校にいつまでいられる身かわからないけど、ほんの少しの間でも夢を見てみよう……。
何の因果かフィールドが、中学校演劇ではなくて高校演劇になってしまったけど、まああまり細かいことは気にし
ない。(笑)
というわけで、演劇浪人卒業、したのかな?所属が、栃木県立宇都宮東高等学校演劇同好会、になりました。(笑)
【それまでの物語】
志野さんは2011年春、演劇部のない県立中高一貫校に勤務することになり、近辺の中学校の演劇部の指導など
ちょこちょこ行ってはいたものの、演劇浪人の日々を送っていた。
▼▼▼
志野ワールドの高校演劇!どんな生徒群像が描かれるのでしょうか?楽しみです。(☆)
「演劇と教育13年3月号」

卒業のバトン
この作品は青雲書房の「中学校劇作シリーズ第10集」に収録されていたものですが、もともと上演時間45分あ
ったものを編集の方針で30分の短縮バージョンにしていました。特に大きな悩みや問題を抱えていない生徒が、わ
たし・いま・ここにいる、と肩の力を抜いて確認できるよう芝居こそ学校演劇の一つの理想形ではないだろうか、と
思うことが時々あって、「卒業のバトン」はそんな等身大の現代の中学生のスケッチ、にたまたま仕上がったかなと
思う作品です。青雲書房の川原社長も「ぜひ多くの方に読んでもらってください」ということで、今回、青雲書房か
ら晩成書房へのバトンとなりました。(笑)私が10年間勤務していた宇都宮市立若松原中学校が、そして当時の若
松原中の生徒達が、モデルとなっているのも、自分にとって思い出深い作品になっています。役名をひらがなに直し
て、由美のゆからジグザグに読んでみてください。現在の自分の心境とも言うべき言葉が浮かび上がります。特にテ
ーマとは何の関係もありませんが……。(笑)
「演劇と教育13年8+9月号」

学校演劇Q&A 今月の回答者 志野英乃
「Q 即興劇を練習させたいので、やり方を教えてください。」
A 大学の時に演劇のサークルで即興劇(エチュード)というものを囓って、その後、中学校の演劇部の顧問になって、
中学生の実態に合わせて自分なりに作り上げた方法があるのでご紹介します。
●ポイントその1【やり方】
AさんからOさんまでの15人の部員がいるとして、以下、セリフでご説明します。
生徒E はい、エチュードやりますので丸くなってください。
生徒達 (ざわざわしながら丸くなって座る)
生徒E では、Aさんから時計回りで番号を言ってください。
生徒A はい。1。
生徒B 2。
……
生徒N 14。
生徒O 15。
生徒E では、今日は3人エチュードをやりますので5グループです。もう一度Aさん
から時計回りで今度は1から5の番号を言ってください。
生徒A 1。
生徒B 2。
……
生徒N 4。
生徒O 5。
生徒E はい、では、同じ番号の人で集まってください。私は5なので、5、集まって。
生徒A 1、集まって。
生徒B 2、集まって。
……
生徒E 集まりましたか。では、5分間、相談時間スタート。
生徒達 (グループごとに座って「何やる?」などとざわざわ相談する)
……
生徒E はい。相談時間終了。では、5分間、立ち稽古、スタート。
生徒達 (グループごとに軽く通してみる)
……
生徒E はい、立ち稽古終了。では、1番のグループから。エチュード5分間。スタート。
グループ1 (発表する)
生徒E 終了。では、1番グループさん、反省をどうぞ。
生徒A はい。私達は「雪」というテーマでやりました。私は雪だるまを作っていたのですが、あまり重さが表現で
きてなかったのが反省点です。
生徒F はい。私は雪合戦の雪玉を投げたのですが、Kさんが全く気づいてくれなくて、もっと投げる前の動作とか
声とか、アピールした方が良かったかなと思います。
生徒K はい。実はこの後、3人でかまくらを作ろうねって言ってたんですけど、そこまで物語が行かなかったのが
残念でした。
生徒E ありがとうございました。では、感想。Jさん。
生徒J Aさんが重さが表現できてなかったって言ってましたけど、もっと雪の日って足取りとか重くなると思うん
ですよ。もっと歩きにくさとか再現した方が良かったと思います。
生徒A Oさん。
生徒O Kさんが最初、雪玉が当たった時は気づいてなかったですけど、気づいてからは怒りまくって、Fさんを押
し倒したじゃないですか。でも、Kさんは男子で、Fさんは女子っていう感じでしたよね。実際、そんなこ
とが起きたら事件だと思いました。
生徒達 (笑い)
生徒E では、私から。全体的に下手ばかりに人が集まっていたと思うんですよ。もっと舞台全体を使ったり、中心
を意識して演じた方がいいと思います。では、先生から。
教師  寒いとか冷たいとかもっと表現した方が良かったのと、寒いから着ぶくれしてる感じとか、てぶくろしてる
感じとかもっとあっても良かったと思います。会話ばかりに意識がいくのではなく、もっと身体的なことを
丁寧に演じてほしいです。
生徒E ありがとうございました。はい、では、1番グループさんありがとうございま
    した。
生徒達 (拍手)
生徒E では、2番グループさん、前へ。
……
ポイントその2【解説】
 エチュードに限らずなのですが、自分の基礎練習は丸くなって座って時計回りに番号を言ってグループ分けする所
から始まります。3年生ばかりのグループが出来ても、1年生ばかりのグループが出来てもあまり気にしません。時
には1度座ってからフルーツバスケットのようにシャッフルする時もあります。いつも同じようなメンバーのグルー
プが出来るのを避けるためです。
 相談時間を設けるのには訳があります。即興劇(エチュード)は、いきなり手探り状態でやってこそ意義があると
の教えもありますが、実際に中学生がやってみると、場所の設定も定かでない、お互い年齢性別もわからない状態で
演じるエチュードというのは「あなた、誰ですか?」「ここどこですか?」「え?今、夜だったんですか?」みたい
な探り合いに終始して、物語も進みませんし、あまり演技練習ならないといった反省があるからです。話し合いで場
所、季節、時刻、年齢、性別、性格、起きる出来事などを決めておいた方が、より深いエチュードにすることが出来
ます。
 もう一つ、立ち稽古を設けたのにも理由があります。頭だけで考えたエチュードというのは、会話のみに終始して
漫才みたいになることが多いのです。実際に軽く練習で演じてみることによって、体で舞台感覚をつかんだり、人と
連動して動くことを学んだり、五感の記憶を呼び覚ましたりすることが出来ます。
 エチュードが終わった後は、それぞれ反省を言わせ、見ていた人の感想を述べさせ、演技に対する気づきの場を与
えます。自分が持っていた部では、後輩が先輩の演技について指摘することも普通にありました。演技の前では皆平
等というのもありますが、それだけ人間関係が出来ている、練られているということでしょう。こういう練習を積ん
で基礎を作っておくと、実は大会の練習に取り組む際にもとても楽だったりします。演技や演出において、指摘され
るべきバックグラウンドをどの生徒も共有しているので、入り込みやすいのです。
 エチュード練習が部内で確立すると、「正直、エチュードの方が大会よりも大切」「学校生活で一番楽しいのはエ
チュードです」などと言い出す生徒も出てきます。考えてみれば、生徒は何か自分を自由に表現したくて演劇部に入
ってくるわけで、正しい発声法とか、役を理解して演じるとか、会館の機材の使い方とか、大会の勝ち負けとか、そ
ういうものは本来、ある種お仕着せなのではないかとも思ってしまうのです。
ポイントその3【エチュードタイトル】
 次は実際、自分の部で使っているエチュードタイトルです。生徒が何をしたらいいか困っている時にこの中から選
ばせたりします。
エチュードタイトル
1入試       2帰り道       3図書室      4バレンタイン
5体育館      6合格発表      7部活動      8夏休み
9飼育委員会    10鳥         11雨        12おとぎ話
13入学式      14放課後       15冬休み      16お菓子
17黒板       18掃除        19園芸委員会    20バスケ部
21春休み      22将来の夢      23病気       24クリスマス
25クラス替え    26お酒        27友達       28テニス部
29猫        30ラブレター     31買い物      32球技大会
33自分の家     34電話        35雪        36避難訓練
37修学旅行     38恋愛        39大災害      40テスト
41メール      42通知票       43スポーツ     44宿題
45職員室      46時代劇       47吹奏楽部     48塾
49洗濯       50マラソン大会    51お弁当     52朝礼
53外国       54国語        55犬        56お祭り
57テレビ      58映画        59文房具      60合唱部
61車        62学級会       63数学       64放送委員会
65髪型       66虫歯        67事件       68委員会
69バス       70釣り        71ボランティア   72社会
73陸上部      74面接        75涙        76委員長
77兄弟       78祖母       79合唱コンクール  80超能力
81忘れ物      82電車        83小学校      84笑い
85英語       86動物        87プール      88不良
89肝試し      90テスト勉強     91理科       92喧嘩
93祖父       94休み時間      95廊下       96体育
97怒り       98体育祭       99怪談      100出席番号
101旅行      102母親       103ニックネーム  104青春
105文化祭     106告白       107音楽      108父親
109田舎      110屋上       111林間学校    112姉妹
113仕事      114書道       115身体測定    116授業
117転校生 118山        119歴史      120美術
121給食      122席替え      123自転車置き場  124幼児
125ストーブ    126調理実習     127学級閉鎖    128教科書
129海       130読書       131体育倉庫    132先生
133保健室     134未来       135卒業式
「演劇と教育16年3月号」

学校演劇Q&A 今月の回答者 志野英乃
「Q 立ち稽古のやり方みたいなものがあったら教えてください。」
A 大学の時に演劇のサークルで劇というものを囓って、その後、中学校の演劇部の顧問になって、中学生の実
態に合わせて自分なりに作り上げた方法があるのでご紹介します。
●ポイントその1【脚本が決まったら】
 時間的に余裕のない時もありますが、セリフを完全に覚えてから立ち稽古をするのが効果的です。セリフがあ
やふやなまま立ち稽古をするのは、一階がぐらついているのに二階を建てるようなもので、あまりよい結果を生
みません。そのための基礎工事として、脚本が決まったら、キャストを決める前から回し読みを繰り返します。
最初は全員で座って時計回りに役とか関係なくセリフだけを読んでいきます。翌日からは丸くなって座って時計
回りに番号を言ってグループ分けをし、グループごとに好きな場所に行って回し読みをします。3年生ばかりの
グループが出来ても、1年生ばかりのグループが出来ても気にしません。グループに分けるのはセリフを読む個
数を増やすためで、今回はキャストにはつかないだろう下級生にも読ませるのは次年度への育成も兼ねています。
また、回を追うごとに立って読ませたり、位置的に広がって読ませたりします。発声を意識して無理なく声を響
かせるのを覚えるためです。
●ポイントその2【キャストが決まったら】
 キャストが決まったら、キャストだけで読み合わせをします。ここからは自分の役のセリフだけを読むことに
なります。方法については時計回りではなくなるという以外は回し読みと同じです。休みなどでキャストが欠け
ている時はスタッフの仕事を始めている下級生から補充します。よく常にキャスト以外の生徒を前に座らせてい
る学校がありますが、自分は演技らしくなってくるまでスタッフの仕事をさせていることが多いです。スタッフ
の仕事をさせるには回し読みの期間中にキャストを含めて何を作るか決めておくことが必要です。立ち稽古が始
まると、ドアなどの出入りの位置や椅子などの座る場所の位置は必要になるので、この時期に決めておくのが肝
要です。キャストにはセリフを完全に入れる日を話し合って決めさせ、必ず守るように伝えます。
●ポイントその3【セリフが入ったら】
 セリフが入ったら立ち稽古をします。脚本をいくつかの部分に分けて行いますが、分量は1日の練習ができる
程度に設定します。基本的には最初の場面からやっていきます。よく演出の気まぐれで、今日はどこをやるのか、
どこまでやるのかわからない立ち稽古がありますが、自分が学生の時にキャストをやっていた経験から言うとや
りづらい以外の何物でもありません。(笑)立ち稽古のやり方はいろいろあるのでしょうが、自分のよくやる方法
は今日やる部分を1回通してみて、改善点を生徒に言わせてみたり、演出プランがあれば伝えたりします。そし
て、中学生の場合、いくつも一度に指摘しても浸透しないことが多いので、今日、改善しなければならない所を
1つか2つにしぼって確認し、5分とか時間を決めて練習するよう伝えます。時間が来たらもう一度その場面を
通してみます。中学生はプロではないので、その日に改善するとは限りません。一週間後までの宿題などと言っ
て時間を与えることも大切です。また、自分の場合、「演技の基本」というプリントを配布してあるので、初め
はその中からのポイントを改善させることが多いです。心情を理解して表現するとか、劇の中での役割を理解し
て演じるなどのやや高度なことは、ある程度、動けるようになってから語るようにしています。
●ポイントその4【動けるようになったら】
 心情を理解して表現することは大切です。ただ、劇というものは新劇のように、すべての役がすべての場面で
細かく心情を計算して演じられるというものもありますが、主人公の心情を表現するのがメインであって、脇を
固める人達の心情は実は細かくはわからないという場合も多いのです。その時は、心情よりもむしろ、劇の中で
の役割を理解して演じる、といったことを伝えた方がわかりやすいです。大ざっぱに言うと役というものは、何
か足りないものを探す主人公、その主人公を助けたり導いたりする協力者、主人公に立ちふさがる敵対者に分け
られます。演じ手はその役割をしっかり認識することと、主人公はいつ足りないものに気づき、いつその足りな
いものを得るのか(最後になくせばそれは悲劇になりますが)、協力者はいつ主人公に手助けをするのか、敵対者
はいつ主人公に立ちふさがるのかが重要で、その場面こそがその劇の骨組みでしっかり表現しなければならない
ということになります。通し稽古なども取り入れて、そこは重点的に表現できるよう練習させます。
●ポイントその5【と書きましたが】
 と書きましたが、いろんな演劇があって、いろんな練習があっていいと私自身は思っています。多様性が許さ
れる、多様性を認め合えるといったところが、芸術の、特に演劇の最大の武器であって、そこをアピールしてい
くことが学校演劇の生き残り戦術に欠かせないと思っています。だから、同じような練習をしていたら同じよう
な劇になってしまい、あまりよろしくないのです。(笑)部分部分でも参考にしていただければ幸いです。
●ポイントその6【演技の基本】
演技の基本
 せりふの大きさ
  最低限、客席の中央までは十分に聞こえる大きさで。(広い会場もあるので)
  肩に軽く手を置くと震える感じの声の出し方が望ましい。
 せりふの速さ
  初めての人が聞いても十分に聞き取れるスピードで。
  日常生活のスピードよりはややゆっくり目になる。
  ただし、メトロノームみたいに単調なリズムになってはいけない。
 せりふの方向
  どこにむけてのせりふなのかを意識する。
  例えば自分につぶやく感じなのか、相手にぶつける感じなのか。
  近いのか、遠いのか、思い出の中にいるのか。
  また、一つのせりふの中でも方向や距離が違う場合もある。
 視線
  基本、せりふの方向に重なることも多い。
  観客は話している人の視線を意識して見る。
 体の向き
  テーマに係わる場面では、心情を伝える人は前向き、
  それ以外の人は斜め向き、横向きにすると観客にわかりやすい。
 移動
  横から出て横に去るばかりでは動きが単調。
  縦の移動、斜めの移動を取り入れていく。
  一つのせりふの中でも一箇所にとどまらず、移動しながら言える場合も多い。
 動作
  演劇なので日常生活よりは大きく表現する。
  体のラインより手足を大きく出すことがポイント。
  素⇒Aの動き⇒素⇒Bの動き⇒素⇒Cの動き、ではなくて
  Aの動き⇒Bの動き⇒Cの動き、と直接つなげていく。
 合わせ技
  すべてにおいて個人でバラバラにやるのではなくて、
  二人、三人と同じ動きを同時、
  もしくは時間をずらして合わせていくことも必要。
 役
  自分を捨てて役になるのではない。自分の上に役を乗せる感じ。
  役の向こうに自分が透けて見えるのが望ましい。
 ハーモニー
  1つの劇はたとえて言うとオーケストラの演奏である。
  楽器1つ1つが個性があるのは良いが不協和音になってはいけない。
  立ち稽古はもちろん大切だが
  普段の練習でどれだけ音合わせをしているかが重要。
 流さない
  何度も練習していると自分の中で新鮮さがうすれて
  ただ同じような演技、気持ちをおっつけずに話すなど、
  つまり流して演じてしまうようになることが多い。
  観客は初めて観るのだから、
  その初めて観る観客に合わせて、
  まるでその役がその場面に初めて遭遇したかのように演じなければならない。
 考えるけど、考え過ぎない
  自分の演技を常に振り返り、考える習慣をつける。
  しかし、考え過ぎて動けなくなっては元も子もない。
  役者は少し考えて、すぐに演技できる習慣をつける。
  どちらかというと演技は頭でなく、体で、心でするものだ。
 観客からどう見えているか、という視点を常に忘れない
練習であっても、観客がいると想定して演技する。
 テンション
  観客や自分の日常生活よりはるかに高いテンションで演じなければならない。
演劇とはお祭のようなものだから演じ手が高い所にいないと伝わらない。
「演劇と教育16年4月号」


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