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カテゴリ:愛知万博「日記」と「その後」
万博最終日、小学校の運動会で行くことができなかった。(涙)
私のラスト万博は、23日(金)となった。 朝から行くことはできず、14:00に家を出発し、尾張旭駐車場へ向かったが、本当に表示通り満車で待っている車がいるくらいだった。 即、ながくて南へ変更したところ、やはり空いていた。 シャトルバスに乗り、西ゲートへ。 15:20頃にゲートを通過する。 このときのメンバーは、私、母、娘、姪の4人。 この日は、一番心残りだった「コモン6」。 まず、タイ館を見る。 次にカンボジア館へ。 カンボジアでは、ちょうどシルク製品の実演を行っていた。 さらに、40分待ちのシンガポールへ。 シンガポールを出て主人から北ゲート通過の電話を受ける。 そこで、ロータリー館で待ち合わせる。 ロータリー館のスタンプ、すっかり忘れていたので行くと、 17時にカメラテストのためにモリコロからくり時計を動かすというではないか。 ラッキー!かわいいからくり時計に感動。 このからくり時計は上海万博へ行くのだそうだ。 5年後にモリゾー&キッコロは時計で復活!ということなので嬉しい。 ここで主人と合流。 再びコモン6へ。 南太平洋共同館でシャコ貝を見てやしのみジュースを飲む。 後、フィジービールも。 椰子のみジュースは美味しかった。 次にマレーシアのロティチャナイを食べようと思ったがすごい列でやめ。 日本ゾーンを通ってドイツレストランへ向かうと... 娘が「美濃和紙あかりアート!」と叫ぶ。 あたりは暗くなってきたので、あかりが灯っているはず。 行ってみるときれいにまた幻想的に光っていた。 そこから見る長久手愛知県館の夜景、また、コモン3の夜景は素晴らしかった。 その後、ドイツレストランへ向かう。 グローバルループをコモン3付近に差し掛かると500円募金を行っていたので、「国際イルカ・クジラ教育リサーチ」へ募金をすることにして、子どもたちにメッセージを書いてもらう。 娘は、「むかしのきれいなちきゅうかんきょうを取りもどそう」と書いた。 これって、すごい!私が小学2年生の時には考えたこともないこと。 娘にとっては、地球環境問題が身近になった証拠。 万博へ通ってよかった、本当によかったと思った瞬間だった。 姪は、「モリゾー、キッコロ、大好き」と書いた。 みんなのアイドルだから、大好きだよね。うんうん。と思った。 そして、ドイツレストランへ。30分ほど並んでから入れてもらえる。 大人たちは、黒生ビールを堪能。 子どもたちは、じゃがいものスープを堪能。 さらに、ソーセージ。すごく美味しかった!! 次に地球市民村のキャンドルナイトをチラッと見てから大観覧車へ。 大観覧車から、万博会場の全景及び夜景を目に焼き付けることが目的。 主人の「ラストなんだから、もう万博の景色を上から見ることはできないのだから。」という言葉が決め手だった。 一生懸命に会場とその周りの景色を見た。 絶景だった。綺麗だった。 これが、我家のラスト万博。 愛知県で万博が開催されることに否定的だった私たち。 長久手会場=愛知青少年公園が早々と封鎖。それにより、万博での「わんパク宝島」=児童センター?で子どもを遊ばせることができなくなるので、とても残念だった。もしかしたら、ここもこわされる?と考えて恐れていた。 しかし、始まる前からのマスコミ報道により魅力が次々と伝えられ、「これはおもしろそうだから、行ってみたい」と思うようになった。 さらに、「こんなに広い会場だったら、1日では回りきれない」と危惧を抱いた。そこで1日券を2枚買うことも検討。 ある日、購入したガイドブックに「全期間券」なるものがあることを発見。 そこで、購入を決定。 で、3月末、開幕まもなく行ってみた。そこで目にした「わんパク宝島」は、センターがそのまま原型がとどめられていた。嬉しかった。 さらに、国際児童年の記念センターや記念碑もみんな残っていた。安心した。 その後は、万博で得られる充実感、外国館を見てたくさんの民族文化と各国の自然に触れることができてよかったと思った。 色々勉強になる場所だった。 さらに、私がそこまで興味がなかったヨーロッパ方面へ目を向けさせてくれたのも万博。ベルギーの絵のオペラ、イタリアの踊るサテュロスのおかげだと考えている。 そして、英語の勉強の必要性も改めて感じさせてくれたのは万博である。 ありがとう!愛・地球博。 ありがとう!モリゾー&キッコロ。 ありがとう!ありがとう! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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