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日常・・・

日常・・・

第4章 【獲物の対象】


デレックの発言に、たった一人のカメラマンが口をあけたまま動かなくなった。
しかしカメラをデレックに向けたまま、すぐに携帯電話を取り出す。
どうやら上司かなんかに報告しているに違いない。
デレックはそう思い小さく微笑むと、さらに演説を続けようとした。
しかしすぐにカメラマンの上司と思わしき男が入ってきて、デレックに向けてばつサインを出す。
ジョーンズから聞いた話だと、とりあえず一旦演説を撮ってからTV局の判断で包装するかどうか決めるらしい。
しかし、先ほどの発表で気が変わったのだろう。
重役の男が慌しく電話を握るとカメラマンがデレックを見た。
「・・・もう一度それお願いします。生放送に切り替えるので・・・」
デレックは袖にいるジョーンズを見た。
渋い顔を動かさないでいる。
まったく動じていないようだ。
まぁ、それもそうだが。
次の瞬間には、カメラマンから合図が出ていてデレックは先ほどの原稿を読み直していた。




「何てことだ・・・」
司令室内でキャメロン最高司令官の悲痛な声が聞こえる。
ホーキンスはデモ隊の激しさを目の当たりにして歎いているのかと思い、外を見れる窓に行こうとした。
しかしここでふと気付いた。
この司令室は四方ともコンピュータ、もとい壁に囲まれている。
外を眺められる場所などないのだ。
ならばTV中継で、デモの悲惨さを確認しているのかと思い部屋の隅にあるTVスクリーンに向かう。
やはりキャメロンはそこにいた。
「最高司令官、デモの様子は・・・」
「静かに!」
ホーキンスが途中まで言った時にキャメロンにぴしゃりと止められた。
次に、事前にキャメロンが命令していたのか部下がTVの裏にコードをつなぎ、それをスピーカーに接続した。
するとたちまち、部屋中にTV放送の内容が耳に入った。
画面では「デレック・アローン博士」と表示されたテロップが出ていた。
『え~、これはLウイルスに完全に対抗できる・・・つまり抗ウイルス剤、Eウイルスです』
そうデレックが画面の中で言った瞬間、司令室内がざわめいた。
キャメロンが「記録しろ!」と怒鳴る。
そしてまた一行の視線と耳はTVのデレックに向けられた。
『我々は地下に潜り、現在世界中で猛威を奮っている凶悪なウイルスに対抗するためこの薬の開発を進めてきた。
それが今、ここに完成したのです。・・・では、質問者は・・・?』
TVの中でデレックが聴衆に質問を求める。
キャメロンたちは画面には映らない質問者達の質問を待った。
すると画面には映らないところから、男の声が聞こえる。
どうやら質問をしているようだ。
『博士、私はフルキャストテレビ代表ローグ・ブルックベルです。え~と、その・・・
その薬・・・Eウイルスでしたっけ?それはどうやってLウイルスを消滅させるのでしょう?
また、リッカーなどにそれを投与すれば効果あるんですか・・・それよりそのウイルスをどう投与するんですか?』
意外と攻めるように質問するフルキャストTV代表に、TVのこちら側キャメロンらはメモの準備と録画の用意をした。
「いいか、この質問をメモしておけ。そして自分で質問を考え出せ。深く調べたいからな」
そうキャメロンが部下に告げていると、画面の向こう側でデレックが質問に答えていた。
『これはLウイルスが体の細胞を侵食している間に投与することで効果が発揮され、
Lウイルスを破壊し、わずかながら侵食された部分を正常化します。
タイミングですが人体にウイルスが入り込んでから短時間の間に投与しないと意味がありません。
できればウイルスが内部に入って2,3時間以内で。ゾンビ化してしまった体はこれの効果が発揮されません。
もちろんリッカーにもです。これはこのウイルスの威力が小さいため、完全に侵食されたLウイルスに対抗できないためです。
投与の仕方ですが・・・これはウイルスの・・・簡単に言えば水溶液です。中にはウイルスが溶け込んでいます。
これを注射器か何かに入れて注入すればOKです。・・・以上です』
画面の中でデレックが淡々と語る。
キャメロンは頭の中で描いていた質問を全て帳消しにした。
全て知るべきものは、今のデレックの回答で知ることが出来たからだ。
しばらく見てるとデレックが画面から消えて、ニュース番組へと代わった。
すると先ほどのリッカーの報道はどこへやら、抗ウイルスワクチンのことについて扱い始めた。
キャメロンは早速部下に抗ウイルスのことを調べさせた。
そして一息ついたとき、ホーキンスが目の前に現れた。
「どうした?」
キャメロンがホーキンスに訊く。
「あの、デモ隊の件ですが・・・」
すっかり失念していた。
ワクチンの話で、デモ隊のことを忘れていたのだ。
それを後悔しながらも、ホーキンスに尋ねる。
「デモ隊がどうした?」
「デモ隊を静止に行ったコーラスからの報告によりますと、どうやら鎮圧は失敗・・・」
その時、階下からものすごい音が聞こえてきた。
何かが扉を突き破って入ってきたような。
そして群衆の声も聞こえる。

―まさか

ホーキンスとキャメロンは以心伝心した。
すぐに司令室に必要な数の部下だけ残して1階へと向かう。
1階の玄関ホールにたどり着いてみたのは驚異的な光景だった。
ガラス張りの入り口にバスが突っ込んでいた。
そして、外にいたデモ隊の者たちが我先にと建物に入ってきたのであった。
「何があったんだ・・・?」
ホーキンスが静かに呟いた。
明らかに何かから怯えるように・・・先ほどの強気の表情も無く、恐怖に顔を引きつけている。
するとキャメロンたちの隣に立っていた隊員の声が響いた。
「おい、お前ら!!勝手に入ってくるんじゃない!!」




事態は数分前・・・
キャメロンたちがデレックのTV中継を見ているときだった。
それを知らないデモ隊の人間達はコーラス初め、取り押さえに来た特殊部隊員たちに抵抗していたのだ。
戦闘のデールとマークの元に、1人の白人隊員が駆け寄ってきた。
デールとマークは見事なコンビネーションで殴って朦朧とさせると、もっていた横断幕を2人で挟んでもち、
ぴんと張った横断幕を隊員にぶつけるように走った。
1人の特殊部隊員を倒してデールが辺りを見回すと、各所で戦闘が行われていた。
若者達が集団を作って1人の隊員を攻めている。
それに加わろうとデールが走り出したが、後ろから何かに叩かれた。
途端にデールが倒れこむ。
デールが頭を抑えながら立ち上がると、見えたのは黒人隊員のコーラスであった。
「コイツ・・・」
デールは右腕を伸ばしたが、鍛え抜かれたコーラスの体はびくとともせず代わりに右ストレートを喰らった。
それを近くで見ていたマークが叫んだ。
「おいみんな!あのバスに乗り込もうぜ!突撃するんだ!!」
その声に群集から歓声が上がる。
マークを先頭にバスに向かって群衆が走る。
3名ほどの特殊部隊員が取り押さえるが無駄に終わった。
「やめろ!!」
コーラスが必死の形相で叫ぶ。
しかし次の瞬間にはバスのエンジンがかかっていた。
コーラスの後ろに、銃を持った男が駆け寄った。
「どうしたポイント?」
ポイントと呼ばれた特殊部隊員は顔にあざを作り、一部から出血をしている。
しかしポイントは報告に入った。
「大変だ、バスに乗り込んで行った奴がマシンガンを奪いやがった」
それを聞いた途端、コーラスの表情が変わる。
発砲なんてさせたら大変なことになる・・・コーラスの脳裏はそういう考えだった。
コーラスとポイント2人で、倒れたデールを放置しバスの正面へと来た。
「何だよーどけー!!」
バスの中からそういう声が聞こえる。
しかしコーラスとポイントは動かなかった。
その時、運転手の顔を見たポイントが目をぱちりと開けた。
「おい・・・コーラス・・・」
ポイントはやばいといった顔をしていた。
「どうした?」
「あの運転手・・・俺からマシンガンを奪った奴だ・・・」
言い終わったか終わらないか位でマシンガンの音がこだました。
運転手の若者が発砲したのだ。
その瞬間に、コーラスの隣にいたポイントが倒れる。
「どけと言ってるんだ!!!」
運転手が叫ぶ。
コーラスは腰のハンドガンに手をかけたが、無駄な抵抗はやめにした。
「好きにしろ!」
そう告げたコーラスに歓声と罵声がとぶ。
「発進するぜ!!」
運転手がコーラスと、横たわるポイントに向けて叫んだ。
しかしその時、撮影用照明機器がバスの窓に当たった。
その照明機器を持った中年の男がコーラスの正面に向かってくる。
泣きそうな表情で、だ。
「どうしたんだ?」
状況から、コーラスはデモ隊の中の一人に何かあったのかと考えた。
しかしデモ隊の中に、撮影用の照明機器をもったものなどいなかった。
依然、中年の男は涙を流しそうになりながらこっちに何かを訴えるような目で見ている。
すると、運転手の男が悲鳴に近い声をあげた。
「おい!その男!!背中が引っかかれているぜ!!!」
運転手の一言で、コーラスは突っ立ている男の背中に回った。
ありえなかった。
背中が3本の線でざっくりとえぐり切られているのだ。
その途端、その男がその背中を見せるようにうつぶせに倒れこんだ。
「何があった・・・?」
倒れこんでいるポイントが、それに気付いたようで、小さな声で尋ねた。
聞こえないふりをしてコーラスは立ち上がった。
しかし、隠し通すことは出来なかった。
バスの少し後方で群集になっていたデモ隊の人間達の悲鳴が上がった。
そう、赤く、爪と牙が鋭い、筋肉剥き出しのウイルス生物・・・
リッカーがデモ隊の中心に割り込んできたのだ。
コーラスはそれを見るなり叫んだ。
「おい!本部に!・・・特殊部隊本部に入れ!!」
それを聞いたデモ隊の群集が一斉に本部の入り口へと駆け出した。
その中には痛む頭を抑えるデールや、ゴーレム、未だカメラを離さないジャックとその横を行くダニーとリームもその一人だった。
チードルは早々と本部の中に避難をしていたため、本部に向かう群衆に手招きをしている。
コーラスも早いところ避難しようと思い、本部への道を走った・・・
しかし、思い出した。
ポイントをわすれていたのだ。
「クソ!」
コーラスはポイントのもとへと急いだ。
ポイントはよろよろと、その場に立っていた。
(あれなら肩をかければ・・・)
コーラスがそう思ったとき、ポイントを正面に見据えるバスが怪しい音を立てた。
どう聞いてもアクセル音である。
「おい待て!!」
コーラスが叫んだが聞こえるはずも無かった。
運転手はパニックに陥っていた。
そしてそのまま前進を始めた。
「ポイント!!走れ!!こっちに来るんだ!!!」
コーラスがポイントに向かって叫ぶ。
しかし群衆の騒ぐ声と伝えなければならないバスそのもののエンジン音でかき消される。
バスはスピードを増していた。
「ポイント!走るんだ!!こっちこい!ポイント!伏せるんだ!!!ポイント!!はやく!!」
コーラスは自分がわけの分からない単語を叫んでいる状態とも気付かず、必死にポイントを呼んだ。
「ポイント!!聞こえるか!!!」
その声でようやくポイントがコーラスを向いた。
しかし遅かった。
コーラスの方を向いたポイントの体は、一瞬でバスにさらわれていったのだ。
「ポイントォォ!!クソ!!!!」
コーラスは目の前での同僚の殉職に心を傷めた。
しかしポイントを轢いたバスの勢いは、止まることが無かった。
あっという間に本部を目指す群集たちを追い抜いた。
本部の入り口で手を振っていたチードルがそれに気付く。
「嘘だろ・・・」
リッカーの次はバスか・・・そう思いながらうつむく。
しかしバスは猛スピードで突っ込んできていた。
チードルが後ろを振り向いて、玄関ホールに入った瞬間ガラス張りの入り口を突き破って、バスがホールに入り込んだ。
チードルもその衝撃に倒れて耳をふさぐ。
追突したバスからは搭乗していたデモ隊の面々十数人が飛び降りてきた。
マークもそこにいた。
チードルが起き上がったとき、男の声が響いた。

「おい、お前ら!!勝手に入ってくるんじゃない!!」




夕暮れが近づいた頃、ほとんど砂で覆われているカナダの地表に立つボロボロの高速道路を一台のバスと、4台のバン ―四角いアウトドア用パジェロ― が走っていた。
先頭を行くバスの勢いは止まりそうにない。
運転しているのはハンドレックスで、その横にはエレナが乗っていた。
「はぁ・・・」
ハンドレックスは彼女に問いかけた。
「どうしたんだ?エレナ」
年は確かこっちが上なはず。
しかしキャリアはこっちの方が上だし、立場上もこちらが上のはずである。
もちろん、強さはエレナの方が勝っている。
「さっきルーシーと喧嘩したわ。私が悪いのは分かってるんだけど・・・どうしても言い出せないのよね」
ハンドレックスは少女のようなエレナの声に耳を傾けた。
う~ん・・・可愛い。
それを表に出さず、あえて冷静に諭すように喋りだした。
「それは仕方ないさ。ルーシーは数年前までリーダー的存在だったからな。それを突然現れた超人のお前らにとって変わられたんだ。嫉妬か何かしてるんだよ」
しかしエレナは答えなかった。
ハンドレックスは自分の言ったことに感心しながら前を見続ける。
「分かったわ」
「なにが?」
「私、ルーシーに後で謝る。その時は応援していてね、ハンドレックス」

―おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!

ハンドレックスは初めて女と2人だけの秘密・・・といえるかどうかは分からないものを持って有頂天になった。
「も・・・もちろんだとも。応援するさ」
するとすくっとエレナが立ち上がった。
動きやすいようにと短い袖の服と股下の短いショートパンツを履いている・・・
ハンドレックスはもうなんでも良かった。
「私、着替えなくちゃ」
その一言でさらにハンドレックスは舞い上がった ―単純だからだ。
まさかエレナは気があるのかと思って、運転席の後ろにあるトイレに入るエレナの足音を聞いていた。
しかし彼にとってショッキングな発言がエレナから吐き出された。
「あ、後でジョンとジェームスに言っておかないと」
高かったハンドレックスのテンションは、一気に急降下を始めた。
そして脇を走るバンに乗っているジョンをチラッと見た。
エレナには、やっぱりジョンか・・・と思いながら。




「気味悪いな・・・」
グリーが呟いた。
先ほどの場所は離れたものの、通っているのは同じストリートだ。
しかし、先ほどは山ほどいたゾンビ共が、まったく姿を見せないのだ。
「どうしてだ・・・?確かにおかしいな」
ロスソンもそれに便乗する。
前方ではソニーが銃を構え警戒しているが、歩を緩めることは無い。
つまり心配は要らないということだ。
「あんなにさくさく進まれちゃ、困るぜ・・・こっちが」
オーウェンが後先を考えず水をごくごく飲む。
「でもよ、一体何が起きているのか分からないんだぜ。今にも俺達はウイルスに感染してたりして・・・」
オーウェンの話が終わらないうちに、今まで黙っていたカーディーが指を立てた。
一同が一斉に静まり返る。
先頭のソニーがカーディーを振り返る。
「どうしたんだ?」
冷静で低いソニーの声がストリートに響く。
すると、同じくらい低く響きのある声が返ってきた。
「・・・右のレストラン・・・何かが見えた」
その声を聞き、一斉に銃が右のレストランへと向いた。
右のレストランは一部壁がガラス張りで中が見えた。
しかし、ゾンビやリッカーの姿や気配は無い。
「何もいないぜ」
ダイソンがいらだたしげに言う。
「私も感じない」
年配者のロックが少なくなった髪の毛をさする。
しかし構えているのは連射が利き、強力なチェーンガンだ。
背中に担いでいるのは弾であろう。
グリーも銃を降ろしかけたとき、カーディーの声がまた聞こえた。
「下だ・・・」
下・・・
ガラス張りになっているのはおよそ腰から上の高さである。
足元は何も見えない。
しかしそんなに背の低いゾンビがいるとは思えない。
カランが少し笑う。
「小人のゾンビ?それともありんこのリッカーか?」
カーディーが怒るような視線を向けたので、カランは口を押さえた。
「よし」
ロスソンが落ち着いた声で声を出した。
「ノートル、調べるんだ」
ロスソンから指名されたノートルは恐る恐る頷くと、慎重な足取りでレストランへと向かう。
「気をつけろ!!」
オーウェンの声が聞こえる。
グリーはロスソンと目を合わせて、お互い気持ちを交換した。
―もし何かあったら、ノートルを助けないと
そんな感じのことをロスソンは思っていたに違いない。
グリーは解釈をすると、再び廃墟となっているレストランへと進むノートルを見た。


ノートルは歩を緩めた。
あと一歩歩けばレストランの中だが、その一歩がなかなかでない。
「ノートル、何かいたか!?」
ドローレムの心配するような声が聞こえる。
ノートルは振り返って首だけ振ると、もう一度レストランの正面に立った。
とりあえず一面ガラス窓となっているところへと行く。
腰から下は普通の壁なのでその下は見えないが、見る限りでは生き物がいる気配はない。
「大丈夫だ。少し入ってみる」
ノートルはそう言って、再び入り口へと回った。
「ほらなカーディー、思い過ごしだ」とカランが言っているのが聞こえる。
それを聞いて勇気を振り絞り、ノートルはレストラン内に飛び込んだ。
起き上がるなり銃を構える。
何年も使用されていないレストランはコケが生えて、テーブルと椅子は散乱していた。
「ふぅ・・・何もいないぜ」
銃の弾をチェックしつつ外で待つメンバーに伝える。
「よし、ノートル。戻って来い」
「分かった」
ロスソンの命令に、ノートルはマシンガンから武器をハンドガンに持ち替えた。
そして出口へと向かう。
しかしその時、ガタという音がした。
不審に目を向ける。
ハンドガンを音がしたと思われるほうに構える。

ガタ

まただ!
ノートルは何とか音の場所を把握する。
どうやら奥に散らばるテーブルと椅子の中からのようだ。
ノートルは近くに散らばる椅子を掻き分け、テーブルと椅子が3つほど重なって放置されているところへ向かった。
何かがいるに違いは無かった。

シュルシュル

別の音がした。
ノートルはそちらにも目を向ける。
今のは明らかに何かが滑る音だった・・・
と思ってシュルシュルと音がしたほうへとハンドガンを向ける。
厨房か・・・
カタと言う音か、シュルシュルという音か・・・
どっちを先に始末をつけるかは決まっていた。
銃を向けたのは厨房だった。
ちょうど真横に、厨房へと入る扉がある。
その時、ガラス窓越しからロスソンが叫ぶ声がした。
「どうした!何かあったか!?」
とりあえずノートルは厨房へ入る扉を指差す。
「今から調べる!」
ノートルが叫び返すと、ロスソンたちもマシンガンをいつでも発射できるように構えた。
「お前が行け」とか「扉が開いたら一斉に行くぞ」とか言うロスソンやグリーの声が聞こえる。
それを聞きながら、ノートルは厨房へ入る扉の取っ手に手をかけた。
マシンガンを構えて、息を整える。
そして次の瞬間、扉を開けた。

何もなかった。
厨房はシルバーの調理用具や流し台がさび付いていて、包丁やなにやらが散乱している以外、何も無かった。
ノートルが安堵の息を漏らす。
するとまた音がした。

シュルシュル

何かが滑っているのだ・・・厨房で。
厨房に入って7メートルほどいったところに角がある・・・そこは食料庫か何か知らないが絶対にそこからする音だ。
それは人間が出せるような音ではない。
大蛇かドラゴンが出せるような音だ。
ノートルが銃を厨房の奥に向けたとき、今度は横で別の音が響いた。

カタ・・・カタカタカタ・・・

今度は何だ!
ノートルはテーブルと椅子の瓦礫に銃を向ける。
そこから出てきたのは小動物ではなかった。
白い体に、蜘蛛のような外見、8本の足に長い尻尾を持っている。
スパイダーモンスターか・・・?
いつか映画で見そうな、蜘蛛のようなサソリのような怪物をまじまじと見る。
「エイリアン」の「フェイスハガー」を思わせる怪物は、まじまじとノートルと見つめあった。
危険だ・・・
そう思って銃を発射しようとノートルはマシンガンをフェイスハガーもどきに向けた。
しかしその瞬間にはそいつが顔に飛び掛ってきていた。


グリーはガラス窓越しに、ノートルが下を見ながら何かと見詰め合っているのを見ていた。
「何かいたんだな・・・」
いつの間にか先頭にいたソニーが、インディアンの風格を漂わせながら横に立っていた。
なにを見ていると訊こうとした瞬間、ノートルはガラス窓の向こうで倒れこんでしまった。
「クソ!!」
最初にロスソンが声をあげると、レストランに駆けて行った。
グリーもソニーと目を合わせるや否や、一目散にレストランへと走り出した。
オーウェンの「なんだありゃ!」という声も聞こえる。
気付けばメンバー全員が颯爽と走っていた。
あのカーディーも今は慌てたような顔をしてレストランへと走っている。
グリーはソニーの次にレストランへと入った。
入り口を入って左に曲がると、奥のほうでノートルが何かを顔につけて倒れこみながら必死の抵抗をしていた。
まずロスソンが床で転げまわるノートルを押さえつける。
次にソニーが顔を押さえつけた。
「落ち着け」
静かにソニーがそういうと、ノートルも幾分を落ち着いたようだ。
しかし顔についている物体を見て、グリーは腰を抜かしかけた。
蜘蛛だ。
人の顔ほどある大きさの白い蜘蛛 ―いや、サソリか・・・― が、8本の足でノートルの顔にしがみつきながら覆い被さっているのだ。
長い尻尾はノートルの首に巻きついている。
それを見てグリーは記憶を探った。
あの蜘蛛のような生物は何処かで見たことがある・・・
あれは2060年の任務だった。
地下道でリッカーに襲われた時に入った緊急用水路。そこであの蜘蛛と対峙したのだ。
あの時は顔に引っ付く前に何とかキャッチして、アポーと一緒にあの怪物を退治した。
グリーは思い出した。
あの怪物の力はものすごく強いと。
「ノートル、首は締め付けられてるか!」
何も喋らない。
顔を完全に覆われているせいもあるだろうが、首を締め付けられていることもあるだろう。
「ロスソン、コイツは何だ!?」
入ってきたカランが血相変えて叫んだ。
「知らん!モンスターだ!新種のな!」
ロスソンが返すと、ノートルの頭の後ろまで回っている蜘蛛の足を掴んだ。
しかし思うようには行かないようだ。
「クソ!この足・・・思い切り掴んでも動かない!」
ロスソンが手を振りながらそう言う。
グリーはロスソンを見ながら言った。
「こいつの力は半端じゃない!俺も前回の時にこれと遭ったんだ!その時はアポーと2人がかりで退治したんだ!」
「なら早くみなで取ろうぜ!・・・ロック、オーウェン、手を貸せ!」
いつもは気が荒いダイソンが必死に仲間を助けようとノートルに近づく。
しかしソニーがそれを遮った。
「その必要はない」
ソニーが冷静にそう告げると、ダイソンは顔を赤くした。
「何でだ!ソニー、お前一人で何かできるのか!!」
「冷静になれ」
ソニーはダイソンを落ち着かせようと手を前に出した。
そしてもう片方の手で右の腰にかかっている、剣を引き抜いた。
「足を切れば早い」
ロスソンもはっと思い出したかのように、コンバットナイフを取り出した。
グリーも負けじと折りたたみナイフを取り出す。
「よし、ロスソン、おれは慎重に尻尾を切る。2人で足を切ってくれ」
グリーはロスソンとソニーにてきぱき指示を出す。
ロスソンがそれを聞き頷くと、既に気を失ってしまったノートルの頭を上げた。
まず耳の上にかかっている足を切断する。
ソニーは逆の方の足を大雑把に切った。
グリーも首に巻きついている尻尾を慎重に切る・・・意外と柔らかかった。

慎重な作業に回りも静かになる。
その時、カーディーが足元に気配を感じた。
カーディーは下を向く。
また蜘蛛サソリモンスターだ。
カーディーが銃を構えると、発砲した。
しかしそれよりわずかにモンスターが行動を起こした。
さっと飛び掛るとカーディーの顔に飛び掛る。
しかし、さらにカーディーは神経をフル活用しマシンガンを放り出すと、顔面ぎりぎりでそいつをキャッチした。
―蜘蛛のような外見なのに・・・意外と柔らかい
「カーディー!」
重そうなチェーンガンを持っているロックが近づく。
「くそ・・・撃て!・・・こいつを撃つんだ!・・・」
大きさとは比例しない重さの蜘蛛怪物を持ちながら、カーディーはロックに命じる。
ロックがハンドガンに持ち替える寸前、カーディーは息苦しいことに気付いた。
今にも顔を包み込もうと両手の中で暴れる蜘蛛モンスターの腹が目の前に見える。
しかし、尻尾は既に首に巻きついていたのだ。
「クソ!!・・・」
このまま締め付けられると苦しくて力も入らなくなってくる。
それをなんとか阻止しようとロックを急かした。
「はやく持ち替えるんだ!」
すると、急に目の前のモンスターの腹部から、太めのストローのようなものが伸びてきた。
すると何かが放出された!
寸前でカーディーはモンスターを持つ手を少し下げた。
放出された液は自身の服についていた。
それを確かめる間もなく、銃声が響いたと思うと手の中にいた蜘蛛モンスターが弾け飛んでいた。
ロックが撃ったのだ。
「・・・ありがとうな」
カーディーは静かに例を言うと、グリーたちのほうを見た。
作業は終わって、ダイソンが気絶しているノートルを抱き上げたところだった。

そんな中、グリーは怪物に注目した。
地下水路の時は暗くて焦っていたので、さほど注目はしなかったが今は夕暮れの光が差し込んでいるため観察もしやすい。
剥がした蜘蛛モンスターは足と尻尾が切り取られ、胴体の部分だけとなっている。
恐らく視力で動いているのだろうが目はよく分からず、耳も見当たらない。
足は結構堅かったが、尻尾と胴体はふにゃふにゃしている。
思い切って裏返してみた。
すると腹部から何かチューブ状のものが伸びていた・・・
「これは一体・・・」
「グリー、あまり近づかない方がいい」
気付くとロスソンが立っていた。
「皆はどうした?」
「ああ、レストランの席で座っている」
後ろを見ると、散乱していた椅子を立て一服しているようだ。
ノートルはまだ荒らされていないテーブルをベッド代わりにして寝ている。
「そいつはなんなんだ?」
ロスソンが蜘蛛モンスターを示して言った。
「知るはずがないだろ?でもいえるのは、ただの生き物じゃないってことだな」
異様な沈黙が訪れる。
するとシュルシュルと音がした。
2人は突発的に銃を構える。
「何だ!?」
「厨房からだ」
ロスソンがちょうど横の壁にある厨房へと繋がる扉を見る。
先ほどノートルがあけたが、ノートルを助けに行ったときソニーが閉めていた。
「どうした?」
ノートルの看病をしているメンバーも2人の異変に気付いてやってきた。
「どうしたんだよ、2人とも?」
オーウェンが近づいてくる。
グリーはジェスチャーで、この向こうに何かいると合図した。
するとオーウェンは冗談だろという風に目を丸くする。
その時、ドローレムが進み出た。
「分かった。今度は俺が開ける」
ドローレムが1人扉に近づく。
「やめろドローレム、個々は立ち去るのが一番効率的だと思うが」
カーディーが冷静に語る。
しかしドローレムには効果が無かった。
「ここで正体を確かめておくべきだ。大丈夫さ。開けて中をのぞくだけだ」
カーディーも少し納得したようで、頷く。
それを見るなりドローレムは取っ手に手をかけて、扉を少し押した。
するとどうだろう、少ししか扉を開けていないというのに一気に扉が開く。
ドローレムは目を丸くした。
なんせ、変な緑色の触手が扉の前にあったからだ。
「撃つんだ!ドローレム!!」
ロスソンの叫び声が響いた。
グリーが撃とうとしたが、ドローレムが邪魔で標的に当たる前にドローレムが死んでしまう。
ロスソンがもう一度叫ぶ。
「早く撃て!」
その一言でようやくドローレムが銃を持った。
しかし触手がドローレムの足に絡まる方が早かった。
勢いよくドローレムがなぎ倒されると、一気に厨房の奥のほうに引きずられていってしまった。
その後は「グルルルルル」という声と悲痛な叫び声しか帰ってこなかった。
一瞬の静寂があった。
「はしれぇ!!」
ロスソンが叫んだのだ。
その声で皆が我に帰り、出口目掛けて一目散に駆け出した。
グリーは厨房の扉を閉める。
その一瞬前に4,5本の触手が見えた。
グリーが扉から離れた瞬間、扉に大きな衝撃が走った。
「こっちだ!!グリー!急げ!!」
ロスソンの声が外から聞こえる。
グリーは今にも破壊されそうな扉を横目に逃げ出した。



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