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日常・・・

日常・・・

第四章 【信頼】


事務所から戻ってきたラリーから受け取った袋にサンダーは凶器のナイフを入れた。
「それはどうするんだ?」
SPのデレクが聞く。
「これは放置しておくわけにもいかないだろう・・・」
ラリーがそういうと、サンダーの方を見た。
「どうするんだ刑事さん、このナイフ」
ラリーから聞かれたサンダーは、ナイフの入った袋を掲げながら言った。
「これは私が持ってよう。どうせ署に提出するんだ。それでいいだろ?」
他の4人はやる気の無いように頷いた。
サンダーは袋をポケットの中にしまうと、ロビーに皆を戻るように促した。


それから1時間ほど、空気が重い時間がすぎた。
皆一同に黙り込んでいる。会話が起きても、すぐにおさまってしまう。
そのとき、突然ラリーが目を輝かせた。
「そうだ・・・そうだよ!」
そう叫んだラリーに、全員が注目した。
「何が「そうだよ」、なんだ?」
ロールが半分馬鹿にしたように聞いた。
「ここは携帯の電波は通じない。でも、俺達従業員が電話する時はどうやってすると思う!?」
テンションのあがっているラリーを皆ポカーンと見つめている。
「さぁ、分からないが」
「普通の電話を使うんだよ」
あまりに当たり前のことで全員が拍子抜けする。
「それで警察を呼んで、ここまで来てもらえばいいじゃないか!」
ラリーの話が終わった所で、ジョージが一つ突っ込みを入れる。
「お前な、さっき雨になると通行止めになるって言ったじゃないか。通報してもきてくれない」
ジョージの言葉に、ラリーのテンションは一気にダウンしてしまった。
「その電話はどこにある?」
トッドが質問する。
「ああ、事務所にある」
「だったらなんで袋を取りに行ったときに気づかなかったんだ?」
トッドの目が鋭くなる。そして再び空気も沈黙状態になる。
それを破ったのがサンダーだった。
「おいおい、ラリーが犯人だとしたら、電話があることは黙ってるはずだ」
ごもっともな意見だ。
「それに、とりあえず事件を知らせる事くらいはできるだろう。今は嵐でもヘリを飛ばせるしな。事務所まで案内してくれ」
ラリーは分かったという風に頷くと、受付の所まで歩いていった。
「事務所はこの奥だ」
事務所に入っていくラリーの後を、サンダーは追った。



事務所は狭い部屋で、机とベッド、それに1台だけのコンピュータがあった。
「ここが事務所か?」
サンダーが事務所内を見回しながら聞く。
「ああ、従業員は普段は2人がかりで夜勤に当たるんだが、今日は俺1人なんだ。ついてないよな」
そう言いながらコンピュータの隣にある電話を指差す。
「これが電話さ」
いたって普通の電話である。
「俺が警察に連絡してあげようか?」
ラリーが受話器を手に取るが、サンダーがそれを静止する。
「待て、俺の勤務している署に直接かけてみる。友達がいるから対応も早いはずだ。」
サンダーがそう言って、ラリーから受話器を受け取る。
「ラリー、お前はホールに行ってみんなを見張っててくれ・・・」
そして最後に付け加えた。
「・・・お前を頼りにしているぞ」
そう言われたラリーは急に笑顔になった。
そしてその笑顔のままサンダーに向かい言う。
「分かってますって、刑事さん!では、連絡お願いしますよ」
そういってラリーはホールへと戻って行った。
笑顔で。



ホールではロールとジョージが2人でソファに座っていた。
「目星はついていますか?」
ロールが口火を切る。
「どういうことだ?」
ジョージがそう反応すると、ロールは彼の耳元に口を近づけて小さい声で話し出した。
「これは絶対に殺人事件ですって。さっきそういったじゃないですか」
ロールが再び顔を離すと、ジョージは少し困惑した顔になった。
「確かにそうだとは思うが、皆を疑う事は、天が許さないだろう」
ジョージがそういうが、ロールは笑って言ってのける。
「神様は仲間を疑っても何も思いません。そもそも、殺人と思う時点で皆を疑ってますよ」
ロールの指摘に、ジョージは少し困ったような顔をした。
そして携帯電話を取り出す。無論圏外だ。
「息子と娘にはいつも、仲間を疑うなといっているのにな」
携帯に映っているのは中高生あたりの少年と、まだ幼い女の子である。
「かわいい娘さんがいるんですね」
ロールが女の子を指差して言う。
「ああ、もうすぐ5歳になるんだよ。彼女には人を疑うという事はして欲しくないからな」
「娘さんは今いません。それより犯人を捜しましょう」
ジョージは携帯をしまうと、「そうだな」と言ってロールを見た。
「君が私にその話を持ち込むということは、私を信頼しているな?」
ロールが小さく笑う。
「そうですが」
「なら、私も君を信頼しよう」



一方隅にいるSPの2人組みは静に椅子に腰掛けていた。
「はぁ・・・」
トッドが小さくため息をつく。
大柄で体格もいいトッドには似合わない小さいため息だ。
「お前どうしたんだよ?いつもと違うじゃないか」
デレクが笑いながらそこを指摘する。
「いや、俺があの男に付き添っていなければ、議員は死なずにすんだ」
トッドが下を向きながら呟く。
「まてまて、後悔するのはこっちだ。なんせ、電話を借りるため議員から離れたんだからな。
お前は別の任務中だった。俺は直接議員といたはずなのに・・・はぁ」
デレクが励ますように言った後、目を鋭く尖らせた。
「いいか、俺達はSPだ。刑事も半端な奴、無線も携帯も通じない、この状況を切り抜けるには、
俺達がしっかりしないとな。他のやつはどうにも信用できない」
その言葉にトッドが反応する。
「信用できないって・・・刑事も含めてか?」
その言葉に、デレクはさらに声を抑える。
「いや、彼は別だ。この中じゃ一番信用できる。あくまで、この中ではの話だがな。
他のやつがどうも怪しい。あのカールとかいう議員に飛びついた奴なんて特にな。
それに、その女も当然信用できない。」
デレクの考えに、トッドも頷く。
「とにかく、怪しい奴だらけだぜ、ここは」
SP2人は、さらに警戒心を高める事にした。



その直後、ラリーがロビーに戻ってきた。
「刑事さんはどうしたの?」
シンディが声を張り上げて言う。
「ああ、俺は皆を見張ってるように言われたんだ」
それを聞いたカールがいきなり立ち上がる。
「おい!それじゃあの刑事、俺達を信用していないみたいじゃないか!」
「んまぁ、仕方ないだろうな」
ラリーが顔を背けながら呟く。
耳に入ったのか、カールがいきなりラリーに向かって飛びついた。
「いいか!お前、口に気をつけろ!」
「まてっ・・・放せ・・・」
「刑事の態度より、お前が一番腹立つんだよ!」
カールがラリーの胸倉を掴み、意味不明なことを叫びまくる。
SP2人がでてきて、何とかカールとラリーを引き離した。
「落ち着け!落ち着くんだ!」
デレクがラリーの目を見ながら大声で言う。
一方、カールを押さえつけようとしたトッドは、カールの手痛い反撃にあってしまった。
カールが右ストレートを打ち込んだのだ。
「くそ!」
しかし、そこはプロのSP。
すぐに立ち直り、カールの腹に右フックを入れる。
「やめて!」
シンディが叫ぶが、トッドの耳には入ってこない。
冷静さを失いもう一発、さらに一発とカールを殴りつける。
さすがに危ないと思ったのか、デレクがカールに馬乗りになっているトッドを横から押し倒す。
「落ち着け!まずはお前が!」
デレクとトッドがそうやり取りしている間に、エメットとロール、ジョージが倒れこんでいるカールに近づく。
殴られて完全にダウンしている。
「まさか死んでないでしょうね!?」
シンディが横から水を差す。
「大丈夫です。気絶しているだけですから」
エメットが脈をはかりながら呟く。
一方、何とか落ち着いたトッドは、気絶しているカールを見て表情を暗くする。
「しまった。またやってしまった・・・」
トッドがやってしまったという表情をかもし出す。
しかし、近くにいたロールは別の所に目をつけた。
「?・・・”また”って・・・・・・」
「早いところソファかベットで寝かせろ!」
ジョージがデレクと協力してカールを持ち上げると、エメットが近くのソファへ誘導する。
ロールはそれを横目で見ながら、物思いにふけることにした。



サンダーは足早にホールへと戻った。
緊急事態といった感じのスピードと顔をしている。
「ヤバイ事になった」
皆が集うホールへと戻った早々にそう叫ぶ。
しかし、どこかしら10分前とは雰囲気が違った。
「・・・・・・どうかしたのか?」
すると、デレクがサンダーの方へ近づいてきた。
「お前がこの馬鹿に変なことを吹き込んだからだぞ」
デレクはラリーを指差しながらそういって、サンダーとまじまじ見つめあった。
「お前・・・マジで刑事か?」
その言葉に、サンダーは頭の中で何かが切れた音を感じた。
「くっ!・・・・・馬鹿なことを言うな!俺は刑事だ!ほら!!」
人格を侮辱されたと感じたサンダーは胸ポケットからバッジを取り出す。
刑事であることを疑われる事は、刑事の最大の屈辱もあるのだ。
サンダーの怒りっぷりに感化されたのか、デレクの方も顔が赤くなった。
「ほう・・・そうか、ならこの事件をとっとと解決してくれないか!」
「お前馬鹿か!これはゲームじゃないだろ」
ジョージが横から叫ぶが、サンダーには聞こえていないようだ。
「ああ、分かったよ・・・」
その言葉に、デレクが険しい顔をしたまま頷く。
「・・・・・・嘘だろ・・・」
エメットが小さく呟く。
ジョージはサンダーの前に出てきて、小さな声で耳打ちした。
「・・・本気なんですか?・・・ここは、雨がやむのを待って警察に・・・・・・」
そこまで言って、ジョージがあることに気付いた。
「そういえば、警察に電話は出来たんですか?」
ジョージのその言葉に、皆そのことを思い出した。
「そういえば電話はしたんだよな?ってことは、もうすぐ警察が来るのか・・・本物に」
デレクが嫌味っぽく言うと、サンダーはさっきまでと違う顔色をした。
「それが・・・」
「ん?どうしたんだ?」
「電話が・・・繋がらないんだ・・・」
その告白に聞いている皆が耳を疑った。
「ちょっと、どういうことなの?」
シンディが恐る恐る聞き出した。
「そのまんまだ・・・音すらしないんだ・・・」
理由はともかく盛り上がっていた空気は、再び沈静された。
サンダーはその空気に耐えるようにしばらくうつむいていたが、突然顔を上げた。
「その前に教えてくれ。あのカールはどうしたんだ?」
サンダーは気絶してソファに横たわっているカールを指差して言う。
「ああ、ラリーと口論に挙句、あのSPに静止されたとき反抗したんで、SPが逆に殴ったんだよ」
デレクがそう説明する。
サンダーは気づかなかったが、トッドは隅のほうで椅子に座っている。
「なぜラリーと口論に」
「お前があのお調子者にあることを吹き込んだせいで、調子に乗ったあいつが舞い上がって
あの若者の怒りに触れたんだよ。」
サンダーはそう説明されて、口から出たあの一言を思い出した。
“お前を頼りにしているぞ”
サンダーは思い出して、デレクに背を向けた。
「おい、どこへ行く」
サンダーは立ち止まって、静かな声で答えた。
「・・・現場検証を再開する・・・・・・」
そういって階段を登り、2階へと駆け上がっていった。
ホールに残された者たちは、再び静かな空気に包まれた。


デレクは不思議に思っていた。
あんなに軽い刑事がいるものか。
感化されて捜査を始める刑事が。
見かけはアレだが正義感の強い、いい刑事なんだな。
そういう結論にたどり着いた。
彼を信頼してみるか。


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