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カテゴリ:思想・文学
吉本隆明さんが亡くなって、一ヶ月近くなる(3月16日死亡)。
この間、詩人や文学者、評論家などたくさんの人が追悼文を寄せており、私が書くことなど何もない。と言えばそれまでなのだが、20代にかなり熱心に著作を読んだ者の一人として感想を語りたくなった。 1つは、「共同幻想論」「言語にとって美とはなにか」など多くの理論的著作は難しくて何を書いているのか、よくわからないというのが実感だった。「関係の絶対性」とか吉本さん独自の概念にはついて行けなかった。難解なうえに文学、哲学、政治と多岐にわたり、著作の分量も多く、読破できずに挫折したというのが正直なところだ。 ただ、もちろん理解できた点も多かった。腑に落ちる、得心する、目からうろこが落ちるという体験も少なくない。だから、熱心に読み続けたのである。 たとえば、個人幻想、対幻想、共同幻想の違いだ。戦前からの儒教の教えで「修身斉家治国平天下」という教えがある。 「まず自分の行いを正しくし、次に家庭を整え、それをなし得て国家を治め、天下を平和にすべきだ」という人間の理想的な生き方を説いたものだ。 この考え方が転じて、次のような意味で使われることが多い。 「自分の身を修められない者や、不倫などをして家庭を平和に保てない者は到底、社会で立派な仕事をなし遂げられない。だから、社会で名を成し、業績を上げるには自分の身を修め、円満な家庭を築かなければならない」 修身は軍国主義的だとして戦後は否定的に扱われ、下火になったが、上記の道徳的な考え方の基本は今も受け継がれている。 だが、吉本さんはこれを否定する。 <個人幻想、対幻想、共同幻想はまったく別のもので、修身や斉家という点ではダメな人間でも世の中で大きな仕事を成す人間はたくさんいる。別のものだから、当然なのだ。逆に修身、斉家という点では立派でも、社会的には仕事ができない人も大勢いる。それも当然だ。修身はいいが、斉家はダメという例もある。3つの幻想は違うものだからだ> 大雑把に言うと、そんなことが書かれていた。自分の周囲を見回すと、吉本さんの言うとおりで、まさに「目からうろこ」だった。 多くの評論家や文学者が追悼文で指摘しているように、既存の権威の言葉や 思想に安易に乗っかることなく、すべての事象を自分の頭、自分の言葉で考える姿勢の賜物で、権力、権威を嫌った。左右いずれであろうとも、権力をかさにきた党派性を否定した。 知識人はファッションや漫画、アニメをバカにしがちだが、詩や小説、絵画、哲学と同様に真摯に考え、論じた。知識人より庶民の側に身を置き、「大衆の原像」を探る言葉をつむいだ。 橋爪大三郎・東京工業大学教授は日本経済新聞(3月17日付け)に書いている。 <権力をなにより憎んだ吉本氏は、「前衛(知識人)が大衆を指導する」というマルクス主義の原則を裏返した。「大衆の原像」がそれである。ふつうの人びとが家族や職場を大事に生きていることの、どこが悪い? それは、消費文化もサブカルチャーも、おフランスの哲学や高級芸術と同様に扱う、ポストモダンの視線の先駆けだった> <吉本さんは間近でお話ししてみると、どこにでもいる気さくなおじさんといったふうで、機嫌よくどんな話題でも応じてくれた> 後半は多くの人が口をそろえる吉本さんの庶民性だ。知識人らしくない生活態度。だれとでも同じ目線で話をする。吉本氏の多くの読者、吉本ファンはそこに限りない魅力を感じた。私もその一人だった。 有名なエピソードがある。60年安保の時、国会議事堂周辺のデモで座り込みをしている時、著名な知識人として吉本氏にも「演壇に立って何か話してほしい」と何度か要請された。 だが、吉本さんはかたくなに拒否した。すでに演壇で話した別の著名な評論家が「なぜ、話さないんだ。話すべきだろう」と吉本さんをなじった。 だが、吉本さんは「安保反対のデモの趣旨に賛同して座っているだけですから」と言って、演壇に立つことはしなかった。 そのうち夕闇迫っておなかが空き出したとき、座り込みの人々は何も食べ物を持って来なかったことに気付く。だが、吉本さんをなじった評論家はしっかりと握り飯を持参し、一人で食べ出した。同じとき、デモ隊の事務方の人々がたくさんのジャムパン入りの箱を運んできて、みんなに配った。 吉本氏は他のデモ参加者と同じようにジャムパンをもらい、同じように口に運んだ。その姿を見たデモ参加者は全員が吉本派となった……。 自分で直接見たわけではなく、脚色があるかも知れない。「同じ釜の飯(ジャムパン)」を食う人間に好感を持つのは人情でもある。だが、いかにも吉本さんらしいエピソードである。偉ぶらず、てらいもせず、カッコつけることもなく、ごく自然に庶民的に行動する。そこが吉本さんの魅力だった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.12.14 16:15:19
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