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鎌倉橋残日録  ~井本省吾のOB記者日誌~

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2013.02.21
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カテゴリ:震災・行政
私が「大きな政府」を嫌うのは、その分、自由が奪わ、自立心が損なわれるからだ。政府や自治体は規則、ルールで人々の生活、生き方を縛る。政府が決めた以外の行動を許さない。そこから画一的な生活が広がる。

 例えば、赤信号では全員が渡らない。早朝、深夜など車の通行が少ない時は左右を見て、自分の判断で渡ればいい。だが、そういう人と違う行動をとると、警官が注意する。実質的な安全よりも形式的な安全にこだわるのだ。信号待ちの人々からも白い目で見られがちだ。それを怖れて人々は赤信号で渡らない。

 だが、「皆で渡れば怖くない」と、集団行動をとる。そうなると、左右を見ずに渡る人が出て、かえって危険なのにだ。お上の決めたルールか、その場の集団に従うかの違いがあるだけで、自分で臨機応変に判断していない、という点では同じなのだ。

 自分では何も考えず、役所の指示(あるいはその場の集団力学)に唯々諾々と身を委ねる羊の群れの、半人前の行動。行政におんぶに抱っこの保護を求める甘えた精神がそこにある。「大きな政府」はそうした羊型の人々が求めて肥大化する。

 羊型人間には美点もある。大震災が発生したときに、多くの被災者は整然とした行動をとり、途上国など他国では起こりがちな略奪やけんかもなく、じっとして自衛隊や消防の支援を待った。

 赤十字に総額3000億円もの義捐金を提供したのも、同タイプの日本人が多い。しかし、赤十字は、それを素早く被災者に渡さなかった。画一型の役人体質が染み込んでいて、「公平、平等に配らなければいけない」という原則に縛られているからだ。

 緊急時ほど不可欠なお金。被災者は資金の配達が早ければ早いほど助かる人が多くなる。明日不渡りが出るかも知れないという倒産寸前の企業と同じで、今すぐほしいのだ。半年も一年もたってからでは義捐金の価値は大きく低下する。

 役人は規則の方が大事で、そんな事情に無頓着だ。でも、民間企業が自分で素早く配ろうとすると、そういう金は損金として認めず、有税にすると脅かす。権益維持を役人は最も重視する。
 そうした役所の指示に従う羊型人間は、自分で臨機応変に柔軟に考えることができなくなる。たまたま2011年6月号の雑誌「WiLL」を読んでいたら、曽野綾子さんが渡部昇一氏との対談で、こんな話を披露していた。

 <日本人は「エコ病」に罹ったんです。今から二十年か二十五年前くらいにイスラエルで、輸送車にほろをかけただけの車で夜は砂漠に寝るというツアーに加わったことがあります。そのツアー中にオレンジが配られたのでおいしいと言って食べていたら、一人の日本人が皮を持ってうろうろしている。「どうしたんですか」と言ったら、「皮をどこに捨てようかと思って」と言う。「私はさっきからそこいらに捨てていますよ」というと、「ゴミを捨てていいんですか」。日本人はここまで狂ったのかと唖然としました。あたりは荒野なんです>

 日本人の環境教育がそれだけ徹底したと好意的に見ることもできよう。しかし、規則に縛られ、自分で臨機応変に対応できない羊型人間を量産してきたとも言える。「エコ病」の背後にあるのは、クルマが通っていない時間でも青信号になるまで、じっと待っている従属心理である。

 遵法精神といえば、聞こえがいいが、実は「皆で渡れば怖くない」という程度であり、たぶんにその場のムードに流される。およそ独立自尊の精神には程遠い。

 例えば、原発再稼動を延期していることに法的根拠はなく、電力会社がその気になれば、再稼動できる。政府がそれに「待った」をかけるのなら、行政訴訟を起こすのが自立した企業行動である。

 マスコミや国会が「無謀な再稼動の強行だ」と騒いだら、法的根拠を示せばいい。それによって法は原発の稼動について、どう決めているのか明確になり、真の意味で日本人の遵法精神が鍛えられることになる。





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Last updated  2013.02.21 16:54:26
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