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カテゴリ:生活・人生
前回のブログで次のように書いた。
斬新で中身の充実した本を読むと、長年とらわれていた考え方から解放され、心が自由になることがある。近藤さんの著書によって、罪悪感からなかなか「断捨離」ができなかったが、今後は自由に物を捨てたり、処分したりできそうな気がしてきた。 「罪悪感」からの離脱という点で、同様の経験をしたのは、グアムやサイパンへの観光旅行についての日下公人氏の意見だった。 グアム、サイパンでは先の大戦で多数の日本の軍人、軍属が亡くなった。悲惨な最期に胸が痛むのは、私ばかりではあるまい。 そういうところのリゾートホテルに泊まり、海水浴やゴルフ、ショッピングなどのレジャーを楽しんで良いものかと、現地に赴いたときに後ろめたい気持ちが残っていた。 これに対し、日下さんは「いや、それはいいのだ」と言う。 <戦後、日本人は疲弊した経済の復興、再建に忙しく、南洋に足を向けることなどできなかった。ようやく1970年代に入ってから余裕ができ、レジャー旅行に行けるようになった。 これをかの地に眠る日本の軍人たちは喜んでいる。誰も来てくれなくて寂しかったのだが、子孫がたくさん遊びに来てくれた。にぎわいがあって楽しい。観光客の増加は日本が経済大国となった結果であり、自分たちが心配していた経済復興、日本再建が実現したことを示している。 自分たちが辛苦して戦ったこともムダではなかった。子孫は繁栄して、こんないいことはないと喜んでいるはずだ> 大要、こんな趣旨の話を伺い、目からウロコが落ちる思いがした。この考えに対し、南洋への観光旅行に大手を振って行けるようにする破廉恥な言い訳、居直りだ、と思う向きもあるだろう。 だが、私も日下さんの考えに賛成だ。英霊への感謝、慰霊の気持ちを持ち続けるのは当然だ。「その思いれさえあれば現地に遊びに行くのは構わない」と言いたいのではない。慰霊の気持ちと現地のレジャー旅行は両立するということだ。「私たちはこれほど余暇を楽めるようになりました。安らかにお眠りください」という気持ちなのだ。 これは、お葬式の後、故人を偲んで親類縁者、友人が酒盛りをするのに似ている。死者と生き残った者との心の通い合いがそこにあると思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.09.09 18:39:09
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