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鎌倉橋残日録 ~井本省吾のOB記者日誌~

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2013.11.26
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カテゴリ:生活・人生
 保守評論家として知られる福田恒存氏に「一夫一婦制礼賛論」というのがある。今から半世紀以上も前の昭和34年(1959年)週刊文春に載ったエッセイである。当時(今もそうだが)、一夫一婦制を否定する論者は数多く、それに対して反論したのだ。いわく――。

<私は一夫一婦制は大層結構なものだと思うし、ひょっとすると、これは人類の考案した諸制度のうちで、他に類例のない最高級品ではないかと思うのである>

その理由が腑に落ちる。第一に「この制度は人間の本能に反する」と一夫一婦制否定論者は指摘するが、「一夫一婦制もまた雑婚、浮気とひとしく、人間の自然的欲求の帰結なのだ」と、福田氏は明言する。以下、要点を抜粋する。

 <もし雑婚が一般的になれば、私たちは逆に一夫一婦制に憧れ、雑婚から逃避し、神聖なる結婚への自由を主張するようになるだろう>

 <一夫一婦制のもとでは浮気ができるが、雑婚社会では一夫一婦制の長所を享受できない。一夫一婦制なら貞潔と放縦があるのに、雑婚では放縦しかない。いや、貞潔のない放縦は放縦にすらならない。これはどう考えても損ではないか>

 <雑婚は面倒くさくていけない。雑婚となったら一夫二妻、三妻でも納まらず、女性を見ればたえず何妻目かの可能性を考えることになり、仕事ができなくなる>

 一夫一婦制という安定した拠り所のもとで、ときどき浮気する程度の方が、実は多くの人間の本性に合っているのではないか、と福田氏は読者の心に迫る。

「そうだよな」と私は当時、そして読み返した今も納得している。

 このエッセイを思い出したのは、池田信夫氏が11月12日のブログで「『なんちゃって保守』の笑劇」で題して、夫婦別姓を否定する「保守派」をからかっているからである。

<夫婦別姓を否定することが「保守」だと思い込んでいる自民党の高市政調会長はそれ(反原発派のバカ=引用者注)に劣らないと思う。彼女の戸籍上の本名は「山本早苗」だが、通称は「高市早苗」である。これは夫婦別姓ではないのか、という疑問に対して彼女はこう答える。
戸籍上は夫婦親子が同姓であるという現行法を堅持。家族のファミリーネームは残すべきである。ただし、職場等での通称として旧姓使用を希望する届出をした場合には、各行政機関は通称使用の利便性に配慮する努力義務を負う(現在、既にパスポートでは、戸籍名と通称名を併記できる。同様に、免許証や健康保険証など、個人の同一性を示す書類は併記形式とする。社会保険や税務事務でも同様の配慮をする)。
なんでこんなややこしいことをしなければいけないのか、という疑問には「子どもの氏の安定性を損なう」というが、母親の姓が山本だったり高市だったりするほうがよほど不安定だ。入籍するとき別々にしたい人はして、子供はどちらかの姓を名乗ればいいだけのことだ。強制的に同姓にする必要はないし、それは「日本の伝統」でもない>

 こう言って、池田氏は江戸時代までは武士以外は姓を名乗れず、武士もバラバラだったと史実を提供する。

 <誰の姓を名乗るかなんて「家族の一体性」とも「婚姻制度の安定性」とも関係なく、それぞれの文化圏でも時代でも違うのだ。それを「夫婦同姓=家制度」と思い込むのは、明治期の山の手の(西洋から輸入した)文化を「日本の伝統」と取り違える、自称保守によくある錯覚だ>

 夫婦同姓と一夫一婦制は同じではない。しかし、夫婦同姓が一夫一婦制を補強する役割を果たしているとは言える。人はなぜ結婚し、かつ多数の親戚、知人、友人に囲まれて結婚披露宴を催すのかというと、一夫一婦制の安定した家庭を築きたいからだろう。制度と親類縁者、友人の承認、監視のもとで、そのタガのもとで、一夫一婦制の基盤は強固になり、家庭も安定する。

 でないと、二人の気持ちが離れ、雑婚化に進んでしまう。その不安定への恐れが結婚披露宴を開催し、戸籍への編入を促す。夫婦同姓もその一環なのではないか。池田氏の言うように、夫婦同姓が「家族の一体性」とも「婚姻制度の安定性」とも関係ないとは思えない。

 高市氏が戸籍上、夫の山本として同姓を維持しながら、通称名を高市とする「ややこしいこと」(池田氏)にこだわるのも、一夫一婦制の安定を求めるからに他ならない。

 江戸時代には夫婦同姓ではなかったにせよ、その後の変化の中で、「これはなかなか良い制度だ」と思う人が増えた。だから、残ったのだ。ただ夫婦同姓は、なくなると一夫一婦制を脅かしはするが、一夫一婦制ほど強い制度ではない。だから今、夫婦別姓論者によって、夫婦同姓が脅かされている。

 「保守」とは「現状が望ましい」と思う人の考え方、生き方である。夫婦別姓がいいと思うのは現状に不満を抱く革新者だ。今後、どっちがふえるのだろう。私は夫婦同姓がいいと思っているが、日本人の多数が夫婦別姓の認定を主張したら、従うしかあるまいとも思っている。






Last updated  2013.11.26 15:32:21
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