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カテゴリ:歴史
前回、取り上げた池田信夫氏の歴史観には違和感がある。
<大英帝国がアジアでやった戦争は、まぎれもなく侵略だった。インドやマレー半島を武力制圧し、そこから徹底的に搾取し、現地の経済が自立できないように産業を破壊したのだ。それに比べれば、日本の朝鮮や満州に対する植民地支配は慈善事業みたいなものだった> ところが、それを英国政府は侵略と認めず、むしろ進歩的な制度をインドの遅れた社会に移植して近代化したと考えていたという。そうした論法で押し通すのが国際社会で図太く勝ち残る外交の要諦でもあろう。自虐史観の日本人はもう少し英国を見習った方がいい。 また、そうした英国の態度をインド人が図々しい居直りだと批判し、同じアジア人として日本人がインドを支持するのも、また自由だし、国益を考えた自然な行動だ。 だが、池田氏は違う。妙に英国の肩を持つのだ。 <(イギリス政府はそれをインド支配を侵略だと認めず、謝罪も賠償もせず、イギリスの「進歩的な制度」をインドの遅れた社会に移植したと考えることを)今の価値観で裁いてもしょうがない> 一方で、日本の「東アジアを支配しようとした行為」には冷たく突き放す。 <20世紀になってイギリスをまねて東アジアを支配しようとしたのが日本だったが、朝鮮や満州へのインフラ投資が収益を生む前に戦争に負けてしまった。それを英米が東京裁判で「侵略」として裁いたのは、戦勝国として当然の権利だ。サンフランシスコ条約を受け入れた日本が、それを指弾する権利はない。戦争とはそういうものである> 日本はサンフランシスコ条約で、東京裁判の「判決」を受け入れたのであって、裁判そのものを受け入れたわけではない。「東アジア支配」の歴史を「侵略」とみるか、欧米列強への防衛線確保とみるか、さらには「列強からのアジア解放」と見るか。そういう自由が日本にはある。いや、どこの国にもある。 池田氏は「勝てば官軍、負ければ賊軍」、どんな歴史解釈をされようと負けた側は「それを指弾する権利はない」と言っているのである。 「それなら、もう1回、戦争して今度は勝とう」という議論になる。池田氏が「ネトウヨ」と軽侮する倉山満氏は自著「歴史問題は解決しない」(PHP)で「日本が歴史問題を解決しようと思うなら、もう一度戦争を行って勝つ覚悟が必要なのである」と書いている。 確かに、そのくらいの覚悟を持たねば、敗戦国は自分に有利な歴史の押し付ける戦勝国の図々しい論理を抑えられないだろう。しかし「戦勝国の歴史観を押し付けられても負けた側は戦勝国を指弾する権利はない、黙って泣き寝入りしろ」と言われれば、冗談ではないと思う。 戦勝国だろうと、敗戦国だろうと、内外で歴史を論じ合う自由が必要だし、極端な歴史解釈を戒めあうのが言論であり、学問だろう。池田氏がそんなことを理解しないとは思えないのだが、自分がネトウヨと誤解されるのを恐れてか、日本の「侵略」の歴史には厳しく、欧米の「侵略」の歴史は認めてしまう。 「侵略」という点ではどちらも同じだし、池田氏も認めているように「(英国のインド侵略など欧米列強の侵略に比べれば)日本の朝鮮や満州に対する植民地支配は慈善事業みたいなものだった」のではないか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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