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56歳男の妻への料理

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ライフシフト

2020.01.25
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カテゴリ:ライフシフト


 今朝は体温は36.3度。頭はすっきり目覚めた。寝たのか寝れなかったのか、もう朝?って感じた。夢ばかり見ていた。

 熱も下がって頭もすっきりだが、困ったことに腰が痛い。長時間座っていると、その後がぎっくり腰の時のような感じになり、動けなくなる。洗面も、ゆっくりと膝を曲げて腰を落として、洗面台に両肘をついてキープしてどうにか両掌で水をためて洗う。パジャマを脱ぐのも履くのも一苦労だ。何とも情けない状態。

 それでも今日は何としても仕事に行かなくてはならない。解熱鎮痛剤を服用して歩いて出勤だ。

 朝ごはんは、お粥とりんご1個。
 体重は一気に3kg落ちて、500g戻した。
 体重なんて、当たり前だが、食べなきゃすぐに落ちる。しかし、食べないわけには行かない。食べても太らないものを食べるか、いかに食べないように体を騙すか。

 今日も1日頑張ろう。






最終更新日  2020.01.25 10:58:26
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2020.01.24
カテゴリ:ライフシフト
昨日朝起きた時は何でもなかったが、昼前から急に悪寒が走ってあれよあれよと病人に。発熱は午後3時で37.6度。午後6時で38.6度。
 食事も取らずに白湯だけ飲みつつひたすら寝る。

 圧痛が起こる場所があちこち移動していく。右耳の前が痛かった時はおたふく風邪か?と思ったが、今はそこは大丈夫で左の首のあたりに圧痛がある。ずっと寝ていたために全身が痛い。パンツも上手に履き替えられないほど。

 つい先日、ダイエットアプリを入れて3ヶ月かけて3kgの減量目標を立てたのに、たった1日でその目標を達成してしまった。今朝の体温は36.3度。あっという間に引いた。

 以前から自分なりの風邪の治し方がある。難しいことはない。

「白湯だけ飲んで寝ていろ」

 ということだ。よほどの命の危険がないならこれが一番だと信じている。風呂は入りたかったら入ればいい。入りたくないなら入らないほうがいい。食事は一切摂取しない。「食べなきゃ治るもんも治らないよ」というのは、風邪の初日に関しては違うと思う。熱が下がるまで、食べたいと思う気持ちが出るまで食べない。「消化」というものがどれだけエネルギーを消費するか。そのエネルギーを免疫機能に回すべきだ。大抵の風邪は、「食べ過ぎ」と「睡眠不足」が原因。それを元に戻す。視覚、聴覚、嗅覚などの刺激も極力少ないほうがいい。頭の中も休ませるべき。
 今回の自分の風邪もそれに当てはまるものだった。反省ばかりである。






最終更新日  2020.01.24 07:45:54
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2020.01.21
カテゴリ:ライフシフト


 いろいろと情報を集めて、迷い考えて結論を出すという過程においても、やはり体はある程度鍛えておいた方がいいような気がする。今までもスポーツというものは積極的にやってこなかったが、筋トレやジョギング、山歩きは細々とは続けてきていた。もともとがアウトドア系でなくインドア系なことが好きであったし、芸術系オタク系が好きだったのもある。
 それでもある時から神社仏閣巡りからウォーキングに移り、スロージョギングからジョギング・筋トレとなった時もあった。あの頃は気持ちも前向きであったように思う。しかし、それに伴って足腰の故障にも時々見舞われ、走れない、歩けないということになり、運動から遠ざかってしまっていた。

 それでも最近また体が動かしたくなり、数日前から早歩きからスロージョギングまで進めてきた。うつ傾向は変わらないが、悩みが深みに入りにくくなったように思う。
 大体いつも首と肩のコリがひどくなるとウツが始まる。首の血液循環は悪くなると脳への血流が悪くなって思考がマイナスになるというイメージをもっている。
 体を鍛え始めて、首回りのコリもよくなって、調子が上がってきて調子に乗ってくると、大抵いつも足を挫いたり、ぎっくり腰になったり、股関節が痛くなったりで運動制限をせざるを得なくなる。今まではいつもそうだ。そういう経験を大切にして、調子良く行っている時こそ、運動をステップアップさせず、微妙にセーブしつつ故障を起こさないように心がけることが大切なんだと、今回は肝に銘じている。
 でもあまりの気持ちよさに頑張ってしまうのだ。走るスピードや距離やタイムにはこだわらない、故障せずに続けることが目的。スポーツ選手ではないのだから無理はしないこと。それでも調子がいい時は、走る距離を伸ばしたり、スピードをあげたりしたくなってしまうのだ。
 
 食べるものも我慢することなく、自然とご飯の量を減らしていこう。座っている時間を減らそう。ちょこちょことやるべきことを見つけて動き回るようにしよう。ついつい時間があるとネットで調べ物をしたり、動画をみたり、ゲームをしたりしてしまいがち。
 休みの日の空いた時間は、家の掃除や修繕、ウォーキングやジョギング、台所で常備菜を作ったり、漬物の仕込みや乾燥野菜を作ったりなどをやっていよう。

 出来るだけイスに座る時間を少なくするために。






最終更新日  2020.01.21 16:01:27
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2020.01.18
カテゴリ:ライフシフト


 固形コンソメ、塩少々、黒コショウ、砂糖少々、醤油少々。

 キャベツ、長ネギ、ぶなしめじ、ウインナー

 手作りエビ入り餅

 乾燥パセリ


 コンソメスープとエビ餅の相性が抜群で美味しい。






最終更新日  2020.01.18 12:35:09
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2020.01.17
カテゴリ:ライフシフト


iPhoneの電池交換をやってみた。

 かかった費用、2,020円。

 リスクは思ったよりも多かったが、どうにか無事に終わってほっとしている。

 スマホの中身は、半分ほどは電池なのだなぁ。

 外すべきネジも、思ったよりも小さく、

 バッテリーを固定していた両面テープも、思ったよりも強固で、

 それを剥がす時に歪めてしまったバッテリーが

 想像以上に発熱して膨張してしまったことも、驚きだった。

 何にしても、再び動いてくれたことに感謝。

 そしてまたしばらく使えることをありがたく思う。






最終更新日  2020.01.17 11:16:41
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2020.01.14
カテゴリ:ライフシフト




 ちょっと時間ができたので、書き留めておこうと思った。

 死についてのことだが、今は「死」というものが怖くない。うーん、「怖くない」という言葉は違うような気がするが、それに怯えていないという方が近いか。例えば、明日地球が滅亡するというならそれで仕方ないと思うが、「100人だけ生き残れる」ということになり、その100人に選ばれてしまう事に怯える。これはきっとこの年齢まで生きたからだろうなと思う。そして、今まで楽しい思いも少なからずさせてもらったからだろうとも思う。その100人がその後に大変であろうことも想像できるからでもある。

 死んだらどうなるか。おそらく何もなくなる。魂なんてものもない。この思考や意識もなくなる。死は寝るのと一緒。だから毎日死んでいると思っている。怖い夢を立て続けに見ると、寝るのが怖くなる。でも、いつ寝たのかもわからないくらい疲れていたら夢も見ずに朝まで熟睡状態だったら、それはほぼ意識としては死んでいる状態なんだと思う。その意識がなくなり何も記憶がない状態になるのが怖いかというとそんなことはない。怖いのは意識をなくした時に「お前、こんなこと言ってたぞ、あんなことやってたぞ!」と言われる方がどれだけ怖いか。
 死ぬときはどんな感じかというと、どうにも眠くなって意識が徐々に遠くなって、ストンと意識が落ちて寝てしまった状態。それがきっと死の瞬間なのだろうなと想像する。気持ち良さそうじゃないか!
 再び違う人に生まれ変わったり、復活したり、地獄というようなところに落ちたり、お花畑みたいなところで暮らしたり。そういうのはあるのかどうかわからない。でも、ないような気がするなぁ。

 死に対して怯えることはないが、壮絶なる心身的苦痛は「死」とは別問題として味わいたくないものである。それに対しては大変怖いし怯える。よって、安楽死については法律的にはなかなか条件が難しいであろうが、基本的に肯定的なスタンスである。

 若い頃に比べて自分の体が思うように動かなくなってきた。楽しいと思うことも若い頃と違ってきた。昔、両親や祖父母と一緒に遊園地に行ってジェットコースターに乗ろうとする時に、祖父に「一緒に乗ろうよ!」と誘っても「おじいちゃんはいいや。〇〇ちゃんだけで行っておいで。おじいちゃんはここで見ているだけで楽しいから。」そんなやりとりがあった。それは今になるとよくわかる。子供や孫が何かを体験してくれるとそれだけで自分も体験したような満足感があるのだ。これは不思議だった。子供が試験に合格したり、感動的な体験をしたり、美味しいものを食べたり、きれいな景色を見てきたりすると、自分が体験してきたみたいに心がうれしくなる。いわゆる「我がことのようにうれしい」。
 これはなんなのだろう?
 自分も子供も孫も一つの命の中で生きていて、ある部位が喜べば全体がうれしいということかもしれない。血縁だけでなくご近所さんや自治会、県単位、国単位でも場面によっては感動を共有できると思う。となると、みんなが一つの命の中で生きているということだ。
 自分は大きな生物の一つの細胞であり、毛が生え変わるように、皮膚が新陳代謝を繰り返すように、爪が伸びて切ったりすり減ったりするように、腸内細菌が毎日働きそして排出されるように、生と死がいつも続いているたったそのある一瞬が人生だったりするのかもしれない。毛がはらりと1本抜け落ちることを「死」と言わないのであれば、人の死も「死」ではないのかもしれない。
 幸せに生きるために、死をもっと意識することが大切なのかもしれない。

 昨年は母が急死した。その日の朝、目が覚めなかった。
 「人は突然死ぬ」「死は突然やってくる」と実感した。明日の朝、隣で寝ている妻が目覚めないかもしれない。いや、自分も帰宅途中に死ぬ可能性もある。余命宣告を受けると生き方が変わるように、「死」を意識すると生き方も変わる。
 そして、自分が死んでも世界は変わらず動いていく。みんなが生きている一つの命は生き続ける。
その一つの命が「地球」というものであれば、その地球も小惑星でも衝突すれば一巻の終わりである。壮大と思っていた地球という命も、宇宙規模で考えるとほんの一瞬の儚い命なのかもしれない。宇宙にはそんな命が無数にあるのだろう。地球が出来てたかだか46億年。文明の記録なんてたったの数千年。人の一生なんて長くても100年。地球にとっては滴が1滴落ちるどころか、いわゆる1回瞬きする時間「一瞬」なのだろう。その一瞬の中で、人は悩み苦しみ、人生について語り、喜怒哀楽する。
 子育てがほぼ終わった身としては、賑やかだった子育て期間も今では「あの時間は夢だったんじゃないか?」と思うこともある。そんなこともあったなぁと。自分でもそれくらいだから、他人にとってはもっともっと消えても問題のない儚い夢なのかもしれない。どうでもいい人の夢話だ。
 人生に意味はない。生きる事に意味はない。なんのために生きているか、死んだ人の人生の意味はなんだったのか?それも意味はない。今歩いて踏んで殺してしまったアリの人生にどれだけ意味をあると考えるだろうか?ただ偶然が重なり生まれた命。それに都合の良い意味付けをして、深いものにすることは、生き甲斐にもつながるだろうが、突き詰めて考えれば意味はないと結論づけてもいいのだと思う。
 でもどうせ生きるなら!楽しく充実した人生でありたい。そのためにこだわりを持って、意味を見つけて、目標を決めて、それをいくつも達成して、満足感のある人生を送る。苦難もあるが、それを乗り越えたところに満足があり、それが「幸せ」というものだ。人の役に立つことをする、社会の役に立つこと、周りに迷惑をかけることなく生きる。特に日本ではそんな生き方を推奨してきたような気もする。しかし、国が変われば、また同じ国でも時代によって価値観はガラリと変わる。要は、その生物が生きている環境に応じて、一番生き易く、死に確率の低い生き方をさせられてしまうということだ。辛くなく生きるために環境を整え、心の持ちようもそう持っていく。辛い事にも立ち向かっていくのも、その先に気持ちの良いことがあると信じることが出来るからそれに向かっていくのであって、そうでなければわざわざ苦難に向かって行きはしない。そんなことの繰り返しで人生は進んでいく。神様の悪戯のような人生もあるだろう。思い描いたとは違う人生の方が圧倒的に多いだろう。楽しかったと言えない人生の方が多いかもしれない。

 それでも死ぬまで生きる。日々、食って生きる。なんのために?と考えるヒマもないほど充実している時は幸せなのかもしれない。生きる意味を見つけて、目標を決めて、その目標に向けてせっせと働く。家族のために、社会のために。いらぬことを考える時間がない方が幸せなのかもしれない。ヒマとは困ったものだ。こういう文章もかけちゃうのだから。
 頑張って働こう。要らぬことを考えぬように。






最終更新日  2020.01.14 17:10:43
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2020.01.11
カテゴリ:ライフシフト






 子供が読んでいて私にも勧めてくれた本

 「自分の仕事を考える3日間」

 なかなかパワーのある人たちが次々出てこられ、元気がもらえる。


 昨夜余っていた図書カードで買ってきた本。

 「BEAMS OF LIFE」

 以前から買いたかったがなかなか買えず立ち読みばかりしていた。

 やっと買えて、天気の良い午後に、

 コーヒー飲みながら時々チラチラと見る時間が楽しみな本。

 どちらも買ってよかった。






最終更新日  2020.01.11 12:23:36
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2019.12.07
カテゴリ:ライフシフト




 昨日は、雅楽の生演奏を聴いた。

 西洋音楽を聴いてきた耳には、とても新鮮。

 大抵の曲なら、聴いてコード進行が頭によぎるのが、

 雅楽ではまったくわからない。

 この和音はなんだ??

 頭の中が混乱するというか、混乱するよりもただただ心地いい。

 ずっとこの中に浸っていたい。

 そんな気持ちだった。






最終更新日  2019.12.07 10:28:06
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2019.12.01
カテゴリ:ライフシフト




 有頭エビ5匹を使って3人分のクリームスパゲティ。

 頭を外して、ミソを取り出し、殻とミソと全てフライパンに入れ、
 ニンニクと鷹の爪とオリーブオイルで炒める。

 色が変わってきたところで水500ccとコンソメキューブ1個と黒胡椒で少しグツグツ。

 スパゲティを茹で始める。

 エビのだしが出たら、ザルで殻などを濾して、スープをフライパンに戻す。

 牛乳と生クリームとエビの身を入れて弱火でグツグツ。

 塩で味付けて、茹で上がったスパゲティを入れて、パルメザンチーズを振って、

 よく混ぜ合わせる。

 エビと生パセリをのせて食べる。

 濃厚のエビのダシが出ていて、美味しくいただいた。


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最終更新日  2019.12.01 13:10:23
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2019.11.25
カテゴリ:ライフシフト




 秋が切ないのは


 足元に落ちた枯れ葉をみて
 亡くなった大切な人を想うから

 まだ辛うじて木々に残る葉をみて
 これから歩くべく道を想うから

 紅葉せず落ちる楓をみて
 早逝した友を想うから

 土の中に葉の断片をみて
 亡くした母のやさしさを想うから

 見上げた秋空に
 その青の深さを想うから

 
 人は芽吹きと開花

 結実と落ち葉の頃に

 自然に集いつ

 喜び祝い 

 そして、切なく思う






最終更新日  2019.11.25 14:33:33
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